2016年11月11日

夢と理想の国で

一昨日以来、
トランプ大統領誕生の話でそこかしこが盛り上がっていますね。

かくいう僕も開票速報を断続的に見ていて、
数字の下馬評とは異なる動きに「ん?」となり、
トランプ票が過半数を超えた時には「マ、マジですか〜?」となった一人です。

どうなっちゃうんですかね、アメリカ。

ともあれ、よその国のこととはいえ、
今回のアメリカ大統領選挙は色々なことを考えるきっかけになりました。

その筆頭は候補者の討論会から、選挙結果が出た今日までの間で、
民主主義を否定るする動きが出ていることです。
世論調査の数字に異議を唱えた挙句、
それを選挙の正当性にまでエスカレートさせたトランプさん。
ところが逆転した結果が出ると、今度は全米規模で起こっている抗議デモ。

これが専制政治からの移行期にある国であればいざしらず、
世界に名だたる「自由と民主主義の国」で起こっているのは、
何とも示唆的なことだと思いませんか?

それから世界が地滑り的に移行しつつある、
保護主義と言うグローバリズム。
矛盾した表現になりますけど、
僕にはこれがぴったりな気がするのですよ。

イギリスがEU離脱を表明し、
低迷する経済のみならず難民問題で揺れる欧州各国。
第二次世界大戦の惨禍から学んだ教訓で、
「みんなでやって行こう!」と始めたEUの理念は確かに美しかった!

でも、異なる環境と状況に置かれ、
思考方法や価値観が異なる各国、各民族が一緒に何かをやろうとした場合、
それはどうしても最小公倍数的な内容にならざるを得ません。
違いが大きければ大きいほど、やれることも小さくなっちゃう。

で、結局、
走り始めてみたものの、ぐるっと回って元通りになってしまうのか?

今回はアメリカがそれに同調する流れを選びました。
とどのつまり、アダム・スミスの言う「神の見えざる手」にもう一回任せましょうよ!
てなオチなんでしょうかね?

反して同じ経済学のタームで「合成の誤謬」ってのがあります。
「個々の最適化が必ずしも最適な全体を実現するわけではない」っていうあれです。
これ、マクロな話じゃイメージし難いかもしれませんが、
組織で横断的なプロジェクトに参加したことのある人なら覚えがあるでしょう。

それぞれの部署がそれぞれの部署の都合で勝手なことを言って来る。
しかし、それを全部実現したら会社の利益になるどころか、
下手すると不利益になりかねない。
よくある話です。

そしてトランプさんの言う「アメリカンドリーム」。
これって何だろう?
みんながみんな第2のビル・ゲイツさんになるってことかな?

でもね、
世銀がまとめた2012年のデータを見ると、
アメリカにおける国民一人当たりの平均所得は114ヵ国中6位で384,083円/月。
日本は17位で316,058円/月。その差は月額67,980円。

所得の格差を現すジニ係数は、
ワールドファクトブック(CIA)の2013年のデータを見ると、
141ヵ国中アメリカは45%で41位。(順位が高ければそれだけ格差が大きい)
日本はもうちょいと格差が少なく、世界平均以下の37.9%で73位。

更に、一人当たりのエネルギー消費量が世界で最も大きいのはカナダですが、
2位のアメリカは人口がカナダを上回っているので、
国としては実質的に世界の消費量の1/4を占めている。

まぁ、統計を鵜呑みにするのは非常にリスキーだとはいえ、
少なくともこうした数字を俯瞰しなくても、
体感的に、アメリカ人がプアーでサハラ以南のアフリカ諸国だけではなく、
日本の方がリッチだと考えている人はあまりいないでしょう。

にもかかわらず、何が不満で、どうなりたいのか?

かつて眩しく輝いていたアメリカンドリームを可能にする社会が、
何を約束し、とどのつまり何を実現したのか、
僕はそれを考えずにはいられませんでした。

そう、このいま目の前にある現実を認めることが、アメリカだけではなく、
世界の所得平均を上回る国の人々に求められているのではないか?

そんな気がしたのですよ。

えーじ
posted by ととら at 16:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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