美しい自然、壮大な建築物、おいしい料理、そして心優しい人々。
世界は素晴らしい経験に満ちています。
しかし、長らく旅をしていると、
まぶしい光に隠れて見えなかった、
深い闇が垣間見えることもあります。
豊かな経済。平和な社会。
しかし、それを支える秩序は、どのように作られたのでしょう?
残念ながら、この厳しい現実は、
学校で教えてもらえるものではありませんでした。
それはたぶん、子供たちに語って聞かせるには、
あまりにも過酷なことだからかもしれません。
しかし、僕らは遅かれ早かれ、
世界の秩序が暴力とカネで作られているという事実を、
認めざるを得なくなるのです。
笑顔と握手で引かれた国境線はどこにありますか?
両手が汚れていない国がどこにありますか?
戦争のない時期が、歴史の中にありましたか?
誰も飢えていない日が、
月に人間が降り立った現代でさえ一日でもありましたか?
それでも僕らは、共存と法の支配を目指し、
ここまで歩いてきたのです。
そしてその確実な一歩は、政治家に委ねた白紙委任状ではなく、
僕たちの小さな声の大きな力によるものではありませんでしたか?
僕が旅の中で廃墟にみつけたものは、
人々の諦めと無関心でした。
そう、僕らが沈黙したとき、時代は再び過去へと戻るのです。
違う、そうじゃない!
あなたが上げる小さな声は、けして無意味ではない。
僕はそう信じています。
えーじ
2026年03月14日
2026年03月11日
ナンバー1と、その願い
ユーラシア大陸横断旅行のパート2。
スタート時点のルートは度重なる変更で、結果的にプランFとなりました。
ポーランド → スロバキア → ハンガリー → ルーマニア → ブルガリア →
北マケドニア → ギリシャ → キプロス → トルコ → ジョージア →
アゼルバイジャン → アルメニア → イラン → トルクメニスタン →
ウズベキスタン → タジキスタン → キルギス → インド → タイ
計19カ国(うち初渡航国4カ国)
ここで難しいのが、これまたよく頂く、
「最も良かった国はどこですか?」というご質問の回答。
それぞれの国にそれぞれの良さがあり、一概に比べられないのですよ。
いずれも、もう一度行きたいところばかりですし。
しかし、それでは答えにならないので、
「この中でひとつだけしかもう一度行けないとしたら、どこにするか?」
と質問を変えさせていただき、よ〜く考えてみました。
その結果は・・・
イランかな?
え? 怖い? 危ない? 恐ろしい?
はじめは僕もかなり緊張していましたよ。
いかんせん権威主義国家ですし、街中に風紀警察までいるとなれば、
気軽に入るわけにもいかないでしょう。
ところがいざアルメニアと接するノルドゥーズ国境で、
夜のアラス川を渡ってみれば、国境警備隊は親切ですし、
インスペクターもフレンドリーじゃないですか。
あまりにもあっけなく入国してしまったので、
イラン側のイミグレ前にある大部屋でバスを待っていたときでさえ、
これで本当に手続きは全部終わったのか?
と訝っていたくらい。
そしてこの印象は11日後にトルクメニスタン側へ抜けるまで、
変わることがありませんでした。
取材地はタブリーズ、テヘラン、マシュハド。
いずれも活気ある中東の街といった風情で、
治安に不安を感じたことは一切なく、
反対に、とにかく皆さん、人懐こくてフレンドリー。

中東最古の歴史を持つといわれるタブリーズのバザール

抗議デモの発端となったテヘランのグランドバザール

僕たちが到着したマシュハドの駅
また、日本の文化とかけ離れているようでいて、
人とのつながりが強く、ものを大切に直して使うところや、
個人店がたくさんある多様性などから、
僕は昭和の雰囲気に近いノスタルジーを感じていたのです。
それから移動中の鉄道から見た風景は、忘れられないものでした。

広大な荒野

荒野に命を育む川

思わぬところにも人々の生活が
料理だけではなく、文化、自然ともにとても奥深い国なのですよ。
次に行けるのはいつになるか?
そして友だちになった彼、彼女たちと会えるのはいつになるのか?
その日が一日でも早く来ることを、僕は願ってやみません。
えーじ

トルクメニスタンとの境にあるバジギラン国境
スタート時点のルートは度重なる変更で、結果的にプランFとなりました。
ポーランド → スロバキア → ハンガリー → ルーマニア → ブルガリア →
北マケドニア → ギリシャ → キプロス → トルコ → ジョージア →
アゼルバイジャン → アルメニア → イラン → トルクメニスタン →
ウズベキスタン → タジキスタン → キルギス → インド → タイ
計19カ国(うち初渡航国4カ国)
ここで難しいのが、これまたよく頂く、
「最も良かった国はどこですか?」というご質問の回答。
それぞれの国にそれぞれの良さがあり、一概に比べられないのですよ。
いずれも、もう一度行きたいところばかりですし。
しかし、それでは答えにならないので、
「この中でひとつだけしかもう一度行けないとしたら、どこにするか?」
と質問を変えさせていただき、よ〜く考えてみました。
その結果は・・・
イランかな?
え? 怖い? 危ない? 恐ろしい?
はじめは僕もかなり緊張していましたよ。
いかんせん権威主義国家ですし、街中に風紀警察までいるとなれば、
気軽に入るわけにもいかないでしょう。
ところがいざアルメニアと接するノルドゥーズ国境で、
夜のアラス川を渡ってみれば、国境警備隊は親切ですし、
インスペクターもフレンドリーじゃないですか。
あまりにもあっけなく入国してしまったので、
イラン側のイミグレ前にある大部屋でバスを待っていたときでさえ、
これで本当に手続きは全部終わったのか?
と訝っていたくらい。
そしてこの印象は11日後にトルクメニスタン側へ抜けるまで、
変わることがありませんでした。
取材地はタブリーズ、テヘラン、マシュハド。
いずれも活気ある中東の街といった風情で、
治安に不安を感じたことは一切なく、
反対に、とにかく皆さん、人懐こくてフレンドリー。
中東最古の歴史を持つといわれるタブリーズのバザール
抗議デモの発端となったテヘランのグランドバザール
僕たちが到着したマシュハドの駅
また、日本の文化とかけ離れているようでいて、
人とのつながりが強く、ものを大切に直して使うところや、
個人店がたくさんある多様性などから、
僕は昭和の雰囲気に近いノスタルジーを感じていたのです。
それから移動中の鉄道から見た風景は、忘れられないものでした。
広大な荒野
荒野に命を育む川
思わぬところにも人々の生活が
料理だけではなく、文化、自然ともにとても奥深い国なのですよ。
次に行けるのはいつになるか?
そして友だちになった彼、彼女たちと会えるのはいつになるのか?
その日が一日でも早く来ることを、僕は願ってやみません。
えーじ
トルクメニスタンとの境にあるバジギラン国境
2026年03月08日
旅人に求められる能力とは?
「危険なことはありませんでしたか?」
長旅から帰って営業を再開したあと、よく頂いているのがこのご質問です。
で、僕の回答は・・・
ありました。 残念ながら。
なかでもふたりで「走って逃げた」事件をお話しましょうか。
あれはインド南部の旧フランス領ポンティシェリに滞在中のこと。
僕らがディナーの取材でホテルから出たとき。
外はすでに暗くなり、道路はバイクとオートリキシャ、
自動車で大渋滞でした。
ちょっとでも隙間があれば、われ先にとみんなが割り込んできます。

ホテル前の道は日中のフツーの交通量でもこんな状態
「みんな殺気立ってるから気を付けて行こう!」
そう声をかけて5、6歩進んだとき、
自動車の隙間から一頭の子牛が現れました。

これはダラムサラで撮った写真。こんな子がのそのそ歩いています。
わぁ、かわいいな!
そう思いつつ横を通り抜けようとしたとき、
子牛の後ろに停まっていた自動車の背後から、
何か巨大なものが、ぐあっとせり上がったのです。
う、馬だ!
その巨大な動物は狭い自動車の隙間で跳ね上がり、
みるみる僕らの方に近付いてきます。
ち、違う、親牛だ!
普段はおとなしい動物ですが、何かに驚いたか怒り出したのでしょう。
その巨体からは信じられないような敏捷さで前足を上げて跳ね上がり、
目の前に迫ってきたではないですか!
牛は成獣になると体重が800キログラム前後になります。
これぞまさしく走る凶器。
まともにぶつかったり、
踏みつけられたりでもしたらひとたまりもありません。
僕は一瞬で血の気が引きました。
「逃げろっ!」
そう叫んで振り向くと、何とともこは僕を置いて、
すでにホテルの駐車場に一目散。
旅人に求められるのは、おカネよりこうした反射神経です。
こと「逃げ足の速さ」は、欠かせない身体能力と申しましょうか。
ま、こういうのはあまり使いたくないのですけどね。
えーじ
P.S.
こんな一幕もインドでは日常茶飯事なのか、
僕らの逃走劇は通行人から笑いを買っていました。
そういえばここは象が街中で暴れる国でもあったな。
長旅から帰って営業を再開したあと、よく頂いているのがこのご質問です。
で、僕の回答は・・・
ありました。 残念ながら。
なかでもふたりで「走って逃げた」事件をお話しましょうか。
あれはインド南部の旧フランス領ポンティシェリに滞在中のこと。
僕らがディナーの取材でホテルから出たとき。
外はすでに暗くなり、道路はバイクとオートリキシャ、
自動車で大渋滞でした。
ちょっとでも隙間があれば、われ先にとみんなが割り込んできます。
ホテル前の道は日中のフツーの交通量でもこんな状態
「みんな殺気立ってるから気を付けて行こう!」
そう声をかけて5、6歩進んだとき、
自動車の隙間から一頭の子牛が現れました。
これはダラムサラで撮った写真。こんな子がのそのそ歩いています。
わぁ、かわいいな!
そう思いつつ横を通り抜けようとしたとき、
子牛の後ろに停まっていた自動車の背後から、
何か巨大なものが、ぐあっとせり上がったのです。
う、馬だ!
その巨大な動物は狭い自動車の隙間で跳ね上がり、
みるみる僕らの方に近付いてきます。
ち、違う、親牛だ!
普段はおとなしい動物ですが、何かに驚いたか怒り出したのでしょう。
その巨体からは信じられないような敏捷さで前足を上げて跳ね上がり、
目の前に迫ってきたではないですか!
牛は成獣になると体重が800キログラム前後になります。
これぞまさしく走る凶器。
まともにぶつかったり、
踏みつけられたりでもしたらひとたまりもありません。
僕は一瞬で血の気が引きました。
「逃げろっ!」
そう叫んで振り向くと、何とともこは僕を置いて、
すでにホテルの駐車場に一目散。
旅人に求められるのは、おカネよりこうした反射神経です。
こと「逃げ足の速さ」は、欠かせない身体能力と申しましょうか。
ま、こういうのはあまり使いたくないのですけどね。
えーじ
P.S.
こんな一幕もインドでは日常茶飯事なのか、
僕らの逃走劇は通行人から笑いを買っていました。
そういえばここは象が街中で暴れる国でもあったな。
2026年03月04日
記録更新中!
2026年03月03日
16回目のバースデー
一日に何度も時計を見る現代人は、
とかく分刻みの日々を送りがちです。
それでいて大きな時の流れを意識することは少ない。
たとえば16年という歳月ともなると、
主観的にはつい昨日のように思えてくることもあります。
そこへ客観的に時間の流れのリアリズムを突きつけてくるのが、子供の存在。
人間でなら16年の歳月といえば、新生児と高校生の差ですからね。
古い友人と会ったとき、連れてきた凛々しい青年や美しい少女が、
「き、君はあのときの小さな子供か!?」と驚いたことが何度かあります。
ととら亭も今日で16歳。
生まれたばかりのころから比べると、本当に様変わりしました。
老朽化が進んだ僕らに比べて、
ずいぶん成長してくれたなぁ、としみじみ思います。
お祝いは明日から始まるチレス・エン・ノガーダ。
これはね、君が生まれる前に探してきた料理なんだよ。
Happy birthday!
えーじ

2010年の今日、中野区の野方で生まれた0歳のととら亭
とかく分刻みの日々を送りがちです。
それでいて大きな時の流れを意識することは少ない。
たとえば16年という歳月ともなると、
主観的にはつい昨日のように思えてくることもあります。
そこへ客観的に時間の流れのリアリズムを突きつけてくるのが、子供の存在。
人間でなら16年の歳月といえば、新生児と高校生の差ですからね。
古い友人と会ったとき、連れてきた凛々しい青年や美しい少女が、
「き、君はあのときの小さな子供か!?」と驚いたことが何度かあります。
ととら亭も今日で16歳。
生まれたばかりのころから比べると、本当に様変わりしました。
老朽化が進んだ僕らに比べて、
ずいぶん成長してくれたなぁ、としみじみ思います。
お祝いは明日から始まるチレス・エン・ノガーダ。
これはね、君が生まれる前に探してきた料理なんだよ。
Happy birthday!
えーじ
2010年の今日、中野区の野方で生まれた0歳のととら亭
2026年02月28日
始まりの季節を前に
「どうして長い旅行は8月からなのですか?」
「なぜ旅行期間は4カ月なのですか?」
一昨年から長期取材旅行に出始めて以来、
こんなご質問をたびたび頂いております。
実はこの「時期と期間」、僕らが決めているようでいて、
そうとも言い切れないのですよ。
で、どなたの意向が大きいのかというと、
お役所さんです。
そう、3月は確定申告と所得税の納付があるでしょ?
となると、それをやるには前もって決算をしなければならない。
(これがまた予算の都合で税理士さんに丸投げできないし)
固定資産税の申告も1月中です。
健康保険税や国民年金は全期納付しているのでこれは初夏のころ。
都民税も同じ。
となると、1月から6月は「年貢の納めどき」なので、
日本にいなければならないのですよ。
それと合わせて3月3日の独立記念と7月20日の移転記念もあるし。
そんなわけで僕らが自由に動ける最大期間は8月から1月となり、
準備や旅行前後の各種調整を入れると、
現実的には8月から12月とならざるをえない。
自由人の端くれになったとはいえ、懐事情は別にしても、
気ままに旅に出てばかりもいられない、こんな縛りがありまして。
ともあれ、今回は変則的にリブート前の期間があったので、
確定申告は先週中に終わらせることができました。
これが済むとほっと一息。
ちょうど気候も温かくなりはじめ、
さぁ、今年は何にチャレンジしようか?という気分になってきます。
まずは長旅でへばった体を元に戻すことからだな。
江戸川河川敷をジョギングするには、いい季節になりましたからね。
もうすぐ桜も咲きますし。
えーじ
2026年02月25日
時差ボケならぬ文化ボケ
「えーじ、おカネがないよ」
・・・?
「えーじってば! 起きてよ。お買い物に行かなくちゃ」
「え? もうないの?」
「だって財布にちょっとしか入ってなかったじゃん」
「インドルピーでしょ? この前両替したばかりじゃ・・・」
「なに寝ぼけてんの!日本のおカネ!」
「日本円?」
ああ、そうか、帰ってきてたんだ。ここは東京だ。
体質的にふたりとも時差ボケとは無縁ですが、
僕の場合、頭が旅モードから切り替わらない「文化ボケ」が重症レベル。
旅に出ている間の目覚めの儀式は、「ここはどこだ?」でしたからね。
これが帰国しても2週間は続きますし、1カ月くらいして慣れたと思っても、
突然ぶり返して「ここはどこだ?」に戻ってしまう。
今回、症状が長引いた原因が、
帰国そうそう取り掛かったメニュー替えです。
日本に頭を切り替えようとしているのに、
考えていることと言ったらアイルランドでしょう?
それこそ頭と体がちぐはぐになってしまいまして。
それでも別の意味で心配だった営業の方は、
不思議とすんなりいきました。
ほぼ5か月間のブランクがあったものの、
体で覚えたことは自動車の運転と同じように、
考えなくても自然に動けるのですね。
ただタイムテーブルを思い出すのはふたりとも少々戸惑いました。
通常のルーチンの場合、何時に起きて、何時に掃除を始め、
何時に朝食を食べるのかなどなど。
旅行中だけではなく、
準備期間中は営業中とだいぶ違う時間で動いていましたので。
ともあれ、今日で営業4日目。
ようやく柴又モードに戻ったかな?
仕事をしながら「やっぱり日本の生活はいいね〜」、
と思っている僕らでございます。
えーじ
・・・?
「えーじってば! 起きてよ。お買い物に行かなくちゃ」
「え? もうないの?」
「だって財布にちょっとしか入ってなかったじゃん」
「インドルピーでしょ? この前両替したばかりじゃ・・・」
「なに寝ぼけてんの!日本のおカネ!」
「日本円?」
ああ、そうか、帰ってきてたんだ。ここは東京だ。
体質的にふたりとも時差ボケとは無縁ですが、
僕の場合、頭が旅モードから切り替わらない「文化ボケ」が重症レベル。
旅に出ている間の目覚めの儀式は、「ここはどこだ?」でしたからね。
これが帰国しても2週間は続きますし、1カ月くらいして慣れたと思っても、
突然ぶり返して「ここはどこだ?」に戻ってしまう。
今回、症状が長引いた原因が、
帰国そうそう取り掛かったメニュー替えです。
日本に頭を切り替えようとしているのに、
考えていることと言ったらアイルランドでしょう?
それこそ頭と体がちぐはぐになってしまいまして。
それでも別の意味で心配だった営業の方は、
不思議とすんなりいきました。
ほぼ5か月間のブランクがあったものの、
体で覚えたことは自動車の運転と同じように、
考えなくても自然に動けるのですね。
ただタイムテーブルを思い出すのはふたりとも少々戸惑いました。
通常のルーチンの場合、何時に起きて、何時に掃除を始め、
何時に朝食を食べるのかなどなど。
旅行中だけではなく、
準備期間中は営業中とだいぶ違う時間で動いていましたので。
ともあれ、今日で営業4日目。
ようやく柴又モードに戻ったかな?
仕事をしながら「やっぱり日本の生活はいいね〜」、
と思っている僕らでございます。
えーじ
2026年02月23日
営業日変更のお知らせ
ととら亭の仕事を大まかに分けると、
取材 → 試作 → 営業。
そこで最初にぶつかった壁が取材日数の短さでした。
今でこそ1回に数カ月単位の取材期間を確保していますが、
なんと第1回のモロッコ(2011年2月)はたった1週間しかなかったのです。
あれはウルトラC、いや、DかFでしたね。
何と言ってもランチ営業をやって急いで片付け、それから出発。
マラケシュに着いたのはその33時間後。
で、到着早々みっちり取材を始めて再び遠路を戻り、
なんと帰国翌日のランチから営業再開していたのですから。
振り返ってみると、
われながらよくあんな離れ業ができたもんだと感心します。
(ま、若かったからできた、というのもありますが)
そして、その課題をクリアした次が試作の時間。
一般的に料理人は修業時代に覚えた料理を再現しています。
多少の変化はあったとしても、
たとえばイタリアンで修業した人が、
寿司屋で独立することはまずありません。
また、メニューなら夏は冷やしもの、冬は鍋物のように、
季節によって変えることはあっても、
夏に冷やし中華をやっていた店が、
冬にチーズフォンデュを出すことはまずないでしょう?
ところがととら亭の場合、この「あり得ない」が普通なのです。
現に前回やっていたのがメキシコ料理で今はアイルランド料理ですからね。
こうなると、料理人はレシピから仕入れ、仕込みまで、
すべてをゼロから作り直さなければなりません。
そしてこの作業を通常営業と並行して行わなければならないとしたら・・・
僕らの労働時間がひとり当たり、
月に400時間に及ぶ理由のひとつがここにあります。
そこで仕事の質を上げつつ、より人間らしい生活をするために、
今年から月曜日の半休を全休にしました。
今日はその初日。
午前中はゆっくり休んでリカバーに専念し、
午後からそれぞれの仕事に集中しています。
春一番が吹くなか、僕らの仕事も一区切り。
今年はこうして作りだした時間を使い、
また新しいことにチャレンジしたいですね。
えーじ
取材 → 試作 → 営業。
そこで最初にぶつかった壁が取材日数の短さでした。
今でこそ1回に数カ月単位の取材期間を確保していますが、
なんと第1回のモロッコ(2011年2月)はたった1週間しかなかったのです。
あれはウルトラC、いや、DかFでしたね。
何と言ってもランチ営業をやって急いで片付け、それから出発。
マラケシュに着いたのはその33時間後。
で、到着早々みっちり取材を始めて再び遠路を戻り、
なんと帰国翌日のランチから営業再開していたのですから。
振り返ってみると、
われながらよくあんな離れ業ができたもんだと感心します。
(ま、若かったからできた、というのもありますが)
そして、その課題をクリアした次が試作の時間。
一般的に料理人は修業時代に覚えた料理を再現しています。
多少の変化はあったとしても、
たとえばイタリアンで修業した人が、
寿司屋で独立することはまずありません。
また、メニューなら夏は冷やしもの、冬は鍋物のように、
季節によって変えることはあっても、
夏に冷やし中華をやっていた店が、
冬にチーズフォンデュを出すことはまずないでしょう?
ところがととら亭の場合、この「あり得ない」が普通なのです。
現に前回やっていたのがメキシコ料理で今はアイルランド料理ですからね。
こうなると、料理人はレシピから仕入れ、仕込みまで、
すべてをゼロから作り直さなければなりません。
そしてこの作業を通常営業と並行して行わなければならないとしたら・・・
僕らの労働時間がひとり当たり、
月に400時間に及ぶ理由のひとつがここにあります。
そこで仕事の質を上げつつ、より人間らしい生活をするために、
今年から月曜日の半休を全休にしました。
今日はその初日。
午前中はゆっくり休んでリカバーに専念し、
午後からそれぞれの仕事に集中しています。
春一番が吹くなか、僕らの仕事も一区切り。
今年はこうして作りだした時間を使い、
また新しいことにチャレンジしたいですね。
えーじ
2026年02月19日
アイルランド料理特集が始まります!
メニューのキャプションを書いていて、
毎回悩んでしまうのが、内容の絞り込み。
たった1週間ていどの取材期間でも現地ではいろいろなことがあり、
さらに前後の下調べの内容も含めると、
お伝えしたいことのリストはかなりの量になってしまいます。
とりわけアイルランドのように、
料理と歴史や気候が複雑に絡んだ国になると、
リストアップした内容を取捨選択するだけでも一仕事。
それでいて紙面の字数は極端に少ないのですよ。
今回も1品について、
たった250文字前後のスペースしかありませんでした。
ん〜・・・どうしたもんだろ?
しかし、僕の役目は料理までのガイドに過ぎないことを思い出したら、
ふっと肩の力が抜けました。
実際、語るのは僕ではなく、料理なんですよね。
日本語などのコトバと違い、料理は世界の共通言語として、
一口食べれば、どんな人にも理解できますから。
そしてそれがきっかけとなり、個々人の旅が始まる。
旅の特集メニュー
アイルランド料理特集
皆さんはどんな旅をするのでしょう?
僕はいつもそれをとても楽しみにしています。
えーじ
それはそうと、いま順次メニューや写真の印刷に入っているのですが、
民生機では考えられないような酷使をしているので、
プリンター、最後までもつかな? ん〜・・・頼むぜ!
毎回悩んでしまうのが、内容の絞り込み。
たった1週間ていどの取材期間でも現地ではいろいろなことがあり、
さらに前後の下調べの内容も含めると、
お伝えしたいことのリストはかなりの量になってしまいます。
とりわけアイルランドのように、
料理と歴史や気候が複雑に絡んだ国になると、
リストアップした内容を取捨選択するだけでも一仕事。
それでいて紙面の字数は極端に少ないのですよ。
今回も1品について、
たった250文字前後のスペースしかありませんでした。
ん〜・・・どうしたもんだろ?
しかし、僕の役目は料理までのガイドに過ぎないことを思い出したら、
ふっと肩の力が抜けました。
実際、語るのは僕ではなく、料理なんですよね。
日本語などのコトバと違い、料理は世界の共通言語として、
一口食べれば、どんな人にも理解できますから。
そしてそれがきっかけとなり、個々人の旅が始まる。
旅の特集メニュー
アイルランド料理特集
皆さんはどんな旅をするのでしょう?
僕はいつもそれをとても楽しみにしています。
えーじ
それはそうと、いま順次メニューや写真の印刷に入っているのですが、
民生機では考えられないような酷使をしているので、
プリンター、最後までもつかな? ん〜・・・頼むぜ!
2026年02月17日
トラブルの本質とは?
今回の長い旅は難易度のわりに、すんなりいったと思います。
というと、何事もなかったかのような印象を与えてしまいそうですが、
毎日いろんなことがどしどし起こっていたのも事実。
ではなぜ「すんなりいった」のか?
振り返って考えてみました。
たぶん、期待値をかなり下げていたから、でしょうね。
言い換えると「こうやったら、ああなる」
という予想をほとんどしていませんでした。
たとえば飲食店で、席に座ったら、
「すぐホール担当がやってきて、オーダーを取ってくれる」
と期待しますよね?
ところが実際は、いつまでたっても誰も来ない。
そこで声をかけてもまだ来ない。
20分ほど待ってようやくオーダーできたと思ったら、
今度は料理が出てこない。
ようやく、「さぁ食べよう!」となったのは、
入店してから一時間近くが経っていたころ。
さらに「Check, please!」と言った後、会計が済むまで20分待ち。
結局、「ちょっと食べて行こう」と気軽に入ったのに2時間が経っていた・・・
こういうのは、よくあることなんですよ。
ここでもし、相手の反応に日本流の期待をしていると、
次々と裏切られた感じがして、
最後は「責任者を呼んで来い!」とキレてしまうかもしれません。
しかし、「多くを望まず、期待せず」でいると、
別に何事もなく、普通に食事が楽しめる。
そう、トラブルとは、
物事が期待どおりでないときの状況をいうんですよ。
それを逆手に取ると、期待値が低ければトラブル発生率も下がる。
さらにこの先へ進むとですね、驚きが楽しさにも変わってきます。
たとえば今回のルートでいうと、権威主義国家のイランやトルクメニスタン。
こういう国は極端に日本とジョーシキが違うので、
期待しないのではなく、
「何が起こるかわからない」「一寸先は闇」という覚悟で旅をしていました。
それはさながら日々これ、
「さぁ、次は何が起こるんだ?」の連続という感じ。
ですから戦時国家さながらの緊張感に包まれたトルクメニスタン国境で、
ガイドに待ちぼうけを食わされたり、
(イミグレでガイドがいないと入国不可なんですよ)
ネットが遮断された街はずれのホテルに軟禁されても、
「ほぉ〜、そう来ましたか!」ってワクワクしてくる。
反対にイラン国境は会う人みんながフレンドリーだった上に、
手続きもあっけなく抜けてしまったので、なんだか物足りなくなってしまったり。
実はこれ、旅だけではなく、日常生活でも応用できるんですよ。
とかく生まれ育った国で慣れ親しんだことをやっていると、
ジョーシキとアタリマエにまみれてしまうでしょう?
つまり自ら「こうしたらああなる」という期待でがんじがらめになっている。
でも、ちょっと発想を変えて、「ここは外国で僕だけが外人」と考えれば、
電車が遅れた! ランチに行った店が混んでいて入れなかった!
エスカレータは登りだけがメンテ中! 依頼した仕事が仕上がってない!
こういういつもなら「がっで〜むっ!」と毒づくことがあっても、
「ああ、そういうことね、じゃ、プランB」と受け流せる。
ととら亭という仕事を始めてまもなく丸16年。
さすがに覚えの悪い僕でも、
今ではたいていのことをスムーズに進められるようになりました。
しかし、残念ながら、これは僕のスキルが上がった、
というわけではなさそうなのですよ。
たぶん、独立以来、あまりのトラブルの連続に慣れてしまい、
その結果、期待値がどんどん下がった結果なのではないか?
しょぼい数字の決算書を眺めながら、そう独りごちた、
早春の日でございました。
えーじ
というと、何事もなかったかのような印象を与えてしまいそうですが、
毎日いろんなことがどしどし起こっていたのも事実。
ではなぜ「すんなりいった」のか?
振り返って考えてみました。
たぶん、期待値をかなり下げていたから、でしょうね。
言い換えると「こうやったら、ああなる」
という予想をほとんどしていませんでした。
たとえば飲食店で、席に座ったら、
「すぐホール担当がやってきて、オーダーを取ってくれる」
と期待しますよね?
ところが実際は、いつまでたっても誰も来ない。
そこで声をかけてもまだ来ない。
20分ほど待ってようやくオーダーできたと思ったら、
今度は料理が出てこない。
ようやく、「さぁ食べよう!」となったのは、
入店してから一時間近くが経っていたころ。
さらに「Check, please!」と言った後、会計が済むまで20分待ち。
結局、「ちょっと食べて行こう」と気軽に入ったのに2時間が経っていた・・・
こういうのは、よくあることなんですよ。
ここでもし、相手の反応に日本流の期待をしていると、
次々と裏切られた感じがして、
最後は「責任者を呼んで来い!」とキレてしまうかもしれません。
しかし、「多くを望まず、期待せず」でいると、
別に何事もなく、普通に食事が楽しめる。
そう、トラブルとは、
物事が期待どおりでないときの状況をいうんですよ。
それを逆手に取ると、期待値が低ければトラブル発生率も下がる。
さらにこの先へ進むとですね、驚きが楽しさにも変わってきます。
たとえば今回のルートでいうと、権威主義国家のイランやトルクメニスタン。
こういう国は極端に日本とジョーシキが違うので、
期待しないのではなく、
「何が起こるかわからない」「一寸先は闇」という覚悟で旅をしていました。
それはさながら日々これ、
「さぁ、次は何が起こるんだ?」の連続という感じ。
ですから戦時国家さながらの緊張感に包まれたトルクメニスタン国境で、
ガイドに待ちぼうけを食わされたり、
(イミグレでガイドがいないと入国不可なんですよ)
ネットが遮断された街はずれのホテルに軟禁されても、
「ほぉ〜、そう来ましたか!」ってワクワクしてくる。
反対にイラン国境は会う人みんながフレンドリーだった上に、
手続きもあっけなく抜けてしまったので、なんだか物足りなくなってしまったり。
実はこれ、旅だけではなく、日常生活でも応用できるんですよ。
とかく生まれ育った国で慣れ親しんだことをやっていると、
ジョーシキとアタリマエにまみれてしまうでしょう?
つまり自ら「こうしたらああなる」という期待でがんじがらめになっている。
でも、ちょっと発想を変えて、「ここは外国で僕だけが外人」と考えれば、
電車が遅れた! ランチに行った店が混んでいて入れなかった!
エスカレータは登りだけがメンテ中! 依頼した仕事が仕上がってない!
こういういつもなら「がっで〜むっ!」と毒づくことがあっても、
「ああ、そういうことね、じゃ、プランB」と受け流せる。
ととら亭という仕事を始めてまもなく丸16年。
さすがに覚えの悪い僕でも、
今ではたいていのことをスムーズに進められるようになりました。
しかし、残念ながら、これは僕のスキルが上がった、
というわけではなさそうなのですよ。
たぶん、独立以来、あまりのトラブルの連続に慣れてしまい、
その結果、期待値がどんどん下がった結果なのではないか?
しょぼい数字の決算書を眺めながら、そう独りごちた、
早春の日でございました。
えーじ