2021年03月31日

長く遠い旅のはじまり

今日は月末かつ年度末。
一年のうち、大晦日と並んで慌ただしい日のひとつです。

そこで僕らはどうしているかと申しますと、
異動や転勤と無縁になって(昇給と有休も!)早12年。
普段と変わらない1日を送っています。

しかし何の変化もないわけではありません。
やはり春といえば始まりの季節。
PDCAに例えるならDですよ。
冬の間じっくり検討した計画を実行するときじゃないですか。

そこで僕らが取り掛かっているのは旅。
もちろんあした出発するわけではありません。
最後の取材旅行からかれこれ1年4カ月が経ち、
次を視野に入れた資料の読み込みを続けているのです。

この机上の旅がまた実におもしろい。

ルートの選定や取材の軸の決定に始まり、
それに沿った本やウェブサイトの記事を渉猟するのは、
実際の旅のオリエンテーションと驚くほどよく似ています。

2週間前後にわたる通常の取材旅行でも、
その準備におおむね3カ月かけていますけど、
次は2年分、まとめて100日くらい行こうと思っているので、
集めた資料は範囲、量ともにかつてない規模となっています。

この段階でさえ、小さな発見の連続ですから、
出発の日が本当に楽しみですよ。

え? ルートですか?

プランAはユーラシア大陸の横断です。
しかしそれには時間が足りないので、
まず西のポルトガルからスタートして中間地点のイスタンブールまで。
できればモロッコスタートでジブラルタル海峡を渡り、
イギリス領ジブラルタルからユーラシア大陸に入って、
イギリスとアイルランドを絡めるデラックスバージョンで行きたいですね。

こうなるとおおむね30か国前後を巡る旅となるので、
先にお話したように、
事前に調べなければならない範囲と量は、通常の取材旅行のざっと10倍!
となると準備時間も単純計算で10倍の30カ月になりますから、
たとえば来年出発するとしても、
僕らが今、いかに本気で始めているかをご想像いただけるかと思います。

仕事としては1年ごとに事業計画を作っていますけど、
実は、僕のスコープの一番さきにあるのが、
このかつてない、長く遠い旅なんですよ。

えーじ
posted by ととら at 14:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年03月29日

自分の旅のために その21

朝、目が覚めてから布団の中で最初にやること。
それはボディーチェック。

両手を握って開いて、手首を回して・・・OK。
両肘を回して、伸ばして・・・OK。
足首を回して、ひざをゆっくり抱えて・・・OK。
そして最後は腰のチェック。
いきなり起きると危険なので、まず横向けになり、
側位の状態でゆっくり上半身を起こし、ロータスポジションで座る。
ここまで異常なしなら深呼吸。

実はこれ、健康・故障にかかわらず、毎朝やっているんですよ。
だいぶポンコツになってきましたからね。
さて、今朝は昨日の続きなので、
とうぜん最後のところでイエローランプが点灯。

む〜・・・
爆発寸前じゃないけど、ビミョーなビリビリ感があるな。

ともこは今日も休んでいいと言ってくれていますが、
大切な外部との打ち合わせが午後イチでありまして。

どうしたもんだろ?

そこで軽い朝食を摂ってから薬をフルセットで飲み、
1時間後に外へ出てテストしてみました。

ん〜、座っていればなんともないけど、
歩き始めると着地の衝撃でビリビリ感が増幅されてくる。
この調子だと駅に着く前に動けなくなるかもしれない。

打ち合わせはリスケしてもらおうかな?
いや、この事案の年度またぎは避けたいね。
とはいえ、この状態じゃあなぁ・・・

猶予はあと1時間しかありません。

仕方ない、ロキソニンをもう一錠飲んだら、
座薬も使ってフルブーストといくか。

で、さらに様子を見つつ、判断リミットを迎えました。
室内を歩いてみるとビリビリ感はなくなっています。

お〜、ほどよくラリってきたぜ。
これならどうにかなるかもしれない。
最終テストでお店まで行ってみるか。
ダメならそこから引き返せばいい。

「どう? 大丈夫?」
「たぶん」
「打ち合わせは行けそう?」
「ここまでの調子なら、いきなり動けなくなることはないと思うよ」
「無理しないでね」

高田馬場で乗り換えるまではひやひやしていましたが、
それ以降は腰の違和感が消え、
歩くスピードもいつも通りに戻せました。
というわけで僕は無事にタスクを終了し、16時に戻ってきたのです。

春の日差しがうららかな、
スリルとサスペンスの2日間でございました。

えーじ

P.S.
ディナータイムから仕事に戻りました。
のに、ん?
お客さん、来ないな?
posted by ととら at 18:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年03月28日

自分の旅のために その20

左ひざ半月板の手術から1年が過ぎました。

早いですね。
あの時はコロナ騒動が盛り上がる寸前で、
まだ病院の体制も整えられておらず、
こりゃ予定通り入院できるのかしらん?
の状態でした。

そしてその経過観察中の同年10月、今度は大腿骨軟骨が剥離!
なんと同じ病院の同じ手術台に再び上り、
さらに同じ病室に入院するとは想像もしていませんでしたね。
(ベッドは前回の斜前)

そんなこんなの1年間でしたが、
先週の木曜日、定期検診に行ったところ、
ドクターはMRI画像を見ながら、

「ん〜・・・」
「どうですか?」
「これが今日の画像なんだけどね、
 なんとなくこの辺の線が変わってきてるんじゃないかな?」
「・・・・・?」
「ほら、手術前の画像と比べると・・・
 ここ、4ミリくらいの四角いへこみがあるでしょ?」
「はい」
「それが今日の画像には映ってない」
「ということは?」
「軟骨が再生してきてる・・・ように見える」
「おお〜!」
「で、本人はどうなの?」
「長い時間たっていると膝の上の部分が少し腫れたり、
 朝、アパートの階段を降りるときに軽い痛みがありますけど、
 いずれもすぐ回復します」
「痛みはどのへん?」
「膝蓋骨の下のヘリのやや内側で、深さは浅いです」
「ん〜・・・ということは軟骨じゃないな。
 切開した傷が復元する過程なんだと思う」
「そうですね、腫れはマッサージすると引きますし、
 階段を降りるときの痛みも、
 そのあと100メートルも歩いているうちに消えますから」
「それじゃ、次の検診まで様子をみますか」

ということになりました。
実際、日常生活レベルなら(仕事も含めて)ほとんど支障はありません。
ま、いろいろありましたが経過は順調のようで、
めでたしめでたし・・・

と安心していたら、
昨日の夕方、前触れなく腰の安全装置が外れました。
む〜・・・お約束ですね。

ディナー営業は薬をフルセットで飲んで乗り切りましたが、
今朝、起きて支度を始めると、だんだんビミョーなムードに・・・

そんなわけで、
今日のランチタイムはともこのソロとなったのでございます。

まもなく時計は15時。
腰の状態はまだ少々みしみししていますけど、
もう一度くすりをフルセットで飲めば、
多少は動ける・・・かな?

というわけで、
雨が降ってくる前にお店に行きたいと思います。

えーじ

P.S.
アパートを出て100メートルほど坂を上ったところで降参しました。
すみませんが僕は今日、終日お休みさせていただきます。
やれやれ・・・
posted by ととら at 15:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2021年03月25日

The best Teacher

最高の教師とは誰か?

有名校の先生か?
はたまたお寺や教会の聖職者?

実はそうした縁遠い有名人ではなく、
すぐ身近なところにいらっしゃるんですよ。
僕はそれに気づきました。

あれはとある日のディナータイム。
若夫婦と60歳代のご両親の4人がご来店されまして。

皆さん、ゆっくり料理とお酒と会話を楽しみ、
そろそろデザートというときに僕が呼ばれ、

「今日はなにがあるんですか?」
「白ゴマのブランマンジェとエスプレッソプリン、
 それから赤ワインのケーキもございます」

皆さん、顔を見合わせて、

「何にしようか?」
「ん〜・・・悩ましいな」

ほどなく第一声はお母さんから。

「私は白ゴマのブランマンジェがいいわ」

続いてご主人が、

「僕もそれにしよう」

しかし、僕はここでお詫びをしなければなりませんでした。

「すみません、
 白ゴマのブランマンジェは最後のひとつなのですよ」

するとご主人がすぐ反応し、

「ああ、では僕はエスプレッソプリンにするよ」

ご主人は物静かな方ですが、
なにかにつけ、いつもこうして奥さまを気遣っていらっしゃいます。
僕は思わず、

「ご主人はやさしい方ですね」

と視線を奥さまに向けると、
彼女は「そうなんですよ」と言葉にはしないまでも、
その笑顔がすべてを物語っていました。
傍らのご主人も照れ笑い。

それを見ていた僕は一瞬で理解したのです。

これは人生の教室じゃないか。

親としてというより、人生の先輩として、
言葉ではなく、行動を通して、
この一瞬に、老夫婦は若夫婦の目の前で、多くのことを教えていた。

もちろん若夫婦がそれをどこまで理解していたかは分かりません。
しかし、たとえその晩は分からなかったとしても、
やがて二人は、その意味と重みに気付くことでしょう。

人が幸せになるために必要な知恵とは、教室や聖堂ではなく、
こうしたところから学べるのかもしれない。

僕はそんなことを考えながら、
春の日の夜に、4人の背中を見送ったのでした。

えーじ
posted by ととら at 01:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年03月22日

3歩進んで2歩・・・?

非常事態宣言が解除されました。

で、僕ら東京の飲食店は?

時短要請が1時間緩和され、これをととら亭に当てはめると、

18時 オープン
20時 オーダーストップ(お酒も)
21時 クローズ


と相成りました。
業務的観点から当店に限って評価すれば、
これは『前進』といえます。

しかし、
東京都の新型コロナウイルス感染者数をグラフで見ていると・・・

ビミョーですね。
すでにベクトルが反転しているし。

コロナ騒動も始まってはや1年。
まだまだ先は長いことを考えると、
各種対策について効果検証をした上で、
いちど棚卸しをした方がいいのではないかしらん?

これはあくまで個人的な意見ですけどね、
何でも教科書的な愚直さでゴリ押しするより、
手間とコストとその効果を秤にかけて、
あんまりペイしないものはやめるのもありなんじゃないか?
と思うんですよ。

皆さんも「これってなんの意味があるんだろ?」
と感じていることは、少なくないんじゃありません?
たとえばスーパーで、
鮮魚がみんなご丁寧にパック詰めされてるところとか。
(野菜はバラ売りされているのに)
あれは新型コロナウイルスの蔓延防止に効果があるのかしらん?

よしんば可能性はゼロではないにしても、
その感染ルートのリスクと、対策の手間とコストは、
バランスが取れているように見えないんだけどな。
(やらされている方はえらい手間だしコストもかかるし・・・)

そこで思い出したのは、
僕がIT稼業でセキュリティを担当していたとき。
とても手を焼いたのが、

「何かあったらどうするんだ?」

という突っ込みでした。

こういう手合いを説得するのは難しいんですよ。
なぜなら、不確実性のかたまりの中で、
すべての起こりうる可能性に対して完璧な対策を用意するというのは、
人間技ではないでしょう?
(できる人を知っていたらぜひご紹介ください)

かといって僕はノーガード戦法を推奨しているのでもない。

コスパを考慮したドライなリスク評価で、
持続可能な対策を柔軟に切り替えながら実行する。

危険といわれる飲食店で危険なのはお客さんだけではありません。
僕らこそ毎日1日中そこにいるわけですから、
まさしく他人事ではないのですよ。
だからほんとにマジなのです。

そこで僕らがここまでやっていた対策は、
専門家のお墨付きこそありませんけど、
ある程度の有効性を証明していると考えています。
この1年間、僕らが内科医のお世話にならなかったのは事実ですからね。

え? 去年2回も入院したのはどこのどいつだ?

ああ、あれは両方とも整形外科ですよ。
この11年間で4回の入院はぜんぶそう。
僕はあれらに限らず整形外科のロイヤルカスタマーですから。

ということは、コロナ対策以前にそっちを考えたらどうだ?

ん〜・・・確かに。
その通りでございます。

えーじ
posted by ととら at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年03月20日

昨日とは違う世界へ

春といえば進学と就職の季節。
しかし中には転職という方もいらっしゃいます。

コロナ禍で経営環境が厳しさを増す昨今、
5カ月間に及ぶ就職活動を続けられたケースもありました。

「明日4件目の面接なんですよ」

「この前のはダメでした。
 でも今度は1次が通って来週2次面接です」

転職を繰り返した僕らには、
どうも他人ごととは思えない時がありまして、
「がんばってね!」という声にも力が入ってしまうことがしばしば。

しかしその分、
「決まりました!4月1日から勤務です!」
そんな言葉を聞くと、こちらの嬉しさもひとしおですね。

転職というのは就職と明らかに違います。
なぜなら転職には前職があり、前職を辞める理由がある。
その内容は人それぞれですが、
経緯に重みのない人はまずいないでしょう。

そして面接で値踏みされる経験を繰り返すうちに、
組織というものの本質が、労働という行為の本質が見えてくる。
それはちょっと、
再婚した人にも共通した何かがあるような気がします。

僕はそうした『前』を持つ彼、彼女に、
なにかシンパシーを感じてしまうんですよ。

『前』は過去になったとしても、それはけして『失敗』ではない。

言い換えれば、
『知った』ことが『分かった』段階に昇華されたとき、
僕らはまたひとつ、本当の意味で、前に進むことができる。

これは若造だった頃の僕にとって、
理解のできないことのひとつでした。

いってらっしゃい!

えーじ
posted by ととら at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年03月17日

12個目のダルマ

独立11周年記念週間が終わりました。

結局、非常事態宣言がずっと続いていたので、
この記念の2週間もずっと19時ラストオーダー、20時閉店。
こういうのは独立した2010年に想像もつかなかったことです。
ホント、世の中なにが起こるか分かりませんね。

しかしながら限られた期間でも、
僕たちの思い出の料理、
チレス・エン・ノガーダの経験をシェアできたことには、
とても感謝しています。

昨今の過酷な経営環境に加え、僕らふたりの健康状態を考えると、
ある意味、これはミラクルイレブンなんですよ。
われながら、
よくここまでこの旅を続けて来られたと思っています。

ダルマは今日で交代。

12個目も両目が入るかどうか分かりませんが、
一日一日を積み重ねて2022年の3月3日を目指して行きます。
この感覚は、まさに僕らの旅そのもの。

明日が予測できれば楽ですが、
分からないからこそ意外な出会いの喜びもある。

ま、安定より変化を選んだ道というのは、
こういうものなんでしょうね。

えーじ

daruma2021.jpg
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2021年03月14日

ポキポキしないで

今を去ること35年。
僕はラグビーとバイクとバンドに明け暮れつつ、
(あと女の子も!)
萩原朔太郎や中原中也を耽読するロマンティックな少年でもありました。

そこでたびたびユリイカや現代詩手帖などの文芸誌に詩を投稿したり、
出版社が主催する詩の研究会に出入りしていたのです。
その研究会は、持ち寄った作品を朗読し、
それを先輩詩人の先生方が批評をするというものでした。

そんなある日のこと。
僕が朗読を終えると、リーダー格の年配の詩人が開口一番、

「観念的すぎる。どこがおもしろいのかさっぱりわからんね」

室内はし〜ん・・・
駆け出し詩人(のたまご)の僕は神妙な面持ちのまま。
するとすぐ別の先生が、

「そうかな? 私はおもしろいと思うけど」

僕はここでも黙っていました。
しかし心の中で、

僕の詩は「おもしろい」のか? それとも「おもしろくない」のか?
どっちなんだろうね?

この問いは、ここで始まり、ここで終わったものではなく、
詩や音楽、ひいては本やととら亭など、
ゼロからなにかを創り、それを世に問うことを続けている僕にとって、
常に向き合うものとなったのです。

これを読んでいる皆さんには意外かもしれませんけど、
ととら亭の料理をおいしいと言ってくれる人もいれば、
のどを通らん、という人もいる。
(本当ですよ)

僕のブログや本をおもしろいと言ってくれる人もいれば、
つまらんという人もいる。
(これも本当ですよ)

試しにGoogleで『ととら亭』や『久保えーじ』を検索してみて下さい。

いかがです? まさにこれまな板の上のコイ!
いろんなことを言われているでしょう?

そこでネガティブな批評を読んだ僕はどう反応すべきか?
(って、あんまり自分の評価って読んでいないんですけど)

けしからん!
なんにも分かっていないやつだ!

とは思いません。

それでいいんですよ。

何をどう感じるかはその人の自由です。
いずれも自分の感想を素直に言っているだけ。
かくいう僕だっておもしろいもつまらないも自由に感じている。
だから相手も当然その権利を持っているし、
誉め言葉だけしか認めないというのはフェアじゃない。

そもそも人はそれぞれ違っているじゃないですか?
僕の評価とともこの評価だって完全に一致することはまずありません。
つまり100人ひとがいて満場一致の評価なんてない。
(あったら教えてください)
それが人間の世界のナマのリアリティなんですよ。

3月も中旬。
学校や会社での評価で一喜一憂する、
試験と人事の季節がやってまいりました。
最近ではこれにSNSのコメントや『いいね』の数も加わり、
なにかと「心が折れました」という話を聞きます。

でもね、僕の個人的な例を持ち出すまでもなく、
そんなに真面目にポキポキ折れなくてもいいんですよ。

100人を相手にして100人から認められることはまずありません。
しかし同じように、
100人を相手にして100人から否定されることもない。

換言するなら、分かってくれる人は分かってくれる。
たとえその場にいなくても、分かってくれる人は必ずどこかにいる。
(本当ですよ)

だったら、それでいいじゃないですか?

少なくとも僕は、自分の仕事の結果にたいへん満足しています。
いずれも自分なりのベストを尽くした結果だし、
なによりほら、
今日もあなたはこうして最後まで僕の話を聞いてくれたでしょ?

だから僕は創り続けていられるのです。

季節は春。
ポキポキしないで前に進みましょう!

えーじ
posted by ととら at 15:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年03月11日

それぞれの311

10年前の今日、皆さんはどこで何をしていましたか?

ととら亭は独立1周年を迎え、
記念週間の8日目が過ぎようとしていたとき。
僕はランチの片づけを終えて、
カウンターでデスクワークをしていました。

そして14時46分。

さいわい、ととら亭の被害はワイングラスが数個われた程度でしたが、
当時すんでいたマンションの部屋は、
プロレスラーがバトルロイヤルを繰り広げたかのような状態に。

余震が続き、失火した場合に消防の出動が期待できないことから、
当日はディナーを休み、自宅の片づけに専念したことを覚えています。

鳴り続ける開かずの遮断機。
余震のたびに見合わせる不安な顔。

そして翌日から始まった放射性物質騒動。
節電で街は暗く、仕入れは不安定になり、
それはまるで10年後に始まるコロナ禍の前兆のような日々に。

それでも僕らは乗り越えて来られた。
だから、10年後の今日がある。

その、あなたの、僕たちの、
それぞれの記憶と思いをみんなでシェアし続けて行きたい。

311が、本当に終わったといえる日まで。

えーじ
posted by ととら at 17:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年03月10日

消えてゆくもの

消費形態の変化が街の構造まで変えつつある。
そういわれて久しくなりました。

これはマクロな話に限らず、
ととら亭があるような住宅地型商店街の店舗構成にも表れており、
かつてどこの街にもあった業種で消えつつあるものがあります。

たとえばレンタルビデオショップ、CDショップ、
書店、写真屋などなど。

今あげた業種への淘汰圧は言わずもがなインターネットによるものですが、
影響範囲はそこに紐づく裾野産業まで広がっているのですね。

先日、野方駅でともこと電車を待っていたとき、
ちょっとショッキングなことに気付きました。

「ねぇ、環七沿いに三脚の会社があったよね?」
「ああ、Velbonさんね、ほらあそこに看板のあるビルがそうだよ」
「え? どこ?」
「ほら、11時の方角に・・・あれ?」

ふと見てみれば、ビルの上にあったはずの看板がありません。

どうしたんだろう?

と思って帰ってから調べてみると、
なんと昨年の8月に三脚事業をハクバに譲渡していたじゃないですか。

僕は驚いたというより、
そうか〜・・・そうだよなぁ・・・
という寂しい気持ちで納得したのでした。

話を戻して考えてみるに、商店街から写真屋がなぜ消えたのか?

それはカメラが売れないから。

実際、コンパクトカメラ市場は急速にしぼみ、
カシオやオリンパスなどが事業を売却してしまいました。
一眼レフカメラの市場ですら、
王者のニコンが苦戦を強いられているくらいです。

となれば、当然それに紐づく3脚や交換レンズ、
フィルターなどの業種も厳しくなる。

なかでも3脚業界は悲惨でした。
カメラの衰退以前に手振れ補正技術の進歩が、
3脚を無用のものとし始めていたのですから。

カメラはスマホがはじめて。
という方には想像もつかないことかもしれませんが、
肘を伸ばして写真を撮るなどというフォームは、
15年ほど前までありえないことでした。

なぜか?

そんなことをしようものなら画像はブレブレで、
何が写っているのやら分かったものではありませんでしたから。

ところがスマホに限らず、
最近のレンズは殆ど光学的な手振れ補正機能を実装しています。
そしてその性能は驚くほど優れている。

実際、僕が使っている8年前に買ったコンパクトデジタルカメラでさえ、
暗い室内のみならず、夜景も手持ちできれいに撮れます。

そうなると三脚はどこで使われるのか?

思えば僕も仕事上で使うともことのツーショットか、
メニュー撮影くらいしか三脚を使わなくなってしまいました。

実はその三脚もVelbon製。
旅人の先輩であり、写真の師匠でもあったN氏から、
20年以上前に譲り受けたものです。

カメラがスマホにとって代わり、手振れ補正技術が進歩した結果、
かつてあって当たり前だったものがなくなる。

社会の変化の本質とはまさにそういうことなのですけど、
Velbonが最後は自撮り棒を作っていたという話を聞くに及ぶと、
なんともいえない静寂感がこみ上げてきました。

そう、SNSのアカウントもYoutubeのチャンネルも持たない、
僕のようなスタイルも、
今となっては旧態依然としたものなのかもしれませんね。

えーじ
posted by ととら at 17:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2021年03月08日

マニアな僕らのそのココロ 後編

独立して初年から事業課題の筆頭に挙げつつ、
11年たってもクリアできないこと。
それは・・・

労働時間の短縮です。

いや、人権回復ともいえるこの問題。
今でも僕らの労働時間は、
ひとりあたり月に400時間を切ることがほとんどないんですよ。
(個人経営の飲食店はたいてい似たり寄ったりですが・・・)

その原因の一端を前回、そで看板を例にお話しましたが、
今日はフツーやらないDIY仕事がボリュームとしてどれくらいあるか、
ファサードに視点を移してご覧にいれましょう。

makingfasade.jpg

1.丸電灯に書いてある『ととら亭』の文字
  ともこがペンキで一発書きしたもの。
  やり直しがきかないのでかなり緊張して書いていました。
  
2.のれん
  まずロゴは、
  a.手描きの人物イラストをスキャナーで取り込み、
    看板と同じくベクトルデータに変換。
  b.イラストレータでその他の部分を描いて合成。
  『旅の食堂』の文字をこれまた看板と同じように作成。
   最後にそれらをレイアウトし、
  『ととらレッド』のCMYK数値を添えてデータ入稿。
  イメージが形になる。これも納品されたときは感動しましたね。

3.曜日別営業スケジュールの黒板
  歯医者さんのデザインをパクリ、PCで作成したものをパウチ。

4.メニューブック
  『旅のメニューのヒストリー』の元ネタになっているもの。
  これまたDIYの極致でメニュー写真、
  キャプション、デザインなどすべて手作りです。
  旅のメニューの再現に取材後、最低でも3カ月かかる理由のひとつがこれ。

5.踏み台
  最初に作ってくれたのは開業時にお世話になった内装工事の大工さん。
  その後の再塗装は僕たちでやっています。

6.メニューケース
  『世界の料理とお酒』の内照文字も看板と同じテクで作成。

7.営業サインボード
  看板と同じテクで作ったもの。日本語、英語、ハングルで表記しています。

8.黒板を乗せている切り株
  看板の素材と同じく荒川で拾ってきました。
  その後、腐らないようにクリアニスで表面をコーティング。

9.特集ポスター
  メニューブックのデザインをリミックスして作ります。
  印刷単位はプリンタの機能上の制限でA3を横2枚で構成するように分割。

10.チラシ
  日本語版、英語版の販促チラシ。特集が変わるたびに作り替えています。
  英語版のコメント文の監修はTabiEatsのシンイチさん。

11.ポスターボードを乗せている椅子
  これも荒川岸での拾い物。

12.営業時間短縮の告知
  都のウェブサイトからダウンロードしたステッカーと、
  具体的な営業時間を表示したポスターを作製してパウチ。

13.アンコールメニューポスター
  これも特集メニューポスターと同じく、ブック用デザインのリミックス版。

14.ワインボトルをディスプレイしているワインの空き箱
  これは酒屋さんで頂きました。

15.袖看板
  こだわって荒川岸を探し回った甲斐がありました。
  全体の完成イメージが頭にあったので、
  この板の形とサイズがどうしても必要だったのです。

16.ギョーザ本のポスター
  出版社からの販促データを使い、キャプションとデザインは僕が作ったもの。

とまぁ、こうしてととら亭は僕らの持てるスキルのすべてと、
膨大な労力を投入して作られているのですが、
そんなマニアのそのココロとは?

外注予算がないから!

なのでございました。

ちゃんちゃん!

えーじ
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2021年03月06日

マニアな僕らのそのココロ 前編

ご来店された方はご存じとおり、
ととら亭の料理はすべてともこが手作りしたものです。
しかし『手作り』しているのは料理だけではありません。

前回のブログで独立間際のボロボロ状態をちょろっとお見せしましたが、
今日はととら亭そのものがどの程度DIYで出来ているか、
その端的な例をお話しましょう。

sbmaking01.jpg

これは2010年1月4日。
当時まだ北千住に住んでいた僕らは自転車で荒川の川岸に出かけ、
なにやらこうして怪しい動きを・・・
僕は拾った板切れを手に雄叫びをあげています。
その訳は・・・

実はお店の看板を作る素材を探しに行っていたのです。
川岸を徘徊すること数時間。
「あった!これだ!」
僕はイメージ通りの形をした板を見つけ、
喜んでいたのでした。

sbmaking02.jpg

素材はこれだけではありません。
次はともこに毛筆で『ととら亭』と書いてもらいました。
ここからバトンは僕に渡ります。
で、どんなことを始めたかというと・・・

1.ともこが半紙に筆書きした『ととら亭』という文字をスキャナーで取り込み、
2.取り込んだ画像のデータ型をビットマップからベクトル型に変換。
3.『ととら亭』という文字列を『と』『と』『ら』『亭』に分解して再レイアウト。
4.各文字を拡縮しながら文字列としてのバランスを取り、
5.再度分解して各文字ごとに印刷。
6.印刷した文字の余白を切り、板の上で項番4のとおりに再構成して貼り付け。
7.彫刻刀で文字部分を浅く彫り、残った紙を剝がしたら、こげ茶のペンキで彩色。

こうしてととら亭の顔の一部である袖看板が生まれたのですが、
素材がひとつしかないため失敗は許されません。
そこで写真左端の本番に取り掛かる前に、
練習と仕上がり確認をかねたプロトタイプを作ることにしたのです。
ともこが取り掛かっているのがそれ。
ちなみに作業分担は項番1〜5までが僕。そこから先がともこです。

signboard2010.jpg

こうして出来上がった袖看板。
最後は大工さんに穴を開けていただき、鎖で吊るして完成!
こうした長い道のりを経たものですから、
この時の僕らの感動はご想像いただけるかと思います。

えーじ
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2021年03月03日

11回目の独立記念日

初心わすれるべからず。

なにごともそう言われておりますが、
僕らにとって初心に相当する独立に至る日々は、
忘れたくても忘れられない仕事の原点。

それはこの長い旅を続けるうえでコンパスのような役目もしており、
判断に迷ったり、進路を見失いそうになったとき、
いつも僕らを進むべき方向へ導いてくれるのです。

そして、その地図に相当しているのがこれ。

historybook.jpg

カウンター席の前にひっそり立てかけてある『旅のメニューのヒストリー』。
ここには2010年3月以来、
これまでに再現した140種類におよぶ旅のメニューが収められています。
ページを繰りつつ、特集やメニューの繋がりを見ていると、
11年間の長い旅のルートが鮮やかに蘇ってきます。

OK、この進路で間違いない。

今でも時々、こうして方向を確かめながら、
僕らは仕事を続けているのですよ。
とにかく何年たっても迷うことはなくなりません。
とりわけ出発したときは字義通りの五里霧中。

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なんだか分かります?
これ、2010年1月中旬当時のととら亭。
ホールからキッチン方向を見た状態です。
ご覧のとおり、なんにもない。まさしくゼロからの出発でした。
しかもほとんどがDIY。
可能な限り自分たちでやっていたものですから・・・

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こうなるわけです。
これはオープンを数日後に控えたある晩の光景。
アパートに帰れず、お店に寝泊まりする日々が続いていました。
ほんと、むちゃくちゃしんどかったです。
でも、この日々があったから今がある。
この日々を忘れないから旅を続けていられる。

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今日はととら歴11年と1日目。
また新しい旅の始まりです。
船体もクルーも老朽化が進み、高い波がとうぶん続きそうですが、
まだ見えない未来に向かって漕ぎ出したいと思います。

よし、錨を上げろ!

ともこ & えーじ

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posted by ととら at 16:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記