2019年05月30日

だから世の中うまく行く

「僕ならあの選択はあり得ないね」
「あんなの私はゴメンだわ!」

皆さん、他人の行動を見て、こんな風に言うことありません?

僕はしばしば言っています。

その相手が見ず知らずの他人だけではなく、
友人、知己、いや、家族も含めて、

「よくまぁ、あんなことをするもんだ」

と首を傾げながら。

でも、先日、ふと気付いたんですよ。
確かに、彼、彼女は、僕なら絶対やらないようなことをする。
時にはその選択の根拠が僕の想像を超えていたりもする。
だけど、だからこそ、
世の中は上手く行っているんじゃないのかな?

だってね、極端な話、みんなが僕のようになったら、
日本は、いや、世界は破滅の危機に瀕してしまうでしょう?

それはまた凡人の僕だけに当てはまることではなく、
たとえ偉人賢人と称される人たちですら、
すべての人が彼らと同じ価値観を持ち、
ある選択を迫られた時に同じ決断をするようになったら、
それこそ世界は立ち行かなくなってしまいますよ。

判断の基準になる価値観が多様だからこそ、
さまざまな選択肢が生まれ、
そしてその壮大なネットワークが個々の満足感に支えられて機能する。

僕らの世界が持つ多様性というのは自然な成り行きというより、
必然的な前提なのではないかしらん?

もちろんこれには『意見がまとまらない』という、
状況によっては悲劇すら引き起こしかねない負の側面もあります。
でも僕たちには寛容という叡智だって、
ちょっぴりだけど備わっているじゃないですか?

僕の生き方をあなたが選ばないのと同じように、
僕もまたあなたの生き方は選ばない。

そこにはどちらが優れているとか正しいとかをジャッジする、
素朴な二元論はないし、あるべきでもない。

これはもしかしたら、
人類が社会的な生き物として進化する過程で備わった、
本能レベルの特徴なのかもしれません。

だから理論に支えられた全体主義がドグマと力で民衆を統率しようとしても、
やがては自壊して行かざるを得ない運命を避けられないのでしょうね。、

なんて、カタイ話なってしまいましたが、
身近な例で言えば恋愛や結婚だってそうですよ。
かつて僕をふった女の子が何人かいましたけど、
そうではなかった子たちもいた。
彼女たちはそれぞれ自分自身の価値観に従ったまででね。

え? 最後はそういうオチか?

はい。

恋の相手も、あなたにとって絶対あり得ない相手と、
あなた以外の誰かが結び付く。

これもまた多様性が機能しているという現れのひとつでしょう。

だから世の中うまく行く。

真実というのは、身近にあるものでございます。

えーじ
posted by ととら at 12:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記