2016年07月31日

帰って来ました!

ご心配おかけしていましたが、
今日の午前中に退院しました!

予定より大分早く帰れてホッとしています。
回復が思ったより早く、
手術の翌日も普通に歩けたので、
看護師さんたちがびっくりしていました。

でも、まだ暫くは通院しつつ様子を見なければならないので、
残念ですが、もう少しの間、ととら亭はお休みします。
一日も早く復帰できるよう、頑張りますね!

ともこ
posted by ととら at 18:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2016年07月30日

わが家も梅雨明け

ご心配おかけしております。

お蔭さまで、治療は奏功し、
明日、退院できることになりました。

本人も入院前に言っておりましたが、
こうして予定より大分早く帰れるようになったのは、
医療関係の方々だけではなく、
温かい声をかけて下さった皆さまのお蔭です。

本当にありがとうございました。

えーじ
posted by ととら at 11:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2016年07月25日

私の心から

ともこです。
久し振りのブログ登場ですね。

7月もあと数日で終わり。
中央アジアの取材旅行から帰って来てもう1カ月なんて!

エチオピア料理特集への切り換えも、
思ったよりスムーズに出来てほっとしました。
そして召し上がったお客さまからご好評を頂けたことが、
とても励みになっています。

そんな中、大変申し訳ないのですが、
今日から暫くお休みさせて頂くことになりました。
しっかり治療に専念し、元気になって戻りますので、
少しの間、待っていて下さいね。

それから、お休みの告知を見てご来店頂いたお客さま。
皆さまの優しさにはお礼の言葉もありません。
涙が出そうになりました。

本当にありがとうございます!
それでは行って来ます!!


8月末までの営業予定
posted by ととら at 01:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2016年07月23日

さらばゲームよ!

世界的に某メーカーのゲームが話題になっていますが、
唐突に告白しますと、
僕はゲームを楽しむという才能を著しく欠いております。

世代的いえば、
ハイティーンの頃にファミコンがリリースされてはいるものの、
友人の家でいじってみても、その面白さがさっぱり分からない。
だから自宅にファミコンはおろか、ゲームボーイすらありませんでした。

思えば、三つ子の魂ではありませんけど、
幼少期からムカつく奴はぶっとばし、
好きな女の子にはすぐ告白しちゃう、
典型的なフィジカル派だったからかもしれません。

しかし、ひとつだけ例外がありました。
それはインベーダーゲーム。
そうゲーセンのハシリとなったあれです。

当時は1ゲーム50円だったでしょうか。
困ったことに、僕たちはあれがやりたくても懐が寂しい。
僕も含めて、そんな悪ガキどもが沢山いました。

そこで手を挙げたのが、切り込み隊長のKH。
高校生であるにもかかわらず、
インベーダー屋(当時はゲーセンではなく、そう呼ばれていました。)
の夜勤のバイトにありついたのです。
しかも場所は、当時の横浜で最も治安の悪い福富町。

よし、これでインベーダーゲームが無料でやれる。

僕たちは夜な夜な家を抜け出し、
原付を駆ってKHのバイト先に集まり始めました。
従業員は彼だけですから僕たちはもうやりたい放題。
お客さん用のジュースをがぶ飲みし、
ほどなく全員が名古屋撃ちをマスターするまでになっていたのです。

やがてこの話が悪ガキどもの間で広がると、
ひとり、ふたりと仲間が増え、
入れ代わり立ち代わり、
いつも7,8人の仲間がたむろっている状態になりました。

そんなある日。
時刻は午前2時を過ぎた頃・・・

よしよし、降りて来い。
お前ら全員、皆殺しだぜ。

名古屋撃ちはインベーダーが目の前に降りて来た所で、
砲台をスライドさせながら1匹1発で撃ち殺す必殺技。
僕はそのタイミングを見計らっていました。
しかしその時、背後から・・・

「君、ちょっといいかな?」

僕はちらっと横に視線を走らせましたが、
テーブルはみな空いています。

「うるさいな!あっちの台が空いてるだろう!」

それで気配が消えたことから、
そのおかしな奴は、別の台に行ったのでしょう。

よし、次の面だ。

ここでまた微妙なタイミングになってきた時、
声からしてまたさっきの奴が、

「君、まだ終わらないかな?」

僕は素早く左右を見回すと、
どのテーブルにも客がいません。

ちっ! どうしてもこの台で遊びたいらしいな。
まったくしつこい奴だ!

僕は一喝してやろうと勢いよく立ち上がり、
振り返りざま、

「うるせぇな! 空いてるところでや・・・」

啖呵を切った僕の目に飛び込んできたのは、
壁に沿って一列にならんでいる仲間たち。
その前には制服を着た警察官が一人立っています。

凍り付いた僕の前で私服の男は黒く小さな手帳を取り出し、
にっこり笑いながら、

「こういうものなんだけどね」

け、警察手帳!?

僕が仲間の隣に並ばせられると、
隣のRKが小声で・・・

「えーじ、お前、大したもんだな。
 デカに啖呵切ったのはお前だけだぜ」

腕っぷしの強さ知られたGTでさえ、

「ホントだ。
 しかもデカをやり込めて一人でゲームを続けるなんて。
 俺もまねできねぇ」

「ふ・・ま、まぁな」

ひゃあ〜、全然気づかなかった!

後で聞いたところによると、
最初に僕が声を掛けられた時、
既に他のメンバーは全員パクられて壁に並ばされており、
広い店内で僕だけが背を向けてゲームに熱中していたそうです。

ん〜・・・知らないというのは恐ろしい。

牧歌的な時代だった所為か、
僕たちは職務質問を受けた後、
「もうしません!」と誓うだけで無罪放免。
しかし、高校生を深夜働かせていたということで、
経営者はお咎めを受けたそうです。

という訳で、無料で遊べる貴重な場所を失った僕らは、
ひとり、ふたりと、ゲームから遠ざかり、
中でも僕は完全に足を洗ってしまったのでした。

えーじ
posted by ととら at 15:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年07月21日

食の原体験 その3(家系ラーメン)

今週の定休日の前夜。

「お疲れ〜!」
「連休は思ったより忙しかったね。」
「いやぁ〜、くたくただよ。お腹すいた。」
「これから用意すると時間がかかるから、外で食べようか?」
「それがいい。何処にする?」
「さっと食べて帰れるところがいいなぁ。」
「じゃ、久し振りにのがほさん?」
「さんせ〜!」

僕らの食の好みをご存知の方には意外かもしれませんが、
国内で外食と言うと、チョイスするのは、
ラーメン、回転すし、焼肉が上位でして。

こうした料理は、仕事がら作ろうと思えば殆ど作れますが、
手間を考えると断然外食の方が楽。

しかし、いざ野方ホープさんに入ると・・・

「いらっしゃいませ!」(いつも元気がいいのですよね)
「こんばんは〜。
 僕は味玉ラーメン。油少な目で味薄め。」
「私は野菜ラーメン。油抜きでお願いします。」

とまぁ、若いお客さんから、
「油こてこて、味濃い目!」なんて注文が飛び交う中、
なんとも情けない話。

しかし、この家系ラーメン、
実は遡ること30年以上前からファンなのですよ。
しかもその始まりは、元祖の吉村家さん。

あれは僕がハイティーンの頃。

「えーじ、腹減ったな!」

日払いで貰ったバイト代を元町のカフェバーで散財し、
明け方近く、僕は財布を覗いていました。

「何か食べに行こうか。
 でも、残りは千円もないぜ。
 よしぎゅー(吉野家さん)で並盛かな。」

するとバイク仲間のマーちゃんがしたり顔で、

「オレ、美味いラーメン屋を見つけたんだ。」
「この時間にやってるの?」
「ああ、そのかわり昼過ぎには閉まっちゃうのさ。」
「へぇ〜、じゃ行ってみよう!」

悪ガキどもはそれぞれ原付バイクに跨り、
一路、横浜の新杉田を抜けるトラック街道へ。

「おい、マーちゃん!そっちは何もないぜ!」

磯子警察署の交差点で左折しようとウィンカーを点けた彼に僕が言いました。

「いや、こっちでいいんだ!」

京浜東北線と並走する南部市場へと続くトラック街道。
倉庫の他、ドカジャン等の工事服を売る店がぽつぽつあるだけです。
しかし間もなく新杉田駅という所で、
明かりの点いているプレハブの建物が見えてきました。
店の前にはトラックやタクシーが沢山停まっています。

「ここだ!」
「へぇ〜、こんな店があったのか。」
「おい、ここのオヤジはおっかねぇから気を付けろよ!」
「・・・?」

店内は二つの調理ブースがあり、
その周りにコの字型のカウンター席が囲んでいます。
僕たちは丁度空いた席に座りました。
メニューはラーメンしかありません。

「ラーメンふたつ!」

僕は店内に入るなり、かつて経験したことのない、
独特なムードに圧倒されていました。
いかついトラック運転手、疲れ顔のタクシードライバー、
男性の一人客だけが早朝のラーメン屋で、
肩を寄せ合いながら黙々とラーメンを食べています。
誰も一言も喋りません。
ただ一人の例外を除いて・・・

「すんませんね、今日は!
 若いのに麺を茹でさせてますんで、
 あたしがやるようにはいかないかもしれませんが、
 まぁ、ひとつ大目に見てやって下さい!」

カウンターの中を行きつ戻りつしながら、
手ぬぐい鉢巻のおっさんが誰にともなく大きな声で喋っています。
それが吉村屋のおっちゃんとの出逢いでした。

「マーちゃん、なんだい、このオヤジ?」
「しっ!聞こえるぞ!」

彼の叱責の意味を悟るのにそれほど時間はかかりませんでした。
その数分後・・・

「ぶわっきゃろいっっっ!」

僕は目の前で発せられたその大声と、
それに続く「ばちん!」という音でストゥールから落ちそうになったのです。
顔を上げると、1m先で麺を茹でていたお兄さんが頭を押さえていました。

「てめぇ、何度教えたら分かるんだっ!貸してみろっ!」

オヤジはお兄さんから麺を茹でる網をもぎ取り、

「いいかぁ〜、湯を切るってのはなぁ、こうやるんだっ!」

彼はショートストロークで茹で網を振り下げ、
微妙なスナップを加えることで、茹で湯をきっちり切って見せたのです。

ここまでの出来事だけでもハイティーンの僕には仰天ものでしたが、
目の前に置かれたラーメンには更に驚きました。

当時、横浜でラーメンと言えば、
澄んであっさりしたスープ、細い麺、
具はナルト、シナチク、チャーシューの3点セットで決まりだったのが、
そのラーメンは油が表面に浮き、スープは濁り、
麺は見たこともない太麺じゃないですか。
具もナルト、シナチクの替りに、
ノリと湯掻いたホウレンソウが乗っています。

なんだこりゃ?

横を見るとマーちゃんは美味そうに食べ始めています。
そこで僕はまずスープを一口。

な、なんだこりゃ!?

それはもう驚きの連続でした。
今まで知っていたどんなスープとも違うコクと風味。
そして麺は歯応えがあり、個性的なスープと絶妙に絡みます。

「う、美味いな!」
「だろう?」

マーちゃんが片方の眉毛を上げて笑っています。
それから僕たちは、遊び疲れて早朝に腹が減ると、
吉村屋を目指すようになったのでした。

あ、ちなみに、僕の目の前で頭をはたかれたお兄さん。
僕らが店を出る時に、

「ありがとうございやしたぁっ!」

彼は店の入り口で水の張ったバケツを前に、
手ぬぐいを麺に見立てて湯を切る練習をしていました。

その後、彼は、本牧にある僕の自宅のすぐ近くで、
本牧家という吉村屋直系のラーメン屋を開業したのです。

えーじ
posted by ととら at 13:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年07月12日

第12回取材旅行 その18 最終回

6月の取材旅行から帰って間もなく3週間。
多くの協力者に恵まれたお蔭で予想以上の成果が得られ、
僕たちらしい、とてもいい旅になりました。

ウズベキスタン、カザフスタン、そしてキルギス。
振り返ると思い出すことが尽きません。

ととら亭では、
外国の料理を分かり易く紹介するという仕事の性質上、
「ポーランド料理特集」とか「エチオピア料理特集」
のように表現していますけど、
自分の足で料理や素材、調理方法の旅を追いかけていると、
そこで感じられるのは近代国家の国境を簡単に乗り越えて広がる、
文化のうねりなのですよ。

こう云ってしまっては実も蓋もありませんが、
料理とは畢竟、人類全体の文化であり、
時間と、地域と、人種や宗教を超えた、
共有財産に他ならないのですね。

文明の交易路であるシルクロードの交差点に立つと、
同じ料理を囲む往時の人々の声が聞こえてきそうな気がしてきます。

あなたはイメージできますか?
今日のランチでラーメンを食べたような、
僕たちの日常の食卓が、時代と国を超え、
遠く離れた彼らの食卓と繋がっていることを。

それは伝説や迷信ではなく、
僕たちが共有している歴史なのです。

サマルカンドでは往時の統治者の霊廟を多く訪れました。
それは幾年月を経て尚その美しさを失うことがありません。
しかし、その帝国と残り香をも支えていたのは、
玉座に座った権力者でも、剣を携えた戦士たちでもない、
僕たちが訪れた市場で働く、
歴史の中では無名の人々だったのだと、
乾いた熱風は僕に語っていた気がします。

そして更に、その人々を支えたもの、
それは、何処までも広がる悠久の大地であり、
そこに命を育んだ水なのでしょう。

地・水・火・風

古代ギリシャの哲学者が万物の根源とした四元素。
現代の科学は四大の思想を過去のものとしましたが、
往時の人々には便利なツールがなかった分、
実は、世界の、究極的な現実に、
僕たちより一歩近かったのかもしれませんね。

乾いた大地と、風の渡る草原と、陽光が踊る河。

そこで聞いた声を、どう料理に乗せて皆さんとシェアするか、
僕たちは今から考え始めているのですよ。

えーじ
posted by ととら at 13:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年07月08日

食という言葉に思いを込めて

少々遅れてしまいましたが、
やっと新しい旅のメニューをウェブサイトにアップしました。

エチオピア料理特集

ご覧の通り、
今回はメニューの選別と再現だけではなく、
皆さんと、どのように僕たちの旅をシェアしたらいいのか、
結構悩みました。

ととら亭のミッションは、
世界の共通言語である食を通じて、
外国の文化を紹介すること。

もちろん、ととら亭のロゴにもありますように、
小さな葦舟で運べるものはごく限られたものです。

しかし、エチオピアの取材は出発前から多くの人々に助けられ、
現地でも様々な立場の人々に協力して頂いたお蔭で、
短い期間ながら、大分掘り下げることができたのも事実です。

そこで数多ある伝えたいことを絞り込んだものが、
メニューの下に続く、
「エチオピアからのメッセージ」という形になりました。

今回ご紹介する3つの料理の扉から、
皆さん、一人一人の旅が始まることを祈りつつ、
今日のディナーをいい初日にしたいと思います。

えーじ
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2016年07月04日

悲しみとお願い

昨今、民間人を狙ったテロが`各地で頻発していますが、
バングラデッシュの事件は、僕にとっても衝撃でした。

こうした仕事をしているからか、JICAさんとはご縁があり、
外国で関係者と偶然出会うケースだけではなく、
青年海外協力隊として活躍していた友人、
現地で取材に協力してくれたJICA事務所の方々、
そして、ととら亭のお客さまとして来て頂いている方々。

不慣れな環境、貧弱なインフラ、刻々と変化する条件・・・
理想と現実のギャップに苦しみつつも、
現地の人々の幸せを第一に考え、
業務から学んだことを政策にフィードバックし、
時には己を捨てて仕事に打ち込んでいる彼、彼女たち。

ととら亭レベルの仕事しかできない僕たちにとっては、
様々なご経験や、ご意見を拝聴しているだけで、
頭の下がる思いがいつもしています。

今回、お亡くなりになられた協力会社の方々とは、
直接的な面識はありませんが、
心からご冥福をお祈り申し上げます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

テロ。

その背景には白黒付け難い複雑な事情があるでしょう。
しかし、いかなる理由であれ、
無抵抗の人々に武器を向け、それを使うことは、
ただの人殺しでしかありません。

しかし、僕が常々恐れているのは、
こうしたピンポイントのテロよりも、
憎しみの連鎖反応なのです。

タリバーンから始まり、アルカイーダ、イスラム国。
そして、その底辺にあるイスラム原理主義。

無差別攻撃、おぞましい処刑の映像など、
恐怖を持って、それを最大の武器とするテロリズムは、
確実にその「効果」を上げつつあります。

いつしか、スクリーンの向こうで醸成された暗黒のイメージが、
イスラム教と結び付き、
ムスリム(イスラム教徒)は危険な存在だと思われるムードが、
外国だけではなく、足元の東京ですら感じられるようになりました。

僕は原理主義同様、この連鎖が怖い。

イスラム教を国教とする国を旅したり、
ムスリムの人々と知り合った、僕の個人的な経験では、
彼、彼女たちは、僕たちと何も変わりません。
楽しければ笑い、悲しければ涙を流し、
人を愛し、幸せを求める、同じ人間です。

だから僕は、今日、ふたつのお願いをしようと思ったのです。

ひとつめがイスラム教徒への理解。

ひとりでも皆さんに友だちが出来ればいいのですが、
日本国内では絶対数が少ない為、
それは少々難しいかもしれません。
そこで夏と言えば読書。
一度コーランを読んでみませんか?

そうですね、
多分、この一文で殆どの方が引いたと思います。

そんな長大で難解なものを読むなんて、
考えただけでも目眩がする。
それにムスリムに改宗するつもりもないし。

僕も最初はそう思いました。
しかし、モロッコを旅した時に出逢ったムスリムの友人から勧められ、
日本語訳を読んでみると、
その平易な表現と簡潔な内容に驚いたのです。
もともとマホメットは文盲で、学者ではなく商人だったため、
市井の言葉で語っていたようなのです。
それに長さも500ページくらいですから、
(メッカ啓示・メディナ啓示)
読了するのに、それほど時間はかかりませんでした。

そして何より大切なのは、その内容。
僕自身もそうでしたが、
メディアの情報だけでイメージを膨らませた方には、
目から鱗だと思います。
好戦的な宗教書としてではなく、
世を憂う、一人の熱血漢の姿が、そこにはあったのですから。

もしご興味を持った方がいらっしゃいましたら、
以下の本をお勧めします。

中央公論社
中公バックス 世界の名著17 コーラン

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そしてもう一つ。

テロリストがなぜ生まれてくるのか、
その理由を一緒に考えて欲しいのです。

「イスラム国」を武力で制圧するのもひとつの方法かもしれません。
しかし、たとえ彼らを全滅させたとしても、
彼らが生まれて来る原因から目を背けるのであれば、
場所を変え、呼称を変え、
第二、第三の「イスラム国」が現れて来るでしょう。

だから、僕たちと何ら変わりのない、彼、彼女が、
なぜ非情なテロリストになるのか?
僕たちにとって、
その理由を考えることは、無意味なことではないと思うのです。

面識がなく、哀願する相手を至近距離で殺し、
場合によっては自らも自爆するという行為は、常識的に考えて、
ほんの思い付きや酒の勢いで出来ることではありません。
その背景には、複雑で深い理由があると考えるのが自然です。

グローバリズム。

情報だけではなく、モノとカネ、武力と権力の網の目が、
この星を遍く包み込んだ現在、
全ての事象は遠く離れた彼岸のことではなく、
手を伸ばせば届く日常へと変わりつつあります。

そこで僕たちは意識的に、無意識的に、
思わぬイベントの当事者になっているのではないでしょうか。
そう、一杯のコーヒーを気軽に飲むことで、
隣の県から運ぶより「安い」、
遠く離れた国で収穫された輸入野菜を買うことで、
数千キロ彼方に住む貧農たちの汗と涙を流させているように。

残念ながら、僕の拙い経験と知識では、せいぜい、
憎しみの連鎖に囚われず、
世界の当事者として身近な現実にコミットする、
これくらいの漠然とした道しか見えていません。

だけど、もし、あなたが一緒に考えてくれるなら、
今、僕たちが何をすべきか、何が出来るのかが、
少しずつ、はっきりしてくるかもしれない。

そんな風に、僕は子供っぽい望みを抱いているのですよ。

えーじ
posted by ととら at 11:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年07月01日

扉の向こうに

2016年も折り返し。
終わりは始まりとは申しますが、
本当にその通りだと思います。

1月から振り返ると、
年始の対応と恒例の決算から始まり、2回の旅のメニュー変え、
3月の独立記念、ゴールデンウィークの繁忙期、
そしてハードルを高めにした2月と6月の取材旅行が無事に終わり、
ここでようやく一息・・・

と思う間もなく、公私ともに、
下期の予告編とも云うべきことがありました。

そして今日、
僕はその扉を静かに開けたのです。

ここから見える未来から吹き降りて来る風は、
高い山を登る前に感じるものと同じ匂いがします。

頂上は・・・
まだここからじゃ見えない・・・か。

僕は地図を広げて登攀ルートを考えています。

これは今まで登ったどの山とも違う。
かなり難しい行程になりそうだな。
でも、やれないことはない。
ここまでも、多くの山を越えてきたんだ。
僕たちなら、必ずやれる。
まず立ち上がりのガレ場の急登を注意して登ろう。

僕は装備をチェックして、靴紐を締め直しました。

OK、準備はいいかい?
それじゃ行くぜ、相棒!

えーじ
posted by ととら at 10:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記