2016年02月26日

ととら亭再起動 201602

おはようございます。

一昨日の帰国は深夜になってしまいましたが、
昨日一日、ともこ料理長が頑張ったので、
お店の再起動は滞りなく完了。
今日はランチから通常通り営業します。

暦を見ると、もう2月も終わりなのですね。
街を歩けば沈丁花やベンジャミンまで、
もう蕾が膨らみかけているではないですか。
春はもうすぐそこか・・・

・・・・?

って雅な感傷に耽っている場合じゃなかった!
まだ決算が終わってないんだった!
来週の定休日は朝からお店にこもってしこしこやらねば。
え? アンコールメニューの変更も重なってる!?
うぁ〜・・・

旅の終わりはいつもこんなもんか。

えーじ
posted by ととら at 09:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年02月25日

第11回取材旅行 その14

いやぁ〜、東京はまだ寒いですね。
僕らは予定通り昨夜の22:45、羽田に到着しました。
野方に帰って来たのは日付が変わった24:30頃。

ケープタウンからドーハまでのフライトタイムが約9時間、
ドーハでのトランジットタイムが約8時間、
最後が羽田までの約9時間、
足掛け2日かけてアフリカの南端から帰る旅は、
食べて寝てばかりとはいえ、やっぱり少々草臥れました。

ま、こうした不便も日常のありがたさを知るひとつのきっかけですね。
熱いシャワーで体を洗い、「体を伸ばして」寝れるというのは、
素晴らしいもんですよ。

今朝は9時頃に起き出して、
お店で珈琲を飲んだら二人ともスイッチオン。
恒例のととら亭再起動の始まりです。

この時ばかりは、
普段弾丸トークのDJともこも黙々と仕事をしているので、
僕もこうして集中できるという訳。

さて、それでは最後に残った南アフリカの旅を、
ビジュアルに振り返って見ましょう。

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アディスアベバからジョハネスブルグを経由し、
飛行機が着陸態勢に入る頃、大西洋が見えてきました。

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飛行機を出た直後、
ボーディング・ブリッジを歩いている時から感じるエチオピアとの大きな差。
出発ロビーに上がって見渡せばご覧の通りです。
ん〜、経済力の差はまず空港に現れるのかもしれません。

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大航海時代の経由地だったケープタウン。
現在では海運業だけではなく、温暖な気候を利用した農業、
寒流のベンゲラ海流と暖流のモザンビーク海流が合流する好漁場での漁業、
そして南アフリカ共和国の立法府を司る首都の一つでもあります。
ちなみにこの国に首都は3つあり、
あとの二つがプレトリア(行政府)とブルームフォンテーン(司法府)。
有名なヨハネスブルグ(ジョハネスブルグ)は最大の都市にして金融の中心地です。

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僕たちが投宿した中心部を貫通するロングストリート。
昼間の顔は穏やかです。

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宿はこんな感じ。
諸外国によくある、1階で飲食店や商店が営業し、
ホテルの入り口は脇の方にひっそりとある構造。
2階にフロント、客室が2階から上。
場所にもよりますがセキュリティは厳重で、
ここでベルを押すとカメラで確認された後、ドアが開錠され、
フロントの前にある夜間だけ閉められるもうひとつのドア抜けて、
ようやくこんにちは。

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ケープタウンではコストよりセキュリティと取材の地の利を考えて選んだので、
僕たちにしてはかなりゴージャスな部屋。
でもダブルで1泊10,000円くらいです。
近くでもっと安い宿もありましたが、窓が2重になっていなかったりすると、
夜は未明まですさまじい喧噪になるので、
泥酔するか、耳栓なくして眠るのは困難でしょう。

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表通りはご覧の通り、ヨーロッパの何処かの街を彷彿させる雰囲気。
ビル壁面のペインティングは南アフリカの国旗です。

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坂を上り始めると、やや所得の高い人たちの住宅地があります。
家が立派になるほどセキュリティレベルも上がり、
どの家にも1階の窓には鉄格子がはまっていることから、
治安はあまり良くなさそうです。
時には警備会社の大きなステッカーが貼ってあり、
そこには「警告!武器で反撃します。」と書いてありました。
ま、それはいいのですけど、一般道で写真を撮っていたら、
放し飼い(?)の大きなジャーマンシェパードが、
バウバウ吠えながら走り寄って来たじゃないですか!
おいおい、こいつはやり過ぎだ。

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教会の他、マレー系の移民が多いのでモスクもあり、
宗教的には穏便に共存している様子が伺えます。
ちなみに仏教的な要素はまったくなし。
ヒンドゥー教徒が多い割には寺院を見かけませんでした。

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その移民が持ち込んだ文化の混ざり具合がビジュアルに分かる地区がここ。
ボカープ地区と呼ばれており、主にマレー系の移民が住んでいます。
如何です?シンガポールのプラナカン料理の中心地、カトン地区で撮った写真です、
と言っても誰も疑わないのではありませんか?
アフリカ大陸最南端の街にあるアジア。遠く離れて深い縁を感じます。

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さて、洋の東西とアフリカの文化が微妙に混淆して生まれたのが、
ケープマレーと呼ばれる料理。
まずはカレークリームソースで軽く煮こんだ鳥のレバーから始めましょう。
辛さはほんのり。ソースは濃厚で、
パンも付いて来ますから前菜と言っても結構お腹が膨らみます。

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ブレディと呼ばれるプラムを使ったラムやビーフの煮込み。
甘みのあるトマトベースの濃厚なシチューという感じ。
ライスやロティと一緒に頂きます。
あ、脇役ですけど、ここのロティは絶品だったな。

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定番の主菜は何と言ってもボボティでしょう。
キーマカレーをキャセロールに敷き、卵白をかけてベークした料理。
ポイントはプラムのチャツネを塗っているところ。
辛さと甘みのバランスが面白い。

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さて、お腹がいっぱいになった所で、
ケープタウンのシンボル、テーブルマウンテンに行きましょう。
標高1,086mの頂上までケーブルカーで一気に登ります。
これ、高所恐怖症のショック療法には抜群の効果が期待できますね。

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頂上から見渡すケープタウンの街。
地平線の向こうにずっとアフリカ大陸が続いています。

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頂上はご覧の通り。
本当にテーブルのようにまっ平ら。
高山植物が咲き乱れ、とても美しいところでした。

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場所が変わり、海沿いにはウォーターフロントと呼ばれる、
横浜のみなとみらいと、
大型ショッピングセンターを合体させたような商業地区があります。
美味しいレストランが多く、夜でも治安が良いのでいつも大賑わい。

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余談ですが、エチオピアと南アフリカで再会して驚いたのがチェ・ゲバラ。
自動車にステッカーが貼ってあったり、ここのように名前を使った店まであります。
アディスアベバでミキに「どうして?」と訊いたら、
貧しい者の為に国境を越え、命を懸けて戦った生き方に、
共感を覚えている人がしばしばいるらしいとのこと。
そう言えば、彼は1965年にコンゴで革命の指導を試みたことがありました。
結果的には失望に終わってしまいましたが、
今、チェがこれを知ったら苦笑するかもしれませんね。

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さて、料理の話に戻りましょう。
今度はマレー以外の影響を受けたものです。
インド系の人も古くからたくさん住んでいるので、
スパイシーな料理が色々な所で楽しめます。
このサモサもそう。
タイのチリソースを添えて食べるところがケープ風なのかな?
それから嬉しかったのはサラダが安心して食べられること。
基本的に水道水も飲めるのですよ。

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バニーチャウ。別名ダーバンカレーとも呼ばれるもの。
こんがり焼いた食パンの中身をくり抜き、チキンバターマサラや、
チキンティカマサラなどのカレーを詰めてサーブします。
ま、パンとカレーなのですが、こうした発想はどこか名古屋的ですよね。
ほら、天むすとか、そんなアイデアじゃありません?
ともこの手と比べてみて下さい。これで1人前ですよ。
くり抜いたパンの中身はごろっと横に置かれていました。

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アフリカ東部の国で広く食べられているぺリぺリチキン。
秘伝のホットソースでマリネしたチキンをグリルした料理です。
南アフリカではNandosという専門店もあり、
そのフルーティな酸味の効いた辛いチキンは、一食して僕らも虜になりました。
このぺリぺリソースはマイルドからホット、
ガーリック風味やハーブ風味などいろいろあり、
テーブルに置いてあったので、チップスからサラダまで、
ドバドバかけて食べちゃいました。
そうそう、マカオには東部の国からポルトガルが伝えた、
アフリカチキンなる料理があるそうです。
今度比較しに行こうかな。

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締めのデザートの代表格はマルヴァプリン。(右端)
オランダの影響受けたスイーツと言われており、
アプリコットジャムとキャラメルを使った超濃厚な熱々パンプディング。
これに温かいカスタードクリームを添えて食べるか、
アイスクリームと一緒にコントラストを楽しみます。
これ、ほっぺが落ちますよ。

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おっとこれも忘れちゃいけない。
南アフリカというとワインが有名ですが、夏という季節の所為か、
皆さん外の席ではビールをガンガン飲んでいらっしゃいました。
勿論、ワインも安くて美味しかったですよ。
特に白のシュナンブランと赤のピノタージュは、今回取材した料理との相性が抜群。
今度ととら亭のワインリストにも加えなくては!

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はぁ〜・・・今回の旅も佳境。ドーハへ向かう帰りのルートです。
ほんの5日間の滞在でしたが、ケープタウンも密度は濃かったですね。
それでもまだ未チェックの料理がありますし、
豊かな自然やタウンシップの歴史など、調べてみたいことが沢山見つかったので、
いつの日か、是非もう一度訪れてみたいと思っています。
うん、そう遠くない未来に・・・ね。

えーじ
posted by ととら at 18:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年02月24日

第11回取材旅行 その13

日本の皆さま、こんばんは、そしておはようございます。

僕たちはカタールのドーハまで戻って来ました。
ケープタウンからここまでのフライトタイムは約9時間。
例によって狭いエコノミーの席に押し込まれ、
食べては寝るフォアグラフライトではありましたが、
僕らが日本で生活していて殆どないのがこうした時間。
ここぞとばかりにのんびりしています。

そう、のんびりと言えば、ここハムド国際空港でのトランジットタイム。
ボーディングまでまだ7時間くらいあります。
で、今はフードコートでこれを書いているのですよ。
新しい空港だけあって、Wi-Fiの環境はとてもいいですね。

アディスアベバのボレ国際空港では、
街中では見かけなかった中国人観光客の方たちが大勢いましたが、
ケープタウンからドーハまでは、
場所柄か、東洋人の姿は殆どありませんでした。
どうりで書店に入っても、アジア系をテーマにした本がないわけです。

しかし日本からの直行便があるドーハでは、
東洋系、それも日本人の姿を沢山見かけるようになりました。
僕らのちょっと後ろには、卒業旅行と思しき男の子たちが4人。
楽しそうですね。彼らは行きかな?それとも帰りでしょうか?

さて、僕たちはここで今回の取材のまとめに取り掛かります。
南アフリカは取材候補に挙がっていた料理を殆ど試せたので、
後は絞り込みだけです。

反対に、ちょっと苦労したのがエチオピア。
アディスアベバはそもそも飲食店の数が少なく、
(現地の人々はあまり外食しないようです)
ある程度のグレードの料理を出すところは散在していたので、
タクシー代がけっこう嵩みました。
安宿の多いピアッサ地区にはもうちょっと数があると思ったのですけどね。
それから折角行ったレストランでもあまり料理のバリエーションがなく、
事前に調べていた料理を網羅することができなかったのです。
こうしたケースは以前もブルガリアやアルメニアであったなぁ。

でも前回ご紹介したミキさんやシャムさんの協力で、
難しい所をかなり掘り下げることができました。
彼らのサポートがなかったら、見つからなかった料理もあったでしょう。

回を改めてお話しようと思っていますが、
今回の旅は、料理以上に、人から教えられたことが沢山ありました。
例えばエチオピアでは貧困という切り口があります。
定量的に比較してしまえば、これは「彼らの問題」になるのかもしれません。
しかし、相対化して、目指すべきは「豊かさ」なのだと視点を変えれば、
それはまさしく「僕たちの問題」に他ならないと思いませんか?

僕は旅に出ている時に限らず、よくこんな風に自問してしまうんですよ。
僕たちは、いや、僕は豊かなのか?って。

ああ、年収や銀行口座の残高のことじゃありませんよ。
自家用車や家電品やお洒落な服の数のことでもありません。

ん〜・・・なんて言うのかな?
じゃ、こう質問し直しましょう。

彼らは貧しい。
で、改善(支援)するべきだ。
そしてその目標は、「僕たちのように」なること。

あなたは何の疑問もなく、
なるべき理想のモデルとして手を挙げられますか?

もうひとつの切り口が「経済格差」。
エチオピアだけではなく、カタールや南アフリカでも、
持つものと持たざる者のコントラストは、生々しいものがありました。

この格差は、当事者の努力の結果であると、簡単に片付けられるのでしょうか?
自由競争の最低限のルールである、スタート時点の平等性すら確保されていない社会で、
生々しい競争原理だけが躊躇なく爆走する。

美しい街。
小便臭い路地裏。

ケープタウン市内からバスで空港へ向かう途中、
街の外縁に広がるタウンシップ(スラム)を見ながら、
僕は短い滞在で出会った何人もの物乞いの姿と、
彼、彼女たちの言葉を思い出していました。

サー、サー。
私はお腹が空いています。
食べ物を買うお金を下さい。

彼らから見れば、僕はマハラジャ級のリッチマンなのかもしれません。
いや、きっとそうなのでしょう。

僕がリッチ?

本当に?

ん〜・・・

えーじ
posted by ととら at 07:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年02月23日

第11回取材旅行 その12

ドーハでの下見が終わり、
いよいよエチオピアのアディスアベバで取材の始まりです。

と早速始めてみたいのですが、先のブログでもお話しましたように、
今回はあまりにも色々なことがあり過ぎて、
どこから、どのように話を始めていいものやら、
未だに頭の整理がついていません。

料理と文化は同じコインの裏と表。
そして文化は悠久の時の流れの中で歴史と一体化しています。
僕らの短い旅で知ることが出来るのは、
一瞬のスナップショットでしかないのでしょう。

言い訳がましい前置きですが、
どんな形で最終的に表現するかは、特集が始まるまで猶予を頂き、
今日はそのダイジェスト版でご勘弁を。

では・・・

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僕たちが夜明かししたボレ国際空港の第1ターミナル。
ちょっと分かり難いかもしれませんが、
左側にアライバルのドアがあり、なんと税関を抜けた途端、
建物の外に出てしまいます。
中に入るには、もう一度靴を脱いで、手荷物検査から。

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アディスアベバは結構大きな都会です。
僕たちが投宿したホテルのあるピアッサ地区は、
目抜き通りのチャーチ通りを北上した丘の上。

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この雑然とした雰囲気は、
南米やアジアのそれとも微妙に異なる空気感です。

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ホテルはここ。
老舗ですが現在のグレードは中級・・・なのかな?

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1階は地元の料理が旨い有名なレストラン。
2階はこんな空間があり、外周が客室です。

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右側にホットシャワーとトイレのある、1泊40USドルのダブルルーム。
ここではかなり高級な方です。一応スイートだった・・・かな?
風通しが良く、居心地も悪くなかったですね。
しかしWi-Fiはプチプチ。

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今回は取材の協力者から紹介された
現地NGOのミキさん(ともこの左側)が、
初日から何かとアシストしてくれました。
彼は Win Souls for God というクリスチャン系のNGOで、
マネージャーの仕事をしており、
料理に留まらず、ネットや本では分からないエチオピアの様々な事情について、
詳しく教えてくれたのです。
その話はまたいずれしましょう。

Win Souls for God
 -> http://www.wsg-streets.org/index.php (英語)

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アフリカで最大級と言われる市場のマルカート。

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ここでの生活や仕事に必要なものが全て揃います。
僕たちも食材のサンプルを買って来ました。

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もう一人の忘れられない協力者がシャム・ムハマドさん。
彼はマルカートにほど近いテナントビルで、
クッキングスクールを経営するシェフ。
今回は忙しい中、僕らの質問に答えてくれただけではなく、
とても参考になる英語のレシピ本までプレゼントしてくれました。

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さて、それではアジスアベバの郊外に出てみましょう。
自動車で南へ向かい、30分も走ると景色が一変します。

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少しずつ標高が下がり、乾いた草原が広がり始めました。

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時折現れる民家もこうした農家が殆ど。

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僕たちが出かけた日は丁度日曜日。
村では市場が開かれていました。

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村には飲食店はおろか商店が殆どなく、
こうして週末に村人たちが広場に集まり、
農産物や家畜の売り買いや、時には物々交換が行われます。

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外国人が殆どいない地域を歩いていると、
まず先に近付いてくるのが好奇心旺盛な子供たち。

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言葉が通じなくても、気持ちは通います。

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アディスアベバの中心部を離れると、何やら懐かしい乗り物が・・・
そう、東南アジアから西にかけての庶民の足、トゥクトゥクです。
ここではバジャジと呼ばれ、なんと乗合で使われていました。

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さて、それでは本題の料理をご紹介しましょう。
アムハラ族を中心とする人々の主食は、
テフという穀物の粉を湯に溶き、発酵させてクレープ状に焼いた、
インジェラという食べ物。
写真はそれを焼いているところです。

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これをお皿代わりに敷き、上におかずを乗せて頂きます。
これはフィルフィルという、
スパイシーなミートソテーとインジェラを和えた料理を盛ったもの。
手掴みでもしゃもしゃ頂きます。

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おかずの筆頭はワットと呼ばれるシチュー。
これにはバルバレと呼ばれるホットペーストを入れたカイワットと、
それを入れないアリチャワットの2種類があります。
写真の中央はカイワットの代表とも言えるチキンを煮込んだドロワット。
高級店ではカッテージチーズをまぶしています。
その両脇がケールとラムを煮込んだもの。
ともこの手をご覧下さい。ボリューム感がお分かりになるでしょう。

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ご覧の通り、ワットには様々な種類があります。
どれも味と風味が異なり、ビュッフェの食べ比べは大変参考になりました。

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ベジタブル系ワットでポピュラーな豆のパウダーで作るシュロワット。
テガビノとも呼ばれており、どこのレストランにもある定番メニューです。

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カイワットのビーフ版、スガワットとバルバレを塗ってグリルしたチキン。

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炒め物はティブスと呼ばれ、ビーフ版とラム版をよく見かけました。
手前が後付けのバルバレペースト。
雰囲気はチュニジアンハリッサに似ていますが、
香りは全然違いますね。辛さもこちらの方が上。

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エチオピアは内陸国ですが、海の魚使った料理もあります。
これはシュロワットでツナを煮込んだ料理。

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エチオピアと言えばコーヒーの生まれ故郷。
地元ではブンナと呼ばれ、じっくり味わうコーヒーセレモニーがあります。
これは僕たちが毎日飲んだダイジェスト版。

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イタリア式に機械で淹れるカフェの老舗、トモカコーヒー。
ここは美味しいだけではなく、ローカルが集う雰囲気が良かったですね。

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最後はNGOで100人単位の炊き出しを担当している女性たちと。
ある意味、同業者と言えばそうなのですけど、
エチオピアでの写真を見返していて、
いま、僕たちが皆さんに一番伝えたい何かを最も表しているのが、
この一葉のような気がしています。

さて、明日はいよいよ東京へ向けて、長い帰路につきます。
まずはケープタウンからドーハへ9時間少々のフライト。
次はトランジットのハマド国際空港からお話できるかな?

えーじ
posted by ととら at 05:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年02月22日

第11回取材旅行 その11

お待たせ致しました。
旅も佳境となりましたが、今回の旅を3カ国に分けて、
ビジュアルにお伝えしましょう。

今回、ここまで遅れた言い訳はと申しますと、
アディスアベバで泊った宿のネットワーク環境が、
イマイチだったのですよ。
スピードが遅いだけなら待てばいいのですが、
Wi-Fiが不安定で、セッションがプチプチ切れてしまうんですね。
文字だけのブログでさえ、
アップロードするのに普通なら1分で終わる作業が、
10分以上もやり直しを繰り返させられる始末。
ま、たった2基のAPに宿泊客だけではなく、
レストランに訪れた人々まで、
時には一人で3台も(!)端末をぶらさげるんですから、
オーバーロードもいいところ。

幸いケープタウンの宿はスピードもそこそこ出て安定しているので、
今日は写真もすいすい上がりました。
では、ドーハのダイジェスト版を行ってみましょうか。

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これがドーハまでのフライトルート。
殆ど眠っていたので11時間半はあっという間でした。

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到着したのは2014年に開港したハマド国際空港。
ピカピカでファシリティはとても良かったですね。

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ドーハのコントラストがよく分かる1枚。
新旧の文化が奇妙なバランスで共存しています。

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僕らが興味を持つのはもちろん旧市街。
一度火災で大きく被害を受けたスークワキーフですが、
往年の雰囲気が見事に再現されています。

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路地裏はこの通りの迷路。
マラケシュやチュニスのメディナほど大きくなくても、
初めて来たばかりだと、すぐ道に迷います。
それがまた面白い。

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中に入ればこの通り。

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色とりどりのスパイスを始め、
生活に必要なものはあらかたここで揃います。

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日中は観光客くらいしかいないスークも、
夜になるとローカルが押し寄せて大盛況。

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今回、僕らが泊ったのはこんな中級ホテルです。

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簡素な室内ですが、居心地はOK。
朝食も美味しかったです。

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スークの外縁には出稼ぎの人々のニーズを満たす店が沢山あります。
ご覧のように、フィリピン、インドネシア、タイ、インド、
バングラデッシュなどが多いですね。

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料理もバラエティに富んでいます。
目移りすることこの上ないこの界隈とはいえ、
たった2日しかありませんから、
ちょっと珍しい国の料理を試してみることにしました。
まずはアラブ料理から。
左はファラフェルのラップサンド。
右はアラブ版のピザともいえるマナケーシュ。
これに水切りヨーグルトのラブネーを添えると絶品ですよ。

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夜はイラク料理。
マクルバ(逆さま)というイラク版の具沢山スパイシー炒飯。
同じ米料理でも日本や中国とは大きく異なりますが、
これがまた美味い!

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翌日のランチはペルシャ(イラン)料理。
キョフテタブリーズィというミートボールの元祖らしきものと、
チキンをザクロのソースで煮込んだチョレステフェセンジャンなる料理。
中東というより中央アジアの印象が強い二品でした。

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さて、二日目はナイトフライトでアディスアベバへ飛びます。
ちなみにハムド国際空港のフードコートは美味しかったですね。
特に御膝元のアラブ系のコスパが良かったな。
帰りもここで食べようかしらん。

では、次回はエチオピア編です。

えーじ
posted by ととら at 07:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年02月20日

第11回取材旅行 その10

今日はケープタウンの概略をお話しましょう。

飛行機を出てすぐに感じ始めたのは、
3日前までいたエチオピアのアディスアベバとは、
街並み、人、食文化が全く異なること。

多分最初の印象の違いは経済規模からくるものでしょう。
分かり易くその差を両国の個人の平均月収に換算すると、
エチオピアの約5,200円(日本の約1/82)に対し、
南アフリカは約67,500円(日本の約1/8)もあります。
加えて個人だけではなく、
トヨタをはじめとする日本の企業など外国企業も多く進出していることから、
税収もそれなりに確保され、空港や道路が整備されているのですね。

しかし経済格差はジニ係数を見ると、
エチオピアが33.0%で南アフリカは倍近い63.1%。
この辺は国の成り立ちが大きく影響しているのではないでしょうか。
そう、ここは1994年までアパルトヘイトと呼ばれる、
強烈な人種隔離政策が生活の隅々にまで暗い影を落としてた国。

1994年4月にようやく全人種が参加する選挙が行われ、
翌5月にネルソン・マンデラが大統領となったものの、
今度は被抑圧者同士の血生臭い抗争、
3割を超える失業率、そしてエイズの蔓延など、
続く為政者には常に重い課題が課せられ続けています。

ケープタウン空港から市内までの移動で、
最初に目に入るのはタウンシップと呼ばれる、
バラックが犇めき合う街。
その住宅が次第に「高級感」を増してくると、
間もなく中心部に到着します。
アパルトヘイトが廃止されて22年が経とうとしていますが、
何が変わり、何が変わらないのかは、ここに住む人々にとって、
それぞれ微妙な違いがあるのかもしれません。

そこは治安にも大きく影響している気がしています。
僕たちが滞在しているのは中心部を貫通する繁華街、
Long Street の中級ホテル。
外縁に立地するホテルであれば、もう少し安い所もありましたが、
夜間の徒歩移動は可能な限り避けたかったので、
ここはコストより安全を優先させたのです。
この判断が正しかったと分かったのは、初日の夜でした。

飲食店やお土産物屋が並び、ちょっとお洒落で華やかな Long Street。
でも、陽が暮れるとその表情は一変します。
酒場に人が溢れ、人ごみには子供も含むホームレスが混じり、
マッドマックスさながらの暴走族の爆音、酔っぱらいの雄叫び、
それはさながら歌舞伎町から風俗ムードを抜き、
より荒っぽくしたような感じでしょうか。

今のところ犯罪行為は目にしていませんが、
この状態が1ブロックに2〜3名も配置されている民間の警備員によって、
かろうじて保たれていると分かるのには、それほど時間は要りませんでした。
昨夜も食事の帰り、宿に一番近いスーパーで水を買おうとしてレジに並んでいると、
怪しげな男がお金をきちんと払わずに外へ出ようとし、
「おいっ!こっちに戻ってこい!」と怒鳴った店員と激しい口論が始まりました。

問題の困ったちゃんは僕の真横に立っていたので、
彼を横目で見ながら、
「お〜い、早く会計してちょうだいよ!」と僕の担当のレジ係に目で合図。

そう言えば夜間の店員に女性はいませんし、
カフェ系はともかく、飲み屋のスタッフはみな頑強なマッチョガイばかり。

とまれこうした状況も立場によって感じるものは違い、
インフォメで無料の地図をもらった時、

「この辺で治安の悪いエリアがあったらマークしてもらえませんか?」
「ん〜・・・そうねぇ・・・
 駅の南側はビジネスアワーが過ぎると人気がなくなって、
 ちょっと危ないかもしれないけど、あとは別に平気よ。」

でした。

そんなムードに身を引きつつも、
一部の困ったちゃんを除けば、みな明るく親切なひとばかり。
言葉は英語が通じるので、行動に不便はありません。

食事は予想通り、大航海時代から東西の文化にアフリカのそれが混淆し、
独特なクレオール料理が発達していました。
そのユニークな味わいは、
ケープタウンをして美食の街と言わせるのに十分頷けるもの。
例によって量の多さには初日から辟易したものの、
現時点で既にととら亭でご紹介するリストは、概ね埋まって来ましたね。

物価はツーリスト相手の店で東京の2/3くらいかな。
ローカル食堂だと1/2ほどだと思います。

さて、今日はこれからウォーターフロントに移動し、
食材サンプルの買い付けとディナー。
取材の対象はマレー系の影響受けて発達した、
ケープマレー料理です。

あ、そうそう、そろそろビジュアルにご報告しなければいけませんね。
すみません、もう少々お待ちを。

えーじ
posted by ととら at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年02月18日

第11回取材旅行 その9

日本の皆さま、こんにちは、そして今晩は。
僕たちは今、アフリカ大陸の南端にほど近い、
ケープタウンにいます。日本との時差は7時間。
そちらは間もなく23時ですが、ここは日差しも眩しい17時です。

昨夜の21時、アジスアベバの宿をチェックアウトした僕らは、
エチオピアで最初の夜を過ごしたボレ国際空港へ向かいました。
今度は2003年に完成したターミナル2だから安心・・・と思いきや、
宿の前に停まっていた個人タクシーと交渉して乗り込んだ途端、

ま、マズイ!

そう、後部座席には一面に合成毛皮が敷いてあったのです。

それがなぜマズイのか?
すぐに分かった人は貧乏アフリカ旅行の経験者。

エチオピアでこうした環境は、南京虫たちの大規模集合住宅なのですよ。

外は外灯が少ないし、車内もルームライトが壊れていたので、
(両方ともここではごく普通のことです。)
車内の危険に座るまで気付きませんでした。

うあ〜・・・

走り始めて5分もすると・・・

「ね、ねぇ・・お尻が痒くない?」
「いや、まだ大丈夫だけど・・・なるべく体をくっつけない方がいいよ。」

とはいってもねぇ・・・

アジスアベバ滞在中に僕は約50回くらい献血しましたが、
この短い移動でともこも脹脛やお尻を中心に、
20回ほど貢献したようです。

このタクシー、車体はカーチェイスを10回くらいやったような状態で、
坂を上り始めると、途端にエンジンが息切れし始め、
登り切る前に停まってしまいました。

おいおい・・・

「旦那、心配はいりません。ちょっと待ってて下さい。」

初老のドライバーはにっと笑うと、
エンジンプラグを手に振っています。

それ、ここで交換するの?

暗い道路脇でボンネットを開け、
彼は何か毒づきながらプラグの交換を始めました。
所要時間は約5分。

そしてキーを回すと・・・

キュル・・キュル・・・キュル・・キュルルルルル
ぶるるるんっ!

おお、かかったじゃん!空港へ急ごうぜ!

ボレ国際空港のターミナル2は1に比べると見るからに立派。
まぁ1は、殆ど地方のバスターミナルみたいでしたからね。
ところが入ってみると、きれいなことはきれいなのですが、
ロビーには両替はおろか、キオスクすらありません。
結局、チェックインしてイミグレを抜けたら、
ちょろっと飲食店や免税品店がありましたが、
時間をつぶすには3時間が限度かな?

ちなみにエチオピア料理の代表的なミックススパイスに、
バルバレというものがあり、僕たちもサンプルに買ったのですけど、
何故か手荷物には入れられません。

どうしてだろ?

そんな素朴な疑問をチェックインカウンターで訊いてみたら、

「ああ、確かに臭いのこともありますが、
 トウガラシが大量に含まれているため、武器としても使えるからです。」

な〜るほど。
そう言えば催涙ガスの主成分はカプサイシンだったっけ?
それにしてもスパイスが武器になるとは、ひとつ勉強になりました。

予定を30分遅れて離陸したエチオピア航空のボーイング737は、
一路、南アフリカのジョハネスブルグへ。
鈍行なんですよ、例によって。
そこまでのフライトタイムは約6時間。
ケープタウンまで行く僕たちを含んだ乗客は、そのまま機内に残り、
1時間弱でまた離陸。
ケープタウンに着いたのは予定通りの現地時間朝8時でした。

入国はあっさり。
出入国カード、税関申告書、ビザはなし。
イミグレでは黄熱病のイエローカードの提示も求められず、
訊かれたのは旅行目的と滞在日数だけ。
税関は完全スルー。

空港からは市内まではエアポートバスで30分ほど。
駅近くのシビックセンターで降りた後は、宿まで約1.5kmを歩きました。
何か、すんなり行き過ぎて拍子抜けした感じです。

とまれ、順調に移動できて肩の荷が降りました。
これから南アフリカ料理の取材の始まりです。

えーじ
posted by ととら at 22:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

第11回取材旅行 その8

外国への渡航歴は50カ国以上、
国内の旅も含めると30年前後も旅人をやっているというと、
そりゃもう旅行のプロフェッショナル。

なんて言われることがありますが、
自信満々でこの仕事をやっているかというと、
昨日のブログでも白状しましたように、
実態は結構しょぼいものなのですよ。

訪れる国や場所によって、その鏡が映す僕たちの姿は違います。
これが時には結構えぐい。

確かに、ああ、そりゃ分かってるよ。
と言い切ってしまえることもあります。
しかし圧倒的に多いのは、う〜ん・・・と唸ってしまう方。
しかも、ものによっては、
数十年以上も答えを見つけ出せずにいるじゃないですか。
エチオピアの旅は、何かとそのイタイ所を突いて来ました。

僕がいつまでも煮え切らないことの筆頭は、
物乞いへの接し方。

ここアジスアベバでは、3歳くらいの子供の「マネ〜っ!」から、
悲しげな眼差しで無言のまま手を差し出してくる老人まで、
ちょっと外に出れば、どんどんやって来ます。

皆さん、着ているものも履いているものもボロボロ。
足の汚れ方からして、数週間は体を洗っていないでしょう。
そういう人々が、ゴミが散乱し、腐臭を放つ汚水の流れる路上で、
捨てられた人形のように倒れている。

その姿が存在そのもので訴えてくるのは、
金持ちとか貧乏とかという甘っちょろい経済の話ではなく、
人間の尊厳のレベルなのですよ。

ストリートチルドレンや売春婦を保護し、
社会復帰をサポートするNGOで働くミキに案内されて訪れた、
ボーイズホームで出会ったのは、そうした状況から救われた人々でした。

「サラーム!(こんにちは!)」
「サラーム!ようこそ!」

突然現れた、どこの誰だか分からない外国人を、
まるで古い友人が来たかのような笑顔で迎える人々。
英語は殆ど通じませんでしたが、
食事をしていた二人が立ち上がって、数の少ない椅子を僕たちに勧めてきました。

「ありがとう。でも僕たちはいいのです。
 皆さん食事中でしょう? そのまま座って続けて下さい。」

そう言っても、彼らは立ち上がった椅子を指差し、
僕たちを座らせようとします。

僕はここに来る前に、何人もの物乞いを見てきました。
中には僕にお金を下さい、と言ってきた人もいます。

彼らと、いま、僕の目の前で、椅子を勧める彼らは、
何も変わらない、同じ人間ではないのでしょうか。
いや、彼らと彼らではない、彼らと僕は、同じ人間なのです。

僕はなぜ、こんな話をあなたにしているのでしょうね。

では、もうひとつ、白状しましょう。

あれは2009年7月。真冬の中南米を旅していた時のこと。
ペルーのクスコで僕は朝食を食べるカフェを探していました。
気温は0度近くだったのでしょうか。
真冬の装備で歩いていても、
寒さがしんしんと足元から伝わって来る朝だったのです。

入り組んだ石畳の路地を足早に歩いていた時、
路地から少し引っ込んだ所で、小学校低学年くらいの子供が、
背中をこちらに向けて寝ころんでいる姿が目に入りました。
この寒さの中、小さな素足にはゴミ同然のサンダルを履いただけ。

「死んでいるのか?」

僕はそう思いました。

どうする?
どうしたらいい?

で、どうしたと思います?

僕は暫く考えた末、そのまま朝食を食べに行ったのです。
そして美味いパンを食べ、熱い珈琲を飲みました。

宿への帰り道、あの子が気になって、もう一度同じ道を戻ると、
彼の姿はありませんでした。

あれからずっと、あの子の姿が忘れられないのですよ。

なぜ僕は彼を見捨てたんだ?

何とも情けない話です。

しかし、ここエチオピアで、
僕はあの時、どうすべきだったのかをようやく学べた気がしています。

どうやら大きな借りを作っちまったみたいだな。
覚えてろよ。いつか倍返しだ。

えーじ
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2016年02月17日

第11回取材旅行 その7

早いものでエチオピアの旅も今日が最終日。
あまりに色々なことがあり過ぎて、
1週間は字義通りのあっという間でした。

南京虫の歓迎はたっぷり受けたものの、
(気前のいい僕は50回以上献血しました。)
当初気になった治安上の問題はなく、
取材はほぼ予定通りに終了。
今日は21時にホテルをチェックアウトして、
23時半のナイトフライトで南アフリカのケープタウンへ向かいます。

アディスアベバでの取材がすんなり進んだのは、
実のところ、出発前から多くの人々の支援を受けたからでした。
特に現地で僕たちの仕事をアテンドしてくれた、
エチオピア人のミキからは、料理に関する情報だけではなく、
この国の文化に肌で触れる、多くの機会をもらえたと思っています。

料理とはただ空腹を満たすだけのものではありません。
それは歴史であり、いま、ここの文化そのものでもあります。
そして、異文化という鏡を自分自身の目で見つめることは、
そこに映る自分たちの文化を、相対的に知ることにもなります。

エチオピアという鏡は、まるで万華鏡のように、
様々な角度と色で、僕の姿を映し出しました。

正直に言うと、どこから話をすればいいのか、
僕にはまだ頭の中の整理がついていません。
そこで今日は、こんなお話だけしておきましょうか。

出発前から電子メールでやり取りをしていたミキと現地で初めて会った晩、
僕らは彼の友人たちと一緒にエチオピア料理の夕食を食べていました。
料理の量は意外と多く、高度適応がまだ済んでいない僕たちは、
半分近くの量を残してしまったのです。
するとミキが、

「もう食べないのですか?」
「ああ、もったいないけど、まだあまり量は食べられないみたいだ。」
「ごめんなさいね、本当に美味しいんだけど。」
「OK、いいんですよ。」

彼はここでホールの女性を呼び、何かアムハラ語で話を始めました。
料理が下がり、会計を済ませた頃、戻って来た彼女の手には茶色い紙袋が。

「それは?」
「さっきの残りです。」
「持ち帰り?僕たちが残したものでしょう?」
「ええ、通りにいる人々にあげるのです。」

ホテルの外にはいつも5、6人のストリートチルドレンがいます。
年齢は10歳から18歳くらいでしょうか。
僕は彼らがいたのをチェックインした時から知っていました。
しかし、自分が食事をしていた時も、料理を残した時も、
僕の頭の中には、肌寒い路上でうずくまる彼らの姿はなかったのです。

料理が運ばれてきた時、
それが全部食べ切れないと、僕は分かっていたんだよな・・・
そうだろ?

「じゃ、明日、8時に迎えに来ますよ。」

そう言って出て行った彼を見送った時、
僕は自分の無邪気な無神経さに腹が立っていました。

食べきれないのが分かっていたなら、
もっときれいな状態で取り分けておけたじゃないか。
あれじゃどう見ても残飯だ。

OK、エチオピア。
もう一度最初から教えてくれよ。

こんな風に、アジスアベバでの取材は始まったのです。

えーじ
posted by ととら at 14:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年02月16日

第11回取材旅行 その6

ちょっと時間が開いてしまいましたが、
僕たちは元気です。

ユニークなエチオピア料理の取材も大分進んだので、
今日はその特徴をお話しましょう。

実際に食べてみた率直な印象は、
モロッコやチュニジアなど、北アフリカの料理とは、
殆ど共通点のないものでした。

食事の基本はインジェラと呼ばれる酸味の効いた薄い蒸し焼きパン。
テフという穀物を製粉し、お好み焼きのタネのように水に溶いて発酵させ、
直径60cmほどの大きい専用の電熱パンで焼きます。
発酵させているものの、物も作り方もパンというよりクレープに近いですね。
10寸くらいの大皿にインジェラを被せ、その上に様々なおかずを乗せて、
千切りながら一緒に食べます。

さて、そのおかずですが、代表的なものがワットと呼ばれるシチュー。
これは大きく分けて、
辛いカイワットと辛くないアレチャワットの2種類があります。
その差を生み出すキーは、
バルバレと呼ばれるトウガラシをベースにしたミックススパイス。
モロッコ料理で使われるラスエルハノートにも似た複雑なレシピで作ります。
ワットの名前は具の種類によって変わり、
例えば最も有名なチキンバージョンがドロワット。
ビーフを使えばスガワットといった具合。
辛みのないアレチャワットのベースになるスパイスはメケレシャといい、
これにはトウガラシを使いません。

そしてその両方に欠かせない調味料が、ケべというスパイシーな発酵バター。
料理の仕上げに加えて香りとコクを出します。

炒め物系はティブスといい、汁気の少ないビーフバージョンと、
ソースを絡めた汁気のあるラムバージョンがあります。
いずれもピリ辛ですが、好みに応じて別添えのバルバレペーストを足します。

またフィルフィルと呼ばれる、インジェラの上に、
ティブスと千切ったインジェラを和えたものを乗せたものもポピュラーですね。
俗にインジェラでインジェラを食べる究極の料理、
などとも言われているようですが、
ソースを吸ったインジェラの酸味がまろやかになり、
食べ易くなっています。

え?
文字ばかりじゃ全然分からない?
あ〜、そうですよね〜。
なるべく早めに写真入りでご紹介したいと思っています。
もう少々お待ちあれ。

えーじ
posted by ととら at 22:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年02月13日

第11回取材旅行 その5

今日はアディスアベバの概要をお伝えしましょう。

アディスアベバはエチオピアのほぼ中央に位置し、
世界でも有数の高地にある首都。標高は2,355メートル。
これは同じく高所にあるメキシコシティより115メートル高いものです。
高低差の多い地形で、僕たちのいるピアッサ地区は坂の上にある為、
手持ちの高度計は2,433メートルを指していました。
その所為かバンコクより緯度は南にも拘らず冷涼な気候で、
現在でも気温は16度から24度くらいでしょうか。
日中の日差しは強烈でも湿度が低いので、日陰に入ればひんやりしています。
朝晩は肌寒いくらいですね。

人々はおしなべて明るく朗らか。
主に話されている言語はアムハラ語。
僕にとっては馴染みのない音の並びで英語が通じないと少々困りますが、
心と心のボディランゲージで今のところは何とかなっています。

貧困の度合いは深く、
政府発表の数字が「著しい経済成長を遂げている」ことになっていても、
ストリートチルドレンや大人のホームレスの数とその悲惨な有様を目の当たりにすると、
貧困線を大きく下回った、一日2ドル以下で生活する人々の数は、
少なくない印象を受けました。

そうした場合に気になる治安ですが、
尋ねた何人かの意見を総合すると、場所と時間によりけりのようです。
日中に限って言えば、僕が歩いた範囲でなら、
危険なムードは感じていません。

困りものの数も、日本より少々多いです。
日本では蚊とダニがポピュラーですけど、
ここには南京虫(シラミ)とノミも活躍中で、
僕も早速いいお客さんになりました。
お食事の跡(3点食い)からして多分、南京虫でしょう。
ともこは無事ですから、ホテルのベッドではなく、
タクシーかローカルレストランの椅子かもしれません。
個人差にもよりますが、痒みは蚊と同じかな?
ダニほどしつこくなく安心しました。

衛生環境は概して良くないですね。
ゴミが至る所に散乱し、収集と処理、
リサイクルのシステムがどの程度機能しているかは微妙です。
下水のインフラも貧弱なため、汚水が溢れている箇所が幾つかありました。

しかし経済的な高いハードルを抱えつつも、
人々のバイタリティーと文化の多様性の持つ魅力は、僕たちを引き付けてやみません。
確かに日本の文化との違いは、表面的に限ればとても大きなものだと僕は感じています。
それでも旅の常で、出会った人々と、顔の見える距離で、お互いの名を名乗り、
話を始めると、30分もすれば、
そこにいるのは、エチオピア人と日本人ではなく、同じ地球人です。

アディスアベバでの3日目。
出会う人々は子供も大人も、男性も女性も、みな僕たちの先生。
昨夜は早速、食事中にフォークを使い、マナー違反を窘められました。

「普通に」フォークを使っただけなのですけどね。
なぜだと思います?

それは次回、食文化を中心にお話しましょう。

えーじ
posted by ととら at 20:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年02月12日

第11回取材旅行 その4

昨日朝7時。
辺りがようやく明るくなり、
僕らは黄色い車体の政府系タクシーの駐車場へ。

「タクシーですか?」

落ち着いた50歳前後の男性が話しかけてきました。

「ええ。」

僕は宿の地図を広げ、

「ピアッサのタイトゥホテルです。分かりますか?」
「OK。」
「幾らです?」
「250。」

ん? 聞いていた相場より大分安いじゃないか。

「ブル?」
「もちろん。」
「二人で?」
「はい。」

渋滞するチャーチルロードを北へ、最後は急な坂を上り、
空港から約25分でホテルに到着。
レセプションは回転ドアのエントランス内ではなく、
建物の左側面を回り込んだ場所にありました。

「おはようございます。予約していたものですが。」

事務所のような雑然とした室内のカウンターにいたのは、
20歳くらいの小柄な女性。

「ここ名前はありますか?」

彼女が見せた名簿の日付は2月11日のもの。
僕たちは本来早朝3時にチェックインする予定だったので、
10日の名簿に載っている筈です。

「僕は10日に予約しています。昨日の名簿はありますか?」

彼女はカウンターの裏を探していますが出てきません。

「ああ、いいですよ。
 今日の早朝チェックインする予定で昨日の分から予約し、
 今朝のピックアップサービスをお願いしていたのですが、
 残念ながらドライバーが空港に現れませんでした。」
「・・・そうですか。」
「それで空港で一晩明かしたのです。」
「それはお気の毒に。おかしいですね、
 ドライバーは行った筈なのですが、あなたと会えなかったのでしょう。」

いいや、そうじゃないと思うよ。

「まぁ、いいでしょう。僕たちはすぐチェックインできますか?」
「部屋がいっぱいで掃除をしてからになりますので、
 1時間半ほどお待ち頂けますか。」

部屋がいっぱい?
ということは、僕の予約も取り消されていたって訳だ。
はぁ・・・

「レストランはもうやっていますか?」
「ええ、朝食を召し上がれます。」
「では1時間半後に戻ります。」

「どうだった?」
「ま、僕の悪い予感は的中していたってことさ。」
「忘れられちゃったの?」
「多分、全部ね。それにレセプションの作りからして、
 24時間開いているようには見えないな。」
「だから電話にも出なかったのかしら。」
「うん、ま、いいさ。
 部屋は掃除をしたら入れるってさ。
 1時間半くらいって言うから、1階のレストランで朝食にしよう。」

このホテルは老舗のレストランも併設しています。
コロニアル調の広い客室でゆっくり朝食を楽しみ、

「ん、そろそろ時間だな。レセプションに行って来るよ。」

「部屋に入れますか?」
「はい。彼がご案内します。」

初老の男性が入り口に立っていました。
彼について行くとレストランの手前の階段を昇り、
手前の部屋のドアを開けてくれました。
1898年に作られた、歴史を持つ邸宅風のホテルは、
大分老朽化が目立つものの、さながら領主の館か小型の博物館のよう。

「ここは如何です?」

部屋は質素ながら悪くありません。
しかし、

「シャワーとトイレ付きの部屋がいいのです。」
「分かりました。」

そこで彼は一番奥の部屋に行き、ドアノブを回そうとすると、

「鍵が閉まっています。」

と言うなり階下へ足早に歩き始めました。

「僕はここで待っていましょうか?」
「別の部屋にご案内します。」

そこで僕たちは別館の方へ。

おじさん、僕はまだ高度適応していないんで、
早歩きはしたくないんだけどな。

彼は別館の入り口にいた男性から鍵を受け取り、
僕の方に来ました。

「行きましょう。」

はいはい。
ってまたさっきのところへ戻るの?

階段を昇るくらいなんてことはありませんが、
寝不足 + 空港で夜明かし + 高度未適応 = 調子が悪い
階段をゆっくり上っても脈拍が大分速くなりました。

おいおい、ここに戻るなら、僕は待っていればよかったんじゃん?

そしてようやく部屋のドアが開くと、
ベッドはくしゃくしゃ、サイドテーブルにはオレンジの皮の山、
おまけに床には誰かのトランクが!

「あの〜、この部屋は誰かが泊っていますよ。」
「いや、チェックアウトしました。」
「しかし、この荷物は?」
「問題ありません。」
「問題ない? では、いつ入れます?」
「30分後に。」

「どうだった?」
「報告しよう。部屋は素晴らしい。」
「よかった!」
「しかし、僕らのベッドはまだまだ先だ。」
「どうして?」
「これから掃除をする。」
「え? さっきまで1時間半かけてしていたんじゃないの?」
「結論はノー。怒っても仕方ない。
 取り敢えずレセプションで手続きをしてくるよ。」

くたくたの僕たちは再びレストランで待ちぼうけ。
そして30分後。
部屋を覗きに行くと掃除をしていた少女が出てくるところでした。

「入ってもいいですか?」
「ええ。」

「うぁ〜、疲れたっ!」

時刻は11時。
こうして僕らはようやくベッドに寝ころべた次第です。

予定より8時間遅れた、遥かなるベッドへの旅でございました。

えーじ
posted by ととら at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

第11回取材旅行 その3

今は現地時間午前3時45分。
(日本との時差は6時間)
僕たちはエチオピアの首都、アディスアベバのボレ国際空港で、
夜明かし中です。

何故か?

旅人の勘と申しますか、
「第11回取材旅行の準備 その2」でお話しましたように、
エチオピア到着はすんなり行かないだろうな、と思っていたのですよ。

25時という深夜の到着と治安の悪さを鑑み、
宿が提供しているピックアップサービスをお願いしていたのですが、
やはりドライバーは現れませんでした。
そこで宿に電話を入れるも誰も出ず。

ほらほら始まったぜ。

仕方なく夜明けを待ってタクシーで行くことにしたのです。

しかし初めて訪れる文化圏のサプライズはこれだけではありませんでした。

ボレ国際空港に着陸した飛行機が停まり、
タラップを降りた目の前の建物がイミグレーション。
それはさながらバスで乗り付けたような感覚。
アライバルビザの窓口は、乗客が並んだら開きました。
入出国カードは廃止されたよう。税関申告書もなし。
こんなものは全然序の口。

次なるサプライズはインスペクター。
私服です。それもよれよれのパーカーとジーンズ。
キューバでもこれと似たものがありましたが、
もうちょっと小奇麗にしていましたよ。
あれではIDカードを下げてなかったら、
見送りのローカルと見分けはつかないでしょう。

ともこを受け付けている時に横からブースの中を見てみると、
雑然と置かれたPCやスキャナーはかなりの年季もの。
そういえばミャンマーのタチレイイミグレーションでも、
埃にまみれたPCが奇跡的に動いていたっけ。

そして一番驚いたのがバゲッジクレームで両替をしていた時。
窓口はガラス窓のスリット部分をPCが塞ぎ、
その隙間から落とさないようにお金をやり取りします。
僕がエチオピアブルを受け取り、数えていると、
左わきの下からぬっと高校生くらいの少年が潜り込んで顔を出し、
「お金をちょうだい」と手を差し出して来たじゃないですか!

物乞い?
あ、あり得ん、ここはバゲッジクレーム、セキュリティエリアだぜ!

見回すと、ターンテーブルの廻る小さな倉庫のような部屋の隅には、
裸足でうずくまる15歳から25歳くらいの男性が何人もいます。

彼らはここで何をしているんだ?
いや、いったいどうやってここまで入って来れたんだ?

空港職員と思しき人々は彼らの存在を無視しています。

なぜ誰もなにもしない?

「どうしたの?両替は出来た?」
「ああ、でもここは様子が変だ。
 セキュリティエリアに物乞いがいる。荷物に気を付けて!」
「え?」
「それに空港職員なのか偽者なのかも区別がつかない。」
「みんな私服だね。それもちょっとだらしない着こなし。」

そしてなんと、この空港には「到着ロビー」がありませんでした。
税関を抜けたら夜の闇。
そう、外は外灯も少なく、ひっそりとしています。

「まずい、外へ出ちゃった。」
「どうする? 何もないよ。」
「仕方ない出発ロビーに入ろう。」

そこでもう一度手荷物検査を受け、
出発ロビーに入るも、免税店やカフェはおろか、キオスクすらなし。
つまり水を買うことすらできない。
狭いロビーに置かれたいくつかのベンチでは、
出発を待つ乗客の他、僕たちのように着いたものの、
動きが取れない乗客がベンチで疲れた顔をしています。

「具合はどう?」
「疲れたね。」
「高山病の症状は?」
「ちょっとフワフワした感じで頭が軽く締め付けられてるみたい。」
「僕もだよ。
 急に2300メートルを超える高地に入って脱水症状はまずいな。
 なんとか水を手に入れなくちゃ。」
「でも売店なんかないよ。」
「空港職員に訊いてくる。」

身なりのしっかりしている職員を見つけ、
尋ねてみると、水は外の売店で買うしかないとのこと。

売店? 外の?

「という訳でもう一度外へ行って来るよ。」
「え〜っ!やめなよ、危ないじゃない!」
「暗くて気味が悪いから遠くまでは行かないさ。
 すぐに帰って来るから荷物を見ていて。」

念の為に手荷物検査のお兄ちゃんに一声かけ、
外へ出てみると、少し先に行って左に下る坂があるようです。
警備小屋を越えるとその下は駐車場になっていました。
自動車が結構停まっています。

「旦那、タクシーですか?」
「いや、違いますよ。」

売店? なんて何処にあるんだ?
ん? あの薄暗く明かりの点いている小屋は・・・
中に人がいる。

入ってみると小さなキオスクのようです。

「こんばんは。この水は幾らですか?」
「20ブルだよ。」

20ブル・・・概ね120円か。倍額でふっかけたな。
ま、いいよ、今夜はもうくたくたさ。

もう一度出発ロビーの入り口で入ってもいいかというと、
「それならセキュリティチェックだ。」

さんきゅーべりまっち。

ほんの30分の間に靴も脱がされ金属探知機の検査を3回も受けました。

「あ、お水買えたの?」
「うん、取り敢えず水分を補給しておこう。
 外に出たらちょっと坂を下りたところに駐車場があってね、
 政府系の黄色いタクシーが何台か停まってた。
 夜が明けたらあれで宿まで移動しよう。」

そんなこんなで宿に着いたのは予定から5時間遅れた朝8時でした。

しかし、まだまだベッドは遠かったのですよ。
そのお話はまた次回。

えーじ
posted by ととら at 01:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年02月10日

第11回取材旅行 その2

・・・ん?
な、何だ? 何か・・・聞こえる・・・
あれは? アラビア語? アザーン?
ここはどこだ? 僕は何をしている?

・・・・そうか・・・取材旅行中・・・だ。
で、・・・どこだっけ?
あ、ああ・・・ドーハに来ているんだった。

未明、多分5時ごろ。
僕はこんな風にして一度目を覚ましました。
旅をしているとよくあるんですよ。
暫し、自分が何処にいるのか分からないことが。

昨夜は早めの夕食から戻って程なく二人とも気絶。
移動の機内である程度眠っていたとはいえ、
疲れが取れるという訳ではありませんからね。

さて、ドーハの概況をお伝えしましょうか。
空港から外へ出てまず感じたのは、「肌寒い!」。
事前に世界天気予報で調べていたものの、
夏場は50度近く気温が上がる酷暑のアラビア半島で、
ぶるるっと身震いするとは思いませんでした。
多分、強い海風が吹いていたので、風冷効果もあったからでしょうか。
日中はまぁTシャツでも過ごせましたが、
18時頃、夕食を食べに出た時は、
その上にシャツとダウンまで着ていたのですよ。
当然、レストランでも屋外のテーブルではなく、
風の当たらない室内へ。

昨夜はお目当てにしていたカタール料理のレストランが閉店してしまっていたので、
あまり食べる機会のないイラク料理の店に入りました。
食べたのは、ほんのりスパイシーなレンズマメのスープと、
マクルバ(maklouba=逆さまの意)という肉と野菜たっぷりのライスをボウルに詰め、
お客さんの前で「えいやっ!」と逆さまにしてサーブする料理。
それにタシュリーブ(iraqi tashreeb chicken)と呼ばれる、
チキンの煮込みを千切ったパンの上に盛ったもの。
どれもターメリックやカルダモンがほどよく効いたマイルドな味で、
とても美味しかったですよ。
残念ながら、場所柄、お酒はありませんでしたけど。

ほんの一日歩いただけで気付いたのは、
働いている人々が殆ど外国人であること。
それもその筈、3年前の統計では、全人口180万人のうち、
カタール国籍を持つ人はたったの13%!
その他、87%の150万人あまりがインド、フィリピン、ネパールを始めとする、
南アジアの外国人。
こうした所からも国民一人あたりの平均所得が日本人の約2.2倍という、
数字の裏側が垣間見える気がします。

それだけ外国人が流入していると気になるのは治安ですが、
僕が歩いた範囲でなら東京と何ら変わりはありませんでした。
陽が暮れてからでも「こいつは危ないなぁ・・・」
とルートを変えるような道もなかったですし。
シンガポール並みに街はきれい。
物乞いにも今のところ一人も会っていません。

物価は東京とあまり変わりませんけど、
食事でなら観光地ではなく、在住外国人が出入りするような店に行けば、
大分安く済ませることが出来ます。
しかしながら所謂「安宿」と呼ばれる宿泊施設が集まっている旅人街はありません。
というか、安宿自体が事実上ないといってもいいでしょう。
僕らが投宿した地の利が良い割にリーズナブルな La Villa Hotel ですら、
ツインのスタンダードで約9,000円もします。
どうりでバックパッカーの姿を殆ど見かけない訳ですね。

さて、今は現地時間10:40am.
今日は20時過ぎのナイトフライトで、いよいよ取材地のエチオピアに移動します。
それまでは昼にチェックアウトして荷物を預けた後は、
またまた近くのスーク巡り。これが飽きないんですよね。
ランチはペルシャ料理を試してみる予定です。

それでは次回はアディスアベバから!

えーじ
posted by ととら at 16:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年02月09日

第11回取材旅行 その1

日本の皆さま、
こんにちは、そしてこんばんは。

僕たちは今、カタールの首都、ドーハに居ます。

昨夜の羽田空港は卒業旅行と中国の春節が重なり、
ナイトフライトとは思えない混雑ぶり。
僕たちが乗った機内もほぼ満席でした。

ところがドーハのハマド国際空港に到着し、
トランジットとアライバルの分岐を超えた途端、
広い通路を歩いているのは、ほぼ僕たちだけ・・・
機内で一緒だった卒業旅行と思しき3〜4人のグループから聞こえて来た行き先は、
スペインやイタリアだったので、皆さん、今頃は乗り継ぎ便の中なのでしょう。

イミグレーションも、
他の便の乗客が合流しているにも拘らず広さが目立ち、
すいすいと審査が終わってしまいました。
手続きも簡単で、入出国カードや税関申告書はないし、
ビザはV.O.A.の所謂「買いビザ」なので、入場料よろしく、
パスポートと一緒にクレジットカードを出すだけ。
(お一人様100リアル(約3,300円也))
あとは写真を撮られておしまい。

ちなみに僕のパスポートは7年前に更新したものなので、
見かけが大分違います。
今朝のインスペクターはやや怪訝な目線で僕の顔をじろり・・・
そして別のブースのインスペクターを呼びました。

あれから髪を短くしたし、
写真はスーツ姿だからな。

彼らの会話はアラビア語なので推測ですが、
「ねぇ、この人、写真と同一人物だと思う?」
隣のブースから来たインスペクターがパスポートと僕を見比べています。
「ん〜、同じじゃない?」
「そう?」
僕は英語で割って入り、
「ああ、ヘアスタイルを変えたんですよ。」
すると彼も英語で、
「まだお若いですね!」

どーもありがと。

税関もオフィサーはのんびりモード。
「申告なし」のゲートから出ようとするとブザーが鳴ったので、
バックパックをX線検査機へ。
ところが担当オフィサーはお喋りしながらモニターを一瞥しただけ。

じゃ、行きますよ〜。

そんなこんなで現地時間7時25分、
僕たちは無事にカタールへ入国したのでした。

空港では取り急ぎATMでカタールレアルを引き出し、タクシー乗り場へ。
ここもガラガラ。先頭車両に近付き、
近寄って来たアジア系のドライバーにホテルの予約書を見せ、

「おはようございます。
 このホテルの場所は分かりますか?」
「ん〜・・・」
「スークワキーフのすぐ近くですよ。」
「あ、ああ、分かりました!OKです。」

カタールのタクシーはメーター制。
交渉なしでLet's go。

新しい空港は市の中心から8キロくらいなので、
10分も走ったらホテルに着きました。
フロントはスマイルこそないものの、やることは親切。
時間はまだ朝の8時でしたから、
取り敢えず荷物を預けて朝食を食べに行こうと思ったのですが、
ダメ元で、

「部屋には何時に入れますか?」
「いま掃除をさせますので30分お待ち頂ければ入れます。」
「そう? ではロビーで待ちますよ。」
「かしこまりました。
 コーヒーか紅茶は如何ですか?」
「ではコーヒーをふたつお願いします。」

「どうだった?」
「ああ、30分もすれば入れるって。
 で、コーヒーを出してくれるそうだからそこのソファーで頂こう。」
「え!高級ホテルじゃないのにウェルカムドリンク? サービスいいね!」
「うん、笑顔はないけどフレンドリーだよ。」

部屋はそんなに大きくないものの、僕たちには十分な広さ。
ベッドは固め。Wi-Fiのスピードも申し分なし。

一休みしてから腹ペコの僕らは、
ドーハ観光の目玉、スークワキーフへ出かけました。
アラビア語でスーク(Souq)とは市場のこと。
以前もモロッコやヨルダン、チュニジアの旅でご紹介したことがありましたね。
迷路のような街並みに日常品からお土産物屋、飲食店がぎっしり並んでいます。
スークワキーフはマラケシュやチュニスのそれほど巨大ではありませんが、
怪しげなお店もぽつぽつあって実に面白い。
後でじっくり見て回らなくては。

朝食は朝から大混雑のレバノン料理店に入り、
マナケーシュ(Manahkeesh)というレバノン版クリスピータイプのピザに、
ラブネー((Labneh)水切りヨーグルト)をトッピング。
それとファラフェルのロールサンドで大満足。

食後はぶらりと場内を下見して、
懐かしのモロッカンミントティーとトルココーヒーを楽しみました。

今は15時。
モスクからお祈りの時間を知らせるアザーンが聞こえてきます。

陽が暮れたらもう一度スークワキーフに行ってカタール料理を探そう。
僕たちの旅が始まりました。

えーじ
posted by ととら at 21:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年02月08日

第11回取材旅行の準備 その4

今は19時半。
いよいよ間もなく出発です。

例によって予定していたタスクは全部終わるわけもなく、
最後は支払いなどを中心に優先度を考えて割り切りました。
(これをやらないと国外夜逃げになってしまうので・・・)
ま、一番大切なのは健康ですからね。
あんまり無理をして旅先で寝込んだら元も子もありません。

思い起こせば、ととら亭を始めた頃は、
フラフラの状態で飛行機に乗り込み、
離陸前に気絶・・・なんて出発が多かったなぁ・・・

ここ最近ですよ。段取りが良くなって、
ある程度の時間的な余裕が持てるようになったのは。

さて、今日はランチのみの営業。
通常通り終わった後は、
「作業手順書」に則ったシャットダウンプロセスをキック。
ともこはキッチンの片付けとご近所への挨拶周りに買い物。
僕はウェブチェックインを済ませて、
ビールディスペンサーやコーヒーマシーンのメンテナンス。
二人して、黙々とそれぞれの分担をこなしました。

それから16時半にいつも通り昼食を摂り、
(飲食業では皆さんとこれくらいの「時差」があります)
最後の戸締りをして自宅へ。

荷物は小分けのパッキングを前日までに終わらせていたので、
後はどれを誰が持って行くのか、ささっと割り振って、
リストをチェックしながらバックパックに詰め込みます。

今回の出発は奇しくも昨年11月の研修旅行の時と同じ。
羽田からのナイトフライトになりました。
航空会社はカタール航空さん。
フライトタイムは12時間なので、ぐっすり眠れるでしょう。
ああ、今はそれが楽しみです。

次はドーハからお話できるかな?

えーじ
posted by ととら at 19:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年02月06日

小さなテーブルと3皿の料理

出発まであと3日。
例によって大分慌ただしくなってきました。

取材旅行の準備は言わずもがな、
この時期は確定申告に向けた地味〜なデスクワークがてんこ盛り。
加えて次の旅のメニュー変えに備えた準備もパラレルで走り、
シンプルなマイライフは何処へ行ったやら。

とまれ、こういう時こそ、
研鑽を重ねた「修業」の成果の見せ所。
仕事の山を見上げるのではなく、あれこれ手を出すのでもなく、
ひとつずつ、丁寧にやって行かなくては。

そう、先日も「うわぁ〜終わらん!」とジタバタしていた時、
お客さまの一言で、ふと我に返ったことがありました。

「いい言葉ね。」

・・・・?

ドイツ人の彼女が指差していたのは、
メニューブックのコーカサス料理特集に記された、ある文言。
それは、

For the Diversity and the Coexstence

実はこれ、取材先でお世話になった人々と皆さまに、
お伝えしたかった僕らのメッセージなのですよ。

ベタな日本語では読み流されてしまいそうな気がして、
和文のメニューでも、英語のままにした言葉。
もしかしたら、日本語の中にぽつんと置かれた外国語の方が、
皆さんの注意を引くかもしれないと思いましてね。

旅は楽しい。
楽しいから行く。

でも、それは単純なエンターテイメントに留まらず、
学ぶ喜びでもあります。

時には深い悲しみを伴うこともありますが、
それでも、その体験を料理を通して皆さんとシェアできれば、
ととら亭の仕事としては上出来なのではないか。

アゼルバイジャン、ジョージア(グルジア)、そしてアルメニア。
それぞれが北海道ほどの小さな国土に、
東京都民の半分前後の国民が生活しています。
しかし、その限られた範囲の中には、
世界をそのまま縮小したかのような様々な問題が詰め込まれていました。

既に召し上がって頂いたお客さまはお気付きのように、
今回ご紹介している3品の料理には、微妙な共通点があります。
そう、国や民族が違っても、文化は重層的に混じり合い、
怒りや憎しみの波の下で、実は深く手を結び合っている。

三つの料理を乗せた小さなテーブル。

ささやかではありますが、
これがコーカサス地方を旅して僕たちの辿り着いた、
ひとつの答えなのでした。

えーじ
posted by ととら at 15:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年02月04日

がんばれフェローズ

目は口ほどにものを語るとは申しますが、
それ以上にその人なりを語るのが手。

この仕事をしていると、
近くで手を見る機会が沢山あります。

きれいに切りそろえられた爪。
油気のない肌。
指輪などのアクセサリーはなし。

となると、
医療関係者か同業者の可能性が大。

先日もお洒落な年若い女性が一人でご来店された時、
ふと視線を手に向けると、
服や持ち物の雰囲気とはまるで違う素っ気なさが。

そのアンバランスさからして、多分、同業者・・・
と思ったら、やっぱりそうでした。

時に、そんな「すっぴん」の手を、
恥ずかしいと思っている人もいるかもしれません。

何と言っても、同世代の女性は、
お洒落なアクセサリーは言わずもがな、
ネイルサロンやエステで手入れに余念がありませんからね。

でも、僕はそんな手も美しいと思いますよ。
なぜならそこに、君の人なりが現れているから。

え? 君のワイフはどうなんだ?

ああ、きれいですね。
少々ゴツくなっちまいましたけど。

えーじ
posted by ととら at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記