2016年02月24日

第11回取材旅行 その13

日本の皆さま、こんばんは、そしておはようございます。

僕たちはカタールのドーハまで戻って来ました。
ケープタウンからここまでのフライトタイムは約9時間。
例によって狭いエコノミーの席に押し込まれ、
食べては寝るフォアグラフライトではありましたが、
僕らが日本で生活していて殆どないのがこうした時間。
ここぞとばかりにのんびりしています。

そう、のんびりと言えば、ここハムド国際空港でのトランジットタイム。
ボーディングまでまだ7時間くらいあります。
で、今はフードコートでこれを書いているのですよ。
新しい空港だけあって、Wi-Fiの環境はとてもいいですね。

アディスアベバのボレ国際空港では、
街中では見かけなかった中国人観光客の方たちが大勢いましたが、
ケープタウンからドーハまでは、
場所柄か、東洋人の姿は殆どありませんでした。
どうりで書店に入っても、アジア系をテーマにした本がないわけです。

しかし日本からの直行便があるドーハでは、
東洋系、それも日本人の姿を沢山見かけるようになりました。
僕らのちょっと後ろには、卒業旅行と思しき男の子たちが4人。
楽しそうですね。彼らは行きかな?それとも帰りでしょうか?

さて、僕たちはここで今回の取材のまとめに取り掛かります。
南アフリカは取材候補に挙がっていた料理を殆ど試せたので、
後は絞り込みだけです。

反対に、ちょっと苦労したのがエチオピア。
アディスアベバはそもそも飲食店の数が少なく、
(現地の人々はあまり外食しないようです)
ある程度のグレードの料理を出すところは散在していたので、
タクシー代がけっこう嵩みました。
安宿の多いピアッサ地区にはもうちょっと数があると思ったのですけどね。
それから折角行ったレストランでもあまり料理のバリエーションがなく、
事前に調べていた料理を網羅することができなかったのです。
こうしたケースは以前もブルガリアやアルメニアであったなぁ。

でも前回ご紹介したミキさんやシャムさんの協力で、
難しい所をかなり掘り下げることができました。
彼らのサポートがなかったら、見つからなかった料理もあったでしょう。

回を改めてお話しようと思っていますが、
今回の旅は、料理以上に、人から教えられたことが沢山ありました。
例えばエチオピアでは貧困という切り口があります。
定量的に比較してしまえば、これは「彼らの問題」になるのかもしれません。
しかし、相対化して、目指すべきは「豊かさ」なのだと視点を変えれば、
それはまさしく「僕たちの問題」に他ならないと思いませんか?

僕は旅に出ている時に限らず、よくこんな風に自問してしまうんですよ。
僕たちは、いや、僕は豊かなのか?って。

ああ、年収や銀行口座の残高のことじゃありませんよ。
自家用車や家電品やお洒落な服の数のことでもありません。

ん〜・・・なんて言うのかな?
じゃ、こう質問し直しましょう。

彼らは貧しい。
で、改善(支援)するべきだ。
そしてその目標は、「僕たちのように」なること。

あなたは何の疑問もなく、
なるべき理想のモデルとして手を挙げられますか?

もうひとつの切り口が「経済格差」。
エチオピアだけではなく、カタールや南アフリカでも、
持つものと持たざる者のコントラストは、生々しいものがありました。

この格差は、当事者の努力の結果であると、簡単に片付けられるのでしょうか?
自由競争の最低限のルールである、スタート時点の平等性すら確保されていない社会で、
生々しい競争原理だけが躊躇なく爆走する。

美しい街。
小便臭い路地裏。

ケープタウン市内からバスで空港へ向かう途中、
街の外縁に広がるタウンシップ(スラム)を見ながら、
僕は短い滞在で出会った何人もの物乞いの姿と、
彼、彼女たちの言葉を思い出していました。

サー、サー。
私はお腹が空いています。
食べ物を買うお金を下さい。

彼らから見れば、僕はマハラジャ級のリッチマンなのかもしれません。
いや、きっとそうなのでしょう。

僕がリッチ?

本当に?

ん〜・・・

えーじ
posted by ととら at 07:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記