2017年08月15日

『話せばわかる』世界へ

僕は暴力が嫌いです。

そしてこのブログを読まれている方は、
僕らが旅先で多くの人々に助けられていることから、
しばしば「地球人は基本的に親切だ」
と言っているのを覚えているでしょう。

助けられて成り立つ旅。
これはまぎれもない事実ですし、
僕が人間性善説に立っている理由に他なりません。

しかし、現実には大きな矛盾があります。

これまた皆さんがお気付きのように、
僕らの旅のセキュリティは、100パーセント人間性悪説に立っているのですよ。

たとえば、
空港や駅などで笑顔を浮かべて近付いてくる人を、
僕は完全に悪党だと見なしていますし、
荷物から目を放すことは絶対にしません。

公衆環境で話しかけてきた相手の言うことは一応聞きますけど、
何か仕掛けてきているという前提に立っているので、
物理的にも心理的にも距離を置いています。

また鍵が壊れていたり、
容易に侵入できる構造の部屋に泊ることはしませんし、
場合によっては、反射するショーウィンドウなどを利用して、
追跡者の有無もチェックしています。

これは今までの旅を通じて学んだ数々のイタイ教訓から、
自ずと身に付いた、いや、付いてしまった習慣なのです。

確かに地球人はやさしく親切です。
しかし残念なことに、バカッタレはけしてゼロではありません。
そして不運にもそうした連中に遭遇してしまった場合の代償は、
時に取り返しがつかないものになることがあります。

加えてもうひとつ。

正直申し上げますと、
僕は軍隊が好きではありません。
さらに本音を言ってしまうと、警察も嫌いです。
なぜなら共通点として彼らは武装しているから。

武器。

それは使われた相手を傷つけるもの以上でも以下でもないでしょう。

では僕は純白のローブをまとった平和主義者なのか?

そうです。

と言ってしまったら、そりゃ呑気なご都合主義者だ、
との誹りを免れないでしょう。
なぜなら、旅先で自分のことは自分で守っているように見えても、
実はここでも多くの人々に助けられているのですから。

そう、僕たちが暗黙のうちに依存し、助けてもらっている相手。
法の支配を守り、治安を維持している人々。
僕らの旅のセキュリティも、
僕が嫌いな軍隊や警察の存在を前提としてこそ成り立つものなんですよ。

今日は8月15日。

昨今では自衛隊の法的な位置づけについて、
多くの方々が議論を始めています。

しかし、僕にはどうもよく呑み込めないものがあるのですよ。
いずれの議論も自衛隊という『手段の是非』がフォーカスされ、
なぜか手段の前提となる『目的の原因』についての意見がぼやけているから。

『話せばわかる』を対案として挙げているハラショーな意見もありますが、
少なくとも僕たちが不幸にも旅先で出会ったバカッタレたちは、
『話せばわかる』相手ではありませんでした。
もちろん彼らがそうなった境遇は考慮すべきですけど、
当事者として対峙している瞬間にそんなことを慮る余裕はありませんし、
なによりマジでキンタマが縮みますよ。

『対話による解決』。
これは正しい。究極的にね。

しかし、まず考えなくてはならない現実的な問題は、
『話せばわかる』ようになるまでの険しい道のりを、
僕たちはどうやって歩いて行くのか?
なのだと思っています。
しかも、のんびりやっている暇はない。

だから、永田町のセンセーたちに答えを考えて頂くのではなく、
僕たち個々人が、自分で自分の意見を持つこと。
それが『話せばわかる』世界への最短距離なのではないか?

僕はそう信じているのですよ。

えーじ
posted by ととら at 12:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記