2021年12月31日

Such is trip

1年は誰にとっても365日。

そして先を見たら果てしない日々も、
過ぎてみれば、あっという間だった。
そんな感覚も、よく聞く話です。

このパースペクティブの中で、
今日は僕にとってルートチェックの日。

地図のない旅で方向を決めるのは難しい。
あれこれ調べて考えた末に、
最後は勢いで歩き始めることだって珍しくありません。

しかしその決断が正しかったのかどうかは、
実際に歩いてみて、振り返った時でしかわからない。

今年はまさに未踏の地を行く日々でした。
そして幸い、
僕らが進んだルートは間違っていなかったようですね。

さて、次は来年のルートを探す番です。
ふたりして1カ月前に予定通り失業し、
肝心のトレップは道半場。
さらに新たなハードルが迫っているとあっては、
楽なオプションがあるとは思えません。

しかし旅は常に楽しさ100パーセントではないもの。
雨や雪の日だってあるじゃないですか。

まずは目的地に無事つくこと。
途中の紆余曲折はあってしかるべきと考えて柔軟に切り抜ける。

来年もまた僕たちらしい、このスタイルで行こうと思います。

Such is life ならぬ Such is trip.

皆さまもよい旅を!

えーじ
posted by ととら at 00:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年12月29日

2021年を振り返って

この1年を振り返って思い浮かぶのは、
忍耐と原点回帰の感覚でしょうか。

前者は言わずもがな、去年に引き続き、
今年も旅に出られませんでしたからね。
陸に上がった河童も2年続くと、
自分が河童であることを忘れてしまいそうです。

しかし、忘れてしまえば、それほどストレスにはなりません。

それより日々フラストレーションを溜めた原因は、
まともな仕事が出来なかったことかな?
時短営業に狭小店舗でのソーシャルディスタンス、
しまいにゃ、お酒を出しちゃダメだったでしょう?
ああなるともう、旅の食堂としての体をなさないんですよ。
これにはホント、参りました。

さいわい移転公表から閉店までの2カ月間は規制が緩和され、
本来のスタイルで駆け抜けられましたけどね。
あのままだったら何とも虚しいフィナーレになってしまったと思います。

そうそう、その移転を公表してから、
「ととら亭をやめちゃう」「ととら亭がなくなっちゃう」
というお言葉を沢山いただきました。

その度に「いやいやそうじゃないんですよ」と説明を始めたわけは、
ひとえに感覚のギャップに求められると思います。

確かに野方のととら亭はなくなってしまいます。
(というか実際もうありません)
僕らも閉店とかフィナーレなんて言葉を使いました。
でも、感覚的には純粋に原点回帰なんですよ。

とりわけ店舗を引き渡すために片づけていた時など、
みるみるものがなくなり、開業当初の状態に戻るととら亭を見ていたら、
2010年の始まりの日々が鮮やかに蘇ってきました。

そしてそれは客観的なイメージにとどまらず、
僕らの感覚の中心にまで及んできたのです。

既存の生活でのルーチンから未知の世界へ一歩踏み出すことは、
まさしく新しい旅のはじまりと同じ。
ですから僕らのなかには、
『終わり』という感覚がまったくありませんでした。

原点回帰。

それは河童が本来の自分に戻る場所でもあるのですね。

えーじ
posted by ととら at 11:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年12月27日

僕らの近況

今年も残すところあと5日。

例年なら大繁忙期の渦中ですが、
今年はアパートで規則正しい生活を送っています。

ほんと、人生は何が起こるか分かりませんね。

僕はしばしば Let's dive into the UNKNOWN future.
と書いていますけど、
まさしく僕らの未来はUNKNOWN(未知)なんですよ。

それでととら亭移転計画TReP(トレップ)も、
6年前のプランAにはじまり、B,C,D,E,Fと流れ、
今はプランKくらいまで来たのではないかしらん?

基本の軸がぶれていないのが幸いですけど、
方法やスケジュールの変更は、
何度やったかもう分からなくなりました。

ま、こういうのはアフリカや南米の旅で慣れてはますけどね。

何ごとも他者の関与率が上がると不確定要素も比例して上がります。
実際、トレップも僕ら二人でやるタスクは、
みなオンスケジュールで進めていますが、
ひとたび行政やハウスメーカー、不動産会社が絡むと、
ボールがどこかへ行っちゃうのはお約束。

それを追いかけてこつこつ転がしていたら、
ネクタイ締めてプロジェクトに参加していたころを思い出しました。
独立してなおこういう仕事をするとは、
まさしくUNKNOWNですな。

しかし、さんざんやったということは、
学習の機会にも恵まれたということでもあります。
そう、こんなときは嘆いてみても始まらない。

与えられたリソースを使って、いかにポジティブな行動をとるか?
これに尽きます。

そこで今はこの時間を使い、トレップと並行して、
これまで忙しくて出来なかったペーパーワークや長期取材旅行の下調べから、
実家のこまごました用事まで、地道に進めています。

ともこもアパートの片付けの傍ら、珍しく座学で料理や取材計画を研究中。
やっぱり時間と気持ちの余裕がないと、
新しいことには取り組めませんからね。

そうした意味ではこの足踏み状態も、
いい経験のひとつになっているのでしょう。

えーじ
posted by ととら at 12:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年12月24日

Be yourself today.

まだ小さな子供だった頃。
よくあるブロークンファミリーに生まれ育った僕は、
誕生日やクリスマス、年末年始など、
「こう過ごすべし」とかかる暗黙の社会圧が、
まことにうざったいものでした。

そう言われたって、
うちにはねぇんだよ、そんなもの!

しかしいつまでも、
ご世間様に背中を向けてばかりじゃいけません。
そこで自力で人生をどうにかできるようになってから、
マニュアルどおりにやってみたのです。

たとえばクリスマスでいうと、
イヴは自宅に彼女を連れ込んでむふふに過ごすとか、
おカネがどうにかなるようになってからは、
洒落たペンションにお泊まりしちゃうとかね。

で、楽しかったです。
そういうのも。

ませた小僧でしたから目いっぱい背伸びをして、
「こう過ごすべし」を片っ端からやってみたのですよ。

しかし、そんなことも長らく続けていると、
どこかで楽しいふりをしている自分に気付くものです。
そこでふと立ち止まる。

おかしい。何か変だ。
ハッピーなはずなのに、100パーセントとは言い切れない、
奇妙な隙間があるような・・・

やがて僕は、そうしたイベントデイのお約束ごとが、
必ずしも自分の本当にやりたいことと一致していない事実を悟ったのです。

それからというもの、年末年始にひとり旅に出る、
クリスマスだろうが正月だろうが、その時に自分の食べたいものを食べる。

これでいい。
だって楽しいんだから。

そう、僕らに必要なのは、匿名で書かれた人生マニュアルではなく、
自分の行くべき方向を指し示す、
自分だけの心のコンパスなのではないか?

それを手に入れて以来、
僕は「こう過ごすべし」という、
おせっかいな社会圧を受け流すようになりました。

ま、楽しめる人はそれでいい。
でも、もしそうでないならば、別の選択肢だってある。

Be yourself today.

僕も、あなたも、自由なんですよ。
本当はね。

えーじ
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2021年12月21日

スーパーが消えて行く街 後編

「これから買い物はどうしよう?」
「まったく無責任だ!」

スーパー廃業のニュースが駆け巡った野方では、
僕の知る限り、批判的な反応がほとんどでした。
それもよく聞いていると、
批判度は僕ら業者より一般消費者の方が高い。

このギャップもまた、さもありなん。

これはスーパーに対する依存度に比例するものではなく、
商店街ビジネスの見え方の差に起因しているのですよ。

公の発表では建物の老朽化が廃業の理由でした。
しかし、それを真に受ける業者はまずいないでしょう。
業種がどうあれ、ビジネスマンなら説明不要ですが、
儲かっている商売は辞める理由がありません。
儲かっているんですから。

でしょ?

故に逆もまた然り。

なぜ辞めるのか?

儲からないからです。

以上。

こういうのは経済学や経営学を勉強するより、
独立して商売を始めた方がずっとよく分かります。

で、ここまでなら僕にとって他人事です。
しかし移転を前提としてでも、そうではないから考えちゃう。

なぜか?

まずは今さらながらに質問です。

スーパーマーケットって、何を売っている店でしょう?

まぁ、今どきいろいろやらなきゃやって行けないので、
大きいところは生活百貨店化していますけど、
基本的に肉、魚、野菜、乾物など、料理素材を売る店です。

それが乗降客数18,888人/日の駅のお膝元で、
3店もいらないその訳は?

料理をする人、つまり内食が減ったからです。

ほら、あなたの街でも総菜屋が増えてきているでしょう?
それも売っているものは唐揚を中心として大差ないにもかかわらず。

これは馴染の八百屋さんの話からも裏付けられています。
今はじゃがいもや白菜など、調理しなければ食べられない野菜は売れず、
レタス、トマト、キュウリなど、
切るだけで食べられるものが主流になっているとか。

ここで次の質問です。

ではなぜ料理をする人が減ったのでしょう?

核家族化が完了し、世帯の構成員が最小化されてきたからです。

料理というのはすべからく生産経済性と紐づいています。
簡単に言うと、手間とレシピ上の条件から、
大人数であるほどレパートリーが増え、その逆もまた真なり。

ひとり暮らしの方ならご存じのとおり、
いくら料理好きでも煮物系や揚げ物を作る気にはならないでしょう?
前者は少量作ってもおいしくないし、
かといって大量に作ったら食べるのに飽きてしまう。
後者は1人前のエビフライを作って頂ければ説明不要だと思います。
片付けてるときに2度とやるまいと心に誓いますよ。

また世帯構成員が少ないことは、忙しくなるという意味でもあります。
仕事以外に家事もしなければなりませんからね。
ですから21時過ぎに帰ってきて、
「さぁ、うまい手料理を作るか!」って気にはまずなりません。

さて、これを核家族の一般的なライフスパンで考えると、

若年の一人暮らし        → コンビニ
30代の子供なし2人暮らし    → コンビニ、中食、外食
40代の子供あり3人暮らし    → スーパー、コンビニ、中食
50代の子供が巣立った2人暮らし → スーパー、中食、外食
60代以上の1人暮らし      → 中食、コンビニ

おおむねこんな食事傾向となり、スーパーで買い物をする、
つまり生産経済性と余暇の観点で内食が妥当な範囲は、
人生の中でたった20年しかない。

遠からず日本の大都市は香港やバンコクのように、
スーパーマーケットや市場がほぼ業者専用に集約し、
一般消費者は朝食から夕食まで中食と外食が中心になるのではないか?

2店のスーパー丸正が看板を下ろしたのを見ながら、
僕はそんな風に考えていたのでした。

えーじ
posted by ととら at 10:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年12月18日

スーパーが消えて行く街 前編

僕がテナントの鍵を返した今月15日、
奇しくも同じタイミングで、
野方に3店あるスーパーマーケットのうち2店が閉店しました。
(両方とも同一経営で1店は11月末に閉店)
いずれも60年近く営業していた老舗です。

この衝撃は地元の一般消費者のみならず、飲食業者にも大きかったですね。

「これからいったい、どこで買い物をすればいいんだ?」

そう、客席数が20席未満の小規模店の場合、
仕入れは業者さん経由だけではなく、
膝元のスーパーを利用することがよくあります。

野方は商圏が東西に走る西武新宿線の線路で南北に分割されており、
南側にはこれでスーパーがなくなってしまったのですから、
確かにこの影響は大きい。

しかし、ミクロ経済に12年間密着していた僕にとって、
この事件は意外な感じがしませんでした。

と、申しますのも、スーパーマーケットというビジネスは、
大勢のお客さまで賑わう店内とは裏腹に、
涙なくして語れない財務事情があるからです。

一般的なデータとして、
コロナ禍以前より原価率が76パーセントを越え、
営業利益率が3パーセントを切っているんですよ。

これをととら亭に置き換えると、
たとえば100万円を売り上げても、
仕入れやテナント賃料、水光熱費を支払ったら、
3万円しか手元に残らない計算になります。

そこで更にコロナ禍で内食需要は増えても、
それを相殺して余りある外食需要が長期にわたって激減したでしょう?
飲食店1店の需要は一般消費者の数十倍ですから、
このダメージは計り知れません。

正直、「よくやっているなぁ・・・」と思っていました。
そして他人事ではなく、野方の店を閉めてもなおわが身の問題として、
思い巡らさずにはいられないのです。

なぜならこれはローカルな事件ではなく、
これから移転する柴又も含めた日本全国規模の潮流だから。

ほら、あなたの街の商店街でも、程度の差こそあれ、
まず魚屋、肉屋、乾物屋などの素材を売る店が減り、
そこが飲食店や整体、
塾、歯医者などのサービス店に変わってきたでしょう?

それから個人経営とチェーン店の店舗比率が、
後者に大きく偏ってきていません?

つまりどこも商店街の規模が縮退し、店舗構成が画一化してきている。

その理由って分かります?

to be continued,,,

えーじ
posted by ととら at 11:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年12月15日

乾杯!

先ほどお店の鍵を返してきました。
これで12年間に渡る野方のととら亭は、
完全に終了となります。

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なんていうとセンチな響きがありますけど、
それより走り切った達成感の方が大きいかな?

ゼロからはじめて2年間は日々これ挑戦の連続。
旅の食堂のスタイルを確立してからも、
ブラッシュアップするのに5、6年はかかりました。

その間に訪れた国は50カ国、
ご紹介した料理数は140種を越えていたでしょう。

ほんと、やるべきことはすべてやった・・・
という感じ。

もちろんそれが完璧だったというわけではありません。
皆さまからお叱りを受けることも少なくなかったと思います。
でも凡人の僕らにしてみれば、あれが限界だったのですよ。

inside01.jpg

鍵を返したとき、肩の力がふっと抜けた気もしました。

シビアな意味では、
払うべきを払い、返すべきを返すという、
経営者としての責任をすべて果たしたからです。
(あとは来年の納税ね)

さて、ここで数日、ゆっくり体と心をリセットしたいと思います。
完全に仕事を離れるのは何年ぶりだろう?

今夜は二人で祝杯です。
たまには自分を褒めてやらないとね。

えーじ
posted by ととら at 16:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年12月12日

器に魅せられて

昨日は朝から合羽橋の道具街へ行ってきました。

dengama.jpg

時間を気にせず、この街を歩くのは12年ぶりでしょうか。
どういう食器で料理や飲み物を提供するのか、
開業前は1日かけていろいろなお店をはしごしたものです。

ともこの後ろに写っている田窯さんもそのひとつ。
数ある合羽橋の食器店の中でも異彩を放つ存在として、
僕らは会社員時代から長らく通っていました。

その流れで独立前からいろいろ相談にのっていただき、
デザートの益子焼やコーヒー茶碗の信楽焼きは、
センスのいいOさんのアドバイスによるものなのですよ。
昨日は久しぶりにお会いして、当時の話で盛り上がりました。

ととら亭のコンセプトのひとつは、
外国の料理を和食器で提供するというもの。
これ、食とは文化の混淆や融合であるという特徴を表現する、
意図を込めたつもりなのですが、
いざやってみると、とても難しいことが分かったのです。

たとえば、ただ同じ汁ものだからといって、
スープを味噌汁椀でサーブしたら・・・

変でしょ?

グラタン系にしてもそう。
あれを土鍋で出したらねぇ・・・

ありがちな多国籍料理店のように脈略のない寄せ集めにせず、
ひとつのコンセプトに基づき、
統一感をもってコンパイルするにはどうしたらいいか?

ここはもう、足を使ってさまざまな食器を手に取り、
質感を確かながらイメージを膨らませて行くしかない。

ととら亭のデザインは食器のみならず、
ファサードや店内の装飾にいたるまで、
こんな風に創られたものだったのですよ。

さて、柴又での再スタートに向けてはじめたのは、
幾つかの食器やグラスの見直しです。

野方でもベストを尽くしたとはいえ、
予算や収納場所の制限で、
100パーセント納得していたわけではありませんでした。
そこでこれを機にグラス系のアップグレードと
サーブの仕方も再検討することにしたのです。

へとへとに草臥れて万歩計を見れば2万歩越え!
それでもあれこれイメージを浮かべながら、
合羽橋道具街を徘徊するのは、実に楽しいものでした。

帰りはちょっと足を延ばして、これまた久々の浅草へ。

sensouji202112.jpg

実はこの街も出店候補地として、
12年前に何度も通った場所なのです。
なんか懐かしかったなぁ。

これもまた原点回帰か・・・

そう、ひとつの旅の終わりは、
次の新しい旅のはじまりなんですよ。

えーじ
posted by ととら at 12:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年12月09日

Distance

僕が住んでいるアパートからととら亭までの距離は、
おおむね440メートル。
普通に歩いて6〜7分くらいです。

感覚的にも『すぐ近く』なのですが、
これはあくまで元気なときのこと。

たとえば松葉杖を使って歩いた場合、
その体感距離は3倍程度まで伸びましたし、
腰の安全装置が外れて、いつ爆発するか分からなくなったときは、
普段の『すぐ近く』が涯しなく感じられたのを覚えています。

移転を公表して以来、
ご年配のお客さまと話していて、
僕はしばしばこれらの体験を思い出していました。

若い方の中には、
「ああ、場所が柴又に変わっただけじゃないですか。
 オープンしたらすぐ行きますよ」
と気軽に言っていただけたこともあります。

しかし、脚に不調のある方にとって3回乗り換えの70分コースは、
挑戦すべきハードルではないでしょう。

「あななたちがいなくなっちゃうと寂しいよ」

そう言われると返す言葉がありません。
そんな僕の気持ちを察したのか、
お婆ちゃんは微笑みながら、こう続けました。

「でも、出会えて本当に良かった」

確かに旅立ちの距離は遠いものになります。
それでも僕たちの心の距離は変わらない。

「僕も出会えて良かったですよ。お元気で」

ゆっくりと遠ざかる姿を見送りながら、
僕は一抹の寂しさが、
大きな感謝に置き換わっていることを嬉しく思いました。

えーじ
posted by ととら at 11:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年12月07日

記録更新!

ととら亭に一人でご来店されるお客さまは年齢の幅が広い。

そんなお話をしたことがありましたが、
先日、最年少記録が大きく更新されました。

これまではナオト君が持つ中学校3年生(15歳)。
それをメイアちゃんが3歳も短縮したのです!

彼女は小学校6年生。
なんと、ととら亭と同じ、2010年生まれの12歳です。

1カ月ほど前、
ととら亭が閉店するとあって、お母さんと来店したおり、
もう一度来たいけれど、お母さんの都合が合わない。
そこで、

「わたしひとりでランチに行く!」
「でも全部ひとりで食べきれるの?」
「いつも残さずに食べてるじゃん」

となったのでありました。

当日の店内はほぼ満席。
そこへ物怖じせず入ってきたメイアちゃんは、
真っ直ぐに予約してあったカウンターの一番奥へ。

「フランス行きをください」
「パンとライスはどっちがいい?」
「パンでお願いします」

お〜、ちゃんとオーダーできたね。

忙しくてあまりお話できませんでしたが、
ちらっと見ると、彼女は小さな手でナイフとフォークを操り、
おいしそうにミートボールを食べています。

やがて食事が終わり、
レモンティーを飲んでいるときに訊いてみました。

「メイアちゃん、今日は緊張したかい?」
「ううん」
「楽しかった?」
「はい!」

なるほど、そういえば、
彼女は九州のおじいちゃんの家まで、
ひとりで飛行機に乗って行った経歴の持ち主。
ととら亭のソロデビューもハードルの高いことではなかったのでしょう。

「お母さんによろしく。気を付けてね!」

君がもう少し大きくなったときに会う場所は、
ここではなく、どこか外国の空港や港で、かもしれないな。

僕は背が伸びてバックパックを背負った彼女を思い浮かべながら、
未来の旅人を見送りました。

えーじ
posted by ととら at 10:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年12月05日

段ボールに囲まれて

ご覧のとおりでございます。

packing20211205.jpg

引越しの準備を始めて5日目。
ととら亭の中は段ボールだらけになりました。

今回は建設遅延が影響して複雑な引越しオペレーションとなっており、

1.野方のととら亭の荷物を倉庫とアパートに搬入
2.倉庫から柴又のととら亭に荷物を搬入
3.アパートから柴又のととら亭へ引越し
4.横浜の実家から柴又のととら亭へ荷物を搬入

ざっとこんな調子なのですよ。

というわけでお店のみならず、
今や狭いアパートも段ボールだらけに。

思えば僕らの人生はこういう状況が多いですね。
ここ20年の間に都内だけでも、
文京区→足立区→練馬区→中野区と引っ越しており、
さらに311では当時住んでいた練馬区のマンションの部屋が、
シェイカーで振られたような状態になったため、
段ボールの谷間で寝起きするのは慣れっ子になっています。

このカオス度をなるべく下げるため、
欠かせないのが梱包の段取りとそのテクニック。

手当たり次第に詰め込み始めると、
いきなり電灯がつかなくなったり、
食事をするにも手づかみになってしまったりします。

また食器や本などの重いものを大きな箱にたっぷり入れると、
ラグビー選手やプロレスラー級の、
引越し屋さんを呼ばなくてはならなくなりますし、
最悪、箱の底が抜けて大惨事となるケースも。

それから運び先の部屋と中身を書いておくことも忘れると大変。
先日の寒い夜、
コートを羽織りつつもサンダル履きでご来店された女性に聞けば、
引越ししたばかりで靴が見つからなくなってしまったとのこと。

ともあれ、事前に不要なものは廃棄していても、
ととら亭程度の店ですら、結構ものがありますね。
用意しておいた段ボールでは足りず、
ドラッグストアから往復すること4回。
こういうのは商店街だと便利です。

さて、今日で概ねお店のパッキングはだいたい終わるかな?
明日からは連鎖カオス化したアパートの片づけです。

ん〜・・・先は長い。

えーじ
posted by ととら at 12:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2021年12月03日

ヘルシーなサバイバルライフ

突然ですが・・・

失業しました。

そう、僕ら飲食業者にとってお店は職場。
職場がなくなれば、仕事もない。
すなわち失業となります。

しかし、ご心配には及びません。

堅気の方には想像もつかないと思いますが、
僕らにとって、二人そろってのダブル失業は、
これでなんと3回目!

慣れているのでございます。

というか、おカネ儲けに自信はなくても、
せこく生き残る術に関してならもうプロ級(自称)。

ま、生活水準の低さがその秘訣とあっては、
威張っていえる話ではありませんけどね。

はてさて、ここからととら亭を復活させるまでの約半年間、
どう食いつないで行くか?

今はお店の残り物を食べていますが、
(これはこれでうまい)
その後は豆腐と納豆かな?

ヘルシーなサバイバルライフでございます。

えーじ
posted by ととら at 09:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2021年12月01日

ついに始まりました!

ようやく体力が回復した昨日、
久しぶりに柴又の建築現場へ行ってきました。
そこで目にしたのは・・・

おおっ! 工事が始まってる!

そう、先週の水曜日から基礎工事を始めると連絡があったのですが、
正直、自分の目で見るまでは「ほんと〜?」でした。
なにせ延期・延期の連続だったもので。

ここからスケジュールどおりに行けば、
来年の4月上旬には完成するとのこと。
(We really hope so!)
ほぇ〜、なんともまぁ、ここまで長い道のりでございました。

実際のところ、TReP(Totoratei Renewal Project トレップ)は、
僕らにとって6年越しの大事業。
スタート直後に南米やアフリカの旅と化して以降、
起こったトラブルだけで本が2冊かけるくらいのボリュームがあります。
しかもそのいくつかは現在進行形ですし、
さらに起こるであろう不気味なムードもむんむん・・・
そのうちマジで映画化権をハリウッドに売ろうかしらん?
(スプラッターコメディー作品になると思います)

そして野方のととら亭を閉店した段階でも僕らがまだ遠い眼差しなのは、
現時点ですら、進捗率が全行程のたった25パーセントだからなんですよ。
マスタースケジュール上は全体が8つのフェーズに分かれておりまして、
まだその半分にも達していません。

さて、そんな僕らが今日は何をしているのか?

朝8時に出勤して、僕はデスクワーク。
ここからお昼にかけて、関係各社に連絡を取りまくり、
移転に向けた手続きを始めます。
ともこは店舗の引き渡しに向けて片づけと梱包作業。
ランチの後は僕もこれに合流します。

さぁ、のしのしやるぜ!

えーじ
posted by ととら at 11:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記