メディアからの取材オファーは、
僕らの場合、唐突にかかってくる1本の電話から始まります。
ところが野方のととら亭を閉めて以来、
ある意味、僕らは音信不通の雲隠れ状態。
そこでギョーザ本の出版社を経由して、
さる3月にこんな話が舞い込んで来たのです。
「えーじさん、KoDoMo新聞の取材オファーが来てますよ」
「こ、こども新聞?」
それって小学生くらいの子供がインタビューしに来るんじゃないの?
と慌てたのは僕の早合点。
(以前、ほんとうに小学生の取材を受けたことがあったもので)
話をよく聞けば、読売KoDoMo新聞の記事を制作している、
小学館さんからのオファーだそうで。
なんでもギョーザをテーマに特集が組まれるそうな。
「で、僕は何をすればいいんですか?」
「世界のギョーザについての質疑応答だそうですよ」
ギョーザ・・・について?
知っている範囲で答えるのはいいんだけど、
僕はギョーザの専門家ってわけじゃないからな・・・
そこで受け取った連絡先にメールして具体的な話を聞いてみると、
ますます自信がなくなってきたのです。
旅の経験を話すにしても実際は限られた範囲ですし、
子供向けに裏の取れていない私見を開陳するのも憚られますからね。
しかし、それでも構わないということなので、
のこのこ神保町の小学館さんまで行ってまいりました。
するとこれがまた個人事業主には二の足を踏みそうなムード満点。
古本屋巡りをしていて、
「へぇ〜、ここがあの小学館か、すんごいな・・・」
と見上げたことはありましたが、
入ってみるとそこはもう出版社というより美術館のエントランス!
ずらりと並んだ受付に複数の守衛さんとくれば、
場違いな感じがするのも無理からぬ話じゃないですか?
(ラフな格好で行っちゃったし)
さいわい編集者さんは、
そんな雰囲気と真逆の気さくな方だったので、
インタビューはリラックスして和やかに。
さて今回、本題の部分では僕も慎重になりました。
と申しますのも、読者が大人であれば、
多少の脱線も無礼講かな、と言い訳もできますが、
相手が小学生となるとそうはいきません。
未来を担う若者の視野を狭めるようなことは言えないでしょう?
そこで話はギョーザの定義から入りました。
ギョーザは中国で生まれ、そこから世界に広がっていった、
とする日本人(僕も含めた)が無批判に受け入れている仮説は、
けしてワールドスタンダードではないのですよ。
現にイギリス人のバーバラ・ギャラニさんの著書、
「ダンプリングの歴史」を読んでいたら、
西欧の視点は東洋と大きく違っていることに驚かされました。
加えて僕の定義が東洋のスタンダードという訳でもない。
ですからあくまで個人的な作業仮説としての定義ということで、
話を始めたのです。
また、上から目線で答えを説くのではなく、
謎を並べてシェアする方向で進めることにしました。
(そもそも本当に分かっていないのだし)
それから約1カ月後。
4月21日号10〜11ページに掲載された特集、
「世界はギョーザに満ちている!?ギョーザ・オブ・ザ・ワールド」
は、しゃべった本人ですら、
「へぇ〜、そうなんだ!」と思わず頷く分かりやすい記事でした。
東洋の視点から西洋の視点へ。
さらに大人の目線から子どもの目線へ。
そうか、学ぶことに年齢は関係ないんですよね。
えーじ