2018年09月30日

P.S. Say Hello again.

先日、高円寺でスーパーマーケットに入った時のこと。
レジで僕たちの前に並んでいたのは、
20歳代後半とおぼしき女性でした。

「いらっしゃいませ」

「・・・・・・・・」

彼女はスマホに目を落としたまま買い物かごをレジ台に置き、

「1,296円でございます」

「・・・・・・・・」

財布から1,000円札を2枚取り出してキャッシュトレイに置き、

「704円のお返しでございます」

「・・・・・・・・」

キャッシュトレイから釣銭を受け取り、

「レジ袋はお必要ですか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

彼女はスマホから顔を上げようとしません。
ちらっと見えた画面は日本語表示、
そしてイヤフォンが接続されていことから(耳から外していますが)
聴覚障害のない日本人。
ということは、彼女にはレジ係の人の声が聞こえ、
その意味が分かっているはず。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

レジ係の人がしびれをきらせてレジ袋をカゴに入れると、
彼女はまだスマホに目を落としたままカゴを持ってサッカー台へ。
その背中へ消え入るようなレジ係の人の声が、

「ありがとうございました」

ほぇ〜・・・すごいな。

僕とともこはお互いの顔を見合わせてしまいました。
彼女は一度も返事をしなかっただけではなく、
レジ係の人に視線を向けることすらしなかったのです。
これぞ完璧な無視。

かわいそうに・・・

と僕は心底思いましたよ。

いや、レジ係の人が、ではありません。
先の彼女がです。

この国の生き難さや人口1千万都市の孤独というのは、
右寄りの政治家や利益至上主義の資本家が押し付けているのではなく、
市井の僕ら、
ひとりひとりの心の闇から湧き上がってきているのではないか?

そんなことを感じた夜でした。

で、前回お話した Say Hello が世界を変えるってわけなんですよ。

えーじ
posted by ととら at 15:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年09月27日

Say Hello!

ととら亭のお客さまは日本人に限らず、
さまざまな国から来た方たちがいらっしゃいます。

昨夜もポーランド出身の方がご来店されました。

「いらっしゃいませ」
「Hi!」

席にご案内し、メニューを渡すと、

「Thank you so much. ドーモアリガト」

そして飲み物や料理をサーブするたびに彼は、

「Thank you so much. ドーモアリガト」

と僕の目を見ながら『必ず』言います。

また僕がサーブしている時に会話を続けることは、
ほとんどありません。
さっと中断して僕の存在を意識しています。
彼は常連さんのひとりですが、
初めて来たときからこうなんですよ。

皆さんはこういう振舞いをどう思われますか?

実はこれ、
欧米とアジア圏での文化の違いのひとつなのですよ。

日本を始め、アジア圏の多くの国では飲食店に限らず、
お店に入る時に挨拶することはあまりありません。
黙って入って黙って出て行く。

ところが欧米では必ずとは言えないまでも、
多くの場合、入店した時にお店の人と挨拶を交わします。
そして物販店で冷やかしただけの時でさえ、
出る際には「Thank you」を忘れない。

これは思うに、
「私はあなたをひとりの人間として認めていますよ」
という意思表示なのですよね。

だから欧米で店に黙って入って勝手に商品を見ていると、
お店の人に対して、
「あなたは存在しないも同然」
というメッセージを送ることになってしまいます。

そんなことをされれば当然、相手もいい気持ちはしません。
そうなると、せっかく食事や買い物をしたのに、
扱いがまったく変わって来るのも無理からぬことでしょう。

僕は外国にいる時に限らず、
国内でもお店に入る時は最初に相手の目を見て挨拶します。
たとえば飲食店では、
「こんばんは。2名ですが席はありますか?」
コンビニやスーパーでも品物をレジ前に置いた時に
「こんにちは」
お釣りを受け取った時に、
「ありがとうございます」

ほんの一瞬のコミュニケ―ションですけど、
これはその場の雰囲気を変えるのに、
信じられないくらい大きな効果があるんですよ。

時には若い店員さんが機械的に「いらっしゃいませ」と言った後、
おじさんの僕に「こんにちは」と返されて、
一瞬フリーズすることがあります。
誰も彼、彼女の挨拶に応える人がいなかったからかもしれません。

でも、どんな状況であれ、相手が誰であれ、
挨拶には挨拶を返す。
これはコミュニケーションの、
いや、人間関係の基本じゃありませんか?

事前の学習も投資もいりません。

こんにちは。
ありがとう。

このふたつの言葉だけで、僕らの幸福度が上がるだけではなく、
日本という国における生きやすさも向上する。
それも確実に。

ホントですよ。

えーじ
posted by ととら at 15:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年09月24日

i

9月のダブル3連休が終わりました。
みなさん、どこかへお出かけになりましたか?

旅の食堂という職業柄、ここ2カ月ほど前から、
「パリに行こうと思ってるんですけど」とか、
「ハノイってどうでした?」
のようなお問い合わせを度々頂いていました。
ちょっとした旅行案内所のようになったととら亭です。

残念ながら『エーゲ海の豪華クルージング』や、
『ファーストクラスで行くケニアサファリツアー』
などのゴージャスな情報は持ち合わせておりませんが、
そこは質問する方も心得たもの。
僕に訊くとなれば、バックパッカーネタがほとんど。

頂いたご質問をジャンル分けすると、
ご時世柄か、治安に関するものが一番多かったですね。
次が移動ルートの妥当性と手頃な宿。
そして美味しい料理かな?

旅は人それぞれなので、
頂いた質問が同じでも、答えが同じとは限りません。
渡航先と目的だけではなく、
個人旅行か、パックツアーか?
ソロが、ペアか、グループか?
男性か、女性か?
そしてこれまでの旅の経験によって、
なにが最適かは変わって来ますからね。

でも、よっぽど無茶な計画でない限り、
共通している僕の答えは、

行ってらっしゃい!

たとえ行き先が誰もが知るところの有名観光地であっても、
旅はその人が自分で経験することに意義があります。
換言すれば、
ちっぽけな情報の小箱から、
広い経験の世界へ飛び込むことが旅じゃないですか?

なので同じ渡航先であっても、
旅人が変われば当然、旅の印象も変わります。

「帰って来ました! すんごく良かったですよ!」

僕が土産話を楽しみにしているのは、
ひとつとして同じものがないからなんですよね。

えーじ
posted by ととら at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年09月21日

旅の肉体労働者

関東地方は秋の入り口。
アパートからお店までの通勤ルートにある柿の木の実が、
だんだん色づいてきました。

気持ちのいい季節ですね。

と、喜んでばかりはいられません。

季節の変わり目、とりわけ気温が下がる時は、
椎間板ヘルニア持ちにの僕にとって要注意の時期なのです。

そこで先日、MRIで椎間板の壊れ加減を検査してもらいました。
初めて病院送りになった2012年1月から6年半が経ち、
どれくらいガタがきているのか気になっていたのですよ。

「どうですか?」
「第3腰椎と第4の間、
 それから第4と第5の間の椎間板がやや乾いていますね。
 しかしヘルニアはそれほどひどくありませんよ」
「え? そうなんですか?」
「痛みがあった背骨の右側に炎症の跡が見られますが、
 神経を強く圧迫してはいないので、これなら軽症です」

そのわりに痛みは半端じゃなかったんだけどな。

「入院した時と同じ薬を処方しておきますから、
 また痛みが出たらそれを飲んでください」
「どんなタイミングで飲めばいいですか?」
「強い痛みが来てからではなく、違和感を感じた時点で飲んでください。
 ロキソニンは痛み止めで知られていますけど消炎作用もあるのですよ」

そうか、あんまり我慢しちゃいけなかったんだ。

「ひとつ相談したいことがあるのですが」
「はい、どうぞ」
「僕の仕事はある程度の身体能力が必要で、
 その為のトレーニングをやっているのですが、
 そのメニューが正しいかどうかのアドバイスが欲しいのですよ」
「・・・? どんなお仕事をされているのですか?」
「ん〜・・・そうですね、
 行動範囲が海抜マイナス400メートルから5000メートル、
 気温はマイナス20度から45度。
 そうした環境で20〜25キロの荷物を背負い、
 高低差のある道を何時間も歩かなければなりません」

ドクターは怪訝な表情で、

「それは何ですか?」
「料理探しです」
「・・・?」
「普段は東京の飲食店で働いていますが、
 年に合計で1カ月以上、料理を探して旅をしているのですよ。
 その旅ではさっきお話したような場所を訪れることがあり、
 いずれも最寄りの医療機関まで2日以上かかる場合が珍しくないので」
「大変ですね!
 それではこのあとリハビリルームで理学療法士から話を聞いて下さい」

2階で僕を迎えてくれたのは、体操の先生のような好青年の理学療法士さん。
そこで同じ説明をすると、

「へぇ〜、なるほど! 分かりました。
 それでどんなトレーニングをしているのですか?」
「週5回の基礎的な筋トレと週3回のジョギングです」
「ジョギングは問題ないですよ。筋トレは何をやっています?」
「弱い椎間板を守らなければならないので、腹筋と背筋を中心に鍛えています」
「ちょっとやってみて下さい」

そこで僕はベンチに仰向けで横になり、
両足を揃えて上げ下げするメニューをやってみせました。
30度まで10回、60度10回、そして90度10回。

「うん、いいじゃないですか。でも90度は過激ですよ。
 特に勢いを付けてやると腰に負荷がかかり過ぎます」

次は背筋です。ベンチにうつぶせになり、
手のひらを後頭部の後ろで組んでエビ反りに上半身を起こします。

「これも問題ないですよ。
 でも腹筋の時と同じように、速く勢いをつけてやると良くないです。
 全体的に呼吸を続けながらゆっくりやってみて下さい」

こうして意外にもあまりダメ出しはされず、
別の効果的なメニューも教えて頂いて、僕は病院を出たのでした。

総合的に判断すると、
椎間板ヘルニアはさいわい手術が必要なレベルではない。
トレーニングのメニューもほぼOK。
今後は腰に違和感を感じた時点でロキソニンを飲み、
炎症がひどくなる前に抑える・・・ってことかな?

安心材料をもらった僕は、その日の夕方トレーニングに行き、
ウォームアップが終わったところで試しに体のギアをトップに入れてみました。
坂道をダッシュで登り切り、
スピードを落としたら体に違和感がないかチェックします。

左足・・・OK、右足・・・OK、腰・・・OK、
上半身・・・OK。いやな感じはない。
どうやら復活したみたいだな。

とまぁ、55歳にしてこんなことをやらにゃならんのですからね。
旅の食堂ってのは、因果な商売でございます。

えーじ
posted by ととら at 14:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年09月17日

第16回取材旅行 その18 最終回

北欧諸国に『生き方の自由』の点で大きく引き離された僕らの日本。
前回は僕なりに考えた原因のひとつ、
メード イン ジャパンの悲しい『王道主義』についてお話しました。

自ら入る『概念の檻』ともいえるこのイズムは、
信仰に近い力を持って、
この島国に広く深く根を張っていると僕は考えています。

そしてその巨木から咲いた暗黒の花が『普通主義』。

これまた簡単に例を挙げると、

”僕は性的に女性が好きです。
 男性に性的な関心は持っていません。
 男性が女性を好み、女性が男性を好きなるのは自然なこと。
 そうでなければ子供が出来ませんからね。”

というのが『普通主義』の典型的な考え方のひとつ。
自然科学を引用しているようでいて、
実は自分の感覚を世界標準に拡大しているだけです。

僕がこれを怖いと言ったのは、こうした考え方が自らを『普通』と称し、
それ以外を排除しようとする傾向がきわめて強いからなんですよ。
そしてこの考え方を持つ人が増えて『普通』を『正常』と言い換え、
『普通ではない』を『異常』とした時、
さらに『正常』を『優秀』と言い換え、『異常』を『劣等』とした時、
僕たちの歴史の中では、
凄惨なエスノサイドが繰り広げられたのではなかったでしょうか?

先日炎上した杉田水脈衆議院議員の書いた記事は僕も読みましたが、
彼女が開陳した意見の後半は、
まさしく典型的な『普通主義』の吐露でした。
LGB(T)のひとは普通じゃない。
日本を自分のような異性愛以外の人が蔓延した国にしたくない・・のね。

僕は彼女が個人としてこうした思想を持つことそのものは、
どうでもいいと考えています。
しかし代表民主制の国会議員が持っているとなると、
話は思いっきり変わってくるでしょう。

なぜなら彼女が『代表』となるからには、
彼女の意見に賛同する人がそれなりの数でいるということを意味するからです。
(さいわい小選挙区ではなく、比例代表で当選した議員ですが)

これはマジで怖い。

え? そんな人は自分の周りにはいない?
そうですか?

じゃ、ちょっとしたチェックプログラムを走らせてみて下さい。
会話や文章の中で「常識」「絶対」「普通」「当然」「当り前」「ありえない」、
こうしたキーワードが
発言者の考えを正当化する目的で飛び交っていません?

僕は杉田議員の記事を繰り返し読んで、
心底「むわぁ〜・・・」っと思いましたよ。

だって彼女たちが力をつけてその主張に沿った法案を通すようになったら、
僕なんか再教育キャンプ行き間違いなしですからね。
なぜなら僕は異性愛ですが、異性愛以外の友人がいますし、
彼、彼女、そして彼でも彼女でもない人たちも好きだから。

ここでも誤解なきよう言っておかなければなりませんが、
僕は友人たちがLGBTの何れかだから好きなのではありません。
これまた僕にとってはどうでもいいことなのです。

もっと言えば、あなたの性がなんだろうが、肌が何色だろうが、
国籍が何処だろうが、何語を母語としていようが、宗教がなんだろうが、
僕にとってはあまり大きな意味はない。

なぜなら僕は、あなたをただの地球人としてしか見ていないから。

その逆もまた然り。
僕は社会的なステータスではなく、
(さいわい、ちやほやされるものはありませんけど)
素の自分として接してもらえる時が一番うれしい。

スウェーデンでは、
早くも1944年にホモセクシャルの差別が法律で禁止されました。
多様性についてのスタンスは、
2018年になっても『普通主義』が跋扈している日本を
完全にぶっちぎっていると思います。

「君は自分の国籍をどこだと思う?」

オスロで出会ったベトナム系ノルウェー人のダニエルにこう訊いた時、
「そうですね・・・」と少し考え込んでから、

「やっぱりノルウェーかな?」

彼はそう答えてきました。
これはあくまでひとつの限定された例ですが、
それでも難民の2世が下した、
受け入れ国についての大きな評価だと思います。

僕たちの日本は、こんな風に思ってもらえているのでしょうか?
(難民の受け入れ率は申請数のたった0.2パーセントですけど)

とまぁ、北欧の旅の後半は、
日本人としての自己卑下的なお話が多くなってしまいましたが、
僕は奇妙な高揚感を持って帰国の途についたのでした。

人類の壮大な社会システムの実験は共産主義で打ち止めとなり、
それがキューバを残して形骸化したいま、
僕らはバグだらけの民主主義+資本主義でやって行くしかないのか?
と、気が滅入っていたのですが、
ところがどっこい、北欧では静かな革命が進んでいたのですね。

今回の旅は行って良かった。

僕は心からそう思っています。

えーじ(生産性なし)

fi_us.jpg

See you on the next trip!!

P.S.
今回、ところどころで統計資料を引用しましたけど、
ご参考程度に読んでおいて下さい。
裏を取っていない数字は出どころが何処であれ、
僕は手放しで信用していませんので。
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2018年09月14日

第16回取材旅行 その17

仕事より私生活に軸足を置いた生き方。
収入格差の少ない社会。
大量消費に依存せず結果を出す経済。

そして少子高齢化は不可逆的な歴史の流れとして、
国民の不安を全世代の範囲で包括的にフォローした北欧諸国。

これだけでも他国が追い付くには、
10年かそこいらじゃ難しいハードルだと思いますが、
こと僕らの日本と比較した場合、
最も大きな違いがあると僕が感じたのは、
多様性についてのスタンスでした。

北欧の人種と言えば、
長身痩躯の金髪碧眼というのがステレオタイプのイメージですが、
そうした人ばかりと思いきや、
実際に首都に着いて驚いたのが移民の多さ。
彼、彼女たちは昨今ニュースで報じられる中東系、アフリカ系だけではなく、
古くはベトナム難民やロマの姿まで珍しくありませんでした。
また北部では先住民族のサーミ人が、
ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシアにまたがって住んでいます。

こうした場合、マイノリティは文化的にマジョリティに吸収され、
民族としてのアイデンティティを強制的に薄められてゆくケースがありますが、
(内戦の主たる原因のひとつですね)
憲法で少数民族が独自の文化を保持する権利が保証されているフィンランドでは、
1992年に制定され、2004年に改訂されたサーミ語法のように、
少数民族の言語が公用語として使われている地域すらあります。

このレベルを日本に置き換えてみると、
たとえば沖縄県では琉球語が、
北海道の平取町二風谷ではアイヌ語が公用語として用いられるようになりますね。
まぁ、そのハードルの高さは、
日本単一民族説の支持者の多さからしてご想像にお任せしますが・・・

ここでまたちょっと興味深い数字を見てみましょう。

国連の関連機関である、
国際連合持続可能開発ソリューションネットワーク(UNSDSN)が発表している
『World Happiness Report』によると、
データのある世界158カ国中の幸福度ランキングは、

2位 アイスランド   7.561
3位 デンマーク    7.527
4位 ノルウェー    7.522
6位 フィンランド   7.406
8位 スウェーデン   7.364
・・・・・・・・・・・・・・・
46位 日本       5.987

こんな評価がなされているのですね。

そこでこの数字の指標である、1人あたりのGDP、健康寿命、社会的支援、
気前よさ、腐敗認識度、生き方の自由度から、
最後の『生き方の自由』を切り出してみると、同じくUNSDSNのデータによれば、

1位 ノルウェー    0.952
2位 スウェーデン   0.942
7位 デンマーク    0.932
8位 フィンランド   0.925
15位 アイスランド   0.913
・・・・・・・・・・・・・・・
54位 日本       0.787

という順位になっていました。
日本はこの点で8つも順位を落としています。

ん? 意義あり?
日本を北朝鮮やサウジアラビアと一緒にするな?
政治は圧政ではないし言論の自由も保証されているじゃないか?

そのとおり。
でも思想はともかく、生き方というと、どうでしょうね?

寿命が世界トップクラスで経済も上位であるにもかかわらず、
なぜか内外ともに『生き難い』という声が聞かれる僕たちの日本。
僕はその中心にあるのが、
『王道主義』と『普通主義』なのではないかと考えています。

これ、僕の造語なんですけどね。
『王道主義』とは、いうなれば『あるべき人生の絶対値』です。
分かり易く言うと、
一流大学を卒業し、一流企業に就職し、結婚して、子供が出来て、
昇進して、家を買い、そして子供を自らが歩んだこの『王道』に乗せるべく、
一流大学に入れてゴール!

全部クリアするとあなたの人生は100点満点!

どれかが欠ける、
たとえば大学が2流、企業が3流、結婚しない、子供が出来ない、
こうしたことがあると、どんどん減点されてしまいます。

先日、40歳代前半の女性と話をしていた時のこと。
彼女は大学と企業のハードルは見事にクリアしましたが、
自身の選択で結婚はせず、従って子供もいません。

ところが彼女曰く、ここ数年は『結婚していない、子供がいない』ことについて、
私生活のみならず、職場の風当たりは想像を超えるものになってきたそうです。
さながら自分になにか致命的欠陥があるかのように感じることがある、
と言っていました。

え? 君はどうなんだ?

そうですね、僕は『王道主義』基準で自己評価すると、
25点くらいじゃないかしらん?

うわぁ、これじゃ僕の人生は赤点だ! 生まれてすみません!

なんて、太宰さんじゃないんだからいいませんよ。

僕は不幸にも、
いや幸いにしてハックルベリー・フィンのように生まれ育ったので、
のっけからこのゲームボードに乗らない、
アウト オブ スタンダードとして大人になりました。

ですから先の彼女を誰がどう言おうと、彼女がどう自己評価しようと、
僕は彼女を魅力にあふれた素敵な人だと思っています。
反対に誰かが王道まっしぐらの100点満点だからといって、
スゴイなぁ、カッコイイ人だなぁ、とは思わない。
はっきり言って、そんな基準はどうでもいい。

『王道主義』ってのは悲しいゲームなんですよ。
負けたら減点を背負った人生を歩まなければならないし、
勝ってもどこかで人を見下すゴーマン人間になりかねない。
こうしたプレーヤーがこの小さな島国に溢れかえれば、
そりゃ生き難くもなりますよ。

3流企業で働こうが、結婚しなかろうが、子供がいなかろうが、
いいじゃないですか?
生き方ってのは、そもそも多様なものなんだから。
王道なんてない。あなたが幸せであればそれでいい。
そもそも人生に勝ったも負けたもないんだから。

卑近な例で恐縮ですが、
僕は王道主義基準で自己評価25点ですけど、とても幸せですよ。
誰かを羨ましいとは思っていませんし。なりたい人のモデルもない。
いまの自分と自分の生き方が好き。
僕の人生、これでいい。

話をもとに戻しましょう。

繰り返しになりますが、
僕が北欧諸国を旅して感じた日本との最も大きな違いは、
生き方の多様性についてのスタンスでした。

人間の在りようがもともと多様であるにもかかわらず、
日本では文化的にエントリーされている生き方が、
あまりに画一的で少ない。

誤解のなきよう付け加えておきますと、
僕は王道主義そのものが悪いとは言っているのではありません。
信仰と同じく、それを信じることもまた個人の自由です。
ただ『王道主義しかない』と多くの人が思い込んでしまえば、
当然の結果として社会は多くの人々にとって生き難いものにならざるを得ない。
しかし、これは北欧諸国に倣わずとも変えられるんですよ。
なぜなら『考え方』とは物理法則に裏付けられた実体ではなく、
僕たち個々の頭の中にしかない、恣意的な想念なのだから。

あれ? 今回で最終回にしようと思っていたのですが、
だいぶ長くなってしまいました。

悲しいを通り越してけっこう怖い『普通主義』については、
こんどこそ最終回の次回にお話しましょう。

to be continued...

えーじ
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2018年09月11日

第16回取材旅行 その16

今回も経済ネタをもう一丁。
いや、経済プラス政治・・・プラス哲学・・・かな?

『その15』では、
北欧諸国の経済の特異性を目に見える範囲でお話しました。
加えて数字の上でなら驚いた、いや、感心したのは、
所得の格差の小ささです。

まずその数字を見てみましょう。

ワールドファクトブック(CIA)の2013年の統計によると、
所得の格差を表すジニ係数(数字が大きいほど格差も大きい)は、
日本の37.9パーセント(格差ランキング141ヵ国中73位)に比べ、

125位 アイスランド 28.0 パーセント
131位 フィンランド 26.8 パーセント
135位 ノルウェー  25.0 パーセント
137位 デンマーク  24.8 パーセント
141位 スウェーデン 23.0 パーセント(首位!)

北欧5カ国はスゴイですね。
社会主義国家じゃないにもかかわらずこの数字をはじき出すとは!
スウェーデンなんてデータのある141ヵ国中1位ですよ。

で、この数字のタネ明かしをすると
同じ資本主義ながら日本とこれほどまでに大きな差を生み出した仕掛けは、
抜け道のない強烈な累進課税制度です。
もちろんこの制度そのものは日本にもあります。
しかしその税率と厳格性がぜんぜん違う。

僕が感心したのは、こうした税制自体ではなく、
導入の背景となった国民の考え方です。

僕たちは意識的にせよ無意識的にせよ、
億万長者と食に事欠く貧乏人のいる社会を選びました。
いかなる格差であろうとも、
それがその人の『能力と努力の結果』であれば問題ない。
これは『努力至上主義』とでも言い換えられるかもしれません。
努力がすべての結果を肯定しているのですからね。

しかし彼らは、
極端な億万長者も貧乏人もいない社会を選んだのです。

その根拠となった思想は先の『努力至上主義』とは根本的に異なるものでした。
まず『健全な経済』の定義からして違います。
それは、
『限られた富が社会構成員の中で、
 バランスよく分配されることによってのみ実現する』、
というものですからね。

そういうとコミュニストがにんまりしそうですけど、
ソビエトのすったもんだを近くで見ていた北欧諸国、
とりわけスウェーデンは共産主義にさっさと見切りをつけていました。
そこで考え出したのが、ソビエトのように企業を国有化することで、
格差の原因にメスを入れるのではなく、
それはなるべくいじらないようにしてブルジョア層を安心させ、
税法によって格差を抑制された範囲内に収める政策を取ったのですよ。

なるほど僕たちが実際に旅した範囲では、
所得が目に見える形で分かる住宅と自動車に関して言えば、
グレードに極端な差はないと思いました。

これはよく考えるとごもっともな選択で、
たとえばひとりの億万長者が宇宙旅行で55億円(※)を使うよりも、
この剰余を税として徴収し、奨学金や医療費として使った方が、
社会の利益になるんじゃないのか?

そういうことなんですよね。

皆さんはどう思います?

えーじ

to be continued...


スペース・アドベンチャーズ社が提供する宇宙ステーション滞在型の旅行の費用。
すでに8名が参加されたそうで。
posted by ととら at 17:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年09月09日

第16回取材旅行 その15

そろそろ取材旅行のブログもまとめなくちゃなぁ・・・

と思った矢先の入院日記パート2。
それが『その6』まで続いてしまったので、
帰国から2カ月も経ってしまいました。

しかしながらこの期間、
僕の頭の中では北欧諸国での経験が、
ず〜っとループしていたのですよ。

出発する前、ノルウェー、スウェーデン、
フィンランドについて抱いていたイメージは、
ありがちな『高税率高福祉社会』のレベルを出ていませんでした。

ところが自分で歩いて見えてきたのは、
想像をはるかに超えた北欧3カ国の特異性だったのです。

今回はその中の一つ、経済について旅人目線のお話をしましょうか。

北欧諸国が採用している経済システムは、日本と同じ資本主義。
しかし、そのアウトプットは、だいぶ違っているように見えました。

まず分かり易くこの数字から始めましょう。

世界銀行の2013年の統計によれば、
日本人ひとり当たりの平均所得は4,139,300円/年。
これはデータのある171ヵ国中18位だそうな。

そこでアイスランドも含めた北欧5カ国の数字も並べてみると、

3位 ノルウェー  7,317,200円 (日本の約1.77倍)
8位 スウェーデン 4,923,600円 (同  約1.19倍)
10位 デンマーク  4,890,600円 (同  約1.18倍)
16位 アイスランド 4,275,700円 (同  約1.03倍)
17位 フィンランド 4,232,800円 (同  約1.02倍)

となるんですよ。

で、素朴な印象として、日本の1.2倍程度までであればまだしも、
ノルウェーのように1.77倍も稼ぐとあっては大変だな!
いったい月に何時間働いているんだろう?
と僕は他人事ながら心配になりました。

ところがアイスランドを除く4カ国を訪れてみれば、
(デンマークに行ったのは2012年)
栄養ドリンクを飲んでしゃかりきに働く僕たちのような人は、
どうやらあんまりいそうもなさそうじゃないですか。
オフィス街は夜になるとほとんど電気が消えますし、
物販店も17時を過ぎれば早々に閉店となります。
20時以降に駅に行くとオスロやヘルシンキですら閑散とした状態。
週末もそう。日曜日の繁華街なんて静かなものですよ。
なんか『稼がなきゃ〜っ!』って、かつかつしたムードがない。

そこで気になるのは同業者。
ブラックで名高い日本の飲食店と言えば、
キッチン、ホール共にギリギリの人数で切り盛りするのが定石。
しかし、北欧はどうでしょう?
僕らが見た範囲では、
ひとりのホールが担当するのはせいぜい10人未満。
料理の内容と提供速度からすると、
ととら亭規模(席数16)のレストランでも、
キッチンは最低2人いるんじゃないかな?
うちみたいに一人でやるなんてありえないでしょうね。
大体にしてスタッフが駆けずり回ってないし、
楽しそうに余裕の笑顔を浮かべている。
羨ましい光景でしたよ、ほんと。

で、何にも増して驚いたのは、書き入れ時に休業してしまうこと。
観光客が最も訪れる6、7月に、
1カ月くらいどっかり休んでしまう飲食店が珍しくないんですよ。

なぜか?

北欧で一番いい季節が短い夏。
であれば、優先順位を考えるなら、
仕事ではなく、家族と過ごすのが当然じゃないですか?

と答えられて返す言葉に窮するのが、
家族のために家族を見捨てて働くのも憚らない僕たち日本人。
今どき正月返上で働く人なんて珍しくありませんし、
単身赴任という悲しい勤務形態も普通にまかり通っていますからね。

さらに大きな謎がもうひとつ。

所得水準が高いということは景気がいい。
そして好景気とは、
製造→販売・購入→消費→廃棄の流れの高速化に他なりません。
どんどん作ってじゃんじゃん捨てるのが僕らの大量消費社会。
となれば、北欧でも製品の『新しさ』は必要不可欠のはずですよね?

その仮説をひっくり返す分かり易い例が僕たちを待っていました。
それはデジタルカメラ。

アジアの観光地に行って写真を撮っている観光客の手元を観察すれば、
カメラはスマートフォンか高級一眼レフがほとんど。
かつて一世を風靡したコンパクトデジタルカメラを持っている人は、
まず見かけません。

ところが北欧と言わず北、西ヨーロッパでは、
アンティーク級のコンパクトデジタルカメラを使っている人がまだ沢山います。
そう、デジタル家電に限らず、
ヨーロピアンはニューモデルが出てもあまり飛びつかないんですよ。
たとえおカネに不自由していなくても、買ったものは壊れるまで使い続ける。
そして壊れたら買い替えるのではなく、まず直すことを考える。
モノに関して言えば僕らが見た限り、はっきり言って質素です。
気に入ったものを長く使い続けるって感じ。

む〜・・・・

仕事より私生活に軸足を置き、
職場が非人間的なオーバーワークにならないようワークシェアを行い、
大量消費を経済発展のバネとせず、
それでいて所得は僕たち日本人を凌いでいる・・・

なぜそんなことが可能なのか?

これ、僕の宿題の一つなんですよ。

えーじ

to be continued...
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2018年09月05日

やってよかったこの料理

初めて南アフリカ共和国を訪れたのは2016年2月のこと。
この時の取材対象の筆頭に挙がっていた料理が、
昨夏にご紹介したペリペリチキンでした。
そして事前調査の段階で、
この料理の源流がモザンビークにあるのでは?
ということも分かっていたのです。

そう、今やっているモザンビーク料理特集は、
2016年のケープタウン滞在中から検討していた企画なのですよ。

旅の料理は3カ月ごとに切り替えています。
しかし場合によっては、
今回のように構想2年に及ぶケースも珍しくありません。
そしてその取材旅行も行き慣れたアジアや、
交通機関が整備された北欧のようにすんなり進むことはなく、
スリルとサスペンスに満ちた、
体力と忍耐力のテストのような内容になるのがお約束。

実際、今年の1月下旬から2月上旬に行った、
南アフリカ → エスワティニ(旧国名スワジランド) → モザンビークの旅は、
『やっぱりねぇ・・・』な道中となりました。
(詳しくはこのブログでキーワード『第15回取材旅行』を検索してみて下さい)

と、手前味噌ながら、
時間と苦労と思いの詰まったモザンビーク料理特集ではありますが、
白状しますとリリースする直前のビジネス的予想は二人して、

「ん〜・・・ちょっとマニアックだからな・・・ウケないかも?」

だったのですよ。

厳しい現実として、料理の出来や僕たちの思いと仕事の結果は別もの。
実際、気合の入り方といい、料理のユニークさといい、
「ヒット間違いなし!」と踏んでコケた企画もありました。

それに写真で見る限り、モザンビークの料理って地味でしょう?
カリル・デ・アメンドインなんて、薄茶色一色のシチューですから、
写真映えしないことこの上なし!
メニュー撮影していて、
「せめて視覚的アクセントとしてパセリくらい振ろうかしらん?」
との誘惑にかられましたが、
味だけではなく見栄えも再現するというのが『ととらポリシー』。
ぐっと我慢しながらライティングでなんとかしたものの、
それでもシズル感(※)はありませんよね?

仕方ない。
せっかく取材したんだからダメもとでやってみよう・・・
という何とも心許ないスタートを切ったのがこの7月。

ところが世の中わからないもので、
リリースするやいなや、モザンビーク料理は大好評となりました。
しかも4品に偏りなく、
見かけの地味なマタパやカリル・デ・アメンドインでさえ沢山のご注文を頂き、
時には「おいしい! もうひとつ追加!」
なんて嬉しいアンコールまで!

いろいろな意味で長い道のりの末にご紹介した料理とあって、
この結果には僕たちの達成感もひとしおでした。

さて、そんなモザンビーク料理も9月30日(日)で終了します。
やっている僕たちが言うのもなんですが、
いつも終了間際にはちょっと寂しい気分になりますね。

これもひとつの出会いと別れ・・・か。

旅の食堂ならではの仕事の一つなのかもしれませんね。

えーじ

※ シズル感
英語のsizzle(自動詞:ジュージューいう 名詞:ジュージューいう音)が語源。
料理業界の場合、湯気が立つラーメン、油が跳ねるステーキなど、
食べ物がおいしそうに見える演出や感覚の意味で使われる。
posted by ととら at 14:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年09月01日

甘いぜ日本! 後編

酸っぱくてショッパイが当たり前の梅干しが、
いつしか甘味料漬けになった日本。

驚きました。

でもそれには「やっぱり・・・」
というため息交じりの納得感も混ざっていたのですよ。
それというのも・・・

第16回取材旅行で訪れたノルウェー。
オスロで僕たちは中国人のアレックスと、
ベトナム系ノルウェー人のダニエルに会いました。

日本の大学に留学経験のある二人に僕が訊いた質問の一つが、

『日本に来て食文化で一番驚いたことはなに?』

すると彼らの反応は迅速でした。
異口同音に飛び出してきたのは、

「食べ物が甘い!」

だったのです。

アレックスからはお国柄、ギョーザ探求の参考になる、
素材や調理方法の違いなどを期待していた僕は、
思わずそのまま固まってしまいました。

日本の食べ物が甘い・・・って?

二人と別れてホテルまでの帰り道、
僕たちは彼らの答えを反芻しながら話していました。

なるほどな、
日本で生まれてずっと日本人をやってると、
これには気付かなかったよ。
確かに日本の料理は甘い。
正確に言えば、日本食とカテゴライズされている料理には、
かなりの割合で砂糖が使われている。

そうかな?

といま訝っているあなたに具体的な例を挙げてみましょう。

外国人が来日して必ずと言っていい確率で口にする日本食。
それは、寿司、すき焼き、天ぷらだと思いますが、
これらにはすべからく何らかの形で砂糖が使われていますよね?

加えてバックパッカーなら日本のファーストフード、
ドンブリ系を食べると思いますが、
牛丼、天丼、かつ丼、親子丼、
これらもすべて砂糖で味を付けています。

大体にして砂糖を使わない煮物は、
こと関東に限って言えば珍しいのではないでしょうか?

飲みに行くなら焼き鳥屋。
外国人にとって主流は塩よりタレでしょう?
日本の代表的な世界料理であるテリヤキも、
砂糖なくしては作れません。

僕が「やっぱり・・・」と思った背景には、
アラブ圏での経験もありました。
アラブのスィーツの強力な甘さには僕も辟易していましたが、
実はアラブ料理はスイーツを除くと基本的に砂糖を使わないのです。

以前読んだ本に、
アラブ系の留学生が日本で食事の料理が甘いのに困った、
と書いてあったのも記憶にあります。

さらにこの『甘さ好み』の傾向は和食を超えて、
洋食の範囲にも当てはまるのです。

そう、『伝統的な』洋食となった、
ナポリタン、オムライス、ハンバーグ、とんかつはいわずもがな、
カレーライスですら、すべからく『甘味』が橋渡しとなって、
日本に帰化したのではないでしょうか?

そしてその橋渡し役とは具体的に、
甘い調味料であるトマトケチャップと、とんかつソースなのではないか?

さらに洋食の王道ともいえる陰の主役のデミグラスソース。
これがまたけっこう砂糖を入れるレシピなのです。

この傾向はさらに拡大され、コロッケ、ポテトサラダ、はてやギョーザにまで、
本来のレシピには含まれていない砂糖が加えられているケースが散見されます。

ここでオスロの一件に戻りましょう。

アレックスの出身国である中国、
ダニエルの生れはノルウェーですが、
両親の出身地であるベトナムの食文化の影響も受けているでしょう。
ならば国民一人当たりの砂糖の消費量を国別で比較してみると、
(以下すべて1人/1年)

ノルウェー 34.9キログラム
ベトナム  18.4キログラム
日本    16.6キログラム
中国    11.4キログラム

この数字は単純に消費された量なので、
『どのように』なのかは分かりません。
(出典もいくつかの情報を合成したので確度は少々微妙です)

しかしノルウェーとベトナムの数字をもとに、
ダニエルの日本食から受けた印象を鑑みると、
各国で砂糖の摂り方には大きな違いがあるのではないか?
という仮説が導き出せます。

これはアラブ圏にも該当し、
砂糖の消費量は日本の3倍前後もありながら、
「日本の食事は甘くて!」と嘆くからには、
厳密な砂糖使用のルールが垣間見えてくるとは思いませんか?

僕は以前に著書でパン食文化圏と米食文化圏は、
炭水化物の摂取方法において、
それぞれ油の文化と塩の文化が対応していると書きました。
これは旅をしなければ分からないレベルの話ではなく、
パンに塩を付けて食べないし(含まれてはいますよ)、
ご飯に油をかけたら気持ち悪くて食べられないでしょう?
(バターをご飯に乗せて食べるという猛者もいますが、
 無塩バターではありませんよね?)

それと同様に、僕たち人間の食文化では、
社会のコードとも言うべき次元で、
『甘味に対する暗黙の了解』があるのではないか?

なるほど日本食は一般的にいって甘い。
だから食後に甘みのダメ押しとなるデザートが発達しなかった。
それは翻ると食事に砂糖をあまり使わない西洋が、
ヘビースイートのデザートで一挙に砂糖の消費量を押し上げているという、
印象と消費量の矛盾を説明しています。

甘いぜ日本!

これは僕たちとって透明化した日本食の、
世界における特異性の証言なのかもしれません。

でも僕は、
酸っぱくて、ほどよくショッパイ梅干しが好きですけどね。

えーじ
posted by ととら at 15:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記