2020年11月30日

自分の旅のために その19

先月、仕切り直しで再放送が始まった膝の治療。
フェーズ1は16日間の入院と手術で、
フェーズ2が1カ月間の荷重制限リハビリ。
それが今日、無事、予定通り終了し、松葉杖から解放されましたぁ〜!

(S.E. 拍手と歓声)

ま、『無事』ってとこはビミョーな部分がありますけど、
とにかく術後6週間の結果は良好で、
今日は1か月半ぶりに普通に歩いて帰りました。

さすがに左足は筋力が衰え、
片足立ちになっただけでふくらはぎがプルプルしてきます。
でもジャンプとラン以外はほぼトレーニングOKなので、
明日からボチボチ鍛えなおして行こうと思っています。
フェーズ3の始まりですね。

次回の定期検診は1月上旬。
またMRIで膝の具合を確認してもらいます。

え? 腰はどうなんだ?

ん〜・・・そっちの方がまだなんですよ。
とりあえず危機は脱したものの、まだ安全装置はかかっておらず、
薬を飲み続けています。

でもロキソニンはもう外していいかな?
かれこれ1週間になるし。

明日から12月。
気持ちを切り替えて2020年最後の1カ月を乗りきりたいと思います。

to be continued...

えーじ
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2020年11月28日

ため息は一回だけ

2020年は旅に出れなかった1年ですが、
それでもじゅうぶん旅をしていた気がしています・・・

と、お話したのはつい先日のことですけど、
僕らの旅が次々と起こるトラブルを乗り越えて進むものだとすると、
例えではなく、この1年もまた、まさに旅そのものでした。

いや、過去形で書くのは正しくありません。
これがもうリアルタイムの現在進行形。

ここ直近のケースだけでも、
離断性骨軟骨炎(?)の手術で16日間入院し、
退院と同時に仕事で使っているメインPCが壊れ、
修理を依頼しようとするもSONYのVAIOは事業が身売りされ、
旧製造モデルは事実上修理不能。
それじゃってんでLENOVOのBTOモデルを発注したら、
納期は2〜3週間のはずが7週間待ち。
そんなやり取りをしている傍らでバックアップのUSBメモリが壊れ、
ようやく松葉杖から解放されると思いきや、
椎間板ヘルニアの発作で3日間、僕自身が起動不能に、
そして復帰した昨夜はレジが壊れて買い替えとなりました。

さらに!

今日からまたトホホな時短営業ときたか。

はぁ〜・・・

こんな時は、こうしてため息のひとつもつきたくなりますが、
2回ついてはいけません。

なぜなら嘆いていても状況は変わらないどころか、
悪化するだけだから。

僕らの旅はある意味、究極的なD.I.Y.
主体的にどうにかしない限り1ミリも前に進まないのです。

それに降りかかってきたトラブルをよくよく見てみれば、
いずれも因果律的に説明できるものばかり。
つまり厳しい言い方をすれば、
起こるべくして起こったものなんですね。

と、いうわけで、ため息1回で運命を受け入れたら、
クールにトラブルシューティングを始めます。
時短営業については以前のとおり、

【ディナー営業】
 18:00 オープン
 21:00 オーダーストップ
 22:00 クローズ

ランチ営業は影響を受けません。

ゆっくりされたい方は、なるべく早い時間のご来店をお願いします。

Let's dive into the unknown future!

えーじ
posted by ととら at 15:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年11月27日

最近のパターン

お店に戻りました。

と言ってもまだ腰の安全装置はかかっていないので、
機能的には40パーセント程度のパフォーマンスですが。

いやはやこの2日間はアパートに缶詰でした。
水曜日の夜にはだいぶ回復し、
木曜日のディナーには復帰できると思って寝たら、
なんと明け方、眠っている間に小爆発を起こしたのですよ。

分かります?

すぴ〜・・・っと寝ていてたところをビリっ!

たたき起こされるとは、まさにこのことでございました。

お蔭で腰の状態は振出しに戻り、
(ん? 最近こういう再放送のケースが続くな・・・)
トイレに行くにも松葉杖。
今度は膝ではなく腰をフォローするために使うとは。

ともあれ、今日は何とか動けるようになりました。
リハビリのつもりで軽くやろうと思います。

えーじ
posted by ととら at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年11月25日

遠い420メートル

スピードを体感するオートバイに始まり、
ロッククライミングやダイビングなど、
ずいぶんイタイ目に遭ってきた僕ですが、
35歳前後までは自分を不死身だと思っていました。

しかし、無謀のツケは必ず回って来るものです。
そう、今や僕もポンコツになりました。

あと6日で松葉杖から解放されるぜ!

と喜んでいた昨日。
さて、そろそろアパートに帰ろうかしらん。
と、その前にトイレに入って体を屈めたら・・・

はぅっ!

って、おいおい、マジですか?

何の前触れもなく、腰の安全装置が外れるのをスキップして、
ほぼ起爆装置がオンになっちまうとは!

爆発まであと何秒だ?

ここで松葉杖があったのは勿怪の幸い。
しかし、初めて遭遇した事態で、
どんな姿勢が危険なのか分かりません。
あれこれ少しずつ試しながら薄氷を踏む思いでカウンターまで移動し、

「ともこ〜、水を持ってきてもらえる?」

こうして緊急停止用のファーストエイド4剤を飲んで待つこと2時間。
とりあえずカウントダウンは止まったものの、
とてもアパートまで無事に帰れる状態ではありません。

いやはや参りました。
こうなった時の僕はとてもシンプルな考え方をします。

選択肢は・・・ふたつ・・・か。

プランA。
このまま店に泊って回復を待つ。
デメリットは寝るには寒いのと明日のランチには予約が入っているため、
朝までに回復しない場合はプランC。
つまり救急車で病院までLet's go!

で、プランB。
歩けそうなレベルまで回復したところでアパートへ帰る。
そうすれば時間に縛られず回復を待てるし、
布団で横になれるメリットも大きい。
しかし、途中で爆弾が爆発した場合は・・・
どこかの路上でプランC。

アパートまでの距離は約420メートル。
水平移動のリハーサルは店内でできるけど、
階段はやってみなくちゃ分からない・・・か。

僕はさまざまな可能性を秤にかけてリスク評価を始めました。

よし。

「ともこ、とりあえず20時まで様子を見て、
 動けそうもなかったら夕食にしよう。
 そのあと薬をもう一回飲んで、21時半にプランAかBを判断するよ」

僕の体調だけではなく、
ここ1か月半の疲労が溜まっている彼女のことを考えると、
なんとかアパートまで帰りたい。
そこで僕は手持ちの最後の切り札であるボルタレンの座薬も試してみました。

そして時計は間もなく21時半。

「それじゃ移動の練習を始めるからカウンターの椅子をどけてくれる?」
「大丈夫? 無理しなくていいからね」
「ああ、この状態じゃ無理したくてもできないさ」

さて、まず立ち上がってコンディションチェックだ。
座っているとなんともないんだけどな。
呼吸を合わせて・・・腹筋に力を入れて・・・

僕はゆっくり立ち上がりました。

OK。異常な・・・し?
いや、立ち上がると腰の右側で鈍痛が始まるな。
背筋は座っている時と変わらず伸ばしたままなのに・・・
こりゃどうしたわけだ?

僕は体の向きを90度まわし、
4メートル弱さきにあるカウンターの奥に向かって歩き出そうとしました。

うっ・・・こうか? ・・・いや、こう?

どうもまだ避けるべき誘爆させる姿勢が分かりません。

立ち上がると状態が悪化する。
ということは、左右どちらかの足に荷重することが影響しているんだ?
左? ・・・いや・・・違うな。
じゃ、右? ・・・おぉ、ビンゴ〜!
右足の筋肉が背筋まで連動しているのかもしれない。
と、いうことは、左足を軸にして前進すればいいのか?
いや、こっちは膝がまだ不完全で2/3荷重しかできない。
まいったね。とんだポンコツじゃないか。

「どう? 歩けそう?」
「ちょっと待って。いま考えてるんだ」

そう、考えろ。使えるリソースをすべて使って進むんだ。
そうか、不完全な左足を松葉杖でカバーし、
前進した後、腰をかばいながら右足を同じ位置まで進める。
うん、これなら行けそうだぞ!

「ともこ、OKだよ、うちへ帰ろう!」

僕は彼女にバックパックを預け、身軽な状態で歩き始めました。
そう、それはゆっくり、ゆっくりと。

よし、ショートピッチで行こう。
まずは本町通りとのT字路まで50メートルくらいかな。

僕は店内で試したリハーサルの動きをトレースし始めました。

左の杖を40センチ前に出し・・・左足でそれを追いかけ・・・
左の杖に荷重して右の杖を前に出し・・・右足でそれを追いかけ・・・
いいぞ、このパターンを繰り返して行けば、そのうち帰れる。

と頭で分かっていても爆発させたらプランCだと思うと、
なかなかスピードが出せません。
個人的には必死ですが、傍から見たら牛歩もいいところでしょう。

本町通りを抜け、続いてみつわ通りを抜け、
ようやく半分ってとこか。

普段は歩いて10分もかからない420メートルの道のりが、
果てしなく長く感じられます。

「疲れた? 休んでいいんだよ」
「いや、大丈夫。疲れちゃいないんだ。
 ただ安全な動きと危険な動きがまだ分からないのさ」

ときどきイヤな感じでビリっときます。
それでも最後の下り坂の直線まで来た時にはホっとしました。

僕らがアパートの下に着いたのは、
ととら亭を出て20分ほど経ったころでしょうか。
ここが最後の難関です。僕は目の前の暗い階段を見上げ、

さて、どうやって登ったらいい?
これまでは右足荷重で登っていたけど今はそれができない。
しかし左足を使うのもご法度だ。

僕はまた暫く考え込んでしまいました。

ん〜・・・仕方ない。
これしかないか。

僕は普段と同じ方法で階段を上り始めました。
ただし右足に荷重するときは思い切り腹筋に力を入れて。

体を持ち上げるたびに右腰すこし上のあたりがビリっときます。

うっ・・ここで爆発したら・・・
最悪は後ろにひっくり返って転落だ。
ってことは、前に突っ込むのがベストとはね。
どっちも勘弁してほしいよ。

こうして果てしない420メートルの後には、
さらに果てしない手に汗握る20段の階段が待っていたのです。

1,2,3,4・・・9、10,11,12・・・

18、19。あと1段。

ふう〜・・・着いた・・・
普段あたり前にやっていることで、こんな達成感に浸れるとはね。
これも怪我の功名かな?

薬の副作用もあって、待ち望んだ布団で横になった僕は、
そのまま朝まで爆睡してしまいました。

一夜明けて腰の具合は・・・まだダメか。
でも自力でトイレに行けるのは幸いです。
じゃないとこれまたプランCになっちゃいますからね。

今日一日、安静にしていれば、明日は動けるようになるかな?
またいつもの420メートルが遠い道のりになりませんように。

えーじ
posted by ととら at 14:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2020年11月22日

Tomoko-Eiji

ビートルズの全作品213曲中、
144曲のクレジットはLennon-McCartneyとなっているのは周知のとおり。
最後は仲たがいしてしまった二人ですが、
あの名曲の数々は、
ジョンとポールが何かしら協力し合って生まれたものなのですね。

こうしたパートナーシップは、
エアロスミスのスティーヴン・タイラーとジョー・ペリーにも見られますが、
音楽に限らず、
さまざまな分野で共作から優れた作品が生まれたケースがあります。

そこでビッグネームの後に牽強付会な気もしますけど、
僕らととら亭も、そんな風に仕事をしているのですよ。

レシピを書いたり、旅の料理のメニュー替えをやったりしていると、
僕はときどきバンドをやっていた頃を思い出します。

当時は僕が曲を書き、他のメンバーがプレイすることが多かったのですが、
とにかくみんな苦労していましたね。
と申しますのも、いわゆるプログレ系のバンドでしたから、
曲は長いは、変拍子は多いは、
はてやポリリズムのカオスの後で16分音符のユニゾンのキメを入れるはで、
自分がどこを演奏しているのか見失うこともしばしば・・・
それでも僕は自分のスタイルを変えませんでした。

その重荷をいま背負っているのが、ともこなんですね。

大体にして、旅の食堂というコンセプトそのものが、
プログレも裸足で逃げ出すアヴァンギャルドなんですよ。

だってフレンチで修業したら、普通はフレンチレストランを開くしょ?

ところが3カ月間ごとにモザンビークからスウェーデン、
インドネシアからレバノンやメキシコなど、
クッキングメソッドがまったく異なる料理を、
レストランで出せるレベルで再現しなければならない。

さらに試作で行き詰っても、
フレンチ時代の師匠に電話したところで「おまえ何してんの?」。

そう分かっちゃいても、僕はバンド時代と同じく、
無理なスコアならぬレシピを彼女に渡して、
「じゃ、これを叩きに試作(リハ)を始めよう!」というのです。

しかしさすがに何度もバンドを空中分解させた僕は、
そこから少しは学びました。

それはメンバーへのリスペクト。

実際、『言うは易く行うは難し』のように、
音楽にしろ料理にしろ、
イメージを形にするのはハンパなスキルではできません。
身内贔屓に聞こえるかもしれませんけど、
だから僕はともこの技術と無理難題に取り組む姿勢に、
敬意をもっているのです。

今日は最後に、直近の一例をお見せしましょう。

medvnik04.jpg

これはチェコの名物スィーツのメドヴニーク。
以前、試作中のお話をしましたが、
ほぼ完璧にプラハで食べたものを再現しています。
こうした芸当のできる料理人はそうそういないでしょう。
僕が渡したラフなレシピから、自力でここまで持ってゆくのですからね。

ほんと、大したものだと思っています。

えーじ

P.S.
メドヴニークは、
今やっているチェコ・スロバキア料理特集パート2に合わせてのリリースですが、
非常に手のかかるケーキですので、いつもあるとは限りません。
売り切れ御免ですみません!
posted by ととら at 16:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年11月19日

Smiling Legend

皆さんもご存知のとおり、
去る10月6日、ヴァン・ヘイレンのギタリスト、
エドワード・ヴァン・ヘイレンが逝去しました。

デビューアルバムの『炎の導火線(Van Halen)』が発売されたのは1978年。
当時ギター小僧だった僕がこれを聴いたのは翌年の高校1年生のときでしたが、
当時の衝撃は40年以上が経った今でも生々しく覚えています。

特にA面2曲目のEruption(暗闇の爆撃)は、
演奏時間わずか1分42秒のインストゥルメンタルながら、
ヤボな日本語タイトル以上に、
後ろからガツンとやられたインパクトがありましたからね

そう、プレイ57秒あたりからはじまるパラポレピラポレと続く速弾きは、
オーバーダビングしない限り絶対に弾けないと確信していたのです。
(音程が跳躍していて普通に弾こうとしたら指が届かない!)

ところが、後でMTVを見てのけぞったのは、
僕ひとりではなかったでしょう。
なんとエディはひとりであれを弾いていたのですから。
ライトハンド奏法をあそこまで昇華させたのは、
あの時点で(いや、今でも!)彼だけだったと思います。

しかし、ここにはもうひとつ、僕を驚かせたことがありました。
それは彼のスマイル。

リッチー・ブラックモアをはじめ、
エリック・クラプトンやジェフ・ベック、ジミー・ペイジなど、
当時のギターヒーローたちは、
ソロを弾くとき、シブいしかめっ面をするのがお約束だったのです。
(だから僕もそれを真似していました)
ところがエディは、恐ろしく難易度の高いプレイをしながら、
まるでバースデープレゼントをもらった、
子供のような笑顔を浮かべていたのですよ。

それも一度ではありません。
どのライブ映像を見ても、ステージ狭しと走り回りながら、
パラポレピラポレとギターを弾き倒しつつ、
いつもニコニコしているじゃないですか。
個人的にいうと、彼の超絶プレイ以上に、
僕の印象に残ったのはあの無垢なスマイルだったのです。

だから多くのミュージシャンたちが哀悼の意を捧げるなかで、
ギターレジェンドとしての賞賛以上に、
エディの笑顔が忘れられないとの言葉が目立ったのは、
なるほどと言わずにはいられません。
彼はオフステージでも、万事あの調子だったのですね。

そこで僕は、最近、こんなことを考え始めていました。

ひとが幸せを得る重要なファクターとは、
おカネや社会的地位よりむしろ、
表情と、話し方と、話題の選び方なのではないか?

その意味では、エディーが天才的ギタリストではなく、
市井の凡人としての人生を送った人だったとしても、
彼は変わらずハッピーで、
かつ、周りの人々もハッピーにしていたんじゃないかな?

そう、彼はギターレジェンドであると同時に、
スマイルレジェンドでもあったのですから。

Thanks Eddie.
You gave us not only your great music but wonderful smile.

R.I.P.

えーじ
posted by ととら at 15:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年11月16日

自分の旅のために その18

今日から手術した左足に荷重開始です。
とはいっても、まだ1/3ですけどね。

それでもこの違いは大きい。
完全に免荷だと振り子運動でしか移動できないため、
さすがに電車やバスでの移動は難しい。
特にラッシュアワーはね。

しかし1/3でも体重をかけられると、
ほぼ普通に歩くような感じで補助的に松葉杖を使って移動できます。
そんなわけで今日は電車を使って病院まで行ってきました。
リハビリは順調です。

手術してから1か月余りが過ぎ、
退院時に膝を固定していたニーブレイスを外してからは、
左足の柔軟性を取り戻すことを念頭に自主リハを続けていました。
ここからは少しずつ、筋力の回復も加えて行こうと思います。

幸い、気になるような痛みはありません。
膝の可動範囲を広げるリハでは膝の表面がミシミシしますけど、
これはまぁお約束。
少し我慢したところで足を延ばし、マッサージをすればすぐ消えます。

この調子で行くと来週には2/3荷重、
そして30日には全荷重で松葉杖から解放されるかな?
それを目指して地道に頑張って行こうと思います。

それにしても今回の治療プロセスは勉強になっています。
特に今日のように、社会的弱者として街に出ると、
住み慣れた世界をまったく別の視点から見ることが出来るんですよ。

そして僕に接する人々の対応からも、
考えさせられることが多々あります。

人間は基本的に親切ですね。
これは旅をしている時にも常々感じていましたけど。

力は弱き者のために。

元気になったら少しでも人の役に立ちたいと思ってます。

え? その前にととら亭の仕事をがんばれ?

そうだなぁ・・・
今日も、ともこひとりでランチ営業をやってもらっちゃいましたからね。
まぁ、その辺の借りは、12月からボチボチ返すとしますか。

ん〜・・・今回はちと高くついたかも!

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 15:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年11月12日

鬼と笑おう!

鬼というのはなかなか賢いもので、
賢いと自認している僕ら人間が、
本当は知る由もない未来を語るのを聞くと笑うそうな。

確かになんの根拠もなく、
みんな揃ってまじめに思いこんでいるんだから笑えますよね?

しかし、そう分かっちゃいても、
明日のことをさも確実であるかのように、
話さなきゃいけないのが大人の世界。

僕もさっき年末年始の営業スケジュールをアップしました。

笑うな鬼。
知っててやってるんだから。

そう、来年の1月はおろか12月、
いや、今月末のことですら、どうなるか分からない。

でもね、思えばこういうのは、僕らの旅の常なんですよ。
今でこそお仕事ですから事細かに予定を立てて出かけますが、
本来のスタイルといえば、
決まっているのは往路の航空券と初日の宿だけ。
あとは出たとこ勝負が身上ですからね。

不安じゃないのか?

とはよく言われます。

しかしそもそも自由と不安は、
コインの表裏じゃありませんでしたっけ?
だって自由とは畢竟、道なき荒野の旅の謂いですから。

ならばこの不確実性の世界に潔く飛び込んで、
楽しんでしまうのも一興です。

鬼よ、一緒に笑おうじゃないか!

Such is life.

だもんね。

えーじ
posted by ととら at 15:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年11月09日

ととら流サバイバル術

お約束のトラブルに見舞われ、
一時はどうなるかと思った今回のメニュー替え。
なんとか滑り込んでセーフでしたが、
スリルとサスペンスの人生というのもこの歳になると考えものですね。

そろそろ余裕のある生活を目指すべきだとは思うものの、
松葉杖から解放されるのは今月末だし、
その後、順調にリハビリが進んでも、
走れるようになるのは春以降だろうなぁ・・・

いや、その前に今年の年末年始ですが、
営業スケジュールを検討しつつ、
カレンダーとニュースを見れば、
不穏なムードがむんむんじゃないですか。

新型コロナの感染者数グラフを見ていると、
10月10日の谷間を境に第2波のピークから下る角度より、
第3波のピークへ向かう角度の方が急なんですよね。

単純にその延長線と日付を結ぶと、
11月下旬には第2波のピークと並んでしまう。
と、いうことは・・・

そのあたりでまた、
東京都から何らかの営業規制要請が出る可能性は、
極めて高いんじゃないかな?

とりあえず12月1日から31日までって形で始まって、
当然年末に延長され、結果的に1月15日まで続くってシナリオ。
もしそうなったらハレ使いの飲食店にとって、
むちゃくちゃ厳しい状況になるでしょう。

なぜなら多くの飲食店のキャッシュフローが、
年末年始に蓄えた体力で、
集客の厳しい2月を乗り切る仕組みになっているから。

と、ややユーウツな気分になりつつ、
僕らは意外と落ち着いています。

いや、じゃぶじゃぶ貯金があるからじゃありませんよ。
ととら流サバイバル術があるからです。
それは・・・

ベストを目指すのではなく、ワーストを避ける。

ふふ、これです。
セコさならドナルド君にも負けません。

え? そんなことを言っているから、
いつまでたってもスリルとサスペンスの人生から足を洗えないんだ?

そ、そうだったのか!

えーじ
posted by ととら at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年11月05日

チェコ・スロバキア料理特集パート2

人生、何が起こるか分かりません。

とは、僕がよくいうセリフですが、
(そういう状況になるのはイヤなんですけど・・・)
やっぱり、現実は想像を超えるものなんですね。

前々回のブログで、
メインのノートPCがデスったとお話しましたよね?
その予兆を感じていた僕は、
クラッシュを見越してデータはローカルに置かず、
USBメモリに保存していたのですよ。

ところが!

バックアップを取ろうとした矢先に、
なんとこいつまでデスってしまったのです!

(BGM:バッハ トッカータとフーガ ニ短調)

一瞬、目が点になりましたよ。

ん? なんでこのファイルが保存できないの?
とエクスプローラーを開きなおすと、
さっきまで表示されていたUSBメモリがありません。

そこで抜き差ししてみれば、
USBメモリに異常が発見されましたと警告が!
で、スキャンディスクで修復を試みたら、
修復失敗!
じゃ、もう一丁ぬき差しすると、
今度はWindowsが認識できませんだと?
ということは論理障害ではなく物理クラッシュ?

これが何を意味していたのかというとですね、
16日間の入院中にやった仕事が全部すっとんだ・・・
ということなのでございます。

しかし!
逆説的ではありますが、ミスに救われることもあるんですね。

死んだPCを窓から投げ捨てたい衝動と戦っていた僕は、
ふと、とある考えが浮かんで拳を下ろしました。

待てよ・・・
そう言えば昨日、メニューのデータフォルダを、
間違ってセカンダリのバックアップHDDに保存したよな?

昨日、僕はメニュー作りの作業を再開しようとUSBメモリにアクセスし、
そこにデータがなくて驚いたのですよ。
そこで同時に接続していたセカンダリのバックアップHDDを確認すると、
間違ってバックアップ側に保存してしまっていたのです。

と、いうことは・・・

あった〜!
メニュー替え作業の中心となるフォルダだけ、
ダブルクラッシュに巻き込まれず、残っていたんだ。
それも僕のミスで!

こんな手に汗握るドラマの末に、
ようやくリリースできることになりました。

チェコ・スロバキア料理特集パート2

さらに今回はアンコールメニューも同時に変わり、

ブルガリア ソフィア風スネジャンカ

さらに、さらに、ワインの特集も切り替わり、

星降る夜の赤ワイン特集2020

ふ〜・・・長い道のりでございました。

えーじ
posted by ととら at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年11月03日

改革主義者は嫌われる?

大阪都構想が否決されましたね。
僕は個人的にその是非を深く考えませんでしたが、
このプロセスで印象的だったのは、
元大阪府知事の橋下徹氏が言った、

「人間、現在の問題点にはけっこう寛容なんですよ。(略)
 変化に対する不安を避けるために、
 現状の問題点は甘受してしまうというのは人間の本質のところなので、
 責めても仕方がない」

という言葉。

これ、同じことを、
河野太郎行革担当相が押印廃止を提起したときにも思ったんですけど、
身に覚えのある方って、少なくないんじゃないかしらん?

かくいう僕もそのひとり。

いや、政治に限った話じゃないんですよ。
小は家族から大は学校や企業まで、
昨日まで続いていたことを変えようとした経験のある方は、
多かれ少なかれ、同じ壁に当たったんじゃないのかな?

僕は根っからのリベラル派なので、
(よく言うと革新的、悪く言えば飽きっぽい)
現状の問題を把握し、その解決方法を見つけたのなら、
それを実行しようとします。

だって同じコケ方を何度も繰り返すのはバカらしいでしょ?
(少なくとも僕はそう思うんですよ)

しかし、ここで壁にぶち当たらなかったことは、
あんまりありません。
その壁とはまさしく、橋下氏の言っていること。

それをはっきり悟ったのは会社員をやっていたときでした。

システム系で横断的なプロジェクトに参加していたときのこと、
各部署からの協力と支援を仰ぐために、
いろいろ説明して回ったのですが、どうも反応がよろしくない。

理詰めで考えていた僕は、最初その理由が分かりませんでした。
なぜなら悪い話をしているわけではなかったからです。
その説明論法もシンプルなもの。

1.ここに皆さんがお困りの問題があります。
2.それを解消するためにプロセスAをプロセスBに変更しましょう。
3.すると先の問題は解消されます。

もちろんプロセスの変更に伴うコストと工数増は、
可能な限り避けるように配慮していました。
変更時にテンポラリで業務工数が上がるケースでも、
最終的には現状より下がることを時系列に沿って説明したのです。

ところが!
皆さん、あんまりいい顔をしないんですよ。

なぜだ?

あれこれ説明方法を変えたり、内容を再検討しているうちに、
僕はなんとなく現場のムードが分かってきたのです。
それは・・・

みんなが嫌っているのはループした現状の問題ではなく、
変化そのものなのかもしれない・・・
そう、良くなるも悪くなるも関係ない。
慣れ親しんだ現状を変えることが何よりもイヤなんだ。

実はこれ、僕がいかなる組織からも距離を置くようになった、
大きな理由のひとつなんですよ。
目の前の問題を解決するために何かを変える必要があるとき、
最大の壁になるのは技術や予算の問題ではなく、
変化そのものを嫌うサイレントマジョリティの存在だったとは。

さらにこれは現場だけに限りません。

どんどん新しいことをやってくれ!
と言われてのこのこ行っても、
出した提案はことごとく「無理だ」「できない」と拒否され、
「じゃ、対案をどうぞ」と返せば沈黙する会議室。

そのうち僕は、この一見、アウトプットがない会議が、
一種の儀式であることに気付きました。
そう「われわれは意見を言う場を与え、そしてそれを聞きました」
という大人のエクスキューズ。
そもそも何かしらの変化を受け入れるつもりは、
お偉いさんたちにも最初からなかったんですよ。
行動から読み取れる本音は「今まで通りやってくれ」でしたから。

ま、僕が急ぎ過ぎた。
と言ってしまえば、それまでなんですけどね。

さて、大阪都構想はともかく、押印の習慣ってなくなるのかな?
河野さんに言われるまでもなく、
僕はずっと前から認め印ってなんの意味があるんだろ?
と素朴に思っていましたから。

えーじ
posted by ととら at 12:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2020年11月01日

自分の旅のために その17

ととら亭復帰3日目。

ようやく頭の切り替えが終わり、
体調もご覧の通り、左足を除いて仕事ができるようになりました。

return112020.jpg

同じ軟骨系の問題とはいえ、手術方法が違ったせいか、
術後のダメージは前回の1/3くらいでしょうか。
まだ荷重はかけられませんが、
可動制限はないので、もう90度くらいまで膝を曲げています。

痛みはそれ以上まげなければ殆どありません。
手術痕もきれいで、シャワーならお湯を直にかけてもOK。

ここから今回の治療のフェーズ2に入ります。
3月のときと同じく地道なリハビリをしつつ、
お仕事は旅のメニュー替え。
(写真は赤ワイン特集の商品撮影のもの)

入院中にキャプションは書き終わっており、
メニュー写真も事前に撮っておきましたから、
今回はかなりゆったり気分です。

ところが!

いろいろ起こるのは僕らの旅のお約束。
メインで使っているノートPCが退院するなりデスりました。

イヤな予感はしていたんですよ。
入院中に何度も電源ユニットがハングし、
バッテリーをリセットしないと起動しないことが頻発していたのです。
それでともこにスペアの2番機を持ってきてもらっていたのですけどね。

退院してすぐ、アパートで電源を入れ、
ブログをアップしようとテキストを打ち始めたら、
そのままバツンとOSが落ちたじゃないですか。

あいや〜、昇天したかとダメもとで再起動すると、
ログインはできたのですが、
デスクトップが表示されたと思いきや、
画面全体がサイケなノイズで渦巻きはじめ、気分はまさにウルトラQ。
(ちと古いか・・・)

こりゃ電源系だけじゃなく、ディスプレイもダメか。
ってことはマザーボードの交換だな。
高くつきそうだのぅ・・・

というわけで、
明日の朝一タスクは、リペアセンターへのコンタクト。

人間も機械もポンコツ化が進むととら亭でございます。

to be continued…

えーじ
posted by ととら at 17:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記