2020年06月30日

みんなで目指すゴール

昨夜は今年上期の営業最終日。

ささやかな打ち上げとして夕食(といっても深夜ですが)は、
高円寺にある馴染みの中華料理屋さんへ行きました。
思えば年末年始の繁忙期からコロナ騒動もあったので、
その店を訪れたのは半年ぶり。

「あら? 元気〜!?」

ホールのおばちゃんは少し痩せたかな?
でも元気そうで良かった。

「いやぁ〜、なんとかやってますよ」
「お店やすんでたの?」
「ええ、非常事態宣言が出てから5月6日までは」
「お客さん戻ってきた?」
「ん〜、ぼちぼちですね」

ととら亭のある野方と違って高家賃の高円寺は大変です。
再会とお互いの健康を喜びつつも、
経営の話となると彼女の表情は曇りがちでした。

ここしばらく、こんな風に同業者だけではなく、
日ごろお世話になっている食材業者さんや、
旅行代理店の方とも話す機会がありましたけど、
いずこも厳しい戦いを強いられていますね。

でも、そうした人たちに共通していたのは、
懐事情が心許なくても、
一緒にがんばろう! という前向きな姿勢。
しんどいのはみな同じです。

知恵を絞ってなんとが次の月末まで、
そしてそこまで行けたらまた次へ・・・
これを繰り返し、繰り返し、一歩ずつ前に進むしかない。

しかし、この愚直なサバイバル戦術には、
ひとつの思わぬメリットがありました。

へこたれそうになった時、
会社や店が違っても、
背中を押してくれる力になるんですよ。

明日から2020年の下期が始まります。

みんなで目指すゴール。
半年後にまた会いましょう!

えーじ
posted by ととら at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月27日

行動というコトバ

『人を動かすのは言葉ではなく行動である』

歴史を振り返るまでもなく、
個人的な記憶を辿っても、
心を打たれ、影響を受けたのは、
薄っぺらな言葉より、他者の行動からでした。

それは何もガンジーやマザーテレサのような、
偉人賢人からだけとは限りません。

僕に大切な何かを教え、時に導いてくれたのは、
等身大の普通の人たちでした。

それは多分、行動とは生き方の別称であり、
その人の本質に最も近く、
嘘をつけないことだからかもしれません。

今日で久米宏さんの『ラジオなんですけど』が最終回を迎えます。

ラジオはもちろん言葉のメディアですが、
あの仕事を14年間続けてこられたことは、
先の意味で、ひとつの生き方を体現されていたのだと思います。

2017年の5月。
スタジオにお呼び頂いた時、放送台本にいっさい目を落とさず、
事前に拙著やととら亭のウェブサイトから得た情報で話を始めた、
その仕事へのコミットメントは、
ハイティーンの頃、テレビの画面で見ていた姿からは、
うかがい知れないものでした。

あれを月4回、14年の長きにわたって続けられたストイックな姿勢は、
やわらかい語り口からは想像もつかないことです。

そのストイシズムの延長で、
今回の終わりを選ばれたようですね。

ととら亭は今年で11年目。

稚拙に見えるかもしれませんが、
僕らは僕らなりのプロ意識を持って日々の仕事に臨んでいます。

では、久米さんのような、自己評価の結果で、
自分を納得させられるフィナーレを迎えられるのか?

ん〜・・・難しいですね。
がんばらねば!

えーじ
posted by ととら at 15:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月25日

自分の旅のために その11

半月板縫合手術から3カ月が経ち、
今日は定期健診でMRIを撮って頂きました。

お借りしていた松葉杖を返却した時、
なんともまぁ密度の濃い日々だったなぁ・・・
と感慨もひとしおでしたよ。

3月下旬から入院や手術、
リハビリの他にコロナ騒動もありましたからね。

ともあれ、お蔭さまで経過は順調です。

まだジョギングの許可は出ていませんが、
水平移動はほとんど問題なくなりました。
残るは朝起きた時に左ひざの暖機が必要なのと、
階段の下りで少々痛むのが気になる程度でしょうか。

検診前のチェックで、
一昨日から軽くフットワークをやってみたところ、
けっこう行けそうな感じです。
散発的に痛みが出るのは半月板とは違う場所なので、
ドクターに訊いてみたら、
まだ手術後で腫れがあるのと、
膝蓋骨から下に延びる健に炎症があるからだろうとのお話。
で、

「半月板はすぐ治るものではありませんから、
 焦らず、じっくりやりましょう」

了解です。

えーじ
posted by ととら at 17:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月22日

コトバが通じないところへ

英語が苦手だから旅行は国内に限る!

こう仰る方がととら亭にも結構いらっしゃいます。

しかし僕の経験から申しますと、
日本だからといってコトバの問題がないわけではありません。

たとえば、横浜で生まれ育った『ハマ弁』の僕が、
オートバイで青森を旅していた時のこと。
当時はまだ青森、函館間を青函連絡船が往来していました。
僕は最終便で函館に渡るつもりでしたが、
あいにく8月のハイシーズンで満席です。
では明朝一番の船で行こうとすると、
チケットはいま買えるものの、
バイクはこのまま乗船口前に並べておき、
ライダーも離れてはいけないとな!

それじゃ僕らはこのまま乗船口前で夜を明かせと?

これには僕以外に順番を待っていた他のライダーたちも怒り出し、
応対に出ていた作業服姿のおじさんに大ブーイング。
多勢に無勢。勝負はあったかに見えました。
ところが一瞬たじろいだおじさんがとつぜん逆キレし、
純度100パーセントの津軽弁で反撃してきたではないですか!

これには虚を突かれたライダーズ。
それでも体制を立て直し、標準語で応戦するも、
オーバードライブした大音声の津軽弁は、
波動砲級の破壊力がありました。
何を言ってもすぐ理解不能のコトバが怒涛の勢いで戻って来ます。
僕らはみるみる押されて乗船口から退散し、
結局、明朝でなおす羽目となったのでございます。

また、あれは九州を旅していた時のこと。
当時はスマホもカーナビもない時代。
精度の微妙なツーリングマップは日本を迷うのに最適のアイテムでした。

そこで今に通じる Ask and Go が始まるのですが、
注意すべきは訊く相手の年齢。
これはオペレーションの成否を分ける重要なファクターだったのです。

と申しますのも、若手は僕が標準語で話しかけると、
はにかみながらも同じく標準語で答えてくれましたが、
ご老人の場合、
(地方の農道で出会える方は基本的に平均年齢が高かったのです)
たいてい流暢な熊本弁や鹿児島弁が返ってくるじゃないですか!

こうなると僕の理解度は50、いや、30パーセント以下に低下し、
結局、椎葉林道や大隅半島の山中を、
ぐるぐる彷徨う運命に身を投じざるを得なかったのでございます。

ライダー時代の僕は、有名観光地ではなく、
いわゆる『なにもないところ』と称される場所ばかり旅していたので、
こうしたコトバの問題は外国同様、常について回っていました。

しかし、これまた今の旅と同様に、
どこの土地でも、
得体のしれない異邦人の僕が暖かく迎えられたことも、
忘れず言い添えなければなりません。

そしてガイドブックにも、
いや、時には教科書にすら載っていなかったことを教えてくれたのは、
こうしたコトバがほとんど通じない場所に住む、
コトバがほとんど通じない人たちだったのです。

えーじ
posted by ととら at 14:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月18日

ととらはととら

コロナ倒産の業種別順位で第2位に輝いた飲食業。
4月の非常事態宣言以来、
いや、すでに影響の出始めた1月下旬から、
各社、各店、知恵を絞り、
存亡をかけたサバイバルレースを展開しております。

そこで僕らのととら亭ですが、
どんな施策を取っているのかというと・・・

ととら弁当    ・・・ ありません。
ととらデリカ   ・・・ ありません。
ととらデリバリー ・・・ やってません。

じゃ、やる気ないのか!?
と言われそうですよね?

いえいえ、やる気は満々!
なにせ生活がかかってますから。

にもかかわらず、
ないないづくしのその訳は・・・

理由その1 場所がないから
「料理は料理。店内で食べようがテイクアウトしようが、
 器が皿からパックに変わるだけで同じ」
一般的にはそう思われているのではないでしょうか?
ところがこれらの製造プロセスには大きな違いがあるのですよ。
たとえば弁当を10食作るとしましょう。
この場合、いったいどこで盛り付けをすると思います?
弁当箱をずらっと10個ならべるだけではなく、
盛り付け前の料理が入った鍋やバットなども、
温冷分けて、配置するスペースが必要でしょ?
しかし、ととら亭のようなイートイン型の小さな飲食店の場合、
想定している同時調理数は多くても2〜3品ですから、
そもそも2ケタ台の料理を一挙に作るスペースなんて、
どこにもないのですよ。

理由その2 手が足りないから
イートインと同時にテイクアウトもやる場合、
キッチンやホールとは別に販売スタッフが必要となります。
ここで人件費を節約したいがために既存のスタッフが兼務したりすると、
本来のイートイン業務に支障をきたすのは自明のこと。
反対に支障をきたさないとしたら、
それはイートインで集客できていないか、
テイクアウトが売れてないかなので、
これまたそもそも無理して両方やる意味がなくなってしまいます。

また、イートインのお客さまのオーダーを作っている時、
ランダムにテイクアウトのオーダーが入るのもビッグプロブレム。
一般的に調理人の数は席数に比例して決めますが、
テイクアウトは人数の制限がなく、タイミングの調整も出来ないため、
店内はガラガラなのに料理がちっとも出てこない!
なんてことが起こりかねません。
かといって混むのを前提としてコックの人数を増やした場合、
裏目に出れば、それこそ経営的にアウトでしょ?

理由その3 売り物がないから
お弁当の平均的な価格相場は600円前後。
そこで通常のメニューの価格帯がこの値段であれば、
それほど問題になりませんけど、
600円以上の価格帯でランチや主菜を提供している場合は、
別のメニューとして弁当を開発する必要があります。
たとえばととら亭の場合、1300円(税込)で提供しているランチは、
どうダウングレードしても600円で売ることはできません。
そこでどうしてもこの価格で作らなければならない場合は、
『新しい何か』を開発するわけですが、
それは多分、店内のランチを召し上がっていただいた経験のあるお客さまを、
少なからず失望させるものとならざるを得ないでしょう。
では1300円で売ったとしたら・・・買っていただけます?

理由その4 ハイリスク、ローリターンだから
一般的にテイクアウトメニューの原価率は50パーセントを超えています。
ですからもし、1食でも売れ残ってしまうと、
単純計算でもう1食分の利益がなくなってしまいます。
加えて原価率が50パーセントでも残りが純利益になるわけではなく、
水光熱費や人件費などの一般管理費が乗っかってきますから、
実際の利益は600円で売って200円も出たら御の字でしょう。
だからロスが怖いのです。
皆さんがそこかしこで『弁当は予約注文』の文言を見た理由はこれに他なりません。

ダメ押しの衝撃の事実として、ここまでやって600円の弁当を10食完売しても、
いわゆる手取りは 200円 × 10食 = 2000円なり!
しかしこれを作る準備にかかった時間は2時間ではすみません。
そう、これぞまさしく、
ハイリスク、ローリターン & 重労働!

と、いうわけで、僕らがとった非常事態の善後策は、

『本来のコンセプトとスタイルを崩さない』

で、特別にやったことといえば、これだけです。

poundcake2020.jpg
ハンドメイド パウンドケーキ(テイクアウトのみ) 800円

えーじ
posted by ととら at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月15日

My hometown in '70s

僕が生まれ育ったのは、
横浜の本牧という、ちょっと変わった街。

何が変わっていたのかというと、
街の半分以上が米軍に接収され、
日本人は広大な通称『外人ハウス』と呼ばれるエリアの間で、
ぎゅっと寄せ集まって暮らしていたのです。

外人ハウスは2メートルを超える金網のフェンスで囲われ、
日本にあって日本ではない治外法権の区域。
とうぜん日本人の立ち入りは禁止されていました。
ある特権階級を除いて。
それは・・・

子供たち。

僕らは度胸試しも兼ねて、しばしば『国境』を超え、
外人ハウスで遊んでいたのです。

当然そこでは『外交』が発生しました。

僕らは目立っていたので、
おのずと外人ハウスの子供たちも接触を試みてきたのですよ。

会話?

もちろん僕らは英語が話せませんし、
彼らも日本語が話せません。

しかし子供は柔軟ですから、どうにかなるものです。
お互い言葉を交換し合うことで、
次第に意思疎通が図れるようになりました。
僕が英語を話せる理由はこれなのでございます。
(ですから学校ではけして教えないコトバもたくさん覚えました)

これが日本領土内ともなると状況はさらに複雑です

と申しますのも、横浜と言えば中華街。
本牧のある中区には横浜中華学院もあり、
華人や華僑の方々がたくさん住んでいました。
また朝鮮系の人も多く、中立地帯として機能していた公園は、
アジア系のみならず、ときには白人や黒人も入り混じり、
ちょっとした人種のるつぼと化していたのです。

こうした環境が幼少期における社会経験のデフォルトとなった僕は、
肌の色や言葉の違いは、あって当然というか、
自然の一部として捉えていたきらいがありました。

そう、何も特別なものはなかったのですよ。
髪や、瞳や、肌の色が違っても、
仏教徒でもクリスチャンでも無宗教でも、
母国語が何語であろうとも、
それは、
僕とこれを読んでくれているあなたとの違い以上でも以下でもない。

So what?

しかし残念ながら、こうした本牧とてユートピアではなく、
朝鮮系の人をチョンと呼んだり、
ハーフの人を合いの子と呼ぶ風潮があったことも事実です。

僕のあずかり知らないところでは、
もっとひどい、さまざまな差別もあったことでしょう。

ただ、50年ほど前、あの街に住んでいた子供たちの間には、
差別的な言動に対する反感と嫌悪感が、
すでに芽生え始めていた記憶があります。

なぜなら、僕の親友のひとりが朝鮮系の3世だったように、
子供たちは大人が作った『上から目線の垣根』を超えて交わり、
その自由な空間で誰かを差別することは、
友だちを侮辱することでもあったからです。

1970年代の本牧。

そこは少々荒っぽく胡乱な界隈でありましたが、
あの街で生まれ育ったこと、
そして人種と国籍と宗教を超えた悪ガキたちとの出会いは、
今でも僕の心の片隅に残る、ささやかな誇りなのです。

えーじ
posted by ととら at 00:34| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月12日

一夜明けて

長いトンネルではありましたが、
東京都の営業規制もステップ3となり、
ととら亭は今日から通常通り営業できるようになりました。

ランチタイム
 11:30〜14:00(オーダーストップ)
 15:00(閉店)
 ※ 売り切れ次第、オーダーストップとなりますので、
   早めのご来店をお勧めいたします。

ディナータイム
 18:00〜21:30(オーダーストップ)
 22:30(閉店)

ともあれ、これがハリウッド映画よろしく、
呑気なハッピーエンドでないことは皆さまもご存知のとおり。

僕らは未だ相手を知らず、
なぜ小康状態になったのかも分かっていません。

この事実を受け入れ、
ととら亭でも衛生管理はこれまで通り、
しっかり続けて行こうと思っています。

しかしながら、
もう一つのファクトも認めるべきでしょう。

推測と思い込みに基づいた過剰な反応は、
公私ともに利益よりも別の次元の不利益をもたらしましたよね?

COVID-19だけではなく、
311の時に自分が取った行動を思い出せば、
いま何をすべきで、何をすべきではないか、
自ずと見えて来るのではないかと思います。

これが新しいライフスタイルを楽しむためのキーなのではないか?

僕は個人的にそう考えています。

ほら、日本はもう夏の入り口なんですよ。

えーじ
posted by ととら at 11:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月11日

旅に出るのは

僕らの旅の始まり。
それは駅や空港からではありません。

1枚の世界地図を眺めながら、

「さて、次はどこへ行こう?」

こう思い巡らす時から、すでに旅は始まっています。

もちろん、ととら亭の仕事としての制約もありますが、
それ以前に僕らはただの旅人ですから、
机上で目的地とルートを探す時は、
まったく自由にやっています。

そうして書き留めた場所でノートはいっぱいになりました。

たとえば近場から挙げますと、

・ボルネオのキナバル山の登頂
・ラオスからカンボジア、ベトナムと抜けるメコン川の旅
・ネパールのアンナプルナトレッキング
・タジキスタンのパミール回廊を抜けて中国のウイグル自治区へ。

遠くなれば、

・ナミビア、ボツワナ、ジンバブエ、マラウイ、タンザニアと抜ける、
 アフリカ南部の旅。
・夏の南米大陸をコロンビアから縦断し、
 チリのトーレス・デル・パイネ国立公園を目指す旅
・オーストラリアでダーウィンから南下し、タスマニア島を目指す旅

そしてユーラシア大陸の横断、などなど。

こうした旅のルートはこの後も延々と続いていますが、
これはいわゆる『夢ノート』ではありません。

僕はしごく真面目に、これらをやろうと思っているのですよ。

問題はいつ、どのように、だけ。

この星は実に美しい。

ただそれだけでも、
旅に出る理由になると思いません?

えーじ
posted by ととら at 18:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月07日

小さな傷と大きな勇気

旅人も長らくやっていると、
バイクの事故や雪山での滑落から、
最近では椎間板ヘルニアやら半月板損傷など、
体もいろいろ壊れてくるものです。

また、よる歳並みか、仕事が重なれば、
朝起きた時に寝る前より体が疲れていることもあり、
さすがに、ふぅ〜っと溜息も出るじゃないですか。

ちょっと弱音を吐いちゃおうかな?
ま、たまにはそれくらい、いいんじゃない?

なんて緩み始めた矢先、
若夫婦のお客さまがこの春生まれたばかりの、
女の子の赤ちゃんを連れて挨拶に来てくれました。

驚いたのは、
お父さんが彼女の肌着をめくった時。

そこには、僕が先日受けた手術の傷跡と、
同じくらいの傷があったのです。

なんてこった、
まだ生まれて数週間しか経っていないのに・・・

「心配はいりませんよ。
 珍しい病気じゃないそうですから」

僕の表情を読んだお父さんは、
そんな風に言ってくれたもの、
僕は何ともやるせない気持ちになってしまったのです。

僕たちの間に流れた、しばしの沈黙。

しかしその時、
ふと、お父さんに抱かれて寝息を立てている、
彼女の声が聞こえたような気がしました。
それは・・・

「おじちゃん、どうしたの?」

え・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

おじちゃんかい?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

おじちゃんはね、元気いっぱいだよ。
ほら、この通り!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

君にそう言われちゃね・・・
こう応えるしかないじゃないか。

生まれたばかりの、小さな女の子。

その子がくれたのは、
大きな、大きな勇気でしたから。

えーじ
posted by ととら at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月04日

不要不急のととら亭

「不要不急の、外出は、控えて、下さい」

4月の営業自粛中、
毎日10時と17時に中野区役所からの放送が、
野方の街に響き渡っていました。

これが部分解除され、
5月7日からはランチを中心に営業を再開したものの、
僕の頭にはこのフレーズがこびりついていたのですよ。

そう、特に『不要不急』ってとこが。

僕がアパートを出てととら亭に行く。

これは生活のための仕事だから、
不要不急じゃない。

でも、お客さまにとってはどうなんだろう?

確かに営業を再開して、

「大丈夫でした? 待ってたんですよ!」

と、たくさんのお客さまから暖かいお言葉をいただきました。
でも、僕らの仕事の社会的な位置づけとは、
実際、何なんでしょうね?

この同じ疑問をアート系、スポーツ系、エンターテイメント系など、
さまざまな業界の人たちが、個人的に思い悩んでいると思います。

ととら亭というのは業種上、飲食店ですが、
いわゆる『満腹を売る店』ではありません。
ましてやライフラインとはまったく関係がない。

ん〜・・・やっぱりどう考えても、不要不急なんですよね。

ただ、非常事態というコンテクストを拡大解釈して、
自虐的になる必要はないと思います。
(特に不急はともかく不要という言葉にこだわってね)

文化というのは多層構造をしており、
非常事態とはまさしく『常に非ざる事態』ですから、
脅威や深刻度が増すにつれて、
下部に依存する上部レイヤーから機能を停止して行く。

これは文化の自己防衛システムの自然な働きです。

そして危機を脱すると、文化はこれまた自然に、
アートや宗教など上部レイヤーの機能を回復し始める。

そう、このレイヤーを貫通したダイナミックな動きは、
政治や何らかのイデオロギーにコンロトールされているものではなく、
人間の集合的な精神のなまのエネルギーなのですよ。

そして文化のレイヤーは相互依存関係こそあれ、
上下関係にヒエラルキーはない。
層構造を持って、始めて文化は文化たりえるのだから。

え? 抽象的でよくわからん?

すんません。
じゃ、食に限っていえば、もうちょっと身近な話になるかも。

だってほら、人間というのは、
ただ食べる動物ではなく、味わう動物でしょ?

そこに理由はありません。
人間とは、そういう奇妙な生き物なんですよ。

えーじ
posted by ととら at 15:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年06月02日

地球温暖化じゃないけれど

『温暖化』という言葉の響きは、
なんとなく穏やかなムードを持っていますが、
その実態が気象の『過激化』以外の何ものでもないことは、
皆さんもご存知のとおり。

夏は酷暑、冬は厳冬、大雨が来たかと思えば雨不足が続き、
襲来する台風はモンスター級ばかり・・・

これ実は、
コロナショック以降の飲食業界にも当てはまるんですよ。

いや、この場合、天気ではなく景気の方ですが。

ととら亭のある野方のような住宅地型商店街の場合、
ハレ使いに軸足の店はおしなべて売り上げの浮沈が極端なのですけど、
この3月以降はこれがさらに温暖化、いや、過激化してきました。

たとえばととら亭の場合、
先週の金曜日のディナーはご予約が次々と入り、
席数を絞り込んでいることもあって、
開店間もなく「すみません、ただいま満席でして・・・」。

ところが翌日の土曜日。
通常であれば混雑するはずが、
ディナーはご予約を頂いていた4人のご家族連れ一組だけ!
自動的に貸切状態となりました。

3月以降は在宅勤務の方が急激に増え、
生活パターンやリズムが大きく変わったのか、
飲食店の混み方も予測不能の影響を受けるようになったのです。

というわけで明日からの営業も開けてみなければ分かりませんが、
13日(土)のディナーはすでにほぼ満席です。
その前後は例によってガラガラですので、
もしご都合がよろしければ、
今週のディナーは土曜日以外がお勧めでございます。

えーじ
posted by ととら at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記