2020年09月30日

友と友の間で

ご存知の方も多いと思いますが、
今月27日からアゼルバイジャンとアルメニアが交戦状態に入りました。

表面上はナゴルノカラバフの領有権問題ですけど、
その根は実に深く、
イスラム教とキリスト教の宗教的な対立、
同様にアルメニアと敵対関係にありつつ、
民族的ルーツをアゼルバイジャンと同じくするトルコの思惑など、
コーカサス諸国が再独立した1991年以来、
常に不安定なバランスの上で平和が保たれていました。

そもそも国境線からして、
当事者不在の状態で旧ソビエトが引いてしまったものですから、
(しかも一度引いて急に書き換えたりもしたし・・・)
もめごとの絶えない中東諸国やアフリカ諸国と同じく、
出自からして時限爆弾が組み込まれていたのは周知のことなんですよ。

実際、僕らがコーカサス地方を旅した2014年当時でさえムードは微妙で、
アゼルバイジャンでは話しかけてきた若者に旅のルートを訊かれ、
アルメニアにも行くと答えた途端、

「あんなとこ、行ったって何にもないですよ」

と表情が変わったことを思い出します。

またアルメニアでは出国時のイミグレーションで、
インスペクターが僕のパスポートにあったアゼルバイジャンのビザに気付き、
それまでの友好的なムードが緊張感に満ちたものに変わったのも、
生々しい記憶のひとつです。

いずれも『敵の友は敵』という、
紛争当事国のルールを肌で感じた経験でした。

折しも今、ととら亭でやっているアンコールメニューは、
アゼルバイジャン料理のキュフタボズバシュ。
それをお目当てに、
先日、アゼルバイジャン人のお客さまがご来店されました。

僕らにしてみれば、
アゼルバイジャン人も、アルメニア人も、
同じく旅を支えてくれた人々ですし、
なかには個人的に知っている人さえいます。

そうした人々の顔を思い浮かべながら聞く紛争のニュースは、
なんともいたたまれないものがありました。

困難なことではありますが、
両国が停戦に応じ、和解の手段が見つけられることを、
僕たちは心から祈っています。

また、この紛争を他人事とせず、
客観的な視点に立って解決策を考えることは、
同じく国境問題を抱える多くの国々にとって無益なことではないでしょう。

もし何かの方法があれば、
それを自分たちにも当てはめることで有効性を検証することができます。
そして困難な課題を解決した結果は、紛争解決のモデルとして、
国際社会に大きく貢献することでしょう。

世界が敵か味方かに二分されない未来へ。
僕らが一歩でも近づけるように。

えーじ
posted by ととら at 15:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月27日

自分の旅のために その13

すみません。
ご心配おかけしております。

来月の15日(木)入院、翌16日(金)手術の予定で進めていますが、
さいわい、通常の生活で痛みを感じることは殆どありません。

ただ、画鋲のあたま大の軟骨が欠けているせいか、
はたまたその剥離した破片が関節の間で動いているせいか、
膝を90度以上まげた状態から伸ばすと、
「パキっ」という音がします。

ほんと、ポンコツロボットそのものって感じ。

よくよく思い返してみると、
左膝の不調の発端は、これだったような気がしています。
と申しますのも、
記憶にある最初の違和感は、遡ること2年半。
転ぶ、捻るなどのきっかけはなかったにもかかわらず、
突然、「あいたたたた!」となり、
それがまた突然、「ん? 治った!」となる。

この時の痛みの場所が、
今回と同じ膝蓋骨(ひざのお皿)の裏側から下の縁にかけてなんですよ。

これがランダムに起こりはじめ、
2018年11月に研修旅行でバリ島のウブドに行った際、
山道を下るときに再発したことから、
「そろそろ治さんとまずいかも?」と思っていたのです。

ところが、2019年の春に検査して分かったのが、半月板のひび。
(この時の説明はめまいで行った病院の診察ベッドの上で聞きました)
先の痛みの場所からは位置的に内側へ5センチほどずれています。
そしてその部分が痛み出したのが、今年の1月初旬。
それで3月に手術となったわけなんですよ。

結果論ですが、どうやら複合要因の故障だったみたいで、
半月板と大腿骨下部の軟骨の両方に問題があったと考えれば説明がつきます。
いずれも転倒や強打のような事故がなかったので、
積年の酷使から疲労破損してしまったというのが、
当たらずとも遠からずでしょう。

ま、原因はともあれ、治すしかない。

3月から半年続いた奮闘を、
もう一回ふり出しからやらねばならんと知った時は、
さすがにくらっと来ましたが、選択肢はありません。

来年の長い旅を視野に、
ここでしっかり不安要素は取り除いておこうと思います。

えーじ
posted by ととら at 14:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月24日

自分の旅のために その12

はぁ・・・

また入院&手術になってしまいました。

やれやれ・・・

おわり。

じゃ、分かりませんよね?

ふぅ・・・
それでは気を取り直して時計を9月15日の火曜日に巻き戻し・・・

その日の夕方、ストレッチと軽い筋トレが終わった僕は、
ローギアでジョギングを始めました。

うん、今日はなかなかいい調子じゃないか。
これなら沼袋の平和の森公園まで行けそうだな。

今年3月下旬に左ひざ半月板の縫合手術を受けて以来、
1カ月を超える松葉杖生活のあと、
僕はこうして地道にリハビリを続けていました。

6月の定期検査直後、突然ひさのこわばりがひどくなり、
1カ月半ほど状態が戻ってしまいましたが、
そこからまた根気よくリカバーし、
9月中旬に入ってからは、
走る距離を4キロまで伸ばせるようになっていたのです。

それでも無理はいけません。
スピードは速歩ていど、ジャンプなし、階段の昇降はゆっくり歩く。
その甲斐あってか、左ひざは160度以上曲げられるようになり、
普通の生活をする分には何の支障もない程度まで回復していたのです。

よし、それじゃ今日は試しに、
ちょっとだけギアをセカンドに入れてみるか。

僕は改装が終わった平和の森公園のトラックで、
少しピッチを上げてみました。

おお、いいじゃない、順調だね。
でもま、今日はこの程度にしておこう。

明後日は6カ月後の検査日。
これならいい結果が出そうです。

ところが・・・

翌朝おきてみると、左ひざの上部がむくみ、
ひざ裏まで筋肉が張っています。
そこで曲げようとすると120度以上は厳しい状態。
水平に歩く分には問題ありませんが、階段の下りでは、
膝のお皿のしたあたりで少し痛みを感じます。

ありゃ? どうなってんだこれは?
ほとんど3カ月前に戻っちゃってるじゃないか?

取り急ぎ、仕事の合間にマッサージしていたら、午後は少しむくみが引き、
だいぶ調子が良くなってきました。

ん〜・・・一過性の症状だったのかしらん?
ま、取りあえず明日の検査で診てもらおう。

そして翌日、MRIで左ひざを撮り、診察室に行くと・・・

「久保さん、術後半年ですね。具合はどうですか?」

僕は一昨日からのサマリーを話しました。

「うん・・・水が溜まってますね・・・ん? んん?
「どうしました?」
「ない」
「え?」
「ほら、ここ!」

膝の縦断面画像を拡大すると、
膝蓋骨(膝のお皿)の後ろ側に接している大たい骨の軟骨が、
一部なくなっているじゃないですか!
それは大きさにしておおむね画鋲のあたま大。

「あ、あった!」

さらに画像を拡大したら、ちょうどその大きさ、形と合致する破片が、
脛骨との間に落ちています。

ドクターは素早く3カ月前の画像を開きました。
そして同じ場所を見ると、

「ある。ほら、この前はなんともない。しかし今日撮ったものは・・・ない!」
「こ、これって別のストーリー・・・ですよね?」
「そう」

そこで彼が見せてくれた資料に書かれていた病名は、
半月板損傷ならぬ外傷性軟骨欠損症。

「で、どうしたらいいんですか?」
「手術です。剥がれた軟骨を除去して剥がれた場所を修復します」
「どうやって?」
「まぁ、基本的にこの前と同じ内視鏡手術ですよ」
「入院期間と退院後の流れは?」
「期間は倍の2週間になりますが、あとはほぼ同じです」

ま、マジですか?
ようやくここまで回復したと思ったのに、
また振出しに戻るとは!

人生、ほんと何が起こるか分かりません。
原因は別とはいえ、
まさか1年間で2回も同じような手術をすることになるとは、
想像もしていませんでした。

ともあれ選択肢はなさそうです。
自分の旅のためにはやるしかない。

というわけで、もう一丁やりますか!

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 14:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月22日

旅をするなら 後編

今回、『思い込み』という心の動きを見つめていて、
僕は長らく考えていた古い疑問と再会しました。

それは『失われる寛容性』。

これ、どういうことかというとですね、
自分でいうのもなんですが、
僕は外国を旅しているときなら、けっこう寛容なんですよ。
ところが帰国すると、皆さまご存知のように、
そのレベルがだいぶ下がってしまう。

思えばおかしな話です。
外国では「ふ〜ん・・・」とか、
「へぇ〜、なるほどね」とクールにしていられた同じことが、
帰国するなり「おいおい、おふざけでないよ!」となっちゃうのですから。

このギャップはどこから来るんだろう?

で、ちょろっと見回してみると、
この疑問を持っている人は意外と少なくありませんでした。
とりわけ興味深かったのは、
異文化研究を本職にしている文化人類学者が、
自国の文化に関して批判的なスタンスに立つケースが多いこと。

もっというと他人に寛容なのに、
家族に対してはすごく厳しい。

こういうのって、よくありますよね?
(ま、身内に甘い政治家って例外もありますけど・・・)

そこでまた『思い込み』です。

どうやらこの反応のギャップは、
『思い込み』に『期待』が結びついて発生しているような気がしてきたのですよ。

詳しく言うと、
『お互いがモンゴロイドで(人種的外見が似ていて)日本語を話しているなら、
 同じ価値観を共有し、同じように感じ、同じように行動するはずだ』

と思い込めば、

『こっちがああしたら相手はこうするべきだ』という期待が生まれる。

ところがこれは勝手な思い込みがベースですから、
相手が期待通りに反応してくれるとは限らない。
そこで起こるべくして、

「むむむ・・・けしからん!」

となる。

いかがでしょう、この仮説? 

現実を客観的に概観すればわかるように、
日本、外国を問わず、
僕ら人間は例外なく、ひとつの物理世界を共有しつつ、
個別の、無数の心理世界に生きています。

だから僕とあなたが同じ場所で同じ夕焼けを見ていても、
同じように感じているとは限らないし、
奇跡的に同じであったとしても、それを確証する手段を人間は持っていない。

そこで唯一できるのは、信じるということ。

ある意味で、それこそが生物界で唯一、象徴の世界の住人となってしまった、
人間という動物の、最も人間らしい行為なのではないか?

僕にはそう思えるのです。

すみません、また話がマクロになりました。

僕らが最も長く滞在している日本で、
旅先と同じように寛容性を持つにはどうしたらいいか?

答えは往路にあった気がします。
だから復路でも同じようにすればいいんですよ。

タキシングしている機内で目を閉じ、
深呼吸を3回してからまた、

initialize, initialize my mind.

もしこれがうまく効けば、
僕は自分の生まれた国に帰っても、
外国で持っていた寛容性と客観性を失わずに済むでしょう。

ありふれた日常で効果が薄れてきたら、
電車を待っている時やランチを食べる前、
いや、あさ目覚めた時に試せば、
その日一にちが僕らの新しい旅になるかもしれません。

ハレの外国の旅も、ケの日常の旅も、
おカネと時間を使ってせっかく出かけるなら、
楽しさと喜びは最大限にしたい。

そのために必要なのは高価な持ち物よりも、
純粋な好奇心なのではないか?

であれば、気付いた範囲で思い込みという色眼鏡を外してみる。

ん〜・・・大人にはちと難しいと思いますが、
やってみる価値はあるんじゃないかな?

えーじ
posted by ととら at 15:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月20日

旅に出るなら 中編

思い込みというのは、
単なる個人的な認知機能のバグではない。

というのも、どうやら僕らの社会の一部が、
思い込みの上で成り立っているのではないか?
そんな風に思えてきたのですよ。

これも実は先の会話で、
「それはあなたではなく他人の意見ですよね?」
という突っ込みに返ってきた言葉がヒントになっています。
それは、

「だって教育ってのはそういうものだから・・・」

ん〜・・・なるほど、それは一理あるかも?

たとえばですね、タイムトラベルもの映画よろしく、
僕が今の頭のまま、
見かけは中学生に戻って学校の授業を受けたとしましょう。

どうなると思います?

感性が様式に置き換えられた美術や音楽はいわずもがな、
こと日本の近代史に限っても先生に議論をふっかけ、
授業は中断、最悪、学級を崩壊させかねません。
(実際、そんなこともしでかしました・・・すみません、先生)

今の教育システムで前提となっているのは、
文科省公認の教科書の内容を素直にインプットされること。
だから教室で教科書は議論の対象ではないのです。

でもこれって、
どことなく思い込みプログラムの振舞いに似ていません?

さらにこのパターンは学生時代に終わる話ではなく、
社会人になっても多かれ少なかれずっと付きまとってきます。
民間企業も官庁も、個人商店だって、その秩序に加わる際、
既存の秩序はアプリオリに無謬化されているでしょう?

基本的に「イヤなら来るな」・・・
ですから。

もちろん、それらはみな人工的な似非神聖ですから、
現実との乖離の度合いによって遅かれ早かれ破綻を喫し、
思い込みの呪縛が解けると、

「なんであんなアホなことをやってたんだろう?」

となる。

日本のここ100年を振り返っただけでも、(いや、10年でも!)
こうした例はいくらでもありますよね?

おっと、話がマクロになりました。
僕の専門に戻りましょう。

旅人のスタイルは、ある観点で大きくふたつに分けられます。

それは使い慣れた日常品をたっぷり持ち、
自宅の環境となるべく同じレベルの宿に泊まるような、
『限りなく自分の日常を旅先でも再現しようとする』タイプと、
その真逆で、必要最低限の荷物を持ち、
不足分は現地で調達するような、
『限りなく自分の日常を離れようとする』タイプ。

これはモノのレベルの話ですが、それと同様に、
自分が吸収した知識の積み重ねを抱えて旅をし、
『自前の常識と呼ばれるフレームで世界を見る』か、
それとも飛行機を降りた瞬間、
頭を初期化して『子供の目線で世界を見る』か。

僕も、これを読んでくれているあなたも、
先入観を持たず、思い込みをしない人はいません。
僕らの社会だって、多かれ少なかれ、それを前提に成り立っている。

しかしその構造は、
『どこへ行っても自分と道連れ』であることを常に強いているわけじゃない。

いつぞやそれに気付いてから、
僕は旅に出る度に、こんな練習を始めました。

飛行機が着陸し、エプロンまでタキシングしている時、
目を閉じて3回深呼吸し、心の中で、この呪文を唱えるのです。

initialize, initialize my mind.

やがて飛行機のドアが開き、
ボーディングブリッジという未知の世界へ通じるトンネルを抜けた時、
先の呪文がうまく機能していれば、
57歳のおっさんは、小学生の子供に戻っています。

あ! あれはなんだろう?

という好奇心のかたまりになってね。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 14:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月18日

旅に出るなら 前編

「中国人はいじわるだから・・・」

先日、外国を初めてひとりで旅しようとしている方に、
行き先として香港かソウル、台北を提案した時、
こんな思わぬリアクションがありました。

しかし、僕の疑問がさらに深まったのは、続く以下の会話からです。

「中国に行ったことがあるのですか?」
「いや、ありません」
「日本で中国人にいじわるされたのですか?」
「そんなことはありません」
「ではなぜ中国人はいじわるだと思うんです?」
「それはある人がそう言ったから・・・」
「・・・?」

実はこういう話、僕にとって初めてではありませんでした。

これまで何度か嫌中、嫌韓の人と会ったことがありますけど、
不思議なことに、
皆さんおしなべて個人的経験をもとにそう考えているのではないのですよ。
にもかかわらず、共通しているのは、
それをあたかも自分の経験であるかのように、確信をもって話すこと。

これはいったい、どうしたことなのかしらん?

イデオロギー? 偏見? 先入観?
いや、これはもっと僕らの日常でありふれた、
『思い込み』と呼ばれる心の動きなのかも・・・

で、今更ながらではありますが、
僕は例によっておカネにもならないことをつらつら考え始めました。

相手が人間であれ、文章であれ、映像であれ、
僕らは普段なら客観的なスタンスでその情報を取り込みます。
もしそうでなければ世界は詐欺師の天国になってしまいますからね。

しかし、何かのきっかけで、
僕らの頭の中で走っている『思い込みプログラム』が、
そのインプットに介入すると、
僕らはあっさり客観的スタンスを失ってしまうようなのですよ。

すると、そうした情報はどうなるのか?

まず客観性が失われていますから、
頭の中で情報があたかも経験のように振舞いはじめます。
日常的によくある身近な例が天気予報。

「あれ? 雲行きが怪しいな・・・」

という人に、

「ああ、午後は雨だよ」

と自信満々に答えるケースは珍しくありませんよね?
でも、答えた人は気象予報士じゃないでしょ?

ではなぜ彼、彼女は午後の天気を知っているのか?
それはいわずもがな、天気予報を見たからです。
つまり情報をコピぺしただけ。
にもかかわらず自分で気象データを分析したかのように答えている。
ここにあるのが情報と経験の無意識的な入れ替え。
思い込みの特徴のひとつです。

こうした例はテレビやラジオ、新聞、週刊誌、
インターネットなどの情報を元ネタにして、
日常的に僕らの周りでお馴染みだと思いません?
個人がノンチェックで発信源となるネットねただと、
コピぺのコピぺのコピぺだったりするし・・・
(というかオリジナルがない!)

ふたつめの特徴が無謬性。
思い込みプログラムに捉えられて自己経験におき替えられた情報は、
客観的なスタンスであれば普通にできる自己検証の網をすり抜け、
『絶対に正しい』、『信じて疑いようのない』、
場合によっては、神のような心理的位置を獲得します。

そうなるとその人はかかる情報に関して、さらに客観的スタンスから離れ、
その思い込みを強化する情報の吸収に励みはじめるのです。

ですから「中国人はいじわるだ」という思い込みを持って中国に行けば、
彼はその思い込みに合致することにフォーカスし、
「ほら、やっぱりそうなんだ!」と納得するでしょう。

おカネと時間をかけて、そんな旅をするのはもったいない。
というより悲しい。

だから旅をするなら思い込みを捨てましょう!

と呑気に結ぶつもりでしたが、
よくよく考えてみると、この思い込みっていう心理機能は、
そんな単純なものではありませんでした。

デバッグするのが難しい、実に厄介なシロモノなんですよ。

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 12:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月16日

Strike back begin!

東京都の営業時間短縮要請が昨日解除されました。
今日からととら亭も通常営業に戻ります。

オーダーストップ 21:30
クローズ     22:30

とはいえ、これもまた長い道のりのごく一部。

5月の営業自粛解除の時と同じく、
9月に解除、10月に増加、11月にまた規制、そして12月に減少・・・
こんなパターンを当分は繰り返すのかもしれません。

そこで小さな飲食店にできる生き残りをかけた戦略は、
Hit and away!

これだと思います。

守りに回った8月から9月前半でしたが、
ここから攻めに転じましょう。

まずはアンコールメニュー。
第70回目は2015年冬のアゼルバイジャン料理特集から、
ペルシャとの合作と思しきバクー風ボズバシュをお届けします!

そして晩夏でもまだまだ楽しめるヴィーニョヴェルデ
この珍しい赤とレバノン料理の組み合わせはちょっと例がないですよ。

さらにグラスワインもチュニジア、トルコ、ギリシャ、
モルドバなどを入れ替えつつ、
毎回、西ヨーロッパのワインとはまた違う味わいをお楽しみ頂けるかと思います。

食の旅に出かけましょう!

えーじ
posted by ととら at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月13日

Let's cooking!

この仕事をしていると、
旅行関連を中心にいろいろなご質問を頂きますが、
コロナ騒動が勃発した春以降、目立って増えたのが料理について。

確かに在宅勤務で得られた時間を使い、
料理をやってみよう! という方が増えましたからね。

驚いたのは、皆さんけっこう本格的にやっていること。
なかにはパエリアや手打ちパスタにチャレンジするなど、
その気合の入れようとパッションは慣れに甘んじたプロも顔負けでしょう。
とりわけ「ととら亭のレシピに挑戦!」となれば尚更です。

で、どんな料理が候補になっているのかと申しますと、
いちばん多いのはグランドメニューにある『にんじんのマリネ』。
一見、ハードルが最も低そうに見えるからかもしれませんね。
次いでポタージュやスペアリブ、
自家製ジンジャーエールもレシピを訊かれることがしばしばあります。

旅の料理だと古くはシンガポール料理特集でご紹介した『ンゴーヒャン』から、
高難易度のジャマイカ料理『ジャークチキン』
モザンビークの『カリル・デ・カマロン』にトライした方もいらっしゃいました。

そこで一般的に企業秘密と言われるレシピですが、
ととら亭では訊かれれば時間の許す範囲でお答えしています。
料理を作るということは、
それだけ僕たちの仕事を理解していただけることにもなりますからね。

ところがレシピを訊いた方の大半の反応は

「そ、そんなに手間がかかるんですか!」

というわけで、
「だったら食べに来ます」となるのは致し方なし・・・かな?

ともあれ飲食店で食べた料理に惚れ込み、
なんとしてもあれを自宅で再現したい!
というのは、なにを隠そうととら亭の原点のひとつでもあります。
皆さまぜひ頑張ってくださいね。

あ、しかしひとつお伝えするのを忘れていました。
キッチンの管理者である奥さまに変わって料理をされるご主人。

作るだけではなく、あと片付けも忘れずに!

えーじ
posted by ととら at 00:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月10日

旅人となるために その3

その1、その2と『お勧めできません』系のネタが続いたので、
今日は逆の経験もお話したいと思います。

一般的に旅費の大きな部分を占めるのが交通費と宿泊費。
とくに後者は移動しなくてもかかってくるので、
長期旅行の場合、なんとか安くしたい出費の筆頭です。

そこでツーリングや登山に共通した安い宿泊方法はないか?

そう頭をひねって辿り着いた手段がキャンプでした。

しかし、これまた振り返ってみると、
このメリットは費用の面だけではありません。

たとえば、整備されたキャンプ場ではなく、
どこかの山中で一泊する場合、まず場所さがしから始まります。

落石の危険性がある崖下や、
急な増水で流されるかもしれない川の中州を避け、
水場が近く、風をもろに受けない、平らな場所はないか?

そして手頃な場所が見つかったら地面をならし、
テントを張ります。
風下に入り口を向けてペグでテントを固定したあとは、
周囲に雨水を逃がす側溝を掘りましょう。

正面に立木があった場合は(なければバイクを使って)タープを張ると、
ちょっとした雨でも外で炊事が出来ますから便利です。
ランプもその木の枝に下げれば、
せっかく作った食事に虫が飛び込むのを避けられますからね。

いかがです? 
首尾よくテントが設営できたら、次は水場まで行って水を調達しますか。
その時にトイレの場所も見つけておくのを忘れずに。
先に穴を掘っておくと、急を要した時に慌てないで済みますよ。

最後はお茶かコーヒーでも淹れて一息つきましょう。
これで今夜の宿が完成です。

さて、もうお気付きかもしれませんが、
ざっとここまでだけでも、
その後の旅に役立つテクニックがみっちり詰まっています。

まず危険を回避する地形の読み方、風の読み方、水の流れの読み方。
ロープの結び方もバックパッキングの旅でたいへん役に立ちます。
『もやい結び』と『自在結び』だけでも覚えておくと、
安宿で洗濯物を干す時に重宝しますからね。

それからたった一杯のお茶を淹れるだけでも、
実は多くの工夫が求められます。

限られた量の水を携帯コンロで沸かし、
お茶を飲んだあと、シンクのない状況で食器を洗わなければなりませんから。

これに何らかの食事も加わると、全体がすんなりできるようになるまで、
それなりの練習が必要となるのはご想像いただけるのではないでしょうか?

しかし、いずれも安宿で自炊するときに応用できますし、
乏しい材料を無駄なく使いきるという観点で、
物資の補給が難しい地域を旅する場合にも役立つのですよ。

実際、こうした不便という学校で学べたことは、
これ以外にもたくさんありました。
でも、僕がこれをお勧めする一番の理由は、旅のスキルアップ以上に、
このキャンプ自体がとても楽しかったからです。

何の音もしない、月明かりの山中で過ごす夜。

あなたは鼻をつままれても分からない闇を、
自分の鼓動が聞こえるような静寂を経験したことがありますか?

え? 怖い?

なら、なおのことお勧めしますよ。

その一晩は、いかに僕らの日常がノイズで満ちているか、
そして、僕らの幸せに必要なものが、
実はそれほど多くないことを教えてくれるでしょう。
(Wi-Fiがなくても大丈夫!)

そう、これもまた、
僕の旅の原点のひとつなのかもしれません。

えーじ
posted by ととら at 18:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月07日

古風な美学

去る8月31日。
としまえんが多くのファンに惜しまれつつ94年の歴史を閉じました。

僕は失礼ながら行ったことはなかったものの、
野方でととら亭を開業して以来、西武新宿線に掲示してある、
としまえんのポスターを見るのが楽しみだったのですよ。

と申しますのも、公告会社はどこか分かりませんが、
ときにポーズをキメた田原俊彦さんを顔が分からないくらい小さく映し、
『としぷー』とコピーを添えたところなどからして、
作者はあきらかに同世代?
とシンパシーを感じていたからです。

それを今回は最後にして確信しました。

先週の夏休みで出かけた際、西武新宿駅で目に留まったのは、
漫画『あしたのジョー』の最終話の最後のシーン。
そう、ホセ・メンドーサとの激闘の末、
判定負けした矢吹ジョーがコーナーの椅子に座っている『あれ』です。

そしてモノトーンのポスターの左上には『Thank you』のメッセージが。
この文脈で、このシーンを思いついたあなたは同世代!

いや、僕は単に同時代の記憶を共有していたことに、
ノスタルジーを感じているわけではないのですよ。

これはいうなれば、
矢吹ジョーという架空の存在の生き方を、
共有していたことへのシンパシーなのです。

だってねぇ、今どき流行らないでしょ?
ああいうの。

愚直に、ひとつの対象に全身で打ち込み、

「燃え尽きたぜ・・・真っ白にな」

と終わるなんてさ。

でもね、傷つくのを恐れるがあまり世界に対して斜に構え、
匿名の繭の中で情報を現実にすり替えて生きることを選べない、
不器用で汗臭い奴だって、まだまだいるんですよ。

無様にダウンしても、またダウンしても、
立ち上がる限り、この試合は終わらない。

そしてたとえ結果が判定負けであっても、
完全な満足を持ってその結果が受け入れられる。

これは最初から最後まで、
自分の足で走り切った者でなければ分からない、
ひとつの究極的な充足感であり、けして曇ることのない誇りなんですよ。

だからほら、ジョーはかすかに微笑んでいたでしょ?

いつか、ととら亭を終える日を僕もあんな風に迎えたい。

そう心から思っています。

えーじ
posted by ととら at 14:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年09月04日

短くて濃い夏休み

昨日までの3日間、短いながらも夏休みを頂いていました。

で、何をしていたかと申しますと、
遠出が憚られるこのご時世ですから、
都内で何度か出かけたほかは野方でのんびりしておりました。

それでもけっこう充実していたのですよ。
初日は数年ぶりに道具街の合羽橋へ買い出し。
通常は休業日でもバックグラウンドワークがみっちりのため、
帰りの時間を気にしつつの買い物ですが、
この日ばかりは腕時計を見ずにゆっくり買い回りました。

いろいろ調達しましたけど一番重要だったのが、ともこの包丁。
10年近く使い続けた牛刀は砥ぎ減って使い難くなってしまったのです。

summer2020_02.jpg

ご覧のとおり、もう牛刀の形をしていません。
で、今度はもうちょっと長めのものにしました。

翌日は二人ともお店にこもって、ともこは次の旅の料理の試作。
僕は午前中メディテーションと読書三昧。
貸切状態のととら亭でゆっくりランチを楽しんだ後は、
アパートに戻って片付けものをしてからジョギングです。

summer2020_01.jpg

残り物ですが、ある意味、すんごくリッチな食事です。
あ、パンは昨日の帰りに新宿のポンパドゥールで買ってきたもの。
僕たちの大好物なんですよ。

最終日の昨日はともこが再起動前の仕込み。
ほんと仕事の鬼ですね。
しかし彼女に言わせると、
時間を気にせず料理をするのは心の底から楽しいそうで。
そういう意味ではハードな仕事ながら、
ととら亭で働くことは天職なのかもしれません。
(こうしてブログを書いている最中も、キッチンでのしのし何かを作っています)

で、僕はと申しますと、
中野から吉祥寺、新宿と回って仕入れに行っていました。

あ、食材ではありませんよ。
例によってBGMでかける音楽CDです。ふふ・・・
昨日はヴォーカル物を中心に掘り出し物がありました。
なかでも Andrea Wright の September in the rain と、
Champian Fulton の The styling of Champian は良かったな。
奇しくも双方の1曲目が Day by day でびっくり!
思わず聴き比べちゃいました。

インスト系では Bob Welber の A man & his music と、
Peter Rosendal trio の Crescent がいい出来でした。
さっそく今日のディナーで回してみよう。

とまぁ、こんな調子で地味な3日間ではありましたが、
僕らにとっては、とても充実した夏休みとなりました。

なにより時間に追われないだけでも、
ほんと「休んだ〜!」って気分になるんですよ。
やっぱり人生でもっとも大切なリソースはおカネじゃくて時間ですね。

さて、それでは仕事に戻って、掃除でいい汗をかくとしますか!

えーじ
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2020年09月01日

旅人となるために その2

旅行費用の高い安いが目に見えて現れるのが衛生環境。
とりわけトイレの状態に影響が大きいという話を前回しましたが、
それはまた旅全体を通しての快適度とも比例関係にあります。

つまりコストを下げれば快適度もまた同じように下がる、
というわけですね。(逆もまた然り!)

具体的には、
 ・温度変化のレンジが広くなる。
  (個人記録では44度〜マイナス20度ですから64度)
 ・移動手段の占有スペースが狭い。
  (飛行機のエコノミーとファースト、鉄道の1等と3等の差など)
 ・歩く距離が長い。
  (物価の高い国ではリムジンピックアップどころかタクシーも使えません)
 ・荷物はすべて自分で持つ。
  (ポーターは雇えません。ですから身軽が身上となるのです)
 ・泊まるのはナイナイ宿。
  (トタン板の壁に囲まれた土間の部屋とか。
   そういう宿はとうぜん水シャワー、穴だけトイレがシェア)
  
要は狭苦しい公共の交通機関に揺られ、
酷暑、もしくは厳寒のなか重い荷物を背負って目的地まで歩き、
やっと着いたと思えば、待っていたのはホテルというよりシェルター・・・

得てしてバックパッカーには、こういう運命が待っているのでございます。

で、齢57歳にして、よくまぁこんなことを続けているな、
と自問してみると、
やはりそこには基礎条件を作った原因が見えてきました。

僕はどうやら、
バスケットボールやラグビーで身体能力と温度適応能力、
劣悪な衛生環境への耐性を培い、
ライダーとして辺境を単独で旅するうちに、
ありもので機械を修理するスキルを身に着けたようです。

そしてバックパッカーという現在形にもっとも役立ったのが登山。

最初はなめてかかってひどい目に遭いました。
いくらスポーツをやっていたといっても、
登山というのはそれまでの経験がほとんど通用しない、
特殊な世界だったのです。

たとえばですね、
3000メートル、つまり3キロ歩くなんて朝飯前のお散歩レベルでしょ?

ところが!
3000メートルを自分の足で登るというのは、
まったく別の次元の話なんですよ。
それを知らなかった愚かな僕は、
いきなり最初の挑戦に日本で2番目に標高の高い、
南アルプスの北岳(標高3193メートル)を選んでしまったのです。

歩き始めてすぐに悟ったのは、
バックパックを背負って山道を登るという運動の筋肉の使い方は、
バスケットボールやラグビーとぜんぜん関係ないということ。
500メートルほど高度を上げたところで、
さすがの僕も自分のやっていることのヤバさが分かってきました。

しかも標高が上がると共に気温も下がってくる。
汗を吸ったコットンの下着はみるみる冷たくなり、
ただでさえ失いつつある体力を輪をかけて奪います。

で、とどめが薄くなる空気。
標高2500メートル付近のアタックキャンプまで来たときには、
息も絶え絶えで体は震え、足はがくがくの白旗寸前。
(疲労凍死の危険性があるので、
こういうアホなマネは絶対にやめましょう。
え? やるわけない? ですよね!)

なんとかテントを張り、
熱い紅茶を淹れて飲んだら、ようやく少し復活しました。

とまぁ、こうした悲惨な山デビューだったのですが、
夜空を横断する天の川や、
下界ではけして見れない頂上からの景色に魅せられ、
懲りない僕はその後、ロッククライミングから冬山の単独登山など、
さらにその無謀さをエスカレートさせて行ったのでした。

え? それで登山中のトイレはどうしたんだ?

あるわけないじゃないですか。
水だって限られた水場にしかないんだし。

登山が出来るかどうかというのは畢竟、体力ではなく、
男性なら『雉撃ち』、
女性であれば『花摘み』といわれる行為をためらいなくできるか?

これに尽きると思います。

そしてそのハードルを超えた経験が、
バックパッカーのライセンスのひとつになるのかもしれません。

いやはや何かと臭い旅なのでございます。

えーじ
posted by ととら at 20:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記