日本は住むのにいい国です。
と言ったものの、
僕は日本が何でも自由に発言できる国だと考えていません。
この国にもタブーはあります。
僕もそこは十分認識しており、
このブログだって支離滅裂に話しているようでいて、
意図的に触れない話題はあるのです。
ま、長らくお付き合い頂いている方は、
薄々感じていらっしゃるかと思いますが、
僕もまた、そうした日本の「当たり前」に疑問を持つ一人なのですよ。
そのタブーに共通しているのは、
議論そのものが許されない、という点です。
つまり、「なんで?」と声をあげるだけで、じろりと睨まれる。
それも政府にではなく、となり近所の人々に。
(ネットでは特にね)
たぶん、LGBTQの問題もそのひとつですが、
数あるタブーの中でも、
議論の土台に乗せられるだけ、いい方かもしれません。
個人的にはかつて、そうした議論を何度かしたことがあります。
しかし、その時に抱いた印象は、ほぼカルトに近いもので、
理性的に話そうとしても、感情的に否定されるだけだったのですよ。
ですから今では無駄なアプローチはやめ、
ただその問題や関わる人々とは距離を置くよう努めています。
しかし、それは個人的な解決を意味しているわけではありません。
身近な問題であるだけに、しばしば「何だかな〜・・・」
と、ため息が出ることだってあります。
それでもそれは、いま戦うべき相手ではない、
そう思い直し、見て見ぬふりをしているのです。
(後ろ向きかな?)
言論の自由とは、国家によって保証される権利ではなく、
民衆の寛容な心によって得られるものなのではないか?
ん〜、こういうのも国民性と言うのでしょうね。
えーじ