2020年11月25日

遠い420メートル

スピードを体感するオートバイに始まり、
ロッククライミングやダイビングなど、
ずいぶんイタイ目に遭ってきた僕ですが、
35歳前後までは自分を不死身だと思っていました。

しかし、無謀のツケは必ず回って来るものです。
そう、今や僕もポンコツになりました。

あと6日で松葉杖から解放されるぜ!

と喜んでいた昨日。
さて、そろそろアパートに帰ろうかしらん。
と、その前にトイレに入って体を屈めたら・・・

はぅっ!

って、おいおい、マジですか?

何の前触れもなく、腰の安全装置が外れるのをスキップして、
ほぼ起爆装置がオンになっちまうとは!

爆発まであと何秒だ?

ここで松葉杖があったのは勿怪の幸い。
しかし、初めて遭遇した事態で、
どんな姿勢が危険なのか分かりません。
あれこれ少しずつ試しながら薄氷を踏む思いでカウンターまで移動し、

「ともこ〜、水を持ってきてもらえる?」

こうして緊急停止用のファーストエイド4剤を飲んで待つこと2時間。
とりあえずカウントダウンは止まったものの、
とてもアパートまで無事に帰れる状態ではありません。

いやはや参りました。
こうなった時の僕はとてもシンプルな考え方をします。

選択肢は・・・ふたつ・・・か。

プランA。
このまま店に泊って回復を待つ。
デメリットは寝るには寒いのと明日のランチには予約が入っているため、
朝までに回復しない場合はプランC。
つまり救急車で病院までLet's go!

で、プランB。
歩けそうなレベルまで回復したところでアパートへ帰る。
そうすれば時間に縛られず回復を待てるし、
布団で横になれるメリットも大きい。
しかし、途中で爆弾が爆発した場合は・・・
どこかの路上でプランC。

アパートまでの距離は約420メートル。
水平移動のリハーサルは店内でできるけど、
階段はやってみなくちゃ分からない・・・か。

僕はさまざまな可能性を秤にかけてリスク評価を始めました。

よし。

「ともこ、とりあえず20時まで様子を見て、
 動けそうもなかったら夕食にしよう。
 そのあと薬をもう一回飲んで、21時半にプランAかBを判断するよ」

僕の体調だけではなく、
ここ1か月半の疲労が溜まっている彼女のことを考えると、
なんとかアパートまで帰りたい。
そこで僕は手持ちの最後の切り札であるボルタレンの座薬も試してみました。

そして時計は間もなく21時半。

「それじゃ移動の練習を始めるからカウンターの椅子をどけてくれる?」
「大丈夫? 無理しなくていいからね」
「ああ、この状態じゃ無理したくてもできないさ」

さて、まず立ち上がってコンディションチェックだ。
座っているとなんともないんだけどな。
呼吸を合わせて・・・腹筋に力を入れて・・・

僕はゆっくり立ち上がりました。

OK。異常な・・・し?
いや、立ち上がると腰の右側で鈍痛が始まるな。
背筋は座っている時と変わらず伸ばしたままなのに・・・
こりゃどうしたわけだ?

僕は体の向きを90度まわし、
4メートル弱さきにあるカウンターの奥に向かって歩き出そうとしました。

うっ・・・こうか? ・・・いや、こう?

どうもまだ避けるべき誘爆させる姿勢が分かりません。

立ち上がると状態が悪化する。
ということは、左右どちらかの足に荷重することが影響しているんだ?
左? ・・・いや・・・違うな。
じゃ、右? ・・・おぉ、ビンゴ〜!
右足の筋肉が背筋まで連動しているのかもしれない。
と、いうことは、左足を軸にして前進すればいいのか?
いや、こっちは膝がまだ不完全で2/3荷重しかできない。
まいったね。とんだポンコツじゃないか。

「どう? 歩けそう?」
「ちょっと待って。いま考えてるんだ」

そう、考えろ。使えるリソースをすべて使って進むんだ。
そうか、不完全な左足を松葉杖でカバーし、
前進した後、腰をかばいながら右足を同じ位置まで進める。
うん、これなら行けそうだぞ!

「ともこ、OKだよ、うちへ帰ろう!」

僕は彼女にバックパックを預け、身軽な状態で歩き始めました。
そう、それはゆっくり、ゆっくりと。

よし、ショートピッチで行こう。
まずは本町通りとのT字路まで50メートルくらいかな。

僕は店内で試したリハーサルの動きをトレースし始めました。

左の杖を40センチ前に出し・・・左足でそれを追いかけ・・・
左の杖に荷重して右の杖を前に出し・・・右足でそれを追いかけ・・・
いいぞ、このパターンを繰り返して行けば、そのうち帰れる。

と頭で分かっていても爆発させたらプランCだと思うと、
なかなかスピードが出せません。
個人的には必死ですが、傍から見たら牛歩もいいところでしょう。

本町通りを抜け、続いてみつわ通りを抜け、
ようやく半分ってとこか。

普段は歩いて10分もかからない420メートルの道のりが、
果てしなく長く感じられます。

「疲れた? 休んでいいんだよ」
「いや、大丈夫。疲れちゃいないんだ。
 ただ安全な動きと危険な動きがまだ分からないのさ」

ときどきイヤな感じでビリっときます。
それでも最後の下り坂の直線まで来た時にはホっとしました。

僕らがアパートの下に着いたのは、
ととら亭を出て20分ほど経ったころでしょうか。
ここが最後の難関です。僕は目の前の暗い階段を見上げ、

さて、どうやって登ったらいい?
これまでは右足荷重で登っていたけど今はそれができない。
しかし左足を使うのもご法度だ。

僕はまた暫く考え込んでしまいました。

ん〜・・・仕方ない。
これしかないか。

僕は普段と同じ方法で階段を上り始めました。
ただし右足に荷重するときは思い切り腹筋に力を入れて。

体を持ち上げるたびに右腰すこし上のあたりがビリっときます。

うっ・・ここで爆発したら・・・
最悪は後ろにひっくり返って転落だ。
ってことは、前に突っ込むのがベストとはね。
どっちも勘弁してほしいよ。

こうして果てしない420メートルの後には、
さらに果てしない手に汗握る20段の階段が待っていたのです。

1,2,3,4・・・9、10,11,12・・・

18、19。あと1段。

ふう〜・・・着いた・・・
普段あたり前にやっていることで、こんな達成感に浸れるとはね。
これも怪我の功名かな?

薬の副作用もあって、待ち望んだ布団で横になった僕は、
そのまま朝まで爆睡してしまいました。

一夜明けて腰の具合は・・・まだダメか。
でも自力でトイレに行けるのは幸いです。
じゃないとこれまたプランCになっちゃいますからね。

今日一日、安静にしていれば、明日は動けるようになるかな?
またいつもの420メートルが遠い道のりになりませんように。

えーじ
posted by ととら at 14:19| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記