2019年08月04日

僕らの『新婚』旅行

と、あらたまって出かけた旅はないのですよ。
出会ってすぐ、ちょいちょい一緒に旅していたので。

でも、あれがそうだったね、と言える旅があります。
それは1998年6月に出かけた沖縄・八重山諸島を巡る旅。

ま、因習に則った出立ではありませんでしたから、
親からの資金援助など望むべくもなく、
移動手段も高価な飛行機ではありません。

二人して仕事を辞め、1台の大型バイクにキャンプ道具を積んで、
乗り込んだのは東京晴海埠頭発、那覇行きの長距離フェリー。
(当時は国内最長航路でした。乗船時間はなんと48時間!)
45日間かけて周ったのは、沖縄本島、石垣島、竹富島、西表島、由布島です。

時々、疲労が溜まって民宿や安ホテルに泊まったこともありましたが、
ほとんどはビーチでのキャンプです。
特に石垣島の米原キャンプ場は八重山諸島を巡る基点にしていたので、
出たり戻ったり合計10日間くらいいたかな?

コバルト色の澄んだ海、
聳え立つ積乱雲、
マングローブに寄せる波の音、
星をちりばめた夜空、
そこで出会ったゆかいな旅人たち・・・

あの頃の僕は35歳。ともこは28歳。
懐具合は出発した時からすでにカツカツでしたけど、
思えば、ととら亭に至る旅のスタイルのベースは、
あの時に形作られていたのかもしれません。

閑話休題。

先日、この夏休みに西表島へ行くというお客さまと話をしていた時、
かつて僕らが使った航路の殆どが、廃止されてしまったと聞きました。

なるほど調べてみれば、
いま沖縄にバイクを持って行くなら、
鹿児島まで走らなければフェリーに乗れないようです。
そしてその先、沖縄本島から石垣島までは、
もうフェリーがありませんでした。

あの懐かしいルートを同じように旅するなら、
沖縄、石垣島間は貨物船でバイクを送り、
僕らは飛行機で行くしかないようです。

もう、あんな旅をする若者たちは、
いなくなってしまったのでしょうね。

帰ってからのことだけではなく、
明日のことすらまともに考えていなかった若者たち。

そう、おカネとか、安定した仕事や地位なんてものがなくても、
僕らの手には、自由と、いま、この瞬間があり、
ただそれだけで十分だった頃のお話です。

あれから21年。

青くさい旅人たちは社会にもまれて老い、
僕らも少しは大人になりました。

でも、ふと思うんですよ。
この酷暑の東京の空だって、
あの時を隔てた、
はるかな南の島の空まで続いているんじゃないかって。

航路が廃止されても、
島の様子が変わってしまっても、
僕らの旅は終わらない。

ishigaki1998jpg.jpg
In memory of 1998

えーじ
posted by ととら at 15:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記