2019年08月15日

今日、ギョーザを食べながら

6月の取材旅行で訪れた場所のひとつは、
ハルビンをはじめとする中国の東北部でした。

目的は言わずもがな、
日本ギョーザのルーツ探し。

取材の結果は、
このブログの『第18回取材旅行』シリーズでお話したとおりですが、
取材中、いや、出発前から、
実はあることが、ずっと頭に引っかかっていたのですよ。

それは、旧満州国から餃子を伝えたとされる、
関東軍や満州開拓団の引揚者というのは、
どんな人たちで、何を目的に、現地で何をしていたのか?

もちろん、この近代史におけるひとつのシーンは、
文科省お墨付きの教科書で、
義務教育を受けた人なら知ってのとおりでしょう。

しかし、「ああ、そうだったっけ?」
と思い出すだけでは消えない不安が僕の中にはありました。
そしてこの心許ない気持ちは、
オートバイでひとり日本を旅していた、
20歳代の頃の自分にも繋がっていたのです。

78年前。
帝国主義者の東条英機を首魁とする軍部は、
無垢な僕たち国民のみならず平和主義者の天皇裕仁をも欺き、
結果的に日本は太平洋戦争へと突入した。

そう、
悪いのは軍。
天皇陛下は国民を愛するいいひと。
僕たちはみんな騙された被害者。

方や視点を広げると、
日本は領土的野心に燃えて隣国を侵略し。
アメリカをはじめとする連合国がその行く手を阻むことで、
アジアは平和を取り戻した。

そう、
悪いのは大日本帝国。
アメリカをはじめとする連合国は正義の味方。
中国、韓国をはじめとする被占領国は可哀想な被害者。

この分かり易い勧善懲悪的歴史解釈は、
青年だった僕のなかで、いつも居心地の悪い違和感と共にありました。

ホントにそうなのかしらん?

そして日本をさまよう旅で訪れた広島、長崎、鹿児島、沖縄。
各地の資料館を訪ね、市井の声が記録された私家版の資料を読み、
時には体験者の話を聞くうちに、
僕の中で形作られて来た解釈は、学校で教えられたものとも、
いわゆる識者が著述したものとも、だいぶ違ったものになりました。

いや、僕は自分の調べた結果が正しく、
他が間違っていると言いたいのではありません。

僕が理解したのは、僕だけに有効な答えであって、
たぶん、これを読んでいるあなたの役には立たないでしょう。

でも、ひとつだけシェアできることがあります。

もし、ある過去が自分にとって大切だと思うなら、
その意味を自分で調べ、自分で考えてみることです。

そう、僕たちが自分の頭で考えることをやめ、
従順なひな鳥として、
愚かな指導者に白紙委任状を渡すようになれば、
1941年12月8日は過去ではなく、
再び、僕たちの未来になってしまうかもしれません。

日本ギョーザは、
とても、とても小さな声で、
僕たちに何かを語りかけている。

僕にはそう思えてならないのですよ。

えーじ
posted by ととら at 15:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記