2018年11月10日

僕の小宇宙 その3 神保町4

間隔がだいぶ開いて書いております神保町シリーズ。
楽器、山、音楽と続いて最後はやっぱり古本です。

20歳代の頃はみすず書房の硬い本を入れても、
月に4〜5冊くらいのペースで読んでいましたから、
懐具合が追いつかない。

さらに『学校で教えてくれない』系の趣味な本は、
図書館も『教育上の配慮』から置いてくれません。
そこで足が向かうのは必然的に古本屋になった訳です。

当時、横浜に住んでいた僕の楽しみは、
春秋年2回の神保町めぐり。
とりわけ古本まつりでの買い出しは気合が入っていましたよ。
神保町にある古書店の品揃えは質量ともに日本随一ですからね。
しかしながら相場の高さもこれまたトップクラス。
そこでなるべく価格の下がるこの時期に行っていたのです。

古書店の書架はまさしく僕の小宇宙でした。
背表紙に惹かれて手に取り、
目次に目を通して「へぇ〜!」となり、
売値を見て「はぁ〜・・・」となる。
予算は限られていましたからね。

忘れられないのは、
神田古書センター(の確か3階?)で見つけた澁澤龍彦責任編集の雑誌、
『血と薔薇』全4冊(渋澤が編集したのは3冊目まで※)です。
彼のファンなら必読とされていたとはいえ、
いかんせん1968年に創刊され1969年に終刊してしまったレアな雑誌。
しかも版元の天声出版はとうに倒産しているので復刻の可能性もない。
(2003年に白順社から1〜3号が復刻されましたが・・・スゴイ!)
僕がそれまで現物を見たのは回顧展の展示物としてだけでした。

こりゃ読むなら国会図書館に行くしかないかぁ・・・

と、ほとんど諦めていた若かりし僕は、
この4冊が売り物として書架に並んでいるのを見て、
思わず「おぉっ!?」と叫んでしまいました。
今でも手に取った時の感動を覚えています。

しかし恐る恐る値段を見ればやっぱり「はぁ〜・・・」。
4冊セットで4万円かぁ・・・
(定価は1冊1,000円だったのですけどね)

ま、プレミアがついてるのはしょうがない。
そこで僕は帰りの電車賃を除いた手持ちの全財産、
約4,000円と血と薔薇を持ってレジに行き、
店主さんに「来週また来ますのでこれをとっといて下さい!」
とかけあったのです。
僕の気迫に押されたのか店主さんは苦笑しながら快諾してくれました。

翌週、抱きしめたお宝のページを『さぼうる』の隅で開いた時、
謎の古文書を読み始めたかのような高揚感に打ち震えましたよ。
雑誌とは思えない錚々たる執筆陣とその内容でしたからね。
あれはやはり時代の奇跡のひとつだったのかもしれません。

その他にもこれまたレアなハンス・ベルメールの作品集や、
ウニカ・チュルンの『ジャスミンおとこ』など、
足を棒にして探し出した喜びは今でも忘れません。

あの「おぉっ!?」って驚きと感動は、
amasonさんの検索でヒットしたものが届けられた時には、
けして味わえないものです

残念ながら最近は時間がなくてあまり行けなくなってしまいましたが、
秋や春の季節のいい時期に、
一日中じっくりお宝探しをやってみたいですね。

えーじ

※ 販売されたのは全4冊ですが、幻の創刊準備号があると言われています。
これは関係者だけに配布されたものらしいので国会図書館にもないでしょう。
いつか探し出してやるぜ!
posted by ととら at 10:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年11月08日

ウサギとカメ 2018

ある秋の晩。
夕方から店内に侵入した蠅がしつこく飛び回っておりました。

そして営業が終わり、
草臥れた僕が洗い物をしている後ろから・・・

いやったああああぁぁぁぁっ!

な、なんだ?

振り返ると泡だらけのスポンジを突き出して、
不敵な笑みを浮かべたともこが仁王立ちになっています。

「ど、どしたの?」
「ふふふふふ、これ!

よく見るとスポンジの上にはさっきから飛び回っていた蠅が。

やっつけた!
「ほぅ、よく捕まえ・・・ん? まだ生きてるよ」
「え?」

彼女が視線を落とすやいなや、スポンジの上で息を吹き返した蠅は、
ころっとコールドテーブルの上に落ちました。

「あ、動いてる!」

だけではなく、ここぞとばかりに離陸態勢に入ったではないですか。
そこへ凄まじいともこ爆裂拳が、

ちぇいっ! ちぇいっ! ちえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!

と3発。
気合と共に飛び散る洗剤の泡!

ところが慌てた彼女はことごとく的を外し、
その隙間を潜り抜けた蠅はゆっくり、ぷぉ〜いとエスケープ。

あ〜っ! 逃げちゃった! 腹立つ!

「・・・あのさ」

「はぁはぁはぁはぁ」

「ともこ」

「はぁはぁはぁはぁ」

「もしもし!」
「え?」

「・・・疲れない?」

「・・・・・・・・・うん」

こうして秋の夜は更けて行ったのでありました。

えーじ
posted by ととら at 14:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年11月05日

旅の落とし穴

どんなことにも100パーセント良いことや、
100パーセント悪いことはありません。

旅もまた例外ではなく、
せっかく行った旅が結果的に本人だけではなく、
それ以外の人にも好ましくない影響を及ぼすことがあります。

その典型的なケースが『知ってるんだ症候群』。

これ、パックツアー、個人旅行を問わず、
概ね20カ国前後の渡航経験を積んだ頃に罹ることがありまして、
(僕も例外ではありませんでした)
特にインドがその中に含まれていた場合、
罹患率がぐんと上がるようです。

どんな症状かと申しますと、
自分の限られた経験を恣意的に拡大解釈し、
ひとつ知っただけで全てが分かったと錯覚してしまう。

ま、これだけなら若気の至りの範囲内ですが、
大半を空想で補った世界観に立脚し、
『知っているわたくしが無知な皆さまに教えてさしあげます』
的な活動をおっぱじめると、
ひとりよがりなトラブルメーカーの一丁上がり!
になってしまうんですよ。

このビョーキの最も不幸な面は、
その当事者がそうした旅をやめないことにあります。

というのも、ひとたび『オレは知っている』状態になると、
何処へ行って何を見ようが、
無意識的に自分の先入観やイデオロギーに合致したことしか
認識できなくなってしまうからなのですよ。

そして彼、彼女は旅をしながら自分の幻想を肥大化させ続けて行く。
これは実に悲しい。

しかし幸いにして効果的な治療方法があります。

それは『挫折』。

個人的な幻想は、
とどのつまりその閉ざされた領域を出ることが出来ません。
たいてい共同化を目論んで高い壁にぶち当り、
なんでやねん? となる。

これは難しい話ではなく、
上から目線の人に『教えてあげる』的なアプローチをされて、
「知らなかった! どうもありがとう!」
となる人はあまりいないでしょう?

この挫折の先に待っているのは、
旅のリアルな可能性と限界の地平なんですよ。
たとえば、

世界1周の旅に出ました。

それは確かに一般的にはレアな経験です。
しかし、どんな旅でも畢竟、点と点を線で結ぶ行動でしかない。
それに対して旅の舞台となるこの星は球体であり、
すべての面が時とともに絶え間なく変化し続けている。

そうして遅かれ早かれ落とし穴から頭を出した旅人は悟ります。

僕たちが知っていること、いや、知ることができるのは、
無限の中の一雫でしかない。

では、たった一雫を知るための旅に何の意味があるのか?

残念ながら僕はここでその問いに答えることができません。
でも、ただひとつ言えるとしたら、

だから、あなたにも旅をしてほしい。

これかな?

えーじ
posted by ととら at 18:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年11月02日

旅の自由と責任と

何年もいろいろな土地を、職場を彷徨って、
40歳前後に気付いのは、
僕にとって大切なのはおカネや社会的な地位よりも、
人間としての自由だということ。
だから独立して旅を続ける今の自分は一大決心の結果ではなく、
こうした生き方を続けた成り行きなんですよ。

自由。
それはなにものにも代えがたい。

しかし僕の言う自由とは、
手放しで好き勝手に振る舞うことを意味していません。
ととら亭の仕事では経営責任が重くのしかかって来ますし、
取材や研修も個人旅行ですから、すべての結果は自分に返って来ます。

そう、自由とはただそれだけで成り立つ『権利』ではなく、
その結果の質量に比例した『責任』を伴っているのです。

で、責任です。

責任とれますか?

というのは日常的にもよく飛び交うフレーズですけど、
どういう意味で使っています?

辞書を紐解けば、
『立場上当然負わなければならない任務や義務』
とか
『自分のした事の結果について責めを負うこと』
なんて書いてありますけど、
目の前の具体的な事案に当てはめると実は漠然としているんですよね。

だから何かしでかして、
「どうすんのよ!」って詰問されると黙っちゃう。

自由主義者を標榜する僕としては、
『好ましからざる何か』が起こった時、
切るべきカードを持っていることが責任だと考えています。
(残念ながら関係者全員を納得させられるものではありませんけど)

そんなわけで今も来年の取材旅行のブッキングを始めていますが、
渡航先の選択もこのポリシーに照らして決めているのです。

旅の中で『カードを持つ』というのは、
置かれた状況をコントロールすることを意味します。

換言すると『何か』が起こった場合、
お手上げになる場所には行かないし、そうしたこともしない。

先に言いましたように、個人で取れる責任が限定的であるならば、
『自己責任』は勝手な旅の免罪符とはなり得ません。
ことそれが外国の場合、
状況によっては想像を超えた範囲の人や組織を巻き込み、
次元の異なる問題にエスカレートすることが考えられるからです。

そして最後に付け加えるなら、その旅の目的は、遊びも仕事も関係ない。
なぜなら『好ましからざる何か』を引き起こす相手は、
人間にしろ自然にしろ、
そもそも旅人の目的など関知していませんから。

『話せばわかる』は理想であって、
現実に適用できるケースは極めて少ない。

これは僕が旅で学んだことのひとつです。

えーじ
posted by ととら at 12:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記