2019年05月16日

自分の旅のために その2

聴覚障害を伴わない急なめまい。
そしてそれは横になると数分以内に消失する。

僕は数年前に、
知人がほぼ同じ症状で苦しんでいたことを思い出しました。

「検索してほしいキーワードはね、『良性発作性頭位めまい症』だよ」

めまいというと、
安静にしていても症状が治まり難いメニエール病が知られていますが、
これには聴覚障害も伴うため、僕の症状とは一致しません。
となると、残りはあれしかない・・・?

「えーじ! 大変だよ! 脳卒中の場合もあるって書いてあるよ!」

こ、怖いことを言うね。

「じゃ、とにかく病院に行かなくちゃ」
「でも歩ける?」
「ん〜・・・今日、別件で行くY病院は内科もあったな。
 でもいつもみたいに自転車に乗るわけにはいかないし、
 バスで行くには歩く距離が長すぎる。
 かと言って救急車を呼ぶほどじゃないしなぁ・・・」
「じゃ、タクシーを呼ぼうか?」
「そうしよう」

しかし電話をかけた数社の配車センターからは、
いずれも出払っていますとのつれない回答。
ようやく5件目くらいで、
15分後に1台回してもらえることとなりました。

そして10分ほどで電話が鳴り、

「えーじ、来たって!」

ところがふらふらしながら外に出るとタクシーがいません。

「どこいっちゃったんだろう? あたし探してくる!」
「待った! 僕が見つからなければまた電話してくるはずだよ。
 ともこはそのまま部屋にいて」
 
5分ほどすると、案の定、電話が鳴り、
迷っていたタクシーがやってきました。

「それじゃ行ってくる。容態が分かったらメールするよ」
「気を付けて!」

「こんにちは。新井1丁目のY病院までお願いします」
「そ、そ、そこまでの道を教えてもらえますか?」

ドライバーは40歳代の男性。
どうしたわけか非常におどおどした様子です。

「では住所を言いますからカーナビに入力して下さい」

「こ、これでいいでしょうか?」

む〜・・・なんでそんな遠回りするの?
仕方ない。自分でナビやるしかないか。

「それでは僕の言うとおりに走ってください。
 まず道なりに右折してT字路に当たったら左折します」

うげぇ〜、よけいに気持ち悪くなってきた!
やっぱり救急車を呼べばよかったかな?

いつも自転車で行く道ですから大した距離ではないのですが、
つっかえつっかえのハンドルさばきのおかげで、
僕は素人が羽生君の、
5回転ジャンプをまねたような状態になってしまいました。

ようやく料金を払ってタクシーを降りると、
病院の入り口がムンクの絵のように見えます。

お、おっとっとっと・・・

何とかまっすぐ歩こうとするものの、
傍から見たらバッテリーが切れかけたC3−POみたいだったでしょう。

「こんにちは。
 今日は整形外科でMRIの結果を聞きに来たのですけど、
 その前に内科で診てもらいたいのですよ。
 めまいがひどくて吐き気もあって」
「吐き気ですか? それではまず検温をして下さい」

む〜・・・あんまり関係ないと思うんだけど、
ま、そういう手続きなんだろうね。

「35.8度です」
「ではそちらでお待ちください」

と言われて待つこと30分。

やれやれ、今日は天気が良くないのにけっこう混んでるなぁ。
うげぇ〜、頭を動かすと吐き気が倍増する。
じっとしていなくちゃ。
と言っても、この姿勢じゃ難しいんだよな。

そこで通りかかった看護師さんに、

「すみません。
 めまいがひどいんで横になって待っていてもいいですか?」
「え? ちょっと待ってて下さい!」

するとすぐ僕の名前が呼ばれました。
別にそういう意味じゃなかったんだけど、
横入りになっちゃったかな?
すみません、待っているみなさん。

担当は50歳前後の男性のドクター。
僕がこれまでの状況を話すとすぐ看護師さんに、
てきぱき血圧と心電図を撮る指示を出しました。

はぁ〜、これでバトンタッチだ。
あとはお客さん気分で言われるがままにしていれば、
前に進むだろう。

血圧と心電図には異常なし。
次は頭部のCTスキャンです。
で、おっかないその結果は?

「脳に異常はありませんね」

OK、最近の物忘れのひどさも器質的な問題じゃなかったのね。

「血管も詰まっていません」
「ではどうなのでしょう?」
「耳も聞こえているので・・・」
「良性発作性頭位めまい症?」
「ん〜、その可能性が考えられますがまだ断定はできません。
 まず、めまいを軽減する薬を入れた点滴を打ちましょう」
「ありがとうございます。
 それから今日は別件で整形外科に行かなければならないんですが」
「それじゃ整形の先生に伝えておきますよ」

不思議なもので横になっていると、
この短時間の間でも症状が消失しています。

僕はストレッチャーに乗せられて、
空いている緊急処置室へ運び込まれました。

ああ、ここには見覚えがあるぞ。
去年の8月に腰部椎間板ヘルニアで救急搬送された部屋じゃないか。
まさかこんな形でまたここに来るとはね。

点滴が始まって間もなく整形外科の先生が現れ、

「あらあら、今日はめまい?」
「ええ、何かと忙しいんですよ」
「で、こっちは左ひざの件ね。
 やっぱり右の半月板が損傷しているわ。
 ここはあらためて削るかどうかの判断をしましょう」
 
OK、こっちは的が絞れたぜ。
めまいをどうにかしたら次を考えよう。

ドクターが退出すると部屋の照明を消してくれたので、
僕はいつしか眠ってしまいました。
そして点滴が終わるころ40歳前後の看護師さん現れ、

「どうですか? 起きれそう?」
「どうだろう? 寝ていれば何ともないんですけどね」
「それではゆっくり起きてみて下さい。無理しないで」

来たときは嵐のタイタニック号に乗っているような状態でしたが、
薬が効いたのか、今はやや穏やかな海を航行中です。

「つらかったでしょう? このまま帰れますか?」
「ん〜・・・なんとかゆっくり歩けば帰れると思います」
「めまいがひどいなら動かない方がいいですよ」

彼女が同情に満ちた眼差しで僕を見ています。

「もしかして経験者?」

彼女はその質問に苦笑いをもって応えてきました。

「では教えてください。
 この病気でやるべきことと、
 やるべきではないこととは何でしょう?」
「そうですね、個人差があると思いますが、
 ストレスを溜めないことが大切だと思います。
 といっても今の社会では難しいでしょうけどね」
「いろいろな体操がありましたよね?」
「エプリー法とか?
 ああ、わたしもでんぐり返しだってやりましたよ」
「それで?」
「ん〜、さっと治ったわけではありませんでしたね」
「分かりました。僕もいろいろ試してみますよ。
 いろいろアドバイスありがとうございました」

何度もいろいろなところの医療機関でお世話になっていて、
僕が都度感じていることがあります。
それは医療関係者に必要なのは、医学的な知識だけではなく、
彼女のように、自ら苦しんだ患者としての経験なのではないか?
その有無が医療行為だけではなく、
会話の一つにも如実に表れているような気がするんですよ。

そしてもうひとつは、医療関係者の仕事に関する患者側の理解。
今回、僕が点滴を受けていた緊急処置室は整形外科の隣でした。
おのずとあちらの声は聴き耳を立てるまでもなく、
はっきりと聞こえてきます。
僕の心を打ったのは、
午前中だけで30名を超える患者を診続けたドクターが、
患者の入れ替わりの合間に漏らした2回の大きなため息。
それは僕に接する時のクールで気丈な彼女からは、
想像しにくい響きを持っていたのです。

日本ではドクターに限らず、
医療介護従事者の数が圧倒的に不足しています。
そうした高度で忍耐力を求められるサービスを必要とする
高齢化が進む現在、これは未来の話ではなく、
本当に、今ここにある深刻な問題なんですよね。

なんて感慨にふけっている場合じゃなかった!
うちに帰らなくちゃ!

会計を済ませた僕を見るスタッフさんたちは、
おしなべて心配そうな面持ちです。

「無理していま帰らなくてもいいんですよ。
 もう少し休んでいかれてはどうですか?」

この病院は事務方さんも親切なんですよね。
しかしそんなお言葉に甘えてばかりはいられません。
外に出ればタクシーの1台くらい通りかかるでしょう。
そこで出てみるとちょうど走ってくる空車が。

お、ラッキー!

で乗り込み「野方5丁目の大和幼稚園の近くまで」と言ったら、

「そ、そこまでどうやって行ったらいいでしょう?」

がちょ〜ん・・・ま、またですか・・・

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 14:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記