2016年06月30日

第12回取材旅行 その17

帰国して1週間。
ようやくととら亭再起動後の流れも通常通りに落ち着きました。
そこで来週水曜日から始まる、
エチオピア料理特集の準備がピークになる前に、
最後の渡航地、キルギスでの旅をビジュアルにご紹介しましょう。

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カザフスタンとの国境を抜けた所にあった両替屋。
こうした掘っ立て小屋的な店が車止めまでの間に10軒近くあります。
違法か合法かは分かりませんが、
パスポートの提示は求められませんし、レシートの発行もありません。
ただ、僕がやった限りではいかさまはなく、
レートもそれほど悪くありませんでした。

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キルギスの首都ビシュケクの街並み。
カザフスタンのそれと同じく、南北に整然と切られた区画。
交通量と人口に不釣り合いな広い道路と歩道、積み木のような四角い建物。
社会主義の合理性を教科書的に具現化した街です。

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しかし、そこに住む人々は、民族衣装を着る人々も多く、
無機的な街と有機的な人間が織りなすコントラストが、
過渡期の時代を静かに物語っているようです。

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この街で投宿したゲストハウスの Inter house。
外見はポップな感じ。
繁華街まで徒歩5分の立地で取材にはとても便利でした。

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シャワー、トイレ付きの部屋。
ドミトリーを持つゲストハウスの基準では一番高いグレードになります。
それでもダブルで一泊約4,800円。
長旅であればもっと安い所を使いますけどね。

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さぁ、お仕事の始まりです。
ビシュケクで最も大きな市場のオシュバザール。
内部だけではなく、場外もかなりの人出で、
美味しそうなローカル食堂が沢山あります。
時節柄か、入り口の広場では、
格安SIMカード売りが何人も並んでいました。

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中心に体育館のような建物があり、
中には小さなブースが犇めいています。
売っているのは主に野菜、米、惣菜、乾物、フルーツ、
ドライフルーツなど。

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脇道も含めて買い物客が多く活気が溢れています。
しかしアメ横のように、
「へい、いらっしゃい、いらっしゃい、安いよ、お客さん!」
のような威勢のいい声は飛び交っていません。
売り手は意外とシャイ。

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ここでもありました。主食の一つになるパンのナン。
近くに行くだけで香ばしい、いい香りがしてきます。
どれも本当に美味しそうでね。
長い旅だったら、これとチーズを買って、
ゲストハウスで食べれば大満足!

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外周にはまた複雑に建物が犇めいており、
それぞれ精肉、乳製品を扱っていました。
市場の人々がフレンドリーなのは、今回訪れた3カ国共通。
並ぶ肉を指差して、
「こんにちは!写真を撮ってもいいですか?」
と声を掛けたら、
「え? そっちじゃなくて、あたしを撮ってよ!」
そこでカメラを向ければ、
「ちょっと待って!」
と髪を直してポーズを決めるおかみさん。

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カザフスタンではスパイス売り場が小さくなっていましたが、
キルギスではウズベキスタンと同じように、
様々な種類が売られていました。
それははっきりと、この後ご紹介する料理にも表れています。

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面白いものを見かけました。
ご存じ、日本の海苔です。
どうやってここまで来たのでしょう?
キルギスには日本からの直行便はありませんし、
海路で運ぶにしても、
直近の海岸線まで二つの国を超えなければ到達できない、
二重内陸国です。
売り場のお兄さんに、
「これは何に使うのですか?」
と訊くと、
はにかんだ笑顔を浮かべ、
「スシ。」
なるほど、そう言えばスーパーで寿司を売っていましたし、
目抜き通りのチュイ大通りでは、寿司レストランも見かけました。
しかしキルギスには海がありません。
ネタはどうしているのかしらん?
で、モノをよく見てみれば、
基本的にネタはサーモンとアボカドでした。
それから朝鮮系の移民も多いので、
海苔はキムパプなどにも使われているのでしょう。

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チュチュバラ

それでは本題の料理の一部をざっとご紹介しましょう。

キルギスのチュチュバラは、ギョーザの大きさといい、
スープのあっさり加減といい、
アゼルバイジャンのダシュバラとよく似ていました。
違いは浮身のハーブがミントではなく、
ディルとコリアンダーになっているところ。

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マンティ

これはシンプルなカザフスタンと同じタイプ。
もろにラムを食べるレシピですから、
大きさもそれなりなので、お腹がいっぱいになります。

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ラグマン

バザールの内容がよく反映されている料理。
ウズベキスタンと同じように結構スパイシーな味わいです。
しかし、辛みはそれほど感じません。
美味しいですよ。
ちなみに市場でこの麺を売っているのは八百屋さん。
関連商品として、
ラグメンに入れる野菜のすぐそばに置いてありました。

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ポゾラグマン

炒めラグマン。ね? 見かけからして焼きうどんでしょう?
でもそれほど油っぽくはありません。
スパイス感はこちらの方があります。

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アシュランフー

取材対象には入っていませんでしたが、
コムズ奏者の吉野さん経由で、
JICAの元隊員さんお勧めとして教えて頂いた冷たい料理。
コシのある麺、ほんのり酸味が効いてあっさりしたスープ、
スパイスとハーブの香り、
いうなれば中央アジア風スパイシー冷麺ですね。
取材の最終日に食べたともこは、
「失敗した〜っ!これ、最初に食べておけば良かった!
 すんごく美味しいじゃん!」
と悔しがることしきり。
確かに、ユニークな旨さがありましたね。
どこが発祥の料理なんだろう?
料理名の響きからして漢族圏ではなさそうだけど。
ん〜・・・次の課題ですな。

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ダパンジ

これも取材対象には入っていなかった一品。
メニューに書かれた Dapan-ji の文字に僕たちは「・・・?」
それじゃ食べてみましょうと言うことで注文してみれば、
「なんだこりゃ?」
フェトチーネのスパイシーチキントマトソース添えじゃん!
思わぬところで予想外の料理と出逢い、
宿に戻って調べると、発祥は中国新羅の大盘鸡((チキンの大皿料理の意)とな。
それがどうやってここまで変化したのか?
後日、他のレストランのメニューでも、
このダパンジは、よく見かけるじゃないですか。
いやぁ〜、中央アジアは奥が深い。
やっぱりもう一回、来ないといけませんね。

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ガンファン

ラグマンの具とソースをご飯にかけた料理。
これもラグマンと同様、キルギスではスパイスが効いていました。
同じ米料理はユーラシア大陸東部に広く分布していますけど、
中華風でも中東風でもない独特な風味。美味しいですよ。

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クルダック

本来はがっつりした肉の炒め煮だったものが、
ソビエト連邦時代にジャガイモが伝わり、
ここではスパイス感も加わって、
カザフスタンのバージョンとも違いが出ていました。
中央アジア風スパイシー肉じゃが。
ご飯に良し、ビールのお供にも良し。
そうそう、ナンともよく合うのですよ。

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プロフ

キルギス南部にある第二の都市、オシュ風のプロフ。
専門のプロフセンターで食べたものは地元の人も頷く絶品でした。
この料理は家庭でも日常的に作られていますが、
多くの客人を呼ぶお祝いの席では十人分以上を用意するので、
カザンと呼ばれる大鍋を持った、専門のプロフ職人呼ぶそうです。

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シャシリク

中央アジアで広く食べられている肉の串焼き。
シンプルなものですが、素材の選定と処理、
マリネ、焼き加減次第でアートともいえる逸品へと生まれ変わります。
実際、ビシュケクにあるレストラン、Arzuで食べたシャシリクは、
僕が今まで食べたラムで最高と断言できる素晴らしいものでした。
ああ、あれをもう一度食べる為だけでも、行く価値がありますよ。

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ビシュケクで僕たちが最も通った老舗のレストラン、ジャララバード。
バリエーション豊富な美味しい料理もさることながら、
雰囲気が素晴らしい。チャイハナ風の小上がり席がお勧めです。

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取材の合間に訪れたアラ・アルチャ自然公園。
万年雪を頂く標高4692mのカローナ峰を望み、
清流が流れる上高地のような美しい所です。
首都のビシュケクからほんの45分でアクセスできることは、
キルギスが山国であることの証左でしょうか。
遊歩道が整備され、高低差も少ないことから、
気軽な散歩気分で楽しめます。

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しかし、散策ルートにはバリエーションがあり、
滝まで行くルートはちょいとした登山。
途中ではっとするような高山植物が咲き乱れる草原もあり、
久し振りに山歩きを堪能しました。

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キルギスでの取材をサポートしてくれた、
スポーツジャーナリストのグリーザさんと。
彼女は大学で日本語を学び、日本でのホームステイ経験もあることから、
かなり流暢な日本語を話します。
彼女からは今回、非常に貴重なお話を沢山聞けました。
近いうちに回をあらためてお話しますね。

えーじ
posted by ととら at 14:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年06月25日

一枚の白い紙とペン

皆さんは生活のリズムをどのように取っていますか?
サイクルとしては週が多いと思いますけど、
一番大きなリズムの取り方は?

僕たちの場合は旅です。

今は年に2回の取材旅行と1回の研修旅行がありますが、
これに年末年始を加えたものが、
僕たちの1年の区切り目となっています。

2月の東部、南部アフリカと今回の中央アジア。
今年の取材は初めて訪れた文化圏ばかりでしたので、
これまでの旅で培った経験が、
あまり役に立たないかもしれないという心配はあったのですが、
何とか無事に結果を出すことが出来ました。

帰国して一夜明けた今朝は、
ととら亭で珈琲を飲んでいて、小さな達成感を味わっています。
どの旅も準備段階から色々あったものの、
結果的に、僕たちらしい、いい内容になったと思います。

そして、それぞれの旅で出会った人々とは、
あれが最後ではなく、一人ひとりが新しい始まりになりました。

今、僕の目の前には一枚の白い紙とペンがあります。

さて、今年の下期は何をしようかな?

あらかたの予定は年初に決めているものの、
進捗を確認して新しいものを加え、
「これから」を仕切り直すこの儀式が僕は好きです。

まさしく、それは新しい旅の始まりですからね。

さて、ととら亭の再起動も予定通り進行中。
ともこは凄い勢いで仕込みをやっています。
営業は今日のディナーからとはいえ、
20種類以上の手作りの料理のスタンバイを、
たった一人でやっているのですからね。

しかし、汗でびっしょりになりながらも、
生き生きと仕事をしている彼女を見ていると、
僕たちが7年前に選んだ独立と言う旅もまた、
僕たちらしい内容になっているのかもしれないな、
そんな風にも思えます。

さぁて、僕も頭脳労働から肉体労働に切り替えて、
ひと汗流すとしますか!

それでは今日のディナーから、
皆さまのご来店をお待ちしております。

えーじ
posted by ととら at 12:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年06月24日

第12回取材旅行 その16

ただいま〜!

今日の13時少し前、
無事に野方へ帰ってきました。

店に入るなり、ともこは早速仕込みの材料を買いにLet`s Go!
僕はまだ頭が旅モードから切り替わっていませんので、
ぼやけないうちに最終日を振り返ってみましょうか。

昨日、ゲストハウスを12時にチェックアウトした僕たちが、
最後のランチに選んだ店は、ビシュケクの老舗ジャララバード。
料理の種類と味だけではなく、雰囲気の良さで一番通った所です。

取材は終わっていましたが、最後の一食をハズす訳には行きません。
ともこも僕もメニューを真剣に吟味。
チョイスしたのは、JICAの元隊員さんのお勧めだった、
アシュランフーと言う麺料理。
もう一品が、悩みに悩んで、やっぱりシャシリクにしました。

そう、この旅で一番最初に食べた肉の串焼きです。
シンプルな料理なのですが、
肉と焼き方にこだわったアートともいえる逸品。
中央アジアの食の旅をシャシリクで始め、シャシリクで終る。
ととら亭に相応しいプロローグとエピローグではありませんか。

体も心も大満足となったところで、
ゲストハウスに預けておいたバックパックを取りに戻り、
頼んでおいたタクシーを待っていましたが・・・・・
来ません。

5分経過。

OK、プランB。
丁度バックパッカーを下ろしたタクシーと交渉開始。
同じ9USドルで手打ち。

最後の心配だったウズベキスタン航空のチェックインは、
問題ありませんでした。
予約はちゃんと残っており、フライトもオンタイム。
ビシュケクのマナス国際空港は、
小さいながらもウズベキスタンの国内線空港に比べて、
ぼちぼち飲食店やお土産物屋があったので、
最後に残った100ソム分をともこが買い物。

ビシュケクから振り出しのタシュケントまでは、ほんの52分。
機内は何故か帰省っぽいインド人の人たちで、
半分以上が埋まっていました。
皆さんお土産を沢山持って嬉しそう。
ここからデリーに飛ぶそうです。

タシュケントのターミナル2は、
トランジットでもセキュリティが結構厳重でした。
昨今はテロをかなり警戒しているのでしょうか。
何と言ってもアエロフロートがターゲットの一つですからね。
セキュリティチェックでは、
アメリカと同じように靴まで脱がされました。
面倒くさくないといえば嘘になりますが、
その分、安心できるのも事実。

さぁ、国際線のボーディングゲート前です。
小腹が空いたので何か少し食べましょうか、
と思って見回すと(見回せる範囲の大きさの空港なのです。)、
飲食店はケーキくらいしかないカフェとハンバーガー屋だけ。
タスバーガー? タシュケントだからかな?
メニューは殆どマックと同じ。
しかし、ビッグマックセットに相当する、
ビッグバーガーコンボの値段が15ドルとな!
ウズベキスタンで市井のレストランの2人分じゃん?
ここで僕たちの予算は使い残した38000スムだけ。
これでは単品しか買えません。
しかしミニサイズがありました。
これなら36000スムです。
という訳で僕らは二人で一つの、
ミニチーズバーガーコンボを分け合うことに。
この価格には他の旅行者も辟易しているようで、
みなメニューを一瞥して去って行きます。
どおりで結構広い店なのに、
レジとキッチンがそれぞれ1名しかいないわけですね。

出発の時間が近付き、
ボーディングゲート前が次第に混んできました。
日本人バックパッカーは僕たちだけ。
周りに座っているのは殆どツアー旅行の方たちです。
コンダクターの方を3人見かけましたから、
少なくとも3社のツアーグループがいたのでしょうか。
皆さん、待ち時間を使って、
真剣にアンケートを書いていらっしゃいました。
楽しい旅行になったようですね。

東京便の機材はボーイング767。
少々年季が入っており、
フライトタイムが7時間前後と短いためか、
個別のエンターテインメントシステムはありません。
キャビンクルーのユニフォームもちょっとレトロな感じ。
搭乗率は50%くらいでしょうか。
大分空いていたので楽をさせて頂きましたが、
ツアーの方々がいなかったら、
往路と同様、運休になっていたのじゃないかしらん?
いかに国営とはいえ、
バックパッカー専用機を飛ばす訳にも行かないでしょうからね。

そんなこんなで往路と同じように、
機内食を食べ終わったらパチっとスイッチが切れ、
気が付いたらもう飛行機は着陸態勢に。

キルギスの写真は近いうちにアップしますね。

えーじ
posted by ととら at 19:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年06月23日

第12回取材旅行 その15

この旅に出発して17日目。
間もなく東京へ向けて帰路につきます。

いつものことながら、
ホッとしつつ、またどこか寂しくもあり、
言葉では説明し難い気持ちです。

特に今回は、色々な人と出会ったからかもしれません。
中でもキルギスでお世話になった、
スポーツジャーナリストのグリーザさん。
彼女と出会えたのは、
以前もブログで何度かお話した、
キルギスの楽器コムズの数少ない日本人奏者であり、
旅人でもある吉野さんのご紹介によるものです。
出発前からキルギスを旅するにあたり、
いろいろと相談に乗って頂いていたのですよ。

また回を改めて彼女とのことは詳しくお話したいと思っていますが、
とにかく、彼女からもらったアドバイスのお蔭で、
単独では出来ないレベルまで、掘り下げることが出来ました。
この場を借りて、
吉野さんとグリーザさんにはお礼を申し上げたいと思います。

さて、今は現地時間14時25分。
ゲストハウスのラウンジでこのブログを書いています。
15時にタクシーでビシュケクの国際空港へ。
ここまで来ればもう安心・・・
と思いたいのですが、実は不安なことがひとつだけ。

一昨日、例によって虫の知らせがあったので、
ウズベキスタン航空のオフィスまで、
リコンファームをしに行ったのですよ。
すると窓口の女性は首を捻りながら5分ほど端末をいじくり、
出発の時と同様、同僚を呼んだではないですか。
また暫くキーを叩いていたかと思うと、
浮かない表情で「OK。」

ホントかな?

しかし相手は英語が通じません。
「ハラショー?」
「ダー、ダー、ダー。」

ん〜・・・イヤな予感がする。

ま、お金は支払済だし、e−チケットもある。
その上、リコンファームまでしたのだから、
また運休みたいなことが起こっても、どうにかしてくれるでしょう。
(・・・と思いたい。)

何ごともなければ、18時40分の便でタシュケントへ戻り、
その後は22時05分の便で成田へ向かいます。
予定到着時刻は明朝9時55分。

予定が予定通りであれば、です。

最後にとっておきのサプライズが待っていました、
という書き出しで、次のブログを書く羽目になりませんように。

それでは次は東京で!

えーじ
posted by ととら at 17:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年06月22日

第12回取材旅行 その14

キルギスにおける取材の出発点はやはり市場。
オシュバザールは、これまで訪れた街のそれと同じく、
かなり大きな規模です。
食材の種類やそれぞれの売り場面積を比較すると、
カザフスタンよりウズベキスタンに近い印象を受けました。
市場内にある食堂で食べていても、
ラグマンやクルダックなどは、
明らかにカザフスタンよりスパイスが多く使われています。
ここは写真撮影禁止ではありませんから、
後ほどビジュアルにご報告しますね。

ビシュケクの治安は東京と変わりません。
夜間に女性や子供が一人で歩いていますし、
警察官の数も少なく、みな軽装備でのほほんとしています。
スリが多いとの情報があったオシュバザールでさえ、
怪しげな連中が寄ってくることは今のところありませんでした。

経済は他国とGDPレベルで比較すれば厳しいものがありますけど、
ビシュケクの中心部を見た限り、モノは十分に行き渡り、
必要な範囲で豊かな生活が送れているように見えます。
スマホが人気なのは世界共通でしょうか。
ツム百貨店でも2フロアーがスマホと関連商品で占有されていました。
ここまで来て歩きスマホの人を散見するのは、
微妙な気分ですけどね。

日本と比較して物価が安い為、
バックパッカーには旅がしやすい場所だと思います。
例えば、ローカル食堂で食べるなら、
1食300円前後でお腹いっぱいになるでしょう。
なので最も切り詰めるとすればドミトリーに泊り、
ローカル食堂や屋台を使った場合、
1日3,000円以下で過ごせるのではないかな。

人種構成はカザフスタンに比べてロシア人の比率が下がったように見えます。
そこが食事の量にも表れているのか、
概ねウズベキスタンと同じくらいに戻りました。
取材で数を食べなければならない僕たちにとってはラッキーです。
これで3カ国を回った訳ですが、
中央アジアの料理は油っぽいという前情報は、
当てはまらないという結論に至りました。
多分、昼を過ぎて売れ残ったプロフを食べた人が、
そう思ったのかもしれませんね。
反対に、揚げ物が少なく、
ほどよい塩加減でヘルシーだと思いましたよ。
辛い料理があっても、ピリ辛程度ですし。

中央アジアの食文化の面白さを個人的に表すなら、
「中華料理の影響と、脱中華料理の深さ」となりましょうか。
例えば、ダパンジと呼ばれる料理。
オリジナルは中国新羅の大盘鸡(チキンの大皿料理の意)で、
スパイスの効いたチキンとジャガイモ、ピーマンのピリ辛煮ですが、
昨夜僕たちが食べたバージョンは、
材料から醤油などの中華素材が抜かれ、
フェトチーネそっくりの麺に添えられていたのですよ。
知らない人に「イタリアンです。」と言って出したら、
字義通りに受け取られかねない料理でした。

最も有名なラグマンにしてもそうですが、
胡麻油や醤油が殆ど使われず、ショウガもあまり登場しないため、
発祥が中華圏であっても印象は大分違ったものになっています。
また、スターアニスや花椒(中国の山椒)は使われても、
クミンやディルと組み合わせたりするので、
全く別物に生まれ変わっているのです。
多分、漢民族の文化を拡大解釈して、
今の国境線で括られた中国全体に当てはめて考えることが、
食文化を追う際の色メガネになっているのでしょう。

いつか、そう遠くない時期に、その先入観を捨てて、
ぜひウイグル自治区を取材してみたいですね。
今の中国西部と、かつてペルシャと呼ばれたイランに、
麺、ギョーザ、プロフ、ナン、キョフテ、シクバ(エスカベッシュ)など、
ユーラシア大陸における食の東西を結ぶ、
多くのミッシングリンクが隠されているのではないか、
碩学の先輩たちが思い描いたように、
僕もそこに手掛かりがあるのではないかと思っているのですよ。

さて、長かったこの旅もいよいよ佳境。
自分たちの足で歩いて見つけた答えは、
こうして次の疑問を引き出してしまいました。
ととら亭の旅は、まだまだ終わりそうもありません。

えーじ
posted by ととら at 20:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年06月21日

第12回取材旅行 その13

キルギスの首都、ビシュケクでの3日目。
大き目の取材が殆ど終わり、
今日は食事以外、ゲストハウスでのんびりしながら、
取材のノートをまとめています。

気温は25度くらい。
陽が陰ると涼しくて、とても気持ち良いです。

今回、僕たちが泊まっているのは、
繁華街のほぼ中心に位置して利便性のいい、
Inter House というゲストハウス。
バストイレ付きのダブルルームで約4,800円くらい。
朝食も付いているのでコスパは文句なしです。
スタッフもみなラブリー。

キルギスはカザフスタンと同じく通信事情が良く、
ここのネットも速度は申し分なし。
と、いう訳で、
カザフスタンの旅をビジュアルにお見せしましょうか。

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大汗をかいたウズベキスタンとの国境を抜け、
到着したのがここ、シムケント駅。
写真は翌日撮ったものです。
初日はタシュケントと変わらない熱波に包まれていましたが、
一夜明けると雷雨があったらしく、肌寒いくらいの陽気になっていました。
ここで僕たちは酷暑から解放されます。

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駅前にあったリーズナブルなティアラホテル。
徒歩圏内には軽食堂くらいしかありませんが、
鉄道で移動するなら抜群の立地です。

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中はこんな感じ。
地方都市のビジネスホテルの天井を高くしたみたい。
でも、これでダブルルームが約2,100円ですからね。
一人当たり1,050円。

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これがカザフスタンの入国カード。
レギストラーツィア(滞在登録)を含めて、
ふたつスタンプが押されているでしょう?
これがひとつだけだと、未登録状態なので、
5日以内にオヴィール(移民警察局)に行って登録しないと、
び〜っぐトラブル。

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カザフスタンは数ある元ソビエト連邦諸国の中でも親ロ派なのか、
レーニンの壁画が残されていました。
ジョージアやアゼルバイジャンではあり得ない光景でしょう。

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とはいえ経済は地下資源に恵まれて好調なのか、
今回訪れた3カ国を分かり易く平均月収で並べると、

1.カザフスタン   106,269円 (日本の約1/ 3.4)
2.ウズベキスタン   21,447円 (日本の約1/16.8)
3.キルギス      11,461円 (日本の約1/31.5)

シムケントのような地方都市には、
こんな、なんちゃってマックがありましたけど、
(シムバーガーと読みます。シムケントだからかな?)
この後ご紹介するアルマトィには、日本同様、
本物のマックもケンチキ、バーガーキングだって進出していました。
2014年の6月にコーカサス地方を訪れた時、
やはり経済規模を反映して、アゼルバイジャンにだけ、
こうした外資のファーストフード店を見かけたっけ。

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街の中心となるオルダバス広場。

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シムケントの中央バザール。
親ロ派と言うことは、未だに社会主義色を濃く残しているのか、
政府の建物や輸送能力を示す空港や駅の他、
なぜか市場も写真撮影が禁止されていました。
活気あふれる面白い場所だったのに、お見せできないのが残念です。
実はあの中に諜報機関や軍の秘密基地が隠されているのかしらん?
ダメもとで場内にいた警察官に、
写真を撮ってもいいですか? となんちゃってロシアンで訊いたら、
「ニェット!(ダメ!)」

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街のそこかしこに両替屋があり、
レートは何処もそれほど悪くありません。
多分、スマホで為替レートがリアルタイムに分かるからでしょうか。
ぼったくりもし難い時代になったものです。

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アルマトィ行きの夜行列車の2等寝台の2階部分。
4人部屋のコンパートメントでした。
足を向ける方には通路の天井部分に、
バックパックが楽に入るほどのスペースがあり、
14時間の移動もそれほど苦にはならなかったです。
但し、上り下りには梯子がない為、
ちょいとした体力とテクニックが必要。

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車窓から見えるのはずっとこうした草原。
かつての騎馬民族の国だということがよく分かります。

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時折停車すると、ローカルがパンやフルーツ、
ミルクやお菓子などを売りに来ます。
僕らはシムケントのバザールで買ったナンが夕食。
ん〜・・・あっちも美味しそうだな!

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食事の話になったところで料理をざっとご紹介しましょうか。
まずは3カ国での比較対象になっているプロフ。
サマルカンドとの違いは人参とラム肉が乗っていないこと。
お米そのものの味は殆ど一緒でした。
ん〜・・・美味い!

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そしてラグマン。
ウズベキスタンに比べてスープの量が減り、
スパイス感も少なくなりました。やさしい味です。
疲れている時には、このスープがじわっと来ます。

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もちろんマンティもありますよ。
これもウズベキスタンでは、
肉の部分に必ずクミンシードが入っていたのがなくなって、
シンプルになりました。

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これは初登場のベシュバルマック。
ラザニアに似た形の平麺(味はうどん)を茹で、
これまた茹でたラム肉とカズと呼ばれる馬肉のソーセージを乗せたもの。
ボリューム満点。
元は結婚式などのお祝いの時に食べるものだったそうです。

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ガンファン。これはラグマン同様、
ウイグル自治区に住んでいたドゥンガン(回族)が、
中央アジアに伝えたといわれる料理。
確かに、ラグマンの具をご飯にかけたものですね。

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ドゥンガン料理の専門店もあります。
これはシャシリクのスパイシーなドゥンガンバージョン、
ニラを入れたブリトー風の料理、
同じく薄く焼いた小麦の生地にチキンのピリ辛炒めを入れて食べるもの。
どれも美味しかったです。

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クルダック。
肉とポテトを炒めて煮た中央アジア版の肉じゃが。
かつては肉だけで作られていたものに、
ソビエト連邦時代、ジャガイモが伝えられ現在の形になったそうです。
オニオンスライスとディルがいいアクセント。
ちなみにカザフスタンに入って、料理の量が増えました。
心なしか、街行く人々も、ウズベク人より大柄な感じ。

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ほぇ〜、やっとこさ着きました、朝8時半のアルマトィ駅。
ここも撮影禁止なので離れた場所から望遠レンズでパチリ。

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南部には万年雪を頂く高峰がそびえています。
半日オフを取ってメデウという、
2000mくらいの高所にある景観地へ行って来ました。

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アルマトィでのホテル。
ソビエト連邦時代に作られた、いかにも!というデザイン。

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室内は結構ゴージャスでこんな感じ。
それでも料金はダブルで5,300円くらいです。
ちなみにここは、今回の旅で最も贅沢なホテル。(当社比)
その所為か、夕食を食べて帰ってみると、
エントランス脇に大きな観光バスが。
そこには日本語で大手旅行会社ツアー名を書いた紙が貼ってありました。

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アルマトィの中央バザール。
ここもすんごく面白くて大変勉強になったところだったのですが、
残念ながらカザフスタンの「国家機密」なので、
皆さまにお見せすることができません。
特に朝鮮系の移民が多く、キムチだけではなく、
キムパプまで売っていたのは驚きでした。
精肉部はウズベキスタンと大きく売り場構成が変わり、
羊2、牛2、鶏1、そして豚が1という割合。
これだけ見てもイスラム色の薄さがうかがわれます。

kz_street02.jpg

街は典型的な社会主義デザイン。
以前訪れた場所では、アルメニアのエレヴァンがそうでした。
東西南北に整然と伸びる道、ブロック状の建物、
そして人口と反比例する巨大な街のサイズ。
細めの道路ですら片側2車線は当たり前。
大きな通りだと飛行機が着陸できそうな片側4車線規模になります。
合理性は彼らの十八番だった筈ですが、こういうところはよく分かりませんね。

kz_street01.jpg

歩行者天国のジベック・ジョル通り。
お洒落なカフェやレストランがぽつぽつあります。
バーガーキングとケンチキを見かけたのもここ。

kz_busterminal.jpg

サイランバスターミナル。
ここからキルギスのビシュケクに向けて出発です。

kz_street05.jpg

草原を走り抜ける道。
うとうとしながら外を見ていると、遊牧民の幻影が見えそうです。

kz_border.jpg

あれがカザフスタン側の国境。
あの先はいよいよこの旅の最終目的地、キルギスです。
ゲートに入った後、どんなことが僕たちを待っていたのかは、
前回お話した通り。

いつか、このゲートがなくなる日が来るのかな?

これ、こうして国境を越える旅をしていて、
毎回、思うことのひとつなのですよ。

えーじ
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2016年06月19日

第12回取材旅行 その12

未来のことは誰にもわからない。
これを旅に置き換えると、
目的地のことは、行ってみなければ分からない、
となりましょうか。

僕たちのスタイルは、料理の取材ということもあって、
事前に可能な限り渡航先の下調べと準備を行います。
しかし、先の言葉が真実であることは否定できません。
こと、入出国情報については、
本当に行ってみなれば分からないのです。

今日は、その典型的な例をお話しましょう。

アルマトィのホテルをチェックアウトした僕たちは、
タクシーでサイランバスターミナルへ。
ここでキルギスのビシュケク行き国際バスに乗ります。

ところが、どこでどう乗ったものやら・・・

ターミナルの北側に着いた僕たちに声をかけて来る人々は、
アスタナやシムケントなど、カザフスタン国内の地名を口にしています。
取り敢えずターミナルに入り、荷物をともこに見張ってもらって、
僕はビシュケク行きのバスを探しに行きました。

一度外に出てバスが並んでいる所で、
何人かにバスを指差しながら「ビシュケク?」と訊くと、
皆さん揃ってターミナルの西の端を指差します。

ん〜・・・ターミナル南側は民営のバス会社が集まっていて、
こっちの方が安く、便数も多いとの前情報があったけど・・・

そこで言われて通りターミナルに戻って西側へ行ったら、
ビシュケクと大きく書かれたブースが端に見えます。

あれか。英語は・・・ダメね。
そんじゃまた、なんちゃってロシアンとボディランゲージで行くぜ。

料金は一人1300テンゲ(約430円)か、で、出発時刻は?
ブースのおばさんは、典型的な社会主義フェイスで、
僕のノートに12:00と書きつけました。

ふ〜ん、あと1時間か。よし、これで行こう。

ともこのパスポートを持って引き返し、僕はチケットをゲット。
荷物を持って乗り場まで行けば、
一番外れにメルセデスの18人乗りのバンが停まっています。
ドライバーらしきおじさんにチケットを見せつつ、
「ビシュケク?」
彼は頷きながら手まねで乗れという仕草。

やっぱりバスじゃなくて、マルシュルートカ(乗合バン)か。

まだ時間はあると思ってトイレに行き、
戻ってみると席はもう殆ど埋まっています。
ほどなく満席になったら、おじさんは、
「それじゃ出発します!」
って、まだ11時20分じゃん?

やっぱりここは噂通り、マルシュルートカは、
席が埋まった時が出発の時・・・ね。

広大な草原を抜ける一本の道。
地平線まで続く直線道路を走っていると、
ユーラシア大陸の大きさが肌で感じられます。

アルマトィを出発して約3時間半。
僕たちはカザフスタンとキルギスの国境に着きました。

「さぁ、今日の本番だ。」

まずカザフスタンの出国です。
マルシュルートカを降りた僕たちは自分の荷物を持って、
道路を囲む大きなゲート状の建物の左側に向かいました。

ここで「税関申告書を見せて下さい」と言われたらどうしよう?
言い訳は幾らでも出来るけど、
「そうですか、では仕方ありませんね」
とは言ってくれないだろうな。

ドアを抜けると、そこには荷物用のX線検査機が。
しかし・・・

ん? 電源が切れてる?

税関のオフィサーもいません。
皆そこを素通りしてパスポートコントロールへ直行しています。
僕たちもそれに倣いました。
パスポートを見せるとインスペクターはフレンドリーに、
「コンニチワ。」
何の質問もなく、例のレギストラーツィアが回収され、
パスポートにスタンプを押されて、Good Luck。

ありゃ? もうお終い?

建物を出たところで兵士のパスポートチェックがあり、
その先には濁流にかかる大きな橋が。

「これで終わりかな?」
「ああ、もう僕たちはカザフスタンを出国してしまったよ。」

橋の向こうには別の建物があり、
キリル文字でキルギスタンと書かれています。
その建物に入ると、スキーリフト乗り場のようなブースがふたつ。
税関はありません。

パスポートコントロールだけ?

しかし手前にマルシュルートカで一緒だった人が何人か、
インスペクターらしき人に、パスポートを見せています。
僕らもパスポートを出すと、
彼はそれを持って別の部屋に入って行きました。

数分待って返されたパスポートには、

「あ、キルギスの入国スタンプが押してあるよ!」
「ふ〜ん、こういう手続きなのか。それじゃ先のブースに行ってみよう。」

ブース内にいた女性のインスペクターは、
入国スタンプをちらっと見ただけでパスポートを返してくれました。
その先はもう出口のドアです。
僕たちは眩しい日差しに目を細めました。

「ねぇ、これで全部終わったの?」
「どうやらそうらしい。」
「随分あっけなかったね。」
「外務省の情報も含めて大分変っていたな。
 結果的に、カザフスタンは、
 税関申告も含めて税関検査が行われていなかった。」
「キルギスもね。」
「ああ、X線検査機すらないし。」

国境の建物を出るなり、
タクシードライバーが次々に声をかけてきます。
ここまで乗って来たマルシュルートカが、
そろそろ国境を通過して待っている筈なので、
僕たちはそのまま歩き続けました。

道路脇にはぽつぽつと両替屋が並んでいます。
レートは何れもそれほど悪くありません。

「ねぇ、両替はしなくていいの?」
「ああ、まだ現金は要らないからね。
 バスターミナルに着いたらやるよ。」

500mほど歩いて、
数台のマルシュルートカが停まっている場所まで来ました。
しかし、それぞれのナンバーを見ても、
僕たちが乗っていた車がないのですよ。

一緒にここまで来た人たちはどうしたのだろう?

辺りを見回せば、
それぞれ違うマルシュやタクシーに乗って出発しようとしています。

「えーじ、みんな違う車に乗って行っちゃうよ!」
「え? どうなってるんだ?」
「あの車って、カザフスタン側の国境までなのかしら?」
「まさか。ん〜・・・
 でも、彼らの動きを見ているとそういうことらしいな。
 仕方ない。僕らもタクシーを探すか。ちょっと戻って両替してくるよ。」
「あたしも行く!」
「いや、二人で行く必要はないさ。ここで荷物を見ていて。」

来た道を数百メートル戻り、
レートを確認して両替小屋の中を覘いてみましたが誰もいません。
すぐ脇で道路工事をしていたおじさんと目が合ったので、
肩をすくめたら、手にしていたスコップを置き、
小屋の中へ入って来ました。

工事作業者兼両替屋? マジですか?

彼は小屋の中で手招きしています。
そこで100USドル札を渡したらキルギスの通貨ソムをくれました。
OK、それじゃ序に使い残したカザフスタンテンゲも変えてしまおう。

よし、それじゃタクシーの交渉だ。

「えーじっ!」

ともこが慌てた様子で手を振っています。

「おじさんが待ってるよ!」

おじさん?

彼女の横をふと見れば、
国境まで来たマルシュルートカのドライバーがいるじゃないですか。

ありゃ、やっぱり乗せて行ってくれるんだ。

しかし車に乗ったのは僕らを含めてたった4人。

「みんなどうして他の車に乗って行っちゃったんだろう?」
「多分、彼らはみなこの国の住人なんだよ。
 それで住んでいる街まで直接帰って行ったんだ。
 このマルシュルートカはバスターミナルに行くだろうからね。」

そこから20分ほど走って僕らが降ろされたのは、
予想通り、ビシュケクの街の西にあるバスターミナルでした。

ここで宿までのタクシーを交渉し、チェックインしたのは17時。
アルマトィのホテルをチェックアウトしてから、
丁度7時間が経っていました。

こうして僕らは、この旅最後の陸路での国境越えを終えたのです。

えーじ
posted by ととら at 18:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年06月17日

第12回取材旅行 その11

アルマトィでの2日目。取材は順調に進んでいます。
ウズベキスタンとカザフスタンは、
文化の共通点が少なくないのですが、
微妙な違いは市場を見ただけでも十分感じられました。
ラグマンやマンティなど両国にある料理で比べると、
その違いがより鮮明になってきます。
そこから、何故?と考えるのが、ととら亭の旅の面白さ。
旅の奥行きは、距離を狭めるほどに広がって来るのですよ。

さて、大分遅くなりましたが、
ウズベキスタン旅行のダイジェストを写真でお伝えしましょう。

いえ、ここまでサボっていた訳ではなく、
サマルカンド、タシュケント共に、
インターネットのコンディションが良くなくてね。
通信が不安定だったのでパケットをトレースしてみると、
端末に近いWi-Fiレベルの問題ではなく、
ゲートウェイを出て3つか4つ先のノードで、
不規則なリンクダウンが発生していました。
おかげでちょっとしたテキストデータをアップロードするだけでも、
4,5回やり直しさせられる始末。

あれだけ電力が不安定なのですから、
無停電電源装置に接続していないネットワーク機器が、
断続的にリブートしてしまったのでしょうね。

で、カザフスタンはどうか?
僕らが訪れたシムケントやアルマトィに限ってなら、
東京と殆ど変わりません。
いや、特にいま僕たちが泊まっているホテルなんて、
ととら亭の環境より速いくらいです。

それでは前置きはこのくらいにして行ってみましょうか。

skview.jpg
サマルカンドの遠景

ウルグベク天文台跡から見たサマルカンド中心部の遠景。
右の巨大な建造物が中央アジア最大級のモスク、ビヒハニ・モスクです。
左に見えるブルーのドーム群が、
レギスタン広場を構成する3つのメドレセ(イスラム教の神学校)。

skamirtimrr.jpg
アミール・ティムール廟

ティムールを始めとする往時の支配者が葬られている廟。
内部の装飾は3kgの金を使用した絢爛なものですが、
その印象が地味なのは、ここが死者の眠る場所だからでしょうか。
夕暮れに訪れたら廟内にお祈りが響いていました。

skshahizinda03.jpg
シャーヒズィンダ廟群

ここもティムールにゆかりのある人々の墓地。
11世紀から15世紀にかけて建立された廟が連なっています。

sksharhizinda04.jpg

それぞれの時代によって様式が異なり、
じっくり裏側まで見ていて飽きません。

sksharhizinda01.jpg

イスラム独特の文様も、トルコやヨルダンのそれとは大分違っています。
それにしても美しいですね。

skhotel02.jpg
Hotel Abdu Bahodir 2

僕たちが投宿していたバックパッカー宿の入り口。
細い路地の奥にあり、小さく出ている看板を見落とすと迷います。

skhotel01.jpg

部屋はこんな感じ。
皆さんの価値観ではどう見えます? 僕らには結構居心地のいい宿でした。

skmarket01.jpg

ショブバザールのおかみさんたち。皆さん、とても朗らかで親切。

skstreet01.jpg

有名観光地だけではなく、
旧市街の迷路のような道に迷い込むのも一興です。

skstreet03.jpg

skstreet02.jpg

子どもたちは好奇心旺盛。
僕らを見かけるとすぐに「ハロー!」と声をかけてきます。
そして次が「フォト〜!」攻撃。
本当は印刷してあげられたらいいのですが・・・

lagman02.jpg

取材対象筆頭の料理、ラグマン。
小麦粉で作ったドゥを手で伸ばして作る製麺方法のオリジナルと考えられ、
ウイグル語のラミアンが転訛し、ラーミエン、拉麺、
そして日本の国民食、ラーメンとなったと考えられています。
また、一説によれば、中国の麺とイタリアのパスタを繋ぐものかもしれません。
うどん状の麺にラムと各種野菜を煮込んだ具沢山のスープがかけられています。
ん〜・・・確かに中華料理とは思えない味でした。

tklagman.jpg

ラグマンには様々なバリエーションがあり、
これは上から具とソースをかけたギュロラグマン。
ソースと一緒に炒めた焼きうどん風のものはポゾラグマンといいます。

nalin.jpg

これも麺類の壮大な旅を繋ぐミッシングリンクのひとつ、ナリン。
5cm前後に切られた素麺に似たを茹でた馬肉のフレーク、オニオンスライスと和え、
クミンパウダーを振りかけて、冷たいまま食します。
お好みであっさりしたチキンスープをもらい、
少量のナリンを入れて食べるのもポピュラー。
その食べ方は日本のつけ麺と同じです。

skplov.jpg

そしてこれも僕らを取材の旅に導く、示準料理の一品、プロフ。
皆さんお馴染みのピラフの元祖に近い料理です。
オリジナルはかつてのペルシャで生まれたと言われており、
中央アジアの諸民族はペルシャに多くの影響を受けていたため、
今回訪れる各国に、その土地のプロフがあります。
コーカサス地方のアゼルバイジャンやアルメニアにも伝わっていましたが、
中央アジアのそれとは大分異なったものでしたね。

manti.jpg

もちろん忘れていませんよ。
ととら亭と言えば世界のギョーザ。今回もしっかりマークしています。
これが中央アジアに広がるギョーザのマンティ。
小籠包のような薄めの生地に挽肉ならぬ、
細切れにしたラムと玉ねぎを包み、蒸した料理。
アクセントは具に入れたホールクミンとブラックペッパー。
スメタナと呼ばれるサワーミルクを添え、ディルを散らして頂きます。

natasya.jpg

「その6」でお話したアイラさんとナターシャさん。
彼女たちもまだ中央アジアの何処かを旅しています。
いつかまた会いたいですね。二人とも良い旅を!

legistan.jpg

サマルカンドと言えばレギスタン広場の写真が嚆矢ですが、
ちょっと趣向を変えて、美しい夜景をお見せしましょう。
ここまで来て本当に良かったとしみじみ思える光景でした。

tscyolsi02.jpg

さて、タシュケントに戻ってもすぐお仕事です。
40度を超える熱波の中、
宿から徒歩10分くらいのところにあるチョルシーバザールへ。

tkcyorsi.jpg

流石は首都の胃袋を支える市場。
規模はかなり大きいです。
中心部のドームに並ぶのは精肉、乳製品、惣菜店の数々。
リング状の中2階には、ドライフルーツとナッツ売り場が並んでいました。

tkmarket01.jpg

場所柄ポピュラーなのは馬肉です。

tkshob02.jpg

色鮮やかなスパイスの数々。
これまで調べた限りですが、ウズベキスタン料理の香りのベースは、
クミンとディルではないかと思います。

tknun03.jpg

そしてご飯と共に欠かせないのがナン。
これもまた示準食品の一つ。
ペルシャ起源のヌンがタンドール釜と共に伝播したものと考えられ、
僕たち日本人にはインドバージョンがよく知られていますね。
如何です?見た目からして大分違うでしょう?

tknun01.jpg

さぁ、これが飛び込み修業中のともこ料理長。
いきなり「やってごらん?」で、即反応できるところは流石、
ととら亭でも毎日パンを焼いているからでしょうか。

tknun02.jpg

心やさしいパン屋の皆さん。
ウズベキスタンは多くの魅力を持つ国ですが、
どれかひとつだけ挙げてみろと言われたら、
人間の魅力。
僕はこう即答しますね。

明日はいよいよ最後の目的地、
キルギスの首都ビシュケクに向けて出発します。
移動方法はマルシュルートカと呼ばれる乗合バン。
アルマトィの西にあるサイラン・バスターミナルから、
5時間半前後の道のりです。
カザフスタンの出国とキルギスの入国。
はてさて、どんな運命が僕たちを待っているのか。

ん〜・・・平和に行きたい。

えーじ
posted by ととら at 21:57| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2016年06月16日

第12回取材旅行 その10

昨夕、シムケントを出発した夜行寝台列車で、
僕たちは今朝8時20分、
カザフスタンのかつての首都アルマトィに着きました。
所要時間は約14時間。
しかし体を伸ばして眠れましたから、あまり長くは感じませんでしたね。
気温は20度。サマルカンドやタシュケントより大分北に位置し、
標高も800mほどあるので、ようやく暑さから解放されました。
天気は曇り時々雨。

さて、国境越えのお話の続きです。

単純にカザフスタン側に出ただけでは、
僕たちのミッションは終わりません。
ここから先は何の予約も入れていない白紙の状態。
宿も移動手段もリアルタイムでブッキングするのです。

タスク1 カザフスタンの通貨テンゲを入手せよ。

国境のセキュリティエリアを出てくると、
両替商、タクシードライバーがガンガンに営業をかけてきました。
僕らは既にくたくたの状態。
ドライバーを軽く受け流した時に、
丁度やって来た二人の両替商と交渉開始です。
僕は二人の電卓を指差し、

「OK、幾らだい?」

事前に調べたレートでは1ドルが336テンゲだったので、
これに最も近い方で100USドルを両替。
今回もいわゆる闇両替ですが、
双方の国境に正規の両替所がないから仕方ありません。

タスク2 シムケント駅まで移動せよ。

次は移動です。
国境からシムケントまでは概ね100kmくらいか。
手段はミニバス(といってもバン)とタクシー。
時間にして2時間くらいなら少々窮屈なミニバスでもOK。
で、そっちと交渉しようとすると、
タクシードライバーが、
「旦那!シムケントにはタクシーしか行けませんぜ!」
で、これは無視。
ミニバスに歩み寄れば今度はミニバスドライバー次々に現れて、
「ミスター、10ダラー!」
「3000テンゲ! OK、2000テンゲ!」
僕の腕を掴みます。

おいおい、今日はもうお疲れなんだ。
お手柔らかに頼むよ。

ここは二人で5000テンゲ(約1,600円)で手打ち。
程なく定員に達するとバンは走り始め、
景色はすぐに乾いた草原になりました。
道路状況はあまり良くありません。
時々小さな集落が現れます。
エアコンの効き始めた車内で、持っていたパンを食べ終ると、
二人ともうとうとし始めていました。

走り始めて1時間45分が経とうとする頃、
景色がにわかに市街地へと変わり、
丁度2時間で僕たちはシムケント駅に到着したのです。

タスク3 アルマトィ行き寝台列車のチケットをゲットせよ。

車外に出た僕らを迎えてくれたのは、強烈な日差しと熱風。
窮屈な姿勢でちじこまっていたので、体の節々が痛みます。

「大丈夫?」
「うん、でも頭がちょっと痛い。」
「僕もだよ。脱水症状だ。もっと水を飲もう。」

駅舎は売店もかなりあり、ウズベキスタンのそれとは大分違う感じ。
僕たちは邪魔にならない所にバックパックを降し、

「ここで荷物を見ていてくれるかい?
 僕は夜行寝台のチケットを買って来るよ。」

チケット売り場が幾つかあります。
どれがアルマトィ行きのブースかしらん?

僕は一番愛想の良さそうな女性のいるブースに歩み寄り、

「サレメト・スィズベ!(こんにちは)
 アルマトィへ行きたいのです。」

僕はカザフ語の挨拶を除いて英語で話しかけました。
こういう時は、笑顔を浮かべ、ゆっくりはっきり話すのがコツです。

「明日の、夜に、アルマトィへ行きます。」

彼女も突然現れたおかしな外国人の言おうとすることを、
一所懸命理解しようとしてくれています。
ちょうどうまい具合に卓上カレンダーがありました。
僕はそれで明日の日付を指差し、もう一度、
「アルマトィへ行きたいのです。」
そして眠るジェスチャーをしてみたら、
彼女は「なるほど」という様子。
OK、次は人数だ。
これは自分といない空間を指差し、ロシア語で「ドゥヴァ(2)」。

よしよし通じたようだぞ。

チケットブースの女性は紙に発車時刻を二つ書いて見せました。

17:40と20:30・・・か。

僕は17:40を指差してオーダーは完了。
今度は彼女が、

「パスポート。」
「ミニュートク、パジャールスタ(ちょっと待って下さい)」

「どう?買えた?」
「ああ、パスポートかしてくれる?」

料金はひとり1,600円ほど。

タスク4 両替所で両替せよ。

「トイレに行く通路で両替所があった。ちょっと待ってて。」
「え?また両替するの?」
「ああ、当座のテンゲはあるけど、バンクレシートが欲しいんだよ。
 警察に何か言われた時に、
 何も持っていないと難癖をつけられるかもしれないから。」

ここでのレートはさっきよりも少しだけ良かったです。
闇と言っても結構ちゃんとやっていたのですね。

タスク5 今夜のホテルを確保せよ。

「よ〜し、ようやくここまで来た。後は宿探しだ。」
「疲れたね〜。」
「ああ、頭もまだ痛い。もっと水を飲もう。」
「すごく汗をかいたもんね。」
「ああ、水が旨い。
 それじゃまた荷物を見ていて。外を一回りして探してくるよ。」

駅の外に出て周囲をぐるっと見回すと・・・
お、右手側のすぐ近くにHotelの文字が・・・
よし、まずあそこに行ってみよう。

フロントには気は優しいけど力持ちを絵に描いたような青年が一人。

「サレメト・スィズベ!今夜2名泊れますか?」

彼はきょとんとした様子。

OK、もう一丁ボディランゲージで行ってみるか。

僕はまた自分といない空間を指差し、「ドゥヴァ」。
そして眠るジェスチャー。
これで彼も、「ダー(はい)、ダー(はい)。」
次に電卓を指差し、
「スコーリカ・ストーイト?(幾らですか?)」
彼が打った数字は7,000、ってことはダブルルームで概ね2,200円か。
いいね。
そんじゃ両目を指差し次に廊下の向こうを見れば、
彼は鍵を持って出てきてくれました。
飛び込みで泊る時は事前のチェックが大切です。
古臭い建物ですが、部屋はかなり広く、シャワーもエアコンもあります。
鍵もしっかりしているので、

「オデジャクス!(とてもいい!)」

「どう?あった?」
「ああ、手頃な所が駅の前にあったよ。」
「ほんと!
 遠くまで探しに行かなくて良かったね!」
「さぁ、熱いシャワーを浴びて一休みしようぜ!」

Mission across the border complete...

ここで時計は15時を回っていました。

さてさて、こういうの、実は僕らの旅では珍しくありません。
南米やアフリカ、南西アジアなど、
場所によってはもっと面倒なことがどしどし起こります。
だからお勧めしないのですよ。
旅行会社のツアーに参加した方が、
バックパッカースタイルより確実に安全で楽ですから。

ではなぜ僕たちはこうした旅を続けているのか?

ん? あれ? なぜだったっけ?

えーじ
posted by ととら at 18:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年06月15日

第12回取材旅行 その9

日本の皆さまこんばんは。
僕たちは今、カザフスタンのシムケントにいます。
そちらとの時差は1時間減って3時間。
気候は今朝までいたウズベキスタンのタシュケントとほぼ同じ。
酷暑は変わりませんが、
何とか「無事」に辿り着けて二人ともホッとしています。

え? 無事じゃつまらない?
ひどいことを言いますね。
それじゃまぁ、よくととら亭で、
「一緒に行けるツアーを企画して下さい!」
というお声を頂戴しておりますので、
そういう奇特なお客さまが考え方を変えるであろう、
今日一日のお話を始めましょうか。

朝8時、宿のお兄さんの車を20USドルでチャーターし、
僕たちはカザフスタンとの国境の街、チェルニャイェフまで。
タシュケントからは北へ25kmほどの道のり。
この国境は徒歩でしか越えられませんから、
行き止まりで僕たちは車を降り、
そこからは歩いて国境へ向かいました。

時間は8時40分。
日差しは強く、気温がぐんぐん上がって行きます。

10分ほど歩いて進行方向左側に、軽食堂やキオスクがありました。
ここでトイレを済ませて、いよいよ国境の建物へ。
ミッション開始です。

タスク1 ウズベキスタンの税関を通過せよ。

警備兵のパスポートチェックを抜けて、
幅8mほどの屋根付き開放型通路へ。
そこには既に200名ほどの人々が犇めいていました。

「割り込まれないように、一番後ろの人にぴったりついて。」

すぐに僕たちの後ろにも人がつき、
それがやがて前に向かってぎゅ〜っと圧縮されて行きます。
しかし、はるか前方に見えるのは、税関検査場の入り口を遮る、
4、5名の警察官の姿。
誰もそこから先へは行けません。

時計は8時50分。
僕たちの状況は真夏にエアコンが故障した朝8時の山手線の車内状態。

「どう? 進んでる?」
「いや・・・時々一人、二人、というペースで前に行くけど、
 これという動きはないよ。」
「税関が混んでいるのかな?」
「ん〜・・・ここからでは見えない。
 でも、混んでいるにしても処理が遅すぎるんじゃないかな。」

9時10分。
5mほど前で男女の怒鳴り合いが始まりました。
目が合った僕の隣の人は苦笑いを浮かべ「やれやれ・・・」と言う感じ。

9時15分。
状況は変わりません。
僕たちも含め、肌をぎゅ〜っとくっつけ合っている人々は、
水を浴びたように汗でびしょびしょ。

9時20分。
突然大きな動きがあり、30名ほどが税関検査場へ。
しかしすぐに警察官がせき止めてしまいます。
我先に押し合う人々で何人かが転びそうになりました。

「気を付けて!
 ここで転んだら大変だ!踏みつけられちまう!」
「うん!」

年配の人や子供連れは優先されるのか、
ぎゅうぎゅう詰めの人々を押しやって先へ進もうとします。
それがまた混乱を呼び、そこかしこで怒鳴り合いが始まりました。
僕の隣の青年はうしろのおばさんに小突かれ、
「あんたが背負ってるバッグが邪魔なんだよ!
 頭の上に持ち上げてな!」
すると青年は黙ってそれに従い、重そうなバッグを頭の上に持ち上げました。

9時30分。
「なにやってんだ!」
「早くしろ!」
「いつまで待たせるんだ!」(多分、こういっていたのだと思います。)
僕たちの周りでは怒号が渦巻き始めました。
すると最初は普通に対応していた警察官が警棒を振り上げ、
えらい剣幕で、
「誰だ文句を言っているのは?
 え? お前か? お前か?
 手続きに従ってやらなければいけないんだ!
 みんな待っているんだ!自分勝手なことを言うな!」
(多分、こういっていたのだと思います。)

9時35分。
バッグを頭の上に上げていた青年は僕の目の前にいます。
彼の腕は疲れてぶるぶる震えていました。
そして次第に耐え切れなくなり、ずるずると降ろし始めてしまったのです。
そのバッグの端が僕の頭の上に乗りました。

OK、ブラザー、僕も手伝うよ。

僕らは大きなバッグを頭の上で支え合いながら、
じっと順番を待ち続けました。

9時40分。
警察官との小競り合いが散発しています。
額から流れ落ちてくる汗が目に入ってきました。
壁はない構造なのですが、ぎっしり人が詰め込まれているので、
風は殆ど入ってきません。

「えーじ!」
「大丈夫、すぐ後ろにいるよ。気分は悪くなってない?」
「うん、平気。」
「少し水を飲んだ方がいい。この状況で脱水症状はヤバイ。」
「でもトイレにも行けないよ。」
「それでも少しは飲んだ方がいいよ。」

9時50分。
突然、警察官が何か指示を出すと、
進行方向左側に女性たちが殺到し始めました。

「どうやら女性を優先的に進ませようとしているんだな。」

ところが夫婦で並んでいた女性が夫の手を掴んで行こうとすると、
男性は警察官にどつき返されてしまったのです。

「なんてことすんのよ!このひとはあたしの夫なのに!」
「関係ない!女性だけだ!」

我先に突進する人、泣き叫ぶ子供、警察官の怒号・・・
阿鼻叫喚とはこのことだな。

9時55分。
「あなた、先に進みなさい!」
警察官がともこを指差しました。
「私たちは一緒です!」
彼女は日本語で答えました。
そしてダメもとで僕が英語で、
「彼女は僕の妻です。
 ここに一緒に残ります。」
「あなたは英語が話せますか?」
「はい。」
「国籍は?」
「日本人です。」
「日本人!すみませんでした、こっちへ来て下さい。」

「どうしたの?」
「分からない。取り敢えず指示に従おう。」

僕たちは彼が指差す左側に進み、
手すりを乗り越えて空いている通路に降りました。

「ついて来て下さい。」

彼は足早に前へ進みます。
バックパックとサブザックを背負ったまま、
1時間以上汗だくで立ち続けていた僕たちは、
足元をふらつかせながら、彼の後に続きました。
そして入ったのが税関検査場。

「何だかわからないけど、ここまで来れたんだ。
 税関申告書を書こう。」

入国の時の控えを取り出し、僕たちは書類の記入を始めました。
暑さと脱水症状と疲労で頭が朦朧としています。
何はともあれ同じ内容で書かなくちゃ・・・

もうちょっとで書き終わるという時に、
別の警察官が僕の書類をのぞき込み、英語で、

「違う!そうじゃない!
 今度出国する国は日本じゃなくてウズベキスタンだ!」
「あ、ああ、そうだった。」
僕が訂正しようとすると、
「違う!そっちは入国の時に書いた方じゃないか!」
「あ、ああ、そうですね。」

叫び声が上がって振り返ると、
すぐ近くでお婆さんが倒れていました。
駆けつけた青年が水をかけています。

ヤバイ、意識が集中できない。
頭がくらくらする・・・

もう一度書類に目を戻して訂正しようとすると、
「オーマイガー!古い方を訂正しちゃダメだ〜!」
彼のいい方がおかしくて、僕は思わず笑顔を浮かべてしまいました。

そんなに耳元で怒鳴らなくても聞こえてるよ、ブラザー。

そんなこんなで書類を仕上げ、僕たちはX線検査へ。
そこで検査官に書類を2部渡し、
荷物を機械に通して、僕も金属探知機へ。
いつもはX線検査へ通す貴重品を入れたベストは、
あんまり周囲が混雑していたので不用心ですからそのまま進みました。
当然ブザーが鳴ります。
僕はにっこり笑ってハンズアップ。

さぁ、好きにチェックしてくれ。
パンツの中だってOKだぜ。

手持ちの金属探知機でささっとチェックしただけで、
御先へどうぞ。
あんなに修正した税関申告書は内容を見られもせずにポイ。

「どう? そっちは?」
「うん、終わったよ。」

タスク2 ウズベキスタンのパスポートコントロールを通過せよ。

「2つ目のブースが空いているよ!」
「いや、あそこにはインスペクターが1人しかいない。
 手前はもっと並んでいるけどインスペクターは2人だ。」

ここも「整列」と言う文化は存在せず、
中国、インドと同じ、総員突進型のカオス。
そこで順番を持っていると、
「あなたは何人ですか?」
後の若い女性が英語で声をかけてきました。
「ああ、日本人ですよ。」
彼女が手にしていたパスポートはウズベキスタンのもの。
「ウズベキスタンをご旅行中?」
「ええ、サマルカンドとタシュケントに行きました。」
「いかがでしたか?」
「素晴らしかったですよ。もう一度ぜひ来たいと思っています。」

汗だく、ふらふらの僕を見ながら、
「こんな目に遭っても?」と彼女の目が苦笑しながら言っているようです。
「次回はヒヴァに行こうと思っています。」
「まぁ、きれいな所なんですよ。」
「あなたはどちらまで?」
「カザフスタンです。」
「初めてですか?」
「いいえ、2回目です。」
「ここはいつもこんな状態なのですか?」
「いいえ、前回はこれほどではありませんでした。」
「なるほど、じゃぁ僕たちはラッキーなんだ!」

やれやれ、こんなジョークしか思いつかないとは・・・

僕たちの番になり、二人そろってパスポートコントロールのブースへ。
しかし、僕らの手続き中でも、どんどん色んな人が割り込んで、
パスポートを出そうとします。
インスペクターはそれを無視していましたが、
あまりにしつこいと、割り込みパスポートをポイっとどけてしまいました。
ここではレギストラーツィアの確認はされず、
程なくパスポートが返って終了。

タスク3 カザフスタンのパスポートコントロールを通過せよ。

次のドアを抜けるとそこはカザフスタンのパスポートコントロール。
ここはそれほど混雑していません。
落ち着いて入国カードを記入し、普通に並んですぐ僕たちの番。
僕らは別々の窓口に進みました。

情報が錯綜していたけど、本当にVISAはいらないんだろうな。
ここで「VISAがないぞ!」なんて言われたらお手上げだ。

そんなことを考えているうちに、
パスポートと入国カードが返って来ました。
すぐ確認しなければならないのが、これに押されるスタンプ。
レギストラーツィア(外国人滞在登録)が完了していれば、
入国カードに2カ所スタンプが押されます。
しかし、事前に確認した外務省の情報によると、
入国時にレギストラーツィアが完了するのは空路のみで、
陸路や海路の場合、入国後5日以内にオヴィール(移民警察署)に行き、
そこで手続きをしなければならないと書かれていたのです。
これは面倒なだけではなく、大きな時間のロス。
できたらここで済ませたい。
と思って入国カードを見ると、そこには2カ所にスタンプが。

「レギストラーツィア?」
「ダー。」

OK!これでひとつ問題が減った!
それにやっぱりVISAはまだ免除プログラムが続いていたんだ。

ともこの方を見ると、何やらインスペクターから質問を受けています。
「失礼、彼女は僕のワイフです。英語は話せません。」
「カザフスタンでの行き先は?」
「シムケントとアルマトィです。」
「滞在日数は?」
「6日前後。」
「目的は?」
「ああ、観光ですよ。」
とまぁお決まりの質問でパス。

タスク4 カザフスタンの税関審査を通過せよ。

さぁ入出国最後のハードルです。
ウズベキスタンの時と同じように、
税関申告書を2部作成して提出しなければなりません。

しかし、記入見本のあるカウンターに、肝心の記入用紙がないじゃないですか。
そこで近くにいた職員に近寄り、サブザックを開けて中身を見せ、
「僕はパソコンやカメラを持っています。」
彼は申告用紙をくれる代わりに、X線検査機の方を指差しました。

ん? 先にあれをやるの?

そこで言われるがまま荷物を通し、
反対側に行くと税関申告用紙があります。

「よし、それじゃこの前と同じように記入しよう。」

ふたりでしゃがみ込み、書き始めようとすると、
別の税関職員が現れて、
「それはもう必要ありませんよ。」(そう言ったと思います。)
僕はまたサブザックを開け、ノートPCとカメラを見せて、
「僕はこれらを持ち込むのですよ。」と英語で答えました。
彼は再び首を振り、僕たちの書類をさっと取り上げて、
外へ出なさい、と出口を指差しました。

「ほんとかな?」
「ま、あそこまで言われちゃしょうがない。
 きっとレギュレーションが変わったんだろう。
 確か同じケースがアゼルバイジャンであったよ。」

こうして僕たちが国境を通過するのに、
要した時間は約2時間半。

いかがです?
一緒に行く気はなくなったでしょ?

それでもと言う方には、
ここから宿にチェックインするまでにあった3時間の出来事を、
そのうちお話しましょう。

明日は日中シムケントの市場を取材し、
17時45発の夜行列車でアルマトィに向かいます。

God save us!

えーじ
posted by ととら at 01:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年06月14日

第12回取材旅行 その8

ありゃりゃ、すみません!
出発間際のドタバタで、
今月の営業スケジュールのお知らせを忘れていました!
こいつはいかん!!
とばかりにさくっとページを作ってアップロードしようとしたら、
なんとウズベキスタンのIPアドレスからでは、
FTPのポートがブロックされてアクセス出来ないじゃん!

という訳で、あまり意味はないかもしれませんが、
この場をお借りしてお知らせいたします。

取材のお休み
6月7日(火)〜6月24日(金)
25日(土)はディナーから営業を再開します。
それから28日(火)も定休日です。
よろしくお願いします!

___________________________________
さて。

その国の文化を知る最短距離が生鮮市場。
今朝も10時頃から再びチョルシーバザールへ行き、
昨日の取材の続きをやっていました。

まずは昨日お世話になったパン屋さんへ差し入れを、
と思って冷たいジュースを片手に行ったら、
「お? 昨日の日本人じゃないか!
 また手伝いに来たのか?よしっ!」(と言ったのだと思います。)
親方と思しきおじさんが、早速パン生地と板を持って来て、
「よし、やってごらん!」(と言ったのだと思います。)
そういうつもりで来たのではありませんが、
目の前にものを置かれちゃ引き下がれないのか、
またしてもともこ料理長は両手に油を塗るなり、
むんずとパン生地を掴んでこね始めました。

分野は違えども、同じ料理人だからか、
言葉が全く通じないにもかかわらず、
不思議と「分かりあえる」のですよね。
ほんと、羨ましいと思いました。

ほどなく戻った巨大なチョルシーバザール。
外れの方では小さな蚤の市もあったりして、もう生活臭ぷんぷん。
肉売り場では場所柄か馬肉をよく見かけました。
でも主役はやっぱりラム。それにチキンとビーフが続き、
ポークは全くありません。
野菜やハーブ売り場は料理を再現するためにとても役に立ちます。
ウズベキスタン料理の風味付けでは、ディルとコリアンダーが中心を成し、
ホーリーバジルがそれに加わるという感じ。
スパイスは圧倒的にクミンです。
気候が生育環境によく合うトマトは、
どれもつやつやで真っ赤に熟れ、料理は当然ながら、
そのまま齧っても最高!
フルーツとナッツもすこぶる豊富で、
料理やデザートにたっぷり使われています。
とにかく魚介類を除けば食材はとても豊かですね。

ランチはバザールの北東部位にある、チャイハナが集まったエリアで。
まずはタシュケントのプロフを食べなくちゃいけないんですけど、
もう一つ重要だったのが、ラグマンと並ぶ中央アジアの麺、ノリン。
素麺によく似ていますが、今日食べた調理方法は、
これをスプーンで食べられるくらいの長さに切り、
冷やして馬肉のフレークとオニオンスライスで和え、
クミンをたっぷりふりかけたもの。
ん〜、未経験的な味と食感でした。

ここでもお店の人々はとてもフレンドリー。
オーナーは英語が達者なおじさんで、
同業者だと知ると話が一気に盛り上がりました。
それにマッチョな弟さんも加わってみんなで記念撮影大会。

ウズベキスタンは多民族国家で、
様々な顔立ちの人々が入り混じっている為、
アフリカや南米のように、一見して僕たちが目立つことはないのですが、
とにかくそこかしこで声を掛けられます。
目が合ったら左手を胸にあてて、軽く頭を下げ、
「アッサラーム・アライクム!」
僕のサバイバルロシア語では会話らしい会話にはなりませんけど、
「ヤー、イポーニェッツ(僕は日本人です)」(ロシア語)
「ウズベキスタン、ジュデ・ヤフシ!(ウズベキスタンはとてもいい!)」
(ウズベク語)
この2フレーズでみんながスマイルになります。
(というか笑いが取れます。)
そしてその後はしばしば「写真撮ろうぜ!」大会。
ほんと皆さん、ラブリーで親切ですよ。
さっきも夕食を食べるレストランを探していると、
片言の英語で話しかけてきた女性が、
入り組んだ道の奥にあるレストランまで案内してくれました。
「カッタ・ラフマト!(どうもありがとう!)」(ウズベク語)

そんなこんなで名残惜しいウズベキスタン。
明日はいよいよカザフスタンへ向けて移動します。
そう、これがこの旅で一番の難関。
まずウズベキスタンの出国とそれに続くカザフスタンの入国。
ここの国境はあまり芳しくない噂がちらほらと・・・
それを無事に通過したらカザフスタンの通貨テンゲをゲットして、
乗り合いバスでシムケント駅まで。
そこで翌日のアルマトィ行き夜行列車のチケットを手に入れます。
それまでの流れ次第で宿探し・・・

実はここがあまりにも不確実だったので、
明日以降のスケジュールは何も予約を入れていないのですよ。
どうなるかは正直、まったく分かりません。
そんな訳で、暫くネットワークに入れず、
ブログをアップできなくなるかもしれませんが、
旅人の野生の勘でどうにかしますから心配しないで下さいね。

えーじ
posted by ととら at 02:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年06月13日

第12回取材旅行 その7

10時にサマルカンドの宿をチェックアウトした僕らは、
広場の手前で声をかけて来た白タクのおじさんと交渉し、
また10米ドルでサマルカンド駅へ。

駅に入るだけなのに、
空港のようなパスポートチェックと手荷物検査がある上、
駅の中にはこれまた空港同様、カフェはおろか、
パンが買えそうなキオスクすらないとの前情報。
そこで車から降りてすぐ目に入ったパン屋さんでランチをゲット。

駅はきれいで建物こそ立派ですが、
本当に「ただ待つだけ」の場所。
早速そこかしこにいる警察官の一人にチケットを見せながら、
怪しいロシア語で、
「アッサラーム・アライクム(イスラム教徒のこんにちは)、
 僕はタシュケントに行きます。」
すると意味を汲んでくれた彼は、ジェスチャー交じりに、
「アンダーパスを抜けて奥のプラットフォームに行きなさい。」
(多分、こう言ったと思います。)

こういうことは間違えるとイタイので、
プラットフォームに上がってから別の警察官にまた同じ質問。
彼はまだ列車が着ていないホームを指差し、
更に左から右へ腕を動かしました。

ともこ語ではありませんが、日本語と英語が通じなければ、
僕もあの手この手でコミュニケーションを図ります。
これは学校のテストじゃありませんからね。
必要な結果が得られれば手段は何でもOKなのです。

タシュケント行きの列車は40分遅れて到着し、
酷暑のプラットフォームでしおしおと待っていた僕らを乗せて、
12時13分に出発。

車窓からの風景は20分もすると市街地から乾いた草原へ。
時折現れる川に沿って緑が茂っています。
集落をてんでに構成する家々は質素で、
ややお金を持っていそうな家には、
衛星テレビのパラボラアンテナがありますけど、
エアコンの室外機は殆ど見当たりませんでした。

牛の群れ、河で泳ぐ子供たち、日陰で休む人々・・・
草原、河、また草原・・・

走り始めて3時間が経つ頃、
並走する道路が広くなり、交通量も増えてきました。
そして15時20分。僕たちはタシュケントに帰って来たのです。

タシュケント駅もサマルカンド同様、
黙って待つだけの場所でした。
僕らは熱風が吹く中、声をかけて来るタクシードライバーや、
両替商に、にっこり笑って「ニェット・スパスィーバ(No thank you)」。
またもおまわりさんに、「地下鉄はどこでしょうか?」
制服組もおしなべて親切です。

しかし地下鉄にはちょっと驚きました。
まず、地下への階段を降りるところで手荷物チェックがあります。
そして地下通路に降りると、
そこは「通路」というより薄暗い地下駐車場のような殺風景な空間。
だだっ広いのに、歩いている人は僕らを入れて5人ほど。
かなり薄気味悪い感じです。
僕らは一人だけいた前を行くお兄さんをぴったり尾行。
陽が差し込んでいる階段には警察官の影がスパイ映画のように浮かんでいます。
以前、戒厳令中のタイに滞在していた時より、
ウズベキスタンの平時の警備の方がはるかに厳しいですね。

ようやくお兄さんが左に曲がると、
そこには閑散とした券売所と古い遊園地の入り口のようなゲート。
2人分のチケットを買い、またまたにっこり笑って(これが大切なのですよ)、
「僕はチョルシーに行きます。」
すると券売所のおばさんが手まねで行き方を教えてくれました。

ホームは絵に描いたようなバウハウスデザイン。
そしてホームには20人くらいしか乗客がいません。
日本に例えるなら、ここは丸ノ内線の東京駅。
そういう感覚でいると、ちょっと怖いです。

で、ここでも電車に乗る前に、待っていた人に声をかけ、
「こんにちは!チョルシー行きですか?」
「ダー(はい)、ダー(はい)。」

こうしてようやく宿のある駅まで到着。
ここから先もコンパスで方向を確認しつつ、
「バザールはこっちですか?」
「サグバン通りはこっちですか?」
と訊きまくり、ふた汗かいたところで今夜の宿に着きました。

宿のおじさんはあまり英語が話せなかったので、
レセプション担当の息子さんが帰ってくる前に、
荷物だけおいた僕らはチョルシーバサールヘ戻り、
疲れを無視して取材を開始。

ここはジョージアの駅前バザール並みに大きく、
きちんと調べるには最低半日はかかるでしょう。
しかし頑張って来た甲斐がありました。
タンドール窯で焼くというウズベキスタンのナン。
しかしフリスビーみたいな形と大きさのナンを、
どうやってあの釜の側面に張り付けて焼くのか、
ともこも不思議がっていたのですよ。
そこで偶然通りがかったパン屋さんを覘いていたら、
中のお兄さんが手招きをしています。
え? 見せてくれるの?
喜び勇んで入ってみれば、次は他のお店のおじさんが、
「興味があるなら作ってみるかい?」
(多分、こういったのだと思います。)
これでともこのスイッチが入り、
彼女はのしのしキッチンの中へ。
流石はととら亭の料理長。
突然乱入した釜の前で両手にちゃちゃっと油を塗り、
おじさんの指示に従ってパンをこね始めたじゃないですか。
そしてきれいに整形し、飾りスタンプを中央にザクッと押すと、
おじさんは「よぉ、うまいもんだ!」(と言ったと思います。)
それでエンジンがかかった彼女はもう一丁!とリクエスト。
いやはや、わが妻とはいえ感心しましたね。
ありゃ素人にはできない芸当だ。
今度写真でお見せしますね。

さて、時計は17時を回っていたので、
取り急ぎ概略を掴んで通り向こうのレストランへ。

そこでは炒めラグマンとマンティ、チュチュバラを食べました。
今回の旅では、その土地固有の料理の他、
各所にある料理の比較もしているのです。
なるほど、サマルカンドでも食べたこの3品、
確かにタシュケントのバージョンは違っていましたね。

明日もまたチョルシーバザールを中心に取材を進める予定です。
暑そうだな〜・・・

えーじ
posted by ととら at 01:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2016年06月12日

第12回取材旅行 その6

旅は出逢いと申しますが、
思わぬところで思わぬ人と出会ったりすると、
運命というものが本当にあるのだと、
手放しで信じられるようになります。
今回も偶然とは思えないことがありました。

サマルカンドに着いた翌日、
テラスで朝食を食べて僕が一人で戻る時、
すれ違った白人の女性と挨拶を交わしました。

「おはようございます。」
「どちらからいらっしゃったのですか?」
「日本です。一昨日の夜タシュケントに着いて、
 昨日の早朝の飛行機でサマルカンドに来たのですよ。」

ここから突然、会話は日本語になります。

「あらまぁ、日本! どの街から?」
「え? ああ、東京です。驚いた、日本語が話せるのですか?」
「ええ、日本に6年住んでいました。」
「なるほど、通りで発音がきれいな訳ですね。」
「今でも仕事でよく行きます。」
「そうですか、僕らは中野区で、
 外国の料理を紹介するレストランをやっているのですよ。」
「中野区ですか!私は東中野に住んでいました。」
「今のお住まいは?」
「ドイツのベルリンです。」

サマルカンドの安宿で、
東京の同じ区内に住んでいたドイツ人と、
日本語で話をする。
この確率がどれくらい小さいか想像できますか?

彼女の名前はナターシャさん。
同じく日本語が堪能なアイラさんと一緒に旅をする、
筋金入りのバックパッカー。
1年かけたユーラシア大陸の横断を含むその経歴は、
僕も驚くべき内容でした。

もうひとつ、偶然にしては出来過ぎな出会い。

日中観光地を回っていると、
「あれ?さっきあの人もあそこにいたな。」
と気が付くことがあります。

今日も午前中にウルグベク天文台跡で出会った、
青いシャツを着た初老の白人男性と、
その後、夕方ビビハニムモスクで再会し、
夕食を食べた帰りに、最後にもう一目、
レギスタン広場のメドレセを見に行こうと立ち寄れば、
またしても彼の姿が!

こうしたことも、旅の面白さなのですよね。

さて、
明日は11時27分発の列車で酷暑のタシュケントに戻ります。
天気予報によれば、最高気温は42度。
いい汗かきそうです。

えーじ
posted by ととら at 11:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年06月11日

第12回取材旅行 その5

サマルカンドでの3日目。
大分暑さに体が慣れました。
寒暑への適応と、どこでも熟睡できることは、
バックパッカーに必須の身体能力です。

さて、今日はあまり馴染みのない、
ウズベキスタンの雰囲気を旅人目線でお伝えしましょう。

まず、皆さまご心配の治安について。
まだタシュケントとサマルカンドの一部しか歩いていませんが、
危険な気配を感じたことは一度もありません。
観光客には無縁の路地裏をぶらついたり、
陽が暮れてから外灯のない道を歩いて帰っても、
「なんかヤバそうだな・・・」
という雰囲気は全然なかったですね。
それより夜は日中以上に子供や女性を含めて人出があるので、
反対に安心できるほどです。
外務省の安全情報にもある通り、
タジキスタン、キルギス、アフガニスタンとの国境付近に行かなければ、
あまり神経質になる必要はないように思えます。

宿で発行される外国人登録証明(レギストラーツィア)と、
パスポートを警察官にチェックされることがあると言われていますが、
今のところ何度警察官に出会っていても、
にっこり笑って挨拶を交わしているだけです。
多分、挙動不審でなければ、外国人チェック週間のような時に、
じゃんじゃん声をかけるのかもしれませんね。

物価は庶民の生活圏内であれば、大分安く感じると思います。
地元の人が「あそこは美味いけど高いよ!」
というレベルのレストランでメイン3皿、ビール、水を注文して、
二人で概ね1,300円ほどです。
ローカル御用達の食堂ならお腹いっぱい食べて二人で700円くらいでした。
平均月収は約21,000円前後。インドネシアよりやや低いくらい。
加えてハイパーインフレーションの影響で、
ウズベキスタン人は自国通貨のスムを、
あまり信用しなくなっているように見えます。
とにかく米ドルでの支払いを求められますからね。
また闇両替が普通に根付いており、闇というと聞こえは良くありませんが、
銀行の交換レートがあまりにも悪い為、市民生活の一部になっています。
バスターミナルでは、子供銀行の札束のようなスムを抱えた両替商が沢山いました。
ちょっとした買い物でも沢山の紙幣で支払いますから、
皆さん銀行員並みに数えるのが速い!

こうした状況を見ていると、
いろいろ不満はぶつけられてはいても、日銀さんや経産省の方々は、
しっかりした仕事をしているんだなぁ、と、つくづく思います。
また外貨を稼ぐ企業の方々の力あっての僕らの旅なのだと、
本当に実感しますよ。

所得が低い = 税収も少ない = 貧弱なインフラ

これはどの発展途上国でも当てはまるでしょう。
サマルカンドでは、とにかく電力が不安定です。
今日は12時から1時間ほど停電していました。
また停電こそしなくても、電圧が不安定なので、
こうしてブログを書いている今でも、
扇風機やエアコンが動いたり止まったりしています。
その所為か、幹線道路を除くと外灯は殆どありません。

しかし、人々はおしなべて朗らかで人懐っこく、とても親切です。
ぶらぶら歩いていると、いろいろな人から声をかけられます。
それは商売っ気からではなく、純粋に好奇心からなのでしょう。
子どもたちも僕たちに気付くと「ハロー!」を連発してきます。
中にはその後、「フォト〜!フォト〜!」
で、写真を撮って見せると、「グー!グー!」
何とも可愛らしい子たちなのですよ。

これまた旅をしていてよく思うことですが、
本当に、持っているモノの量と幸福が比例するとは限らないのですよ。

それを体で証明しているのが、
彼らの笑顔なのだと僕は教えられました。

えーじ
posted by ととら at 03:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年06月10日

第12回取材旅行 その4

ご存じの方もいらっしゃると思いますが、
今年のラマダンの始まりは6月6日。
そして僕たちが今回廻る国で、
最もイスラム教徒の割合が多いのがウズベキスタン。

実はカレンダーのチェックで見落としていたのですよ。
まずいな、日中に飲食店が閉まっていたらどうしよう?

と心配になりましたが宿のお兄さんに訊けば、

「ラマダン? ああ、昨日から始まっていますね。
 でも断食しているのは10人に1人もいないんじゃないかな?
 だって、こんなに暑いのに飲まず食わずじゃ、
 働けないじゃないですか?」

なるほど、その通りなのですけど、
サウジアラビアを始めとするアラビア半島の国々では、
病人と妊婦を除けば厳格に行われているのが事実。

しかし同じイスラム教徒でも、
僕の経験から言うと信仰に関する温度差は、
かなり大きいものなのです。

やはり一番厳しいのはアラビア半島の国々。
それと宗派は違いますがイラン。
(ここはまだ入国していませんが)
次が北アフリカのアラブ系の人々が多い国々。

で、中央アジアですが、
同じムスリムでもトュルク系の人々が多い国は、
かなり世俗型ではないかと思います。

ラマダンの時期でも普通に飲食店が営業し、
みな、もりもり食べていますし、
お酒も・・・楽しんでおられます。

特に驚いたのは、女性が一人でも飲食店に出入りし、
数人のグループではビールだけでなく、
土地柄かウォッカまでちびちびと。

モスクの多いサマルカンドにいても、
祈りの時を告げるアザーンは、一度も聞こえません。

それよりも例年よりかなり早く酷暑期が始まり、
夕方、陽が陰ってから街に繰り出す人々の、
楽しそうな姿が印象に残りました。

大人気なのはアイスクリーム屋。
さっきも夕飯の帰り道に通りがかると、
お父さんに連れられた子供たちがお店の前で目を輝かせていました。

「みんな今日はお母さんの言うことをよく聞いて、
 いい子にしてたか?」
「うん!」
「うん!」
「よ〜し、それじゃ好きなアイスクリームを買ってやろう。」
「わぁ〜い!」

そんな会話をしているのでしょうか。

ちょっと席のあるお店では、
お洒落した若者たち。
お母さん同士。
時にはオヤジ同氏がペロペロアイスクリームを食べています。

こうした光景を見ていると、
地球人はみな変わらない、
僕はいつもそう思えてならないのですよ。

親が子を、若者が若者を、
いや、人が人を愛することは、どこの国でも変わらない。

もし、この安宿に、
他の星から来た旅人が泊っていたとしたら、
その旅人は、きっと僕と同じように、
地球人を見ていることでしょうね。

えーじ
posted by ととら at 01:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2016年06月09日

第12回取材旅行 その3

僕たちはいま、今回の旅の目的地の一つ、
青の古都サマルカンドにいます。

今朝5時、朝日が昇り始めたタシュケントの街を、
宿でお願いした車で走り、5時半前に国内線空港のターミナル3へ。
ウズベキスタン航空のエアバスA230は定刻の7時に離陸。
僕たちがサマルカンドでタラップを降りたのは、
ほんの38分後でした。

サマルカンド空港で驚いたのは、バゲッジクレームがないこと。
誘導されるがままに歩いていたら、到着ロビーに出てしまったのですよ。

バゲッジクレームの表示を見落としたのか?

そう思って引き返すと、見落としようがないシンプルなルート。
だってタラップを降りたらターミナルまで数十メートルを歩き、
ドアを一つ抜けただけで到着ロビーなのですから。

荷物はどうしたのかしらん?

そこで空港職員に尋ねれば、到着ロビーの片隅を指差すだけ。
ターンテーブルはおろか、Baggageの文字すらない一角を。
しかし、機内で見覚えのある人々が、そこでまんじりと立っています。

マジですか?

と思っていたら、滑走路側のドアが開いて、
空港職員がどしどし荷物を運んで来たではないですか。
そして歩み寄る乗客のクレームタグと荷物のタグを照会して「どうぞ。」
こういうの、バスターミナルではよくあることですが、
空港で経験したのはこれが初めて。

ん〜・・・ところ変わればやり方も変わる・・・か。

次は宿までの移動。
空港の敷地を出たところで声をかけて来たタクシードライバーと交渉。

「だんな、二人で15ドルで行きましょう。」
「そりゃ高過ぎだ、10ドルにして下さいよ。」
「無理ですよ、そんな値段じゃ。」
「しかしこのホテルの場所まで6キロくらいしかないじゃないですか。」
「それじゃ13ドルでどうっすか?」
「10ドル以上は出せないよ。」
「そりゃないですよ。」
「そうかい? じゃぁしょうがないな、他を探すよ。」

と背中を向けたところで、

「OK、OK!分かりました!10ドルで行きましょう!」

これ、別に僕がハードネゴした訳ではなく、
この距離ならローカルだと概ね2ドルか3ドルくらいで行けるからです。
そもそも10ドルでもかなりいい商売だったのですよ。

しかし、経済的に厳しい国で外国人がローカルプライスを求めても、
なかなか難しいものです。
それに初めて来た土地で、自力で宿の場所を探すとなると、
重いバックパックを背負ったまま、ひと汗ふた汗かくのが当たり前。
そこでプラス分はガイド料くらいに考えているのです。
ただしやり過ぎはダメ。

僕たちが投宿したのは、
レギスタン広場の東側に細い路地を300mほど入った所にある、
Abdu Bahodir 2 というよくあるバックパッカー御用達の安宿。
バストイレ付きの個室で1泊約2,700円。
僕たち標準でいえば中の中くらいのグレードかな。

8時半頃到着したのですが、
風の気持ちいいテラスのテーブルに案内され、
「朝食は如何ですか?」
朝4時半から何も食べていなかった僕らは、
「やぁ、もちろんお願いします!」

スタッフはとてもフレンドリーで居心地がいいです。

但し最高気温が36度前後と暑いので、
エアコン付きの部屋を取ったのですが、
旧ソビエト製のような機械の電源を入れて暫くすると、
部屋の裸電球が急に暗くなったり明るくなったり・・・
それに合わせてエアコンもゴホンゴホンと息切れし始めて・・・

「ねぇ、なんか全然涼しくならないね。」
「というより暑くなった気がするよ。」
「窓を開けようか?」

そこで別の部屋に移らせてもらうと、
照明が蛍光球だからまだ安定しているように見えますが、
電圧が不安定なのは同じ。
ということは、個別の問題ではなく、
街の電力供給量が需要に追い付いていないのでしょう。

こうした状況は、酷暑期のインドを旅していた時に、
しばしば起こりました。
はっきり言って、なす術なし。

サマルカンドナンの美味しい朝食で元気を取り戻した僕らは、
暑さが厳しきなる前に庶民の生活を感じるシヨブバザールへ。
食材の取材を済ませたらローカル食堂でランチです。
ここではウズベキスタンのギョウザ、マンティと、
これまたご当地流のロールキャベツとピーマンの肉詰めのガルブツィ。

正午も過ぎると暑さは本格的になり、
僕らはほうほうの体で宿へ撤退。
まだこの気温に体が慣れていないので、
二人とも程なくベッドにバタン。
知らない間に眠りこけていました。

陽が傾いた17時少し前、シャワーを浴びて目を覚ましてから、
3Kmほど離れた鉄道オフィスまで歩いて行き、
タシュケント行きのチケットをゲット。
その帰りに宿のスタッフご推薦のレストランでディナー。

ここではついに永らく探していた、
中国の麺とパスタを繋ぐミッシングリンクかもしれない、
中央アジアの麺、ラグマンを食べました。
このお話はまたあらためてしますね。

さてさて、今夜は数日振りに、寝坊を心配せず眠れそうです。
はぁ〜、ベッドで体を伸ばせるのが嬉しい。

えーじ
posted by ととら at 02:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年06月08日

第12回取材旅行 その2

日本の皆さま、こんばんは。

僕たちは今、ウズベキスタンのタシュケントにいます。

到着したのは現地時間18時58分。
韓国の仁川国際空港からの飛行時間は概ね7時間。
またしても眠っている間に着いてしまいました。

日本との時差はマイナス4時間。
僕がこれを書いているのは21時56分ですが、
そちらは日付が変わって1時56分。

元社会主義国の入国審査と言うと、
誰も列に並ぶことはなく、カオスの状態でじわじわ進む、
というのがよくあるパターンですが、
ここは雑然としてはいたものの、外国人用のブースが別にあり、
到着便が僕たちの飛行機だけということもあって、
20分ほどで通過できました。
インスペクターの質問はなし。

バゲッジクレームで荷物を受け取った後の税関では、
荷物のX線検査をして、
予め機内で記入した税関申告書を提出します。
(僕はもちろん英語版をもらいました)
これは要注意で、
所持している現金やパソコンなどの高価な物品は、
購入価格と共に申請しなければなりません。
そして税関職員のサインとスタンプを押してもらった申告書を、
1枚返してもらいます。

別に入国する時は荷物や財布を開けてのチェックはありませんでしたが、
出国時に再び同じ申告書を書き、
さっき返してもらったものと一緒に提出するのです。

その時に抜き打ち検査に遭って、
所持金が増えていたり、申請していない高価な物品を持っていたりすると、
かなり面倒なことになるらしいですね。気を付けねば。

さて、次は両替です。
噂通り、タシュケント国際空港ではATMが見当たらず、
両替所も一か所だけ。しかもレートは全く表示されていません。
日本円はここでしか両替できないとの情報があったので、
取り敢えず1万円を現地通貨のスムに変えたら、
ものすごい札束になってしまいました。
インフレがひどい上に、最高額紙幣が5000スム(約185円)ですから、
最高額紙幣でも54枚くらいになってしまうのです。

ちなみに物価は、
ウズベキスタン人の平均月収が大体21,500円くらいなので、
かなり安く感じます。

ここでようやくセキュリティエリアを出ます。
いよいよウズベキスタンの街ですね。
20時でもまだ少し明るい。気温は38度。
しかし湿度が20%台なので不快感はあまりありません。

タクシードライバーが片言の英語で声をかけてきましたが、
今回は宿のピックアップをお願いしていたのでパス。
程なく迎えのスタッフを探し出し、
初日の宿まで。

いつも入国する時は警戒モードを上げていますが、
空港での手続き、移動、宿のチェックインは、
危険なムードがなく、とてもすんなり行きました。

それは多分、人の印象によるところが大きいでしょうね。
皆さん、おしなべてのんびりした感じ。
そして人懐っこく、とても親切です。

先ほど宿の近くの居酒屋でシシャリク(串焼き)を食べてきました。
僕の怪しいロシア語とウズベク語でも、
食事をするくらいなら問題なし。
地元の好奇心旺盛なおじさんたちもフレンドリーで、
楽しいディナータイムとなりました。

「あんたらどこから来たんだい?」
「日本です。」
「シシャリクとビールは美味いだろう?」
「ええ、とても美味しいです。」
「しかし日本人はそれっぽっちしか食べないのか?」
「これでお腹いっぱいですよ。」
「もっと食べれば俺みたいなマッチョになれるのにな!」

多分、こんな会話になっていたと思います。

明日は5時にチェックアウトして、国内線でサマルカンドへ向かいます。

それではおやすみなさい。

えーじ
posted by ととら at 03:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年06月07日

第12回取材旅行 その1

日本の皆さま、こんにちは。

僕たちは今、韓国の仁川国際空港でトランジット中です。
日本との時差はありません。

昨夜はお店をシャットダウンしてパッキングが終わったのが26時。
起きたのが4時半ですから例によって仮眠でGo!
初めて新宿から始発の成田エクスプレスに乗りました。

朝6時前の新宿は初めてだったので、
まるでここから外国が始まったような、
不思議な印象を受けましたね。
こんな時間から出勤する人もいるんだなぁ。

成田から仁川までのフライトタイムは丁度2時間。
電車内といい機内といい、
二人とも食事が終わった途端にパチンとスイッチが切れて気絶。
さっきも着陸の衝撃で起きるまで爆睡していました。

仁川空港は初めて。かなり大きいのですね。
フードコートも充実していて、
折角ですからビビンパッとチゲでランチ。

そうそう、お約束でチェックインする時に、
「来たかなぁ〜?」ということがありました。
そう、最初に予約したウズベキスタン航空がキャンセルされて、
大韓航空に振り替えられた結果、
e−チケットはウズベキスタン航空なのですが、
乗るのは大韓航空。
この場合、よくある共同運航便ではありません。
さて、どうなるかな、と大韓航空のカウンターに行って事情を話すと、
最初は「分かりました」だったのですが、
キーボードを叩きながらディスプレイを見つめる、
美人の地上職員さんの表情がみるみる曇って来たじゃないですか。

ほどなくして隣のブースの同僚にヘルプを求めるも、
なにやら上手く行かない様子・・・

「お待たせして申し訳ございません。」

彼女はそう言い残すと、僕らのe−チケットを持って、
どこかへ行ってしまいました。

「ねぇ、なんか変じゃない?」
「ん〜・・・やっぱりって感じだな。」

無事に出発できるのかしらん?

そんなムードになり始めた頃、彼女が戻り、
再びキーを叩きはじめたら、笑顔が戻りました。

「大変お待たせいたしました。」
「大丈夫ですか?」
「はい、どうもご予約が2重で入っていたようです。」

キャンセル待ちになっていたからかな?

ともあれ、
これで無事、タシュケントまでのボーディングパスが手に入りました。

次の便は15時45分発。
問題がなければ現地時間19時20分に、
ウズベキスタンのタシュケントに着きます。

ボーディングゲートの前に集まって来た人々は、
明らかに顔つきと言葉が違います。
中央アジアはもうすぐそこ。

次はサマルカンドからお話できるかな?

えーじ
posted by ととら at 14:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年06月06日

第12回取材旅行の準備 その5

ほぇ〜、
何とか「やらねばならん系」タスクは、滑り込みで終りました。
リストの中には幾つか残ったものもありますが、
まぁ、それは帰国後でもどうにかなるでしょう。
後回しにしていた自分の荷物のパッキングは今夜帰ってから。

毎回こうして始まる前に「お疲れさまでした〜」状態になり、
移動の鉄道、機内で断続的に爆睡し、
現地の初日は早めに休んでようやく復活する、
このパターンをどうにかせにゃならんなぁ、と思いつつ、
取材旅行も12回目か・・・

そう、いつも何かが起こる出発前。
そしてまた、何かが起こる出発後。
結局、起こるものは起こるのなら、
泰然として welcome!
サウシタ人ニ、私ハナリタイ。

さて、溜息話はさておき、
今回の旅は現地での移動距離こそ、それ程でもありませんが、
気温差が思っていたより大きいですね。

現時点でのワールドウェザーリポートを見ると、

タシュケント 19度〜45度
サマルカンド 18度〜36度
シムケント  23度〜42度
アルマトィ  9度〜24度
ビシュケク  16度〜35度

うぁ〜、タシュケントの最高気温は45度となっ!

こりゃ僕が経験した最高気温の記録を更新するかも。
なるべくタシュケントとシムケントの滞在期間を短くしよう。

とまれ初日が最も暑いタシュケントですが、
夜着いて早朝出発してしまうので、
もう少し「穏やか」なサマルカンドで気候適応出来ると思います。

何だか痩せそうな旅だな・・・

えーじ
posted by ととら at 19:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年06月05日

ソロライブ パート2のお知らせ

スペシャルミッションから戻ると時計は17時。
朝から出ずっぱりでへとへとでしたが、
一人でランチを切り盛りしたともこも流石にお疲れの様子。
でも賄いを食べたら二人とも復活しました。

さて、気合を入れ直してディナーを始めますか。

ちなみに明日もランチはともこがソロでやります。
ちょっとスピードは落ちますけど、
のんびりして行って下さい。
僕はディナーには戻ります。

よろしくお願いします。

えーじ
posted by ととら at 17:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記