2019年05月06日

ととらな旅のおすすめ その5 最終回

スーパーゴールデンウィークもいよいよ佳境。
皆さんはどんな休暇を楽しんでいましたか?

ととら亭でもいろいろな旅の話を聞いています。
人によって行き先や目的、そしてスタイルはさまざま。

旅のグレードに訪れる場所やそこまでの距離は関係ありません。
地球の裏側まで行くとなれば、
誰もがそれを旅と呼ぶかもしれませんが、
日帰りで近くを歩いてみることだって、
場合によっては同じことだと僕は考えています。

では、ととら流の旅の定義とは何か?

それは自分にとって未知の領域へ、
主体的にアクセスすることなのですよ。

そこで『その1』から4回に分けて、
そうした旅のコツをお話していたのですが、
実はその裏側にディープな理由がありまして。

この仕事を9年余りやっていて何度となく残念に思ったのは、
『旅人が思い出をなくしてしまう』という、
一種不思議な現象でした。

たとえば、多くの旅行経験を持っている人が、
自分で行った旅のディティールを思い出せない。

もちろん僕だって、
すべてのことを克明に記憶している訳ではありませんが、
訪れた街の名前や何を食べたかすら覚えていないというのは、
旅の最高のお土産がその思い出だとすると、
結構シビアな問題だと思いませんか?

解決のヒントをくれたのは、ひとりのご婦人でした。
彼女もまた旅行経験が豊富な方ですが、
「やぁ、ローマはいかがでしたか? ニューヨークは?」
と訊いても、それほど前のことではないにもかかわらず、
どうも答えが曖昧になりがちだったのです。

しかし例外的に、
彼女がはっきり反応する話題がふたつありました。

それはトイレとイミグレーション。
このふたつは対称的にディティールまでよく話してくれます。

なぜだろう?

僕はしばし考えていました。
そして思いついた説明がこれ。

至れり尽くせり型ツアーでも、
トイレとイミグレーションだけは自分ひとりでやらなければならない!

添乗員付きのツアーでは、
出発地の空港に着いて集合場所まで行った後は、
すべからく甲斐甲斐しいツアコンさんが面倒を見てくれますが、
先のふたつはだけは彼女も主体的にやらざるを得ません。
結果的に、それが記憶に残ることとなったのです。

さて今回、僕がお勧めしたのは、
場所、移動、食事、会話についてのティップスでした。
でも実のところ本当に言いたかったのは、
それらすべてに共通する、
『コミットメント(主体的な関与)』だったのです。

旅行産業がとことん発達した現今、
極端に言えば、渡航先の知識がまったくなくても、
ツアーを申し込み、
あとはパスポートとクレジットカードさえ持って空港に行けば、
秘境ツアーにだって参加できますし、
旅先で困ることもほとんどないでしょう。

しかし、旅そのものにコミットしないのであれば、
逆の意味で地球の裏側に行くことも近所の公園に行くことも、
記憶に残らないという点では同じなのです。

僕がお勧めした例は、ほんの一部に過ぎません。
旅の空間ではコミットできるチャンスが無数にあります。
そのすべてにとっかかるのは現実的ではなくても、
1日にひとつかふたつでもコミットすれば、
その旅はツアコンさんの背中を追い続けたものより、
少なからず豊かなものになるのではないか?

これは個人旅行でも2人以上で行くのなら、
相手まかせにしてしまうとまったく同じことが言えます。

ときに人生が旅に例えられるように、
僕たちの日常もまた、コミットしないのであれば、
誰のものともつかないものになってしまうでしょう。

受け身の指定席から立ち上がり、自分自身の記憶に残る体験の世界へ。
そう、広大なこの星へのコミットメント。

それを僕は旅と呼びたい。

Let's dive into the unknown future by wings of free will.

えーじ

End
posted by ととら at 16:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記