2015年12月31日

Thank you and good night!

ととら亭を始めて6回目の年末。
2015年の営業が無事に終わりました。

ご来店頂きましたお客さま、
商店街の仲間たち、
協力会社やお店の人たち、
懐かしい友人たち、
旅先で出会った人々、
僕たちの家族、

そして今、
どこかでこれを読んでくれているあなたへ。

どうもありがとうございました。

良いお年を。

えーじ
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2015年12月30日

仕事納め2015

今日は今年の営業最終日。

ちょっと言葉にし難いのですけど、
達成感とも、充足感とも微妙に異なる、
あ〜、ここまで来たぜ・・・という気持ちになります。

もうひとつ表現し難いのが、時間の感覚。

先を見ると、随分遠いなぁ・・・
と思えていたのに、
実際に辿り着いて振り返ると、
出発からここまでが、あっという間のような気がします。

ん〜・・・なんて言ったらいいんでしょうね。

ととら亭での仕事、いや、旅は、
徒歩の旅。
今年の仕事はじめから今日まで、
ずっと歩いてやって来た。

それが一番、今の気持ちを表しているのかな。

さて、ゴールが向こうに見えています。
最後まで転ばないように、
しっかり歩いて行きましょう。

えーじ
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2015年12月29日

2015年の旅

僕が使っているPCの壁紙は、旅先で撮った写真。
スライドショーで3分おきに画像が切り替わる設定にしています。

古い街並み、美しい夕焼け、朗らかな人々・・・

仕事に没頭している時でも、想い出深い光景が目に入れば、
ふと手を止めてしまうことがあります。

今年もいろいろ行ってきました。
料理の取材で訪れた、
2月のインドネシアとシンガポール。
6月のポーランド、スロヴァキア、オーストリア、そしてチェコ。

最後が研修で行った、
11月から12月のミャンマーとタイ。

実況中継のブログでお伝えしましたように、
いずれも楽な旅ではありませんでしたけど、
ひとつひとつがくっきりと心に残っています。

中でも一番強い印象を残しているのは、
実のところ料理以上に、人・・・かな?

うん、やっぱりそうですね。

旅の途上で出会った数多の人々。
その殆どは名前すら知りませんが、
僕には、ある意味で、その街を、国を、民族を、
代表しているかのように感じられるのです。

そして交わした言葉から見えて来る、
表面上の違いと、それに隠された大きな共通点。

旅に出れば出るほど、
僕の中で消えて行くのは、。
理解と管理の為に、便宜的に引かれた境界線なのかもしれません。

皆さんも普段の生活で、相手が同じ日本人でも、
ああ、彼、彼女は、随分自分と違うなぁ・・・
と思うことがあるでしょう?

地球の裏側まで行って僕が感じている「違い」というのは、
とどのつまり、それと質的には同じような気がします。

だから、もしかしたら、
先に挙げた今年の訪問国に、
日本も追加すべきなのかもしれませんね。

えーじ
posted by ととら at 15:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年12月26日

大人の学校

2015年も残すところ、あと6日間。
今年は皆さんにとって、どんな1年でしたか?

今朝、仕事を始める前に、
カウンターで珈琲を飲みながら、
静かにこの1年間を振り返っていたのですけどね、
例によって、いろいろありましたが、
僕たちらしい旅をしてきたなぁ・・・という気がしています。

いや、別に、売り上げが過去最高だったとか、
家や自動車などの高価な買い物が出来た、
なんていう話ではありません。

今の自分を取り巻く世界、そして、今年やったこと、
それらは皆さんにしてみれば、
取りるに足らないことかもしれませんが、
僕にはそれぞれが感謝せずにはいられないものばかりでした。

そして同時に、心に浮かんだのは、
これがなかったら、今の状態はなかった、と思えること。

人間、幾つになっても勉強とは申しますが、
いいオヤジになったここ10年間を振り返っても、
あそこであれを学んでいなかったら、
ここまで旅は出来なかった、と考えられるものが沢山あります。

そう、僕が通った大人の学校。
それは・・・

1.会社
まず挙げねばならないのはこれでしょう。
今から思えば随分はちゃめちゃな仕事をしたものですが、
上司や同僚、協力会社の方たちと一緒に、
汗を流した日々から教えられたものは、
業種が変わっても、かけがえのない大きな糧となっています。
特に、組織における仕事の進め方は、
個人事業主である今でさえ、日々欠かせないものになりました。

2.ととら亭の開業準備
コードネームT.O.P(トップ)。
たった二人で始めた、ととら亭開業プロジェクト。
基本方針の策定から事業設計、店舗のデザイン、
そして何より忘れられないのはペーパーワークだけではなく、
2年間かけて色々な商店街を踏破したマーケティングリサーチです。
自分の足で歩いて培った経験が、起業から、その後の経営まで、
最大の武器になったことは間違いありません。

3.中南米の旅
これ迄で僕たちが行った最大の旅。
開業プロジェクトのブループリントが完成し、会社を辞めた2009年6月下旬から。
メキシコ、エクアドル、ペルー、ボリビア、チリ、アルゼンチン、
ウルグアイ、パラグアイ、ブラジルを周った3カ月間。
まさに驚きとスリルに満ちた日々ではありましたが、
この旅の中で学んだことは、開業準備と同じく、
今のととら亭の揺るぎない土台となっています。
感覚としては、この長い旅が、
今日まで続いているような気がしているのですよ。

4.取材の旅
ととら亭を始めて僕たちの旅は大きく変わりました。
それまでは気楽な放浪だったのが、
結果を出さなければならない、ひとつの仕事にもなったのです。
不思議なもので、これは旅の視線の変化も引き起こしました。
最近では、かつて訪れたことのある国や街でも、
大分違った印象を受けることが珍しくありません。
そして料理をキーに開いた文化と歴史の扉は、
かつての旅ではけして触れることの出来なかった、
時間と空間を超えた広がりを僕に見せてくれたのです。

5.腰部椎間板ヘルニア
このブログの「入院日記」を読まれた方はご存じの通り、
本格的に体をぶっ壊したあの経験は、
50年近くかけて身に着けたジョーシキとやらを吹き飛ばすのに、
余りある衝撃を持っていました。
中でもその大きな原因の一つがストレスであったこと。
そしてそのストレスは、一所懸命という言葉を、
「スケジュールをパツんパツんにして、
 どう見ても不可能なそのタスクを完璧に仕上げること」と、
誤解していたことが原因だと気付いたのは、
計り知れない価値があったと実感しています。
また、身動きならぬ身から教えられたのは、
自分の弱者への無神経さと、健康な体であることへの感謝でした。

6.ととら亭での仕事
やっぱり、最後に申し上げたいのはこれです。
今日もやっている、普段のととら亭における仕事。
奇跡的に間もなく5年と10カ月になろうとしていますが、
今でも「へぇ〜」だけではなく、「そうなんだ・・・」や、
「何故だろう?」と思うことが絶えません。
ですから、ここでの仕事もプロとして完成した訳ではなく、
まさしく、毎日が僕にとっての学校なのです。
そしてこの学校に通っているからこそ、今日の自分がある、
そう、しみじみと思わずにはいられないのですよ。

さて、それでは、
そろそろ夜間授業の始まりです。

えーじ
posted by ととら at 17:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年12月23日

今年もフツーにやってます

昨日は今年最後の定休日。
来週の火曜日は営業しますからね。

そこで仕込みやデスクワークはさて置き、
繁忙期の8日間連続営業に備えて字義通りに休むことを優先しました。
やっぱりお風呂に入って6時間以上眠ると疲れが取れますね。

さて、10月初旬にスタートしたポーランド料理特集も、
30日(水)のディナーで終了。
何ごとも振り返ると早いですよ。

そう言えば明日はクリスマスイヴですけど、
例によって、ととら亭はフツーに営業しています。

今どきフォークとナイフが並べられているレストランで、
クリスマスディナーはおろか、
ツリーやリースのディスプレイすらやらない店は、
うちくらいではないかしらん?

でも、ま、いいのですよ。
ブッディストがやっている旅の食堂ですから。

ただ、今年のフィナーレに向けて、
黒板のおすすめメニューは充実しています。

今日はというとですね、
大人気だったジャマイカのジャークチキンでしょ。
それから熱々のオニオングラタンスープもあります。

デザートはともこが頑張って5種類を揃えました。

フィグの赤ワイン煮が入ったババロア、
ドイツのレシピで作っている赤ワインのケーキ、
苦みの効いたトロトロタイプのエスプレッソプリン、
何故か欧米人の男性のお客さまに大人気のキャラメルレアチーズケーキ、
とりは濃厚な生チョコのテリーヌの鬼柚子ソルベ添え!

如何です?
どれもほっぺが落ちますよ!

えーじ
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2015年12月22日

ととら亭の星

今回のポーランド料理特集で「星」を頂きました。
それもふたつ星です。

え?
ミシュランに載ったのか?

違います。

食べログで星の数が増えた?

それも違います。

一昨夜、昨夜と続いて、
ポーランド人のお客さまがいらっしゃいまして、
「美味しい!」と言って頂けたのですよ。

それは、
旅の料理のシェアをコンセプトにするととら亭にとって、
もっとも栄誉ある「星」に他なりません。

そして、料理の向こう側にあるポーランドを、
あなたが自分の体験として感じ取ってくれたら、
僕たちの仕事は、本当の意味で、完成するのです。

えーじ
posted by ととら at 12:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年12月19日

地球人の住む星

僕たちが料理の取材地を選ぶ一番大きな基準は、
日本との「違い」です。

同じであれば、
わざわざ出かけて行く理由がありませんからね。

そんな訳で、現地に到着すると、
気候、街の作り、文化、そして人の違いに、
「へぇ〜!」っとなるのはごく自然な成り行き。

でも、ファーストインパクトの熱が冷め、
落ちついて周囲を見れるようになってくると、
新鮮な驚きが親近感に変わってくることがあります。

僕が特にそれを感じるのは、現地の人と話をしている時。

確かに最初は、肌の色や、言葉、文化の違いが目に飛び込んできます。
しかし、お互いが名乗り合ってファーストネームで話を始めると、
それらの違いがだんだん薄れて、
こうしてあなたと僕が話をしているように、
緊張感がなくなって来ます。

仕事、家族、恋愛、健康・・・

みんな、同じようなことを喜び、そして悩んでいるんだなぁ・・・

そうそう、これは会話ではありませんが、
先日訪れたバンコクのチョンノンシー駅で目にしたポスター。

smpposter.jpg

こんなところも、変わらないんですよ。
地球人ですからね。

えーじ
posted by ととら at 17:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年12月15日

消えて行くお店

先日の研修旅行で15年ぶりにバンコクのカオサンを訪れ、
その変わりように驚いた話をしましたが、
訪れる人々だけではなく、軒を並べる店舗もまた、
あの頃とは大分違っていました。

世界各地にある、所謂、安宿街というのは、
基本的にドミトリー(相部屋)を持つゲストハウスを中心として、
関連した飲食店、旅行代理店、土産物屋が集まっています。

この店舗構成に大きな変化はまずありませんが、
お客さんとなる旅人のニーズの変化によって、
新しい業種が現れ、また場合よっては淘汰される様子が見られます。

今回、時の流れを感じたのは、CD屋が完全に「消滅」していたこと。

以前は一見してコピーと分かる商品を売るゲリラ的な店が、
屋台から、ある程度の棚を持つ小規模な店まで沢山あったものです。
それが姿を消したのは、著作権法違反の取り締まりの影響というより、
多分、音楽の聴き方と、流通の変化がもたらした結果なのでしょう。

これまでも音楽の「器」がアナログレコードからCDへと変わり、
オリジナルとコピーの違いがなくなったインパクトは、
音楽産業業界を震撼させました。
それに追い打ちをかけて、
広帯域のネットの普及と、データを入れ替えて聴くというスタイルが、
流通経路まで大きくシフトさせてしまったのです。
いわば、これまで器入りで買っていた音楽が、
蛇口を捻ると流れ出てくるようになったのですね。

旅人の立場からいうと、お土産はともかく、荷物が増えるのは困ったこと。
そのニーズもまた、この新しい形態を歓迎したのでしょう。
僕、個人的には、日本では手に入り難い、
旅先ならではの作品を探すのが楽しみだったので、ちょっと残念ですけど。

それから、電話屋や、ネット屋も姿を消していました。

僕たちが中南米を旅していた2009年当時でさえ、
定期的に電話連絡をするため、CABINAという、
狭い店内に電話ブースがぎっしり並んだ電話屋をよく利用したものです。

そして情報収集や日本との電子メールのやり取りには、
平机にパソコンが並べられただけのネット屋も欠かせませんでした。
安宿の情報ノートには、どこぞの店が安いとか、
日本語のフォントが使えるのは、あの店の左から何番目のPCだとか、
そんな記述があったものです。
それがWi-Fiと携帯電話、スマートフォンの普及と通信コストの低下から、
ここ数年で完全に入れ替わってしまったようです。
そうそう、かつて見られなかった、Free Wi-Fi の文字が、
カフェや宿の売り文句になって来ましたね。

反対に、新しく現れた商売がスマートフォンのケース売り屋台。
これはバンコクだけではなく、
チェンマイやチェンライのナイトマーケットでもかなり見かけました。
商品にはご当地色も反映していて、
少数民族の織物の柄を使った、色とりどりのケースが面白かったです。

そう言えば、こうした屋台の何軒かで、自撮り棒も売っていたな。

ん〜・・・そのうちこれも、
バックパッカーのマストアイテムになるのかしらん?

えーじ
posted by ととら at 13:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年12月11日

皮肉な結果の裏側で

先月はバンコクに住むブラザーのダブーと、
東京、バンコクの両方で会うことが出来ました。

ととら亭で会った時は僕が仕事中だったので、
あまりゆっくり話てもいられなかったのですが、
バンコクでは久し振りに膝を交えてあれこれ語り合えました。

彼は僕の丁度ひと回り下。
ネパールのカトマンドゥで生まれ育ち、大学を卒業後、ロンドンに留学。
その後、ニューヨークで働き、結婚を機にバンコクに住むという、
僕ら以上に波乱万丈の人生を送っています。

そうした彼の視線は、
時に僕の予想しなかった角度で色々な状況を捉えており、
しばしば、はっとさせられることがあります。

今回もタイの政治状況について質問したところ、
こんな意見が返って来ました。

「タイの最近の政治状況はどうだい?」
「いいよ。」
「いい?」
「ああ、何事もなし。」
「いいってさ、去年のクーデターから軍事政権だろう?」
「そうだよ。」
「それでいいのかい?」
「みんな不満はないんじゃないかな。」
「どうして?」
「だって社会が安定しているからさ。
 ブラザーも知っての通り、
 インラックが首相をやっていた時は、
 UDD(反独裁民主戦線)とPDRC(民主党人民民主改革委員会)が、
 デモの応酬から暴動騒ぎまでやらかして大混乱だったでしょ?」
「ああ、思い出したよ。」

実は彼が新婚旅行で日本に来ようとした時も、
スワンナブーム国際空港がデモ隊に占拠されて飛行機が飛べず、
一度は航空券をキャンセルしなければならなくなったことがあったのです。

僕よりずっと敬虔な仏教徒である彼は、
「自己中心的な立場で彼らを批判するべきではないよ。
 でも、ま、残念だったけどさ。」
とだけ言っていました。

「民主主義も結構なんだけど、
 決めるべきことが決められず、
 挙句の果ては一般市民の日常生活に支障が出る状態にまでなると、
 みんな政治家を信用できなくなってしまう。」
「軍は?」
「彼らはいい人たちだよ。僕たちに対して銃を向けるようなことはしないし、
 普通に生活する分には特別な制約もない。」

確かに今回僕が旅をした街でも、
制服組が自動小銃を下げて睨みをきかしているような光景は、
全く見ませんでした。

「それに軍はかつてのミャンマーみたいな状況を望んでいない。
 まもなくまた政治家に政権のバトンを自主的に渡すと思うよ。」

彼の意見は多分当たっているでしょう。
というのも、政治的な混乱が続くと軍がクーデターを起こし、
(今回はなんと19回目!)
仕切り直してバトンを返すということは、
過去何度もあったように、
タイでは非常にポピュラーな一種の「政治的解決」なのです。

「2年前、ブラザーが来た時も、
 一般市民は政治的な混乱に嫌気がさしていたでしょう?
 だって、ただでさえ酷く渋滞している道が、デモでさらに麻痺するし、
 ビジネスにも凄く影響が出ていたから。」
「それが今は?」
「普通に戻ったんだ。デモも怪我人もなし。平和だよ。」

要約すると、
タイの人々は、「民主的な」混乱より、軍事政権による安定の方が幸せ、
ということになるのかもしれません。

民主主義。

僕も国家の運営方針としては、
今のところ、これが最もまっとうな気がしています。

しかし、昨今の僕たちの国の状況を見ていると、
何となく過大評価されているような思いがなくもありません。

「民主的な」デモ隊が一部の交通を麻痺させ、
表現と行動の自由の御旗のもと、
はてや空港や政府機関の建物を占拠する。

ま、主義にせよ、何にせよ、
所詮は僕たち地上の人間がひねくり出したもの。
Made in Heaven ではありません。

ってことは、バグの一つや二つはあっても当然なんですよね。

えーじ
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2015年12月07日

目に見える国境

「国境を越えるってどんな感じなのですか?」

営業中に時折、そんなご質問を頂くことあります。

確かに島国で生まれ住んでいると、
国境はあっても目に見えるわけではありませんし、
海外旅行の経験があっても、
入出国手続きをする空港や港では、既に国境を越えてしまっていますから、
今一つピンとこないかもしれません。

そこで今回は、第3回研修旅行でお話した、
タイとミャンマーの国境を例に、
写真を使って雰囲気をお伝えしましょう。

タイの最北の街、メーサイ。
その北側はミャンマーのタチレクに接しており、
国境は外国人にも開かれています。

brd_thai05.jpg

これがメーサイの目抜き通り。
観光地というより、
殺風景な交易の街という趣きが強いですね。

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大通りの西側には、こんな大きな市場が広がっています。
ここにはミャンマーの人も買い物に訪れています。

brd_thai04.jpg

さて、手前には分かり易く英語でも国境の表示がありました。(一番上)
こういう親切なケースは稀のような気がします。

brd_thai03.jpg

これがタイ側の国境ゲート。
紛らわしいと思われるかもしれませんが、国境ではありません。

brd_thai02.jpg

ゲートの左側にある、外国人用のイミグレーション窓口。
何だか地方の遊園地のチケットブースみたいですね。
僕たちはここに行き、
パスポートと入国時に書いておいた出国カードを提出しました。

brd_thai01.jpg

その奥にはタイ人用のイミグレーション窓口があります。
当然表示はタイ文字のみ。

brd_myan01.jpg

ゲートを抜けると短い橋の向こうに、ミャンマー側の国境ゲートが見えます。

brd_river.jpg

ようやく来ました。このルアック川の中央が国境です。

brd_myan03.jpg

これがミャンマーの国境ゲート。
タイとは随分、雰囲気が違うでしょ?

brd_myan02.jpg

ゲートを抜けるとすぐ右側に、ミャンマーのイミグレーションがあります。
何だか田舎の交番のような感じ。
中にはユニフォーム+ビーサンのインスペクター氏3名がくつろいでいました。
ここではパスポートを提出し、入国税の500バーツか10USドルを支払い、
写真撮影後、滞在許可証を発行してもらいます。
パスポートは預けることになり、
帰る時に反対側の建物で、滞在許可証と引き換えに返してもらう仕組み。
ん〜・・・分かっちゃいても、パスポートを預けるのはちと心配。

brd_myanmarcket.jpg

メーサイと同じく、タチレクにも巨大な市場が広がっていました、
地元の人の他に、タイからの買い物客が大勢訪れています。
だからタイバーツもそのまま使えるのですよ。

大抵こうしたアジアの国境市場は違法コピー商品が大量に流通しており、
なんとも胡散臭い雰囲気がありますけど、
面白半分で迂闊に手を出すと警察のチェックポイントで見つかり、
思わぬ高い代償を払う羽目になりますから、見るだけにしましょうね。

ざっとまぁ、こんな感じだったのですが、雰囲気は伝わりましたでしょうか?

いずれにせよ、これはほんの一例で、
ボリビアのウユニのように、
実際のフロンテラ(国境)とイミグラシオン(入出国管理事務所)が、
自動車で荒野を丸一日かけて走るほど離れていたケースや、
(出国スタンプを忘れると大変です。)
コルカタからダッカに向かうバングラデッシュのベナポールの国境のように、
いろいろな部屋を引き回され、
職種不明のオフィサーから部屋ごとにあれこれ質問を受けるなど、
(通貨タカのバンクレシートを持っていなかったことを理由にカツアゲされました。)
場所や手続きは行ってみないと分からないことが沢山あります。

また、国境では役人でも怪しい連中が少なくありませんので、
とにかく大切なのは、現地の法を守り、何事も冷静に対処することです。
要は「自分の」荷物を持って、(他人のではありませんよ!)
出国審査と入国審査を通過することが目的なのですからね。

それから、今回は周辺の状況を確認し、
問題なかったので写真を撮りましたが、
往々にしてこうした施設は撮影が禁止されています。
場合によってはカメラや携帯電話を没収されるだけではなく、
しょっぴかれてしますので、微妙な時は近くの職員に訊いてみましょう。

国境。それは次の旅の始まり。
しかし、特に陸路のそれは、僕が旅をする中で、
最も警戒レベルを上げる場所でもあります。

次に越える陸路の国境はどこかな?
多分、それは来年の6月・・・中央アジアの何処かで・・・

えーじ
posted by ととら at 19:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年12月04日

ととら亭再起動 201512

アパートの前の木々はすっかり紅葉し、
柿の実が青空を背景にくっきり浮かび上がっています。
東京を空けたのは、ほんの9日間でしたが、
もうすっかり冬なのですね。

帰国してバンコクの気温とのギャップは、
それほど気になりませんでした。
移動の疲れも殆どなし。
多分、フライトタイムが短かったからでしょうね。

昨日は二人して、黙々とお店の再起動。
僕は旅装の片付けから月末処理に追われ、
ともこも野菜や肉、魚など、納品連打の後、
珍しく「無言」で仕込みに没頭していました。

それでもあまり遅くまで粘らず、
ほどほどな時間で自宅に戻って休みましたから、
体調はとてもいいです。

さて、今年も1カ月を切りましたね。
僕らもここで気持ちを引き締め、
年末に向けて頑張ろうと思っています。

と言うと気合が入っているように聞こえるかもしれませんが、
実はそうでもありません。

12月初旬はランチはそこそこ混みますが、
ディナーは、それほどでもないのですよ。
デビューの年は何故かしらん?と思いましたが、
考えてみれば当たり前と申しますか、
皆さん、会社の近くで忘年会なのですからね。

毎年、大体第2金曜日までは静かで、
そこから段々盛り上がって来るのが野方の特徴

そんな訳で、ここ1週間は嵐の前の静けさ。
今のうちに態勢を整えて、
繁忙期も、僕たちらしい仕事が出来るように、
準備したいと思っています。

えーじ
posted by ととら at 17:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2015年12月03日

第3回研修旅行 最終回

昨夜は予定通り、21時頃、野方に帰って来ました。
追い風の影響もあって、復路はフライトタイムが5時間少々。
食事が終わって映画を観ていたら、程なく小雨の降る羽田に着陸です。
タイも近くなったものですね。

タイは回数でいうと僕が一番訪れた国なのですけど、
今回は行ったことのない北部が中心だったので、
とても新鮮な印象でした。

日本に例えるなら、
関東しか訪れたことのない外国人が、
初めて大阪や京都に行ったような感じでしょうか。

今の仕事ですと、どうしても首都が中心になってしまいますが、
趣味としては所謂「何もない」地方都市で、
のんびりする方が好みなのですよ。
観光地は良くも悪くもやっぱり観光地ですからね。
色々な意味で不便が先立つ田舎町ですが、
人の素朴さと時間の流れの緩やかさが僕は好きです。

今回、思わぬプレゼントだったのは、
チェンマイで丁度日程の合ったお祭り。

到着したバスターミナルでトゥクトゥクの交渉をしていたら、
全然値引きに応じません。

おいおい、それはないだろう?

と粘ってみるも、皆おしなべて、
「旦那、今日はお祭りで道が混んでるんですよ!
 そんな値段じゃ行けませんぜ!」
との回答。

お祭り? ほんとかよ。

ま、誰も乗せてくれないならしょうがない。
いい値で手を打つしかないか。
(概ねマックス100バーツ(約320円)で考えていたのですが、
彼らの指値は150バーツ(約480円)。
まぁ、この程度のことなんですけどね。
経済感覚がもう現地化していたもので。)

さて、その晩はナイトバザールに出かけ、屋台を梯子していました。
チェンマイ名物のスパイシーなソーセージ、
サイウアと象のマークのチャンビール、
カオソイに舌鼓を打ちつつ、
ふと空を見上げると、そこには大きな満月が。

「わぁ、きれいだね!」
「スーパームーン?
 気のせいかちょっと大きく見えるな。」
「あれ?何だろう?」
「ん?」
「ほら!見えない?
 星みたいに光ってるものが沢山!」
「え?どこ?」
「月の左側よ!動いてる!」
「あ、ありゃなんだ?」
「うわぁ〜、いっぱい!」

タイでは陰暦12月の満月の夜に、水の精霊に豊穣の感謝を捧げ、
罪や汚れを水に流して魂を清める、
ローイクラトンというお祭りが行われます。

カトーンと呼ばれる灯篭が川に流れ、
空には熱気球の原理で浮かぶコムロイが放たれるのです。
その幻想的な光景は、かつて見たことのないものでした。

満月の照らす夜空を、緩やかに舞う、儚げな光のコムロイ。
それはまるで、天に帰る、魂のように見えます。

「きれいね。」
「ああ。」

旅の出会いとは、人とばかりではありません。
この日の夜空は、僕たちにとって、
忘れられないものの一つになりました。

次はローイクラトン発祥の地と言われる、
スコータイで見てみたいですね。

えーじ

loikraton.jpg
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2015年12月02日

第3回研修旅行 その7

いやぁ〜、
昨日は夜だけではなく、日中も驚きました!

カオサンに行ったのは2000年2月以来、
概ね15年振りだったのですが、
なんともまぁ変わったこと!

何が変わったって?

それは訪れている旅人ですよ。

フツーなんです、フツー!

当時はバックパッカーが殆どで、
その風体ときたら、
「あの〜、最後に髪を切ったのは何カ月前ですか?」
とか、
「それ、もともとTシャツとショートパンツだったんですよね?」
風な”ファッション”が多く、
時には「地球人ですよね?」的な、
旅人だかインドのサドゥー(苦行僧)だか分からない人もいて、
あの頃の僕でさえ”小奇麗”と言えなくもないものでした。

それがですよ!
手前の路地のカフェで一息入れていたら、
エナメルのコンビシューズにひらひらのお洋服を着て、
可愛らしいピンクのキャスター付きトランクを転がしたお嬢さんが、
ひとりでしずしず歩いていたりするじゃないですか!

うぉぉ、これはもう、
高尾山山頂が渋谷か原宿のようになった時以上の衝撃でした。

他にも小さなお子さん連れや、20代前半と思しき、
とても綺麗でお洒落な恰好の女性グループも珍しくなく、
反対に一見してオールドファッションなバックパッカーは、
僕も含めて明らかに少数派。
(ありゃ〜、ともこは穴の開いたTシャツを着てるし・・・)

そしてそれに伴い、
通りの両側や路地裏に犇めいていた、いい加減で怪しげなお店も、
一般的な観光地によくあるショップに入れ替わっていました。

つまりですね、
極めて健全なツーリストタウンになっていたのですよ!

もしかしたらコルカタのサダルストリートや、
カトマンドゥのタメル地区も、こんな風になっているのかしらん?

ま、その方がより多くの人々に安心して楽しんで頂けるでしょうし、
経済効果も期待できますから、いいのでしょうね。

さて、今日はいよいよ11:20分の便で東京に戻ります。
僕たちが着く頃の中野区の天候は曇り。
気温は10度前後でしょうか。
ということは、バンコクとの気温差は24度くらいか。
ちょっと寒そうだなぁ。
風邪を引かないように気を付けなくちゃ。

それでは次は野方から!

えーじ
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2015年12月01日

第3回研修旅行 その6

休暇も今日で終わり。
一昨日のマーケットで見つけたTシャツに、
いいことが書いてありました。

To do list

-> Nothing

うんうん、そうなんですよ。
オフというのは「何もしないことをする」のです。

それじゃ夕飯も食べたし、
ホテルに帰ってのんびりしようじゃないか。

シャワーで汗を流し、さっぱりしたら、読みかけの本を出し・・・
はぁ〜・・・いいねぇ、こういうの。

そうして数ページ読み進んだ頃・・・

外で稲光のようなものがピカピカピカ!っと。
それと何故かシンクロして部屋の電気も素早く明滅し始めました。

ん? なんじゃこりゃ?

その数秒後、室内は真っ暗に。

「停電だ。」
「どうしたの?」

僕はキャップライトを取り出して点灯しました。

外ではまた閃光がピカピカっ!
そして微かに人の叫ぶ声がします。

何かおかしい。

そこで窓を開けると、この光景が・・・

fireonhotel.jpg

プラスティックの燃える臭いがここまで届いて来ます。

「火事だ!服を着替えて貴重品だけまとめて!」
「え!」
「落ち着いて!ビーサンではなく靴を履くんだ。」
「はい!」

パスポートや現金などをざっとデイバックに詰め、
着替えるのに1、2分か・・・

「OK?」
「うん!」

もう一度窓の外を見ると、誰かが消火器で火を消そうとしています。

まだ火は回り込んでいないようだな。
でも電気系統だったら別の場所でも燃えている可能性がある。

「準備はできたね?」
「うん!」
「それじゃ僕の後について来て。
 エレベーターはダメだ。非常階段で降りる。」

扉を触り・・・

大丈夫だ、熱くない。
廊下は燃えていない。

問題は電子錠だ。
主電源が落ちている。
ロックアウトされていなければいいけど・・・

レバ―を捻ると鍵が開きました。
内部バッテリーが生きていたな。
OK・・・少しだけ開けて・・・煙は・・・来ていない。

ここでけたたましく非常ベルが鳴り始めました。

「よし!脱出するぞっ!」

館内は真っ暗。
所々から宿泊客の声が聞こえてきます。
パニックにはなっていません。

非常階段は・・あった! あそこだ!
扉は・・・ロックされていない!

「行くよ!足元に気を付けて!」

僕たちが泊まっているのは5階。
暗い階段をキャップライトの灯りを頼りに降りていたので、
何とも長く感じます。
しかしもうすぐ1階・・・ところが・・・

「ちっ!何てこった!」

1階の非常口の前には工事の資材が雑然と置かれています。
そういえばこのホテルは現在改装工事中でした。

消防法違反だぜ。
でも気を付ければ何とか通れなく・・・ないな。

ようやく1階のロビーに出ると、
そこには避難して来た宿泊客がもう20人ほどいます。
みな慌てて逃げて来たのでしょう。
中には上半身裸の男性も。

「ふぅ・・・脱出成功だな。」
「びっくりしたね。」
「ああ、無事でよかったよ。」
「どうなってるんだろう?」
「外で何かが連続して光っていただろう?
 あれは高圧電流がショートしていたんだと思う。
 それで電気系統の何かの装置が燃え始めたんだ。」

ホテルのスタッフは宿泊客と同様に右往左往しています。
何かをアナウンスする様子はありません。

仕方ない。

「この現場の指揮は誰が取っています?」
「シキ?」

person in charge が通じないか。

「何が起こっているのです?」
「外で火災がありました。外なので大丈夫です。」

何故そう分かる?

「僕たちはここにいるべきですか?
 それとも外へ避難するべきですか?」
「ここで大丈夫です。」

「なんだって?」
「彼女たちも何も分かっていないんだよ。
 取り敢えずロビーは安全だ。
 ともこはここで荷物を見ていて。
 僕は火災の状況を見て来る。」
「危ないよ!」
「大丈夫、危険なようなら近付かないさ。」

外に出て建物を回り込むと、さっき火が燃えていたあたりには誰もいません。
薄っすら煙は残っていますが、火の気配もなし。

近付いてみるか。

burnedbox.jpg

どうやら燃えていたのはこれのようです。

電信柱からケーブルを引き込んでいるみたいだけど、
受電装置?
それにしちゃ小さいな。
ん〜・・・

「あ、帰って来た!心配したよ!」
「大丈夫。もう火は消えていた。
 でも誰も何もしていないんだ。」
「誰も?」
「ああ、消防も、電力会社も姿が見えない。」
「どうしよう。」
「あれがすぐ直るとは思えないな。
 ダブーに連絡して泊めてもらうか。」

ところが何回コールしても・・・

寝ちまったみたいだな。
仕方ない。

「取り敢えず小康状態だから、残りの荷物を取って来る。」
「えっ!やめなよ!危ないんじゃない?」
「大丈夫。危険な気配はない。
 このまま何時間待たされるか分からないだろう?
 さっと荷物を取って移動しよう。」
「じゃ、あたしも行く!」
「ダメだ。僕一人の方が動き易い。
 ともこはここで荷物を見ていて。」
「大丈夫?」
「ああ、すぐ戻るよ。」

再びキャップライトを点けて非常階段へ。
煙や物の燃える臭いはありません。

大丈夫だな。

そうしてまた5階まで登り、部屋に戻ると・・・

うん、まだ電子錠は動く。
でも閉じ込められるのは御免だ。
開けたまま荷物を集めよう。

部屋の中も異常ありません。
そこで手早く残りの荷物を集めてバックパックに詰め・・・

よし、これで全部・・・だな。
帰ろう。

外に出て扉を閉めるとロックされました。

OK、長居は無用だ。

3階まで降りたところで、
インド人の宿泊客が非常階段に入ってきました。

「やぁ、大丈夫ですか?」
「はい。」
「僕はライトを持っています。一緒に降りましょう。」
「ありがとう。」

どうやら彼も荷物を取りに来たようです。

「持ってきたよ。」
「あ、帰って来た!ありがとう!
 でね、なんか責任者みたいな人が来て話をしていたの。」
「どの人?」
「カウンターの一番右の女性。」
「OK、話を聞いてくる。」

「状況はどうですか?」
「外で火災があり、電気系統のシステムがダウンしました。」
「僕たちはどうしたらいいですか?」
「ここで待っていて下さい。40分で復旧します。」
「分かりました。」

「なんだって?」
「40分で直るとさ。」
「本当?」
「どうだかね。
 受電装置の一部だとしたら半日はかかると思うけどな。
 しかもさっきまで誰も対応していないし。」
「どうしよう。」
「もうちょっとここで様子を見てみよう。」

再度ダブーに連絡をしましたが・・・

ダメか。こりゃ完全に夢の中だな。

「もう一度さっきの現場を見て来るよ。」

やっぱり同じだ。誰もいない。
どうなってるんだ?

そこへ電気工事業者らしい車が現れ、
降りて来た3名の作業員らしき人が隣のビルに入って行きました。

ようやく騎兵隊の到着・・・か?

ロビーに戻るとやっと責任者らしき女性が話を始めました。

「皆さん、ご迷惑をおかけしております。
 只今電気系統の修理をしておりますので、40分ほどお待ち下さい。」

「何て言ってるの?」
「さっきと同じ。40分で復旧するってさ。」
「そんなに早く?」

取り敢えず様子を見るしかないな。

ホテルのスタッフが椅子を並べ始め、水を配っています。
ようやく組織らしい動きになって来ました。

「暑いね。」
「冷房も止まっているからな。」

そうしてロビーに諦めのムードが漂い始めた時。
突然照明が。

「おお!」
「点いたぁ!」

一番大きな声で喜んだのは、ホテルの責任者でした。

「やれやれ。」
「随分早かったね。」
「ああ、受電装置じゃなかったみたいだな。
 何かのサブシステムが漏電して、
 メインブレーカを落としてしまったのかもしれない。
 そうだとすれば、サブは切り離したままにして、
 メインブレーカを上げれば復電する。」
「お部屋に帰れる?」
「ん〜、もうちょっと様子を見よう。」

そして10分後、責任者に近付き、

「もう部屋に帰れますか?」
「何階です?」
「5階です。」
「それなら大丈夫です。電子錠の確認は終わりました。」
「ありがとう。」
「ご迷惑をおかけしました。」
「いいんですよ。早く復旧して良かったですね。」

「まだ油断はできないから階段で昇ろう。」
「うん、エレベーターに閉じ込められたら大変だもんね。」
「うひ〜、また汗びっしょりだ。」
「帰ったらもう一回シャワーを浴びようよ!」
「もちろんさ。」

とまぁ、お約束のサプライズが今回もありました。

あれ? 今日はオフだったよな。
はぁ・・・

ま、よしとするか。


えーじ
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