2017年09月28日

ととらな本 その10

あなたにとって、
この世で一番『信用できない』人とは誰ですか?

己を知らぬ愚と申しますか、
いや、幸せと申しますか、
20歳代の頃の僕は、

「他人はどいつもこいつも信用できねぇ」

と公言して憚らない、ハラショーな若僧でございました。

ですから何かトラブっても問題解決方法はいたってシンプル。
他人さまを指差して、

「あんたが悪い!」

で一件落着。

しかし、そうした歪んだ世界観は、
遅かれ早かれ、厳しい現実を突きつけられるものです。

たとえばグラフィックデザインの仕事をしていた時、
特注名刺やハガキを取りに来たクライアントさんが、
納品前確認をしていると、

「あ、あれ? 住所が違ってますよ!」
「え!?」

あ、あり得ん!
たかが住所と名前、電話番号程度の情報量しかない上に、
こっちはクロスチェックもしてるんだ。
クライアントが注文書を書き間違えたに決まって・・・

と思って注文書を出すと・・・

間違ってないじゃん!

「す、すみませ〜ん!」

今度はIT稼業でサーバー管理者をやっていた時、

LinuxOSのテストサーバにセキュリティパッチの適用テストを行い、
ホスト名を確認してリブートコマンドを打つと、
1分も経たずにオフィスの電話がじゃんじゃん鳴り始め、

「はい、システム管理部です」
「あの、ホームページが閲覧できないと連絡が相次いでいます」
「え?」

「はい、システム管理部です」
「シス管? ウェブの受注システムが使えないんだけど」
「え?」

ま、まさか・・・

と思い、自分が打ったコマンドの履歴を辿ってみると、
なんと再起動をかけたのはテストサーバではなく、
本番のウェブサーバじゃん!
ディスプレイを指差しながら確認して打ったはずなのに・・・

「す、すみませ〜ん!」

こうした自爆的ミスは、
ゴーマンかました若かりし頃でもしょっちゅうやっていましたが、
(バンドのライブでよく間違えたのは自分で書いた曲の歌詞だったし・・・)
頑固で思慮が足りなかったが故に自己正当化できたのですね。

とまぁ、こうしてすッ転びながら歩いた半世紀余り、
本当に信用できないのは誰なのか、僕にもようやく分かりかけてきました。

そんなところへ舞い込んで来たのが出版のオファーです。
世界まるごとギョーザの旅』の執筆にあたり、
僕がどんな気持ちで推敲や校正をしていたか、ご想像頂けるかと思います。

そう、人間という奇妙な生き物は、
物理的に存在している対象をありのままに見ているのではありません。
無意識に『見たいものだけ』を見ているのです。
しかも、それに自分で気付いていませんから、
フィルタリングされた現実が全てだと信じて疑っていない。

この認識は次々とやって来る締め切り以上に僕を悩ませました。

よし、1章書き終わったぞ。
けっこう推敲して練り上げたし、校正も3回やった。
だけど僕には、
自分が書いた文章の『ありのまま』が見えてない・・・のか。

そこで頼りになったのが、
事情は知りつつも執筆においては第3者のともこです。
彼女の客観的なクロスチェックで、
主観の塊りである僕が見落としたバグをかなり見つけることが出来ました。

それでも全ての誤字脱字、
意味的、時間的不整合があぶり出せたわけではありません。
僕の文章を読み込み続けた村尾編集長の厳しい指摘と、
最後の砦たるバグフィクスの専門家、プロの校閲さんのチェックが入って、
ようやく印刷所に回せる最終原稿が整ったのです。

さて、そうして世に送り出された『世界まるごとギョーザの旅』。
はたして全てのバグがフィクスされたのか?
出版されて7カ月が経ち、もう一度ページを繰ってみると・・・

ん?

えーじ
posted by ととら at 15:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2017年09月25日

第5回研修旅行の準備 その1

2013年からはじめた研修旅行も今回で5回目。
「取材じゃないんだから遊んでいるだけだろう?」とのご指摘も、
証拠の研修写真をウェブサイトの『いろいろページ』にアップしましたから、
いよいよ大手を振って出かけれる・・・

と喜んだのも束の間。

朝鮮半島のムードは大分きな臭くなって来ましたね。
今までは各種ブッキング前に、
ギリギリまで渡航先の治安状況をチェックしていましたが、
ついにお隣さんから自分の膝元まで、
その範囲を広げなければならないとは!

バックパッカーへの直接影響範囲というと、
既にルフトハンザ航空、スイス国際航空、
スカンジナビア航空の3社が日本海を横切るルートから、
日本列島に沿って北上するルートに変更するなど、
見えない所で具体的な変化が起こりつつあります。
実際に朝鮮半島一帯が交戦地域となった場合、
空路のみならず、海路も少なからず影響を被らざるを得ないでしょう。
旅をするのも大変な時代になりました。

さて、その行き先ですが、
これまで参加したクッキングクラスはタイ、韓国、中国など、
アジアの国々だけでしたから、今回は少し西に移動して中東、
オマーンの首都マスカットでアラブ料理の手ほどきを受けることにしました。

調理技術は国ごとというより地域によってカテゴライズできます。
それもそのはず、
隣接する集団は多かれ少なかれ相互に影響を及ぼし合っていますからね。
(だから『純粋なオリジナル』というものは、まずないんですよ)
たとえばタイで学んだ調理技術は、
その後の特集で取り上げたインドネシア料理や、
シンガポール料理を再現するにあたり大変役に立ちました。

中東の文化はオアシスの定住民だけではなく、
遊牧民の生活習慣を多く取り入れたものです。
また自然環境も温暖湿潤な東アジアとは大きく異なり、
得られる作物や家畜も異なっていました。
それらの諸要素が時代を超えて混淆し、
イスラム教の戒律も加わってユニークな食文化を育んできたのです。

人は同質性に安心し、異質性から多くを学ぶといいます。
これが正しいのであれば、
この研修は僕たちにとって実り多きものになるでしょう

期間は11月27日(月)から12月4日(月)まで。
最初は成田からUAE(アラブ首長国連邦)のドバイに飛び、
そこで料理とスーク(市場)の下見をします、
それからオマーンの首都マスカットに移動して調理研修。
スクールの選定はこれから。
ちょっと調べたら、けっこう相場が高いんですよね。
手頃な料金で僕らの参考になるスクールがあるといいのだけどな。

ともあれ、
All we need is PEACE.

これがなくっちゃ何処へも行けません。

えーじ
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2017年09月22日

Hotel TOTORA

休日の朝。
皆さんも「ちょっと寝坊しようかな?」
という気分になりますよね?

僕たちも同じ。
飲食業界は一般的に『終業時刻』が不規則で、
ととら亭でも『退社時刻』は大体24時から24時半。
遅くなると25時半頃になってしまいます。
それでいて『始業時刻』はいつも変わらず7時半から8時半ですから
普段はやんわりと慢性的な寝不足状態。
(ブラックレストランたる所以でございます)

そこで定休日の火曜日や、ランチをお休みする金曜日は、
9時頃まで寝ていたいと思うのが人の心。

ところが!
いま僕たちが住んでいるアパートの隣は新築2棟の工事中。
朝8時になるとレッド・ツェッペリンの『移民の歌』よろしく、
ロバート・プラントの雄叫びのように威勢のいい大工さんたちの声が飛び交い、
続いてジョン・ボーナムのパワフルなドラムソロを彷彿させる、
作業音が延々と続きます。

どこででも眠れることがバックパッカーに求められる資質とはいえ、
さすがにこれではたまりません。

で、僕らが取った戦略は『全面的退却』。
敵は音だけではなく、揺さぶるような振動でも攻撃してきますから、
雨戸を閉めて耳栓をしたところで勝ち目はない。
だったらアパートを捨てて、ととら亭に退却だ!
総員退避〜っ!

という訳で僕たちはお店に泊っています。

え? 何処で寝てるんだ?

それがですね、ととら亭の設計はよく出来ているのですよ。
ホールのベンチシートの座面の高さは、
椅子のそれとぴったり合わせてあるのです。
ですからテーブルをずらし、ベンチシートと椅子をくっつけると、
ほら、簡易ベッドの出来上がり!
いや、簡易と言っては罰が当たります。
これがすこぶる寝心地が良い!

実はこの戦略、
開業準備で忙殺されていた2010年の2月から3月や、
練馬区の中村南に住んでいて自転車通勤していたころ、
豪雨や雪が降ると、しばしばやっていたのですよ。
当然ベンチシートの中にはシュラフ(寝袋)が2組しまってありました。

そして商店街とはいえ、シャッターを閉めていると、
店内は思いのほか静かなのです。
これならアパートと同じか、それ以上にぐっすり安眠できます。

昨夜も仕事が終わると銭湯に行く気分でアパートに戻り、
シャワーを浴びてから『ホテルととら』にチェックインしました。
こういうのも楽しいですよ。

災い転じて福となす。
これ、バックパッカーの極意でございます。

えーじ
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2017年09月20日

ととらな本 その9

9月も中旬を過ぎました。
秋風を感じて思い出すのは、去年の今ごろのこと。
僕は著書『世界まるごとキョーザの旅』の原稿締め切りに追われ、
ランチとディナーの合間だけではなく、
時にはととら亭の営業時間中もカウンターの裏側にしゃがみ込んで、
パソコンのキーボードを叩いていたのです。

執筆が難航したのはアイデアが浮かばなかったから・・・

ではありません。

僕たちの旅を主体とした第1章から第11章までは、
自分の経験を書いていたので結構すらすら進んでいました。
ところが問題はその後。
締めくくりに向けてギョーザの時代考証が必要となり、
知識が曖昧な部分を確認するためにいろいろ文献を当っていたのですが、
そこで思わぬ壁にぶつかってしまったのです。

ん?
この情報は断定形で書かれているけど、
著者が直接経験できない過去のことなのに、
そこまで胸を張ってモノが言える根拠は何なんだ?

ふと気になってよく読んでみれば、
僕が手にした文献の幾つかは出典が併記されていません。
特に誰もが気軽に発言できるインターネット上の情報は、
体裁が百科事典風でも事実かフィクションかすら微妙な記事が多い上に、
別の記事をそのままコピペしているだけの『なんちゃってオリジナル』も、
大手を振って跋扈しているではないですか。

それでも何とか裏を取ろうと出典のある情報を辿ってみたら、
出典そのものの出典がなかった!
なんてオチもありました。

時間がないのに困ったなぁ・・・

実証主義が僕らのポリシー。
テレビや雑誌、インターネットで料理は分かりませんから、
お客さまに紹介するためには必ず現地まで行き、
自分自身で食べてみます。

しかしこの手法が使えるのは、いま存在している対象だけ。
この料理はかつてどうだったのだ?
というような疑問のように相手が遠い過去になってしまうと、
誰もが例外なく、遺物という変質した物証を除き、
こうして本や画像などの情報だけが唯一の手掛かりにならざるをえません。
そして情報とは解読されて唯一の答えに行き着くものではなく、
個々人によって恣意的に解釈される玉虫色のものなのです。

ギョーザが何処で、いつ、誰の手によって生み出され、
それから、どのように広がっていったのか?

その答えはまだ僕の経験のはるか彼方ですが、
本という形にするからには、方向性くらい示しておきたい。

そう思いつつも、この『過去の壁』で行き詰った僕は、
可能な限り経験した『事実』と間接的に得た『情報』を混同しないよう、
はっきり書き分けることで、この壁を迂回するしかありませんでした。

え?
要するに最後はモノ言いの歯切れが悪くなっただけだろう?

う・・・アタリです。
正直、タイムマシンが欲しくなりました。

えーじ
posted by ととら at 01:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年09月17日

小さないかめしと大きな思い出

何かの拍子に思わぬ記憶が蘇る。
こんな経験は誰にでもあると思います。

僕らの場合、そのトリガーになるのは音楽と香り、
そして味でしょうか。

先日のランチが終わって間もなく・・・

「こんちは」

キッチンの裏戸に現れたのは近所のおじいさん。
ともことはずっと前から仲良しです。

「あ、こんにちは!」
「これ、さっき京王デパートに行ってきたんだ」
「え? 何かくれるんですか?」

ともこはおじいさんが差し出した袋を受け取り、
中を見ると、

「あ〜! いかめしだ!」
「北海道の物産展をやってたんだよ。そこでみつけてね」
「いただいていいんですか?」
「一個ずつ入ってるからケンカするんじゃないよ」
「いつもすみません!」

見てみればそれは北海道は森町の名物、
阿部商店のいかめしじゃないですか。
早速、その日の賄いで食べてみると・・・

「おいし〜!」
「うん、それだけじゃなくて北海道を旅していた頃を思い出したよ」
「そうね!」

北海道。
この北の大地は、ともこが青春時代を過ごした場所なのです。
そして僕にとっても、
日本をオートバイで周った旅のバックボーンともいえる特別なところ。

「あ〜、懐かしい味がする」
「最後に食べたのは何年前だっけ?」
「僕はね・・・ん〜・・・たぶん25年くらい前だと思う」
「じゃ、私たちが出会う前じゃない」

あの頃の僕は20歳代後半。
真っ黒に日焼けしたロン毛のライダーで、
お金が溜まると仕事を辞めては国内をぶらぶらしていたのです。
中でも北海道は幾度となく訪れた場所。
そして森町といえば、朝、函館を出発して国道5号線を長万部へ向かい、
大沼を越えてほどなく右折したところにある小さな町。
海沿いにあるJR函館本線の森駅の売店で、
阿部商店のいかめしをよく買ったものです。
(阿部商店は駅からもうちょっと西に行ったところにあります)

タンクバックにいかめしを入れ、再び5号線に戻って小樽を目指し、
昼頃、道路脇の売店で揚げいもと牛乳のランチ。
なんとも脈略のないメニューでしたけど、美味しかったなぁ・・・

おじいさんにもらったいかめしを噛みしめていたら、
北の大地を走った思い出が次々と蘇って来ました。
青い空、緑の地平線、群青色の海、そして心やさしい人々。
あの出会いの旅を一言でいうなら、
僕は迷わず『青春』という言葉を選ぶでしょう。

他の人にはなんの意味も価値もありませんが、
僕にとってはかけがえのない宝物の日々。
あの日々があるからこそ、今の僕がある。
そう躊躇なく言える、そんな旅だったのです。

「ねぇ! ちょっとぉ! あたしの話聞いてる?」
「え? あ、ああ、聞いてるよ」
「うそ! ぜんぜん上の空なんだもん」
「いや、なんかね、懐かしいことを思い出しちゃってさ」
「北海道?」
「うん」
「お互い別々だったけど、いい時代だったわね」

おじいさんがくれた、小さないかめし。
その中にはご飯の他に、
大きな、大きな思い出がいっぱい詰まっていたような気がしました。

えーじ
posted by ととら at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年09月15日

遅れた宿題 もう一丁!

先週、初めて行った研修旅行のお話をアップしましたが、
続いて2回目、2014年12月のソウル研修も仕上がりました!

前回と同じく、ととら亭ウェブサイトの『いろいろ』ページを、
ずずっと下へスクロールすると、
『研修旅行  〜 調理を学ぶ旅の記録 〜』が出てきます。
そこの『第2回 (2014年12月) 韓国』をアップしました。

旅の食堂ととら亭ウェブサイト

前回の反省から、今度は講習中もなるべく写真を撮り、
全体の雰囲気が分かり易くなったと思います。

お楽しみを!

えーじ
posted by ととら at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年09月13日

ゲージュツの秋

昨日の定休日はまたまたお出かけ。
今回は bunkamura musium で開催中の、
『ベルギー 奇想の系譜』に行って来ました。
僕は自他ともに認めるアートマニアですが、
とりわけ絵画には目がありません。
しかしながら好みは美術の教科書で習った、
文科省お墨付きの巨匠の作品ではなく、
明らかに傍流というか、
逆に学校では『道徳的に』避けられている類のもの。

そりゃまぁ当然の話で、
何と言っても、そうした画家や潮流のことを知ったのも、
若かりし頃に読んだ渋澤龍彦氏や種村季弘氏の著書からですしね。

とういうわけでシュールレアリスム一派のアーティストを起点に、
ダダに戻り、ウィーンの分離派やベルギー象徴派に飛び、
はてやフランドルのみょうちくりんな幻想画に遡る、
偏愛的な趣味が出来上がったわけです。

ならば当然今回の目玉は、かのアンドレ・ブルトン法皇にして、
「完璧な幻視者」と言わしめた、
幻想画の大家、ヒエロニムス・ボスでしょう。
この展示は真筆こそないものの、
工房も含めて追随者の系譜が俯瞰できる面白さがあります。

さて、そのボスの作品のコンセプトそのものは、
信仰にもとづいた真面目なものですが、
その絵を構成するディティールが変なのですよ。
特に得体のしれないクリーチャーや怪物たちが取る仕草は、
描かれた時代背景を鑑みると尋常ではありません。
19世紀の詩人、ロートレアモン伯爵が謳った、
『解剖台の上のミシンと傘の偶発的な出会い』が凡庸に思えるほど、
器物と生物が融合したり、
解剖学的なコンテクストが組み替えられた怪物たちは、
昨今のSF映画に登場してもおかしくない新奇さを持っているのです。
その影響範囲はことのほか広く、
メキシコで活躍した女流シュールレアリストのレメディオス・バロや、
夭折の人形作家、天野可淡の作品からも、ボスの影響は垣間見られます。

展示を見いて驚いたのは、こうした当時の思わぬヒット作を、
オヤジの方のピーテル・ブリューゲルが版画でパクっていること。
これまたパトロンのリクエストだったのかもしれませんが、
彼もボスのクリーチャーたちをほぼ完全コピーして、
7つの大罪の連作を描いている。

こういうのを見ていると、
今でこそ彼らの作品はゲージュツ品として美術館に隔離されていますが、
元来は食うため売るための商品なんですよね。
だからヒット作が出ると、
類似したものが雨後の筍のようにニョキニョキ現れて来る。
ビジネスは今も昔も変わらないってことです。

134点の展示はまずまずのボリューム感でした。
構成もよく練られており、
ベルギー象徴派からは、お約束のフェリシアン・ロップスや、
フェルナン・クノップフのダークなエログロ系だけではなく、
とことん暗いレオン・スピリアールトもあったし、
シュールレアリスムからは、
ポール・デルヴォーとルネ・マグリッドが彩を添えていました。

マグリットの『大家族』は、
宇都宮美術館が所蔵しているので度々見る機会がありますけど、
ポーラ美術館から貸し出された『前兆』はこれが初めてでした。
へぇ〜、こんな作品があったんですね。
この絵は『アルンハイムの領地』を洞窟の中から見た構図になっているのです。
マグリッドはリンゴや雲、葉っぱなど気に入ったモチーフを、
組み合わせを変えて何度も使いまわしながら仕事をする人でしたが、
『アルンハイムの領地』の山並みまで転用していたとは知らなかったな。
実はこの絵のレプリカが実家の僕の部屋に掛けてあるんですよ。

美術館を出て次に入ったのは向かいにある美術書の専門店、
ナディッフ モダンさん。
リブロポートが閉鎖されてリブロが『健全な』書店になってしまった今では、
こういうマニアックな店は本当に貴重です。
痒い所に手が届くと申しますか、
今度読もうかな、と思っていたジョージアの国民的飲んだくれ画家、
ニコ・ピロスマニの本が幾つか並んでいました。
実はギオルギ・シェンゲラヤ監督が撮った、
ピロスマニの自伝映画のDVDを少し前に手に入れたんですよ。
今度ゆっくり観ようと思っています。

さて、せっかく渋谷まで来たんだからと思い、
小雨が降る中、レコファンさんとディスクユニオンさんで仕入れもしよう!
と勇んでみたものの神保町や新宿、吉祥寺とは異なり、
売り物は若年層のお客さんをターゲットにしているようなものが多く、
残念ながらオジサン好みの収穫はありませんでした。

店を出てJR渋谷駅に向かって歩いていると、なるほどさもありなん。
僕の年齢だとこの街では少々浮きますね。
やっぱり下町の方が落ち着くな。
と妙に納得しつつ家路についた僕でした。

えーじ
posted by ととら at 09:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年09月10日

僕の小宇宙 その3 神保町2

僕の辞書にない言葉。
それは『出世』と『定年』。
こんな話を本にも書きましたが、実はもうひとつない単語があります。

それは『退屈』。

昔から趣味が服を着て歩いているような人間ですから、
時間さえあれば、やりたいことが今でも沢山あります。

そんな僕にとって神保町は、
音楽以外にも重要なニーズに応えてくれる小宇宙的な街なのです。
では中古CDショップの他に行くところといえば・・・

それは山屋。

この街にはICI石井スポーツさんやサカイヤさんをはじめ、
登山に軸足を置いたスポーツ店が点在しています。
20歳代の頃から登山ライダーだった僕は、
度々ここを訪れては装備を調達していたのです。
キャンプツーリングとトレッキングのギアは殆ど重複していますからね。

思えばアウトドア用品はここ30年で大きく変わりました。
たとえば皆さんが日常的に着ているフリース。
あれは当時パタゴニア社のシンチラベストくらいしか輸入されておらず、
価格もすこぶる高価だったので、
「へぇ〜、ウールに代わるそんな素材があるのか」
程度の認識しかなかったのですよ。

しかし新しい物好きな僕は、
ちょっと値段を下がってリリースされたノースフェイス社製を気張ってゲット。
しかも上下です。当時はなんとボトムもあったんですよ。
当然強度が足りませんから、
お尻や膝はナイロンの黒い生地で補強されていました。
これを着て山に行った時には注目されましたね。
「その毛布みたいな服はなんだい?」ってな具合に。
ところがやっぱり無理があったんでしょう。
5回も使わないうちにボトムのフリース部分がへたったり、
破れたりして程なく使い物にならなくなりました。
どうりであれ以来、再版されないわけですね。

そしてこれまた今では誰もが知っているグレゴリー社のバックパック。
当時はキスリングタイプがまだ主流でしたから、
すらっと縦に長いナイロンタイプはクライマーの間でも、
あまり使われていなかったのです。
これにも僕は飛びつきました。
カッコウから入る。これです。
しかも背負ってみると明らかにキスリングタイプよりバランスが良く、
2気室タイプは底のものもすぐに取り出せるので、
便利なことこの上ない。
以来、メーカーはミレー、カリマー、ノースフェイスなどに変えつつ、
30リットルのデイパックから100リットル超の遠征用まで、
行き先に応じて使い分けています。

当時は冬山もソロで登っていましたから、
各ギアの重さは重要なファクターでした。
ですからコッヘルやガスコンロ、はてや魔法瓶まで、
まだまだ高価だったチタン製を早くから取り入れていたのです。
どうしても手が出なかったのは、同じくチタン製のアイゼン。
あれはさすがにちと高過ぎた!
それでもとにかく荷物を減らし、必要なギアを軽量化することは、
膝上の新雪をひとりでラッセルしながら進まねばならない僕にとって、
至上命題だったのです。
ほんと、フルパワーで15メートルほど雪の斜面を登ったと思ったら、
滑ってズルズル元の場所まで落ちてしまったときなど、
放送禁止用語連発で毒づいていましたよ。

軽量化と言えば、
テントはICI石井スポーツさんのゴアライト1〜2人用を愛用していました。
これは本当に優れモノで、驚くべき軽さもさることながら、
ゴアテックスならではの通気性には驚いたものです。
たとえばテントで一夜明かすと大切なシュラフの下側がぐっしょり濡れた!
なんてことがよくあるのですが、
これは自分の体から出た水蒸気がテント裏側の表面で結露し、
じわじわ垂れて来るのが原因。
ところがゴアテックスだと、
テントを締め切っていても水蒸気は外に排出されるので、
1週間の縦走中でさえシュラフはさらっと乾いたままです。

旅に出る前に神保町で幾つかの装備を新調する。
僕にとってはこの時点でもう新しい旅が始まっていました。
この街の山屋もまた、一つの旅の入り口なんですね。

今日の東京地方は素晴らしい秋晴れ。
ああ、トレッキングに行きたい!

えーじ
posted by ととら at 17:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年09月07日

僕の小宇宙 その3 神保町1

一昨日の定休日は久し振りに神保町へ行って来ました。
目的は『仕入れ』。
と申しましても食材ではなく、
買ったのは営業中に流している音楽CDです。

JR御茶ノ水駅から靖国通りに南下し、すずらん通りを西に通り抜け、
白山通りを北上して水道橋駅へ抜けるコースには、
中古のCDショップが沢山あります。
しかもその殆どが、いわゆるジャンク系の店ではなく、
しっかりした内容の商品を豊富に扱う一種の専門店ともいえるもの。
中でもジャズに特化したDisc Unionさんは、
必ず足を運ぶ場所のひとつです。
幅広いジャンルを網羅しつつ、
思わぬ掘り出し物が多いジャニスさんも外せません。

僕が中古ショップを巡る理由は価格もさることながら、
新品を扱う店にはない幅広い品揃えにあります。
神保町の中古CDショップは販売のみならず、
買取にも非常に力を入れているので、
amasonさんでさえ見つからないレアな作品ともしばしば出会えるのです。

僕の仕入れ方は殆どがジャケ買い。
それもなるべく聴いたことのないアーティストの作品を手に取ります。
国も多岐にわたり、ジャズでいえばアメリカのメインストリームよりむしろ、
ヨーロッパを始め、南米やアフリカなどのサードワールド系が多いですね。
そして構成はスモールコンボ。
ととら亭で回すには大編成だと少々やかましい。
ですからホーンものも基本はワンホーンです。

こうした情報を得るにはジャケットをくまなく見る必要がありますから、
かなりの時間、僕はCDの棚の前に陣取っています。
そして4〜5軒はショップをハシゴしますので、
なんやかんや半日前後は神保町界隈をうろちょろしていますでしょうか。

これがほんと、実に楽しい。
物理的にはほんの数メートルの世界ですが、
僕には国境を越えた広がりと時間を貫通した奥行きが感じられるのです。
いうなれば音楽を扉にした、
小さな旅の気分に浸っているようなものでしょうか。

ん? なんだこれ?
へぇ〜、こんなアーティストがいるんだ。知らなかった!
おや、この作品はどうだ? なかなかユニークじゃないか。

こんな具合に足を棒にしつつ、気が付けば時刻は夕方。

さて、今回はヴォーカルもので収穫がありました。
普段相場の高い Connie Evingson や Alexis Cole、はてや Jacintha まで、
狙っていた作品が手頃な価格でゴロゴロあるじゃありませんか。
ジャケ買いは Erin MacDougald の自主製作版 The Auburn Collection。
これは当りでした。
Hanna Elmquist の Grund も北欧独特の透明感がいい感じ。
インストでは Cherles Lloyd爺が ECM から出したバラード集 The water is wide。
いぶし銀のプレイもさることながら、
ピアノがなんと Brad Mehldau なんですよ。
連弾かと聴き紛うプレイを一人でこなす技巧派の彼が、
これほどまでに情感豊かな演奏をするとは、正直驚きました。
閉店間際に流すには最適な一枚です。

予想外のハズレは Alexis Cole の A Kiss in the Dark。
あ、いや、プレイは素晴らしいんですよ。
問題はミックス。
場末のカラオケのようにリバーブ(残響)のかかったサックスが、
右から大きく全体を覆い、
肝心のヴォーカルはセンターの奥に小さく引きこもっているじゃないですか!
なんじゃこりゃ? と思ったら、これバイノーラル録音の作品だったのです。

昨今、自宅のステレオより出先のスマホで音楽を聴く人が増えたからか、
イヤフォンでもスピーカーで聴いているようなサウンドで再生できるよう、
楽器からの直接音の他、外耳や内耳の反射や回折音を加えた、
特殊な録音方法が取り入れられることがあります。
なるほどってんでイヤフォンで聴いてみると・・・
やっぱりなんか変だ。ぜんぜん自然じゃない。
という訳で残念ながらボツ。

こうしてゲットした作品を自宅に帰ってライナーノーツを読みながら聴くのは、
読書や映画鑑賞とはまた一味違った面白さがあります。
特に知らなかった名品との出会いは格別ですね。
欲を言えば、かつて時間があった頃のように、
1枚のCDを通してじっくり聴いてみたいものです。

えーじ
posted by ととら at 17:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年09月05日

遅れた宿題

週末までには何とか『旅のお話』をアップしなくちゃ!
と前回結びましたが、先週末はあまり忙しくなかったので、
かなり前倒しして仕上げられました。

ととら亭ウェブサイトの『いろいろ』ページをずずっと下へスクロールすると、
『研修旅行  〜 調理を学ぶ旅の記録 〜』が出てきます。
そこの『第1回 (2013年11月) タイ』をアップしました。

旅の食堂ととら亭ウェブサイト

初めての研修旅行で僕も包丁を握っていたことから、
あまり研修中の写真がなくて恐縮ですが、雰囲気は伝わると思います。

お楽しみを!

えーじ
posted by ととら at 00:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年09月03日

寄り道、脇道、迷い道

ウェブサイトの更新をする度に気になっていること、
いや、見て見ぬふりをしていることがあります。
それは『いろいろ』ページにある『旅のお話』。

ととら亭を始めてかれこれ取材旅行は14回。
研修旅行は4回行っているにもかかわらず、
ご紹介できているのは、なんと第5回目のチュニジア取材旅行まで。
研修に至っては、ひとつもアップできていません。

あちゃ〜・・・
ブログでダイジェスト版をアップしてはいるものの、
この遅れはちとまずい・・・

という気持ちに押されて、この夏は地道にやっています。
手を付けているのが、初めて行った2013年11月の研修旅行。
訪れたのは13年振りのバンコクでした。
しばらく埋もれていた写真データを見ていると、
あれこれいろんなことを思い出します。

ああ、スワンナブーム国際空港は初めてだったな、
バンコクに地下鉄が通っていて驚いたよ、
やっぱり現地で食べた屋台のタイ飯は格別だ、
という具合に次々と・・・

そうそう、思い出すと言えば、
こうして写真を見たり、旅行の話をしている時に限らず、
ぜんぜん関係ない掃除中や通勤で歩いている際に、
旅で見た光景が心に浮かんでくることがあります。

不思議なのは、それがエッフェル塔や自由の女神、
はたまたローマのコロッセオのような絵になるランドマークではなく、
何のとりえもない、ありふれた光景だということ。

たとえばパラグアイの地方都市、エンカルナシオンのバスターミナルとか、
ネパールのカトマンドゥにあるタメル地区の横丁で入ったカフェ、
はたまたチュニジアのメディアの迷路などなど・・・

数多ある思い出の中から何故そのワンシーンが選ばれたのか、
自分の頭のことながら、まったく理由が分かりません。

時にはその光景が何処だか分からず、
「ねぇ、山間の村で石畳の道があって、
 崩れた遺跡に行ったのは、どこだったっけ?」と、
 ともこに訊いてみることもあります。

そしてそこからまた連鎖反応的に、
脈略なくシャッフルされた思い出が次々と浮かび上がって・・・

ふんふん、あの村はペルーのオリャンタイタンボだったか。
ペルーと言えばクスコのピザは、
ローマのトラステヴィレ地区のピッツアリアに匹敵していたな。
あれはぜひもう一度食べたいものだよ・・・
うん。
うまいと言えば、珍しいポークのシャワルマも絶品だった。
あれはどこだっけ? ・・・ああ、アルメニアのエレバンだ!
あそこで買ったジャズのCDは掘り出し物だったよ。
でもジャズのライブならコペンハーゲンさ。
偶然やっていたステイシー・ケントのショーは最高だった。
ステージのすぐ近くで聴けたんだからな。
だけどデンマークまでは遠かったよ、ほんと。
なんてったって安い航空券を選んだから北欧に行くのに、
経由地が南国のタイときたもんだ。
あの時もうちょっと時間があったらバンコクでストップオーバーして、
屋台のタイ飯が食べれたのに、残念だったよ。
うん。久し振りのバンコクだったのにな。
バンコク・・・?

あれ・・・何やってたんだっけ?

ん? そうだ!
タイの研修旅行の写真ページを作ってるんだった!

という具合にコースアウトしちゃうもんですから、
なかなか先に進みません。
仕事まで旅と同じくドリフトしてちゃ、しょうがないですね。

なんとか次の週末までにアップしなくては。
がんばります。

えーじ
posted by ととら at 15:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記