2016年09月30日

ととら亭外伝

このブログを書き始めて6年半。
毎月10本を目標に書きます! と豪語していたにもかかわらず、
9月はともこが書いた分を含めてもたったの5本。

ふん、遂にネタが切れたか?

いや、僕のポテンシャルはそんな底の浅いものではございません。
そもそもネタなんて、とっくの昔に尽きていますし・・・

それでも強引に書き続けるしたたかさがなければ、
この歳になってもバックパッカーなんぞやっていられないのです。

で、ちゃんと書いていたのですよ。
しかも、この推敲・校正・監修なしの『すちゃらかブログ』と違って、
襟を正して真面目な所で。

2015年の夏、『かもめの本棚』さんに、
僕の恐るべきインタビュー記事が、
掲載されたのをご記憶の方もいらっしゃると思います。

旅の食卓から世界が見える

この時に僕が喋った何語ともつかないハチャメチャな内容を、
正しい日本語に翻訳し、きちんと内容を整理してくれたご担当の方が、
あれで懲りてしまったのか、
今回は僕が自己責任で筆を執ることになりました。

世界まるごとギョーザの旅
第1回 ギョーザを巡る旅のはじまり 〜トルコのマントゥ〜

今日から始まります怒涛の連載。
今まで語られなかった『楽屋落ち』・・・ではなく!
世界のギョーザの話を中心に、
プレととら亭時代の旅や、取材秘話も含めてお話します!

えーじ
posted by ととら at 12:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年09月28日

長い3カ月と短い3カ月

こんにちは、お久し振りです。
ともこです。

エチオピア料理特集も早いもでのあと1週間で終わります。
3カ月ごとに変える特集のお料理。
この3カ月を早いと感じる方と、まだ変わらないのかなぁと思う方。
今回も何度もエチオピア料理を召し上がって下さったお客さまもいらっしゃいます。

私としては、やっとメニュー変えが終わってホッと一息つく暇もなく、
すぐ次の特集の試作を始めなくてはなりません。
3カ月もあるじゃないか、と思われるかもしれませんが、
通常の営業の仕込みをやりつつ、
まだ1度も作ったことのないお料理をいちから調べて形にするには、
3カ月はけして長くはありません。
定休日が月に4回、3カ月間で12回。
その中で3品を仕上げるのは、いつも余裕のない緊張の試作の連続なのです。

今回は私の入院もあり、更に慌ただしくなってしまいました。
昨日はメニュー変え前の最後の定休日。
朝から最後の調整をやっていました。
ただ再現するだけなら、どうにかなるのですが、
何が一番苦労するかと言うと、
それはオーダーが入ってからの段取りを考えることです。
まさか1時間も待ってくれるお客さまはいませんから。

いかにスムーズに最高の状態で提供できるか・・・
昨日も少しずつ料理の状態を変えて何パターンも試作してみました。

う〜ん・・・まだ納得できる段階まで行けないので、
この1週間でどうにかしなくちゃ。
ラストスパートだけど、ちょっと心配。
posted by ととら at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年09月15日

寛容な僕たち

「事業所の移転は大変だよね」
「いやぁ〜、それが別の意味で大変になっちゃったんですよ」

こんな話をしたのは、魚介類を仕入れている築地の仲卸会社の担当さん。

これだけのお話で、
殆どの方はこの先の粗筋が分かってしまったかもしれませんね。

そう、もめにもめている築地市場の移転計画。
プロジェクトでいえば、カットオーバーの約2カ月前に、
決まっていた日にちがひっくり返って闇の中!

IT稼業時代には、
いろいろ恐ろしいプロジェクトに参加させて頂いていましたが、
クライアントの社長が変わった途端に、
ここまで強烈な『ちゃぶ台返し』を食らったことは、幸いありませんでした。

ほぇ〜、この後始末はどうするんだろ?

というか、
東京オリンピックの新国立競技場設計のすったもんだでもありましたが、
不思議なのは、
こうした巨額のビッグプロジェクトの体制図ってどうなってるのかってこと。

いや、大なり小なり大人の仕事には『責任者』ってのがいますよね?
責任者ってのは、その仕事に『責任を持つ』から、そう呼ばれている訳ですし、
一般的に、その『肩書』が付けば、それなりの報酬も貰えている訳です。

で、体制図ですよ。

「どうなってんだこりゃ?」
とプロジェクトでなった場合、まず火消しが先決ですが、
同時に体制図をもとに責任の所在を探し出し、
最高意思決定者であるプロジェクトマネージャーは、
状況と経緯を把握しなければなりません。

そして、原因部分の責任者には、しかるべき責任を取って頂く。

当たり前です。
『責任者』なんですから。

場合によっては、トカゲの尻尾切りではなく、
プロマネもご覚悟を。
異動しましたので、退職しましたので、ってのは、
ことと次第によっては免罪符にならないでしょう?

これはまっとうな仕事のプロセスだと僕は考えていますが、
渦中の組織の中では、別のプロセスが別の基準と価値観で動いているのかしらん?

不思議だ。

そう言えば、例の『消えた年金問題』なんてのは、そのもっともたるもので、
あの大事件の『責任者』って誰だったんだろう?
そしてその『責任者』は、どうなったんだろう?

こういう騒動が持ち上がる度に、僕はため息交じりに思うんですよ。

日本人は『寛容』なんだなぁ、って。

ま、いいか悪いかは別としてね。

えーじ
posted by ととら at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年09月07日

ソースは「付ける」だけにあらず

「こ、このソースをどうしたらいいんだ!?」

ある日のディナーでパンを追加注文されたお客さまに、
「売り切れてしまいました」と言ったら、
これは一大事! とばかりの反応が返って来ました。

あ〜・・・やっぱり。

そう、このお客さま日本人の方ですが、
ドイツに永らく住んでいらっしゃったのです。

ドイツに限らず、ヨーロッパの多くの国では、
料理のソースは「付けるもの」ではなく、「食べるもの」。
それも一般的には、パンに付けて頂くのですから無理もありません。

このソースに関する考え方は、
日本とヨーロッパ諸国で大きく異なります。
日本の飲食店、中でも横文字系レストランですら、
メニューの中にソースが別料金で載っているケースは稀でしょう。
しかし、ソースは調味料ではなく、
料理の重要な一部であるという位置付けのヨーロッパでは、
独立した地位をしっかり保っていることが珍しくありません。

ですから、それを残すなんて、
寿司を注文してシャリだけ食べるようなもの。
食べ終った皿はパンで「拭かれて」ピカピカです。

ところがレストランのソースも醤油と同様、
「味の濃い調味料」という位置付けの日本。
塩加減は調整しているにもかかわらず、
時々、ソースがたっぷり残ったお皿が戻って来ることがあります。

むわぁ〜・・・もったいない。
これが美味しいのに。

また「具」至上主義も日本の特徴。

多分、カレーやシチューを、
「調味料」としてのルーで作る文化が根付いているからでしょうか。

具こそが主役であり、ソースに相当するルーは、
哀しいかな、刺身を食べる時の小皿に残った醤油と同格の扱い。

折角ビーフシチューを注文されたのに、
具の数十倍以上の手間と、
同程度のコストがかかっているソースが残っていたりすると、
これまた、むわぁ〜・・・もったいない。

そういえば、
よくあるビーフシチューの評価点は「牛肉の柔らかさ」で、
ルーの味は2の次3の次ですよね?

業界人だからではありませんが、
僕らが西洋の料理を食べる時、最初に味をみるのは間違いなくソースから。
おもむろに具をばくっとは、まずやりません。

まぁ、残すのが「美味しくない」という意思表示であればそれまでですが。

ソースは「付ける」だけにあらず。
食べられるのですよ。

えーじ
posted by ととら at 14:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年09月03日

お母さんが怒る前に

「そんなことをしちゃダメよ」

お母さんのお小言は、
やさしく言われているうちにきいておくべきもの。

しかし僕たち自身も覚えがあるように、
なかなか子供は言われた通りにしません。

そして結局、転んで、
「うわぁ〜ん!」となる訳です。

こうした学習は人間の成長に欠かせませんが、
さりとて、あまり大怪我をするような学び方はしたくないものですよね。

そのお小言と言えば、
最近、思い当たるのがここ週末ごとにやって来る台風。

あれはヤバくないですか?
発生頻度に大きく偏りが出たり、強大化したり・・・

特に先週やって来た台風10号。

お天気商売をやっていますので、1日に何度も天気予報を見ていますが、
あの台風は異常でした。

何せ、生まれからしておかしい。
あんなに緯度の高い、小笠原諸島沖で発生したのですよ。
観測史上で前例はあるのかしらん?
少なくとも僕は記憶にありませんが。

そしてあのコース。
南西方向にとろとろ進んだと思ったら、生まれた場所にUターンして帰って来た。
で、上陸したのが東北!
全体の動きが大きく北にシフトしてる。

今年はアフリカや中央アジアを旅していましたが、
エチオピアでは深刻な干ばつの話を聞き、
キルギスでは夏の暑さと冬の寒さが極端に厳しくなり、
本来、過ごし易い春と秋がとても短くなってしまった、と聞きました。

ん〜・・・どう思います?

これらはみんなフツーのことであり、
僕たちは全員そろって無関係。
今まで通りのハッピーライフを続けて行きましょう。

で、いいんでしょうか?

それとも、僕たちみんなのお母さん、
地球の言うことに、そろそろ耳を傾けて、
大怪我しないうちに、
ちょっとだけでも、いい子になった方がいいのではないでしょうか?

なんかね、最近言われたお小言を思い出すと、
お母さん、大分怒っているような気がしてならないのですよ。

えーじ
posted by ととら at 15:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記