2016年02月18日

第11回取材旅行 その9

日本の皆さま、こんにちは、そして今晩は。
僕たちは今、アフリカ大陸の南端にほど近い、
ケープタウンにいます。日本との時差は7時間。
そちらは間もなく23時ですが、ここは日差しも眩しい17時です。

昨夜の21時、アジスアベバの宿をチェックアウトした僕らは、
エチオピアで最初の夜を過ごしたボレ国際空港へ向かいました。
今度は2003年に完成したターミナル2だから安心・・・と思いきや、
宿の前に停まっていた個人タクシーと交渉して乗り込んだ途端、

ま、マズイ!

そう、後部座席には一面に合成毛皮が敷いてあったのです。

それがなぜマズイのか?
すぐに分かった人は貧乏アフリカ旅行の経験者。

エチオピアでこうした環境は、南京虫たちの大規模集合住宅なのですよ。

外は外灯が少ないし、車内もルームライトが壊れていたので、
(両方ともここではごく普通のことです。)
車内の危険に座るまで気付きませんでした。

うあ〜・・・

走り始めて5分もすると・・・

「ね、ねぇ・・お尻が痒くない?」
「いや、まだ大丈夫だけど・・・なるべく体をくっつけない方がいいよ。」

とはいってもねぇ・・・

アジスアベバ滞在中に僕は約50回くらい献血しましたが、
この短い移動でともこも脹脛やお尻を中心に、
20回ほど貢献したようです。

このタクシー、車体はカーチェイスを10回くらいやったような状態で、
坂を上り始めると、途端にエンジンが息切れし始め、
登り切る前に停まってしまいました。

おいおい・・・

「旦那、心配はいりません。ちょっと待ってて下さい。」

初老のドライバーはにっと笑うと、
エンジンプラグを手に振っています。

それ、ここで交換するの?

暗い道路脇でボンネットを開け、
彼は何か毒づきながらプラグの交換を始めました。
所要時間は約5分。

そしてキーを回すと・・・

キュル・・キュル・・・キュル・・キュルルルルル
ぶるるるんっ!

おお、かかったじゃん!空港へ急ごうぜ!

ボレ国際空港のターミナル2は1に比べると見るからに立派。
まぁ1は、殆ど地方のバスターミナルみたいでしたからね。
ところが入ってみると、きれいなことはきれいなのですが、
ロビーには両替はおろか、キオスクすらありません。
結局、チェックインしてイミグレを抜けたら、
ちょろっと飲食店や免税品店がありましたが、
時間をつぶすには3時間が限度かな?

ちなみにエチオピア料理の代表的なミックススパイスに、
バルバレというものがあり、僕たちもサンプルに買ったのですけど、
何故か手荷物には入れられません。

どうしてだろ?

そんな素朴な疑問をチェックインカウンターで訊いてみたら、

「ああ、確かに臭いのこともありますが、
 トウガラシが大量に含まれているため、武器としても使えるからです。」

な〜るほど。
そう言えば催涙ガスの主成分はカプサイシンだったっけ?
それにしてもスパイスが武器になるとは、ひとつ勉強になりました。

予定を30分遅れて離陸したエチオピア航空のボーイング737は、
一路、南アフリカのジョハネスブルグへ。
鈍行なんですよ、例によって。
そこまでのフライトタイムは約6時間。
ケープタウンまで行く僕たちを含んだ乗客は、そのまま機内に残り、
1時間弱でまた離陸。
ケープタウンに着いたのは予定通りの現地時間朝8時でした。

入国はあっさり。
出入国カード、税関申告書、ビザはなし。
イミグレでは黄熱病のイエローカードの提示も求められず、
訊かれたのは旅行目的と滞在日数だけ。
税関は完全スルー。

空港からは市内まではエアポートバスで30分ほど。
駅近くのシビックセンターで降りた後は、宿まで約1.5kmを歩きました。
何か、すんなり行き過ぎて拍子抜けした感じです。

とまれ、順調に移動できて肩の荷が降りました。
これから南アフリカ料理の取材の始まりです。

えーじ
posted by ととら at 22:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

第11回取材旅行 その8

外国への渡航歴は50カ国以上、
国内の旅も含めると30年前後も旅人をやっているというと、
そりゃもう旅行のプロフェッショナル。

なんて言われることがありますが、
自信満々でこの仕事をやっているかというと、
昨日のブログでも白状しましたように、
実態は結構しょぼいものなのですよ。

訪れる国や場所によって、その鏡が映す僕たちの姿は違います。
これが時には結構えぐい。

確かに、ああ、そりゃ分かってるよ。
と言い切ってしまえることもあります。
しかし圧倒的に多いのは、う〜ん・・・と唸ってしまう方。
しかも、ものによっては、
数十年以上も答えを見つけ出せずにいるじゃないですか。
エチオピアの旅は、何かとそのイタイ所を突いて来ました。

僕がいつまでも煮え切らないことの筆頭は、
物乞いへの接し方。

ここアジスアベバでは、3歳くらいの子供の「マネ〜っ!」から、
悲しげな眼差しで無言のまま手を差し出してくる老人まで、
ちょっと外に出れば、どんどんやって来ます。

皆さん、着ているものも履いているものもボロボロ。
足の汚れ方からして、数週間は体を洗っていないでしょう。
そういう人々が、ゴミが散乱し、腐臭を放つ汚水の流れる路上で、
捨てられた人形のように倒れている。

その姿が存在そのもので訴えてくるのは、
金持ちとか貧乏とかという甘っちょろい経済の話ではなく、
人間の尊厳のレベルなのですよ。

ストリートチルドレンや売春婦を保護し、
社会復帰をサポートするNGOで働くミキに案内されて訪れた、
ボーイズホームで出会ったのは、そうした状況から救われた人々でした。

「サラーム!(こんにちは!)」
「サラーム!ようこそ!」

突然現れた、どこの誰だか分からない外国人を、
まるで古い友人が来たかのような笑顔で迎える人々。
英語は殆ど通じませんでしたが、
食事をしていた二人が立ち上がって、数の少ない椅子を僕たちに勧めてきました。

「ありがとう。でも僕たちはいいのです。
 皆さん食事中でしょう? そのまま座って続けて下さい。」

そう言っても、彼らは立ち上がった椅子を指差し、
僕たちを座らせようとします。

僕はここに来る前に、何人もの物乞いを見てきました。
中には僕にお金を下さい、と言ってきた人もいます。

彼らと、いま、僕の目の前で、椅子を勧める彼らは、
何も変わらない、同じ人間ではないのでしょうか。
いや、彼らと彼らではない、彼らと僕は、同じ人間なのです。

僕はなぜ、こんな話をあなたにしているのでしょうね。

では、もうひとつ、白状しましょう。

あれは2009年7月。真冬の中南米を旅していた時のこと。
ペルーのクスコで僕は朝食を食べるカフェを探していました。
気温は0度近くだったのでしょうか。
真冬の装備で歩いていても、
寒さがしんしんと足元から伝わって来る朝だったのです。

入り組んだ石畳の路地を足早に歩いていた時、
路地から少し引っ込んだ所で、小学校低学年くらいの子供が、
背中をこちらに向けて寝ころんでいる姿が目に入りました。
この寒さの中、小さな素足にはゴミ同然のサンダルを履いただけ。

「死んでいるのか?」

僕はそう思いました。

どうする?
どうしたらいい?

で、どうしたと思います?

僕は暫く考えた末、そのまま朝食を食べに行ったのです。
そして美味いパンを食べ、熱い珈琲を飲みました。

宿への帰り道、あの子が気になって、もう一度同じ道を戻ると、
彼の姿はありませんでした。

あれからずっと、あの子の姿が忘れられないのですよ。

なぜ僕は彼を見捨てたんだ?

何とも情けない話です。

しかし、ここエチオピアで、
僕はあの時、どうすべきだったのかをようやく学べた気がしています。

どうやら大きな借りを作っちまったみたいだな。
覚えてろよ。いつか倍返しだ。

えーじ
posted by ととら at 00:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記