2017年06月29日

第14回取材旅行 その13 最終回

じゃ〜〜〜〜・・・ブシュ!
ガタン・・・ゴゴゴゴゴ・・・・

はっ!
なんだ? どうした? ここはどこだ?
あ? ああ、洗濯機の音か。

やれやれ、
けさ目が覚めた時は自分が何処にいるのか、一瞬わかりませんでした。
ここは東京の野方。帰ってきたのですね。

一部の読者の方には物足りなかったかもしれませんが、
今回の旅は珍しく平穏無事に終わりました。

当初は『いろいろあるだろうなぁ・・・』と身構えていたロシアですら、
蓋を開ければ他のヨーロッパの国々と同様、普通に旅ができましたからね。

それでも情報で組み立てた事前のイメージと、
実際に行った経験のギャップがあるのはいつものこと。
これまでずっとロシアはヨーロッパの一部と思っていたのですけど、
サンクトペテルブルグを歩いた限り、
多くの面で西欧とは異なる印象を受けました。

言うなればアジアでもない。
東欧やバルカンとも違う、異質の文化圏。
白系ロシア人のルックスや、
キリスト教の一つであるロシア正教のイメージから、
イギリス、フランスやイタリアなどと同列に考えていましたが、
日本と同じく、150年前後まえに西欧から多くの文化を取り込んで、
今の姿になったため、
ちょっとめくれば見えてくるのは違う顔だったのです。

そう、ロシアは違う。
こういう認識は西欧諸国の人々からしてみれば、
周知のことのようですね。
僕が「次はロシアに行くのですよ」、
と言った時の、欧米人のお客さまの微妙な反応が思い出されます。

そして変化の速さも並々ならぬものがありました。
それはゼネラルインフォメーションに数字で表されているものではなく、
街角で散見されるものです。

流れる音楽は殆どが欧米のもの。
若者たちのファッションもまたしかり。
賑わうマクドナルドにケンタッキー・フライド・チキン。
ストリートミュージシャンの楽器はバラライカではなく、
フェンダーが作るようなエレキギターですし、
曲もロシア民謡ではなく80〜90年代のアメリカントップ40。
英語を話す人も思いの外、沢山いました。

そう、少なくとも民主化以降の世代が向けいる顔の方向は、
マルクス、エンゲルスやレーニン、スターリンではなく、
明らかに欧米、特にアメリカのファッションと物質主義なのです。
それらはこれまでに旅した中央アジアや東欧、
バルカンでも顕著に見られた傾向でした。

思えば物資が著しく欠乏した時代の反動がこうなるのは、
僕たちの国を戦後から振り返れば容易に想像がつくことでしょう。

だから僕もまた微妙な気持ちになってしまったのです。
核家族で所有するマイホームとマイカーに3種の神器、
次にはミニチュア化された家電が個人レベルですべからく行き渡り、
情報化が一段落したパラダイスがどんなものか。
皆さんも知っているでしょう?

僕たちと違うのは、
それを彼らが倍速以上のスピードで経験していることです。
故に格差の開き方も凄まじい。
ロシアのジニ係数は日本を2.1ポイント上回っているのです。
ほんの25年前まで、あそこは一応格差のない社会だったのですからね。

そしておカネの使い方を知らない人々が富を得た時にする愚行は、
バブル時代の僕たちの姿を鏡に映しているようで恥ずかしい。
肌の色や言葉が違っても、人間は所詮、人間なんだな。
そう思わずにはいられないものがあります。

僕は個人的に、ロシア人たちが今、
どう、かつての社会主義を総括しているのか、そこに興味があります。
そして彼らが思い描く、未来の幸福とはどんなものなのか?

残念ながら、僕たちの大きな幸福のモデルだったアメリカは、
いまやあの通り。
いや、僕たちが気付かない間に、その代役を務めさせられつつある日本ですら、
胸を張って「世界の皆さん、僕たちのようになりましょう!」なんて、
とても言えないでしょう?

リーダーを、ヒーローを失いつつある世界。

すいません。ちょっと重い話になってしまいました。
ロシアを出国してエストニアのタリンへ向かうバスの中で、
僕はつらつらとこんなことを考えていたのですよ。

バルト3国も同じソビエト連邦を構成した国々だという視点で捉えると、
これまた興味深いものがありました。
首都を周った限りでは、
そこに社会主義のレガシーを見出すのは稀です。
これは中央アジアやコーカサスと大きく違うことで、
バルト3国がNIS(New Independent States)諸国に、
含まれていないのも頷けます。

リトアニア人のエヴェリナと話した時に、この理由を質問したのですが、
彼女はこう即答してきました。

「NIS諸国とバルトの国々が違うのは、
 国家が近代化するプロセスをロシアに依存しなかったことよ」

なるほどこれは、事前に調べた情報とも符合しています。
エストニア、ラトビア、リトアニアはソビエト連邦に併合される前から、
その渦中においてさえ、連邦内で最も経済的に栄えており、
ある意味で先進的な地域だったのです。
彼らにとって社会主義化するメリットは、殆どなかったでしょう。
ここも工業化から識字率の向上まで、
ソビエト連邦時代に大きく伸びた中央アジアの国々との差があります。

しかしながら、若者が向けている顔の方向は同じ。
エヴェリナ曰く、

「みんな、モノと素早く出る結果に憧れているの。
 これはちょっと困った傾向よ」

なるほど。
こういうのもどこかで聞いた話じゃありませんか?

今回取材した範囲ではリトアニアのツェペリナイを除いて、
他の地域にはない固有の料理というものに出会えませんでした。
呼び方は多少違っても、
ものとしてはほぼ同じ料理がシェアされているのです。

食文化は永い時間をかけて影響し、影響され、
近代国家のフレームや民族すら超えて重層的に重なり合っている。
そしてそれは食に限らず、社会的な問題も例外ではない。

そうなんですよ。
良くも悪くも僕たちは、多くのものごとをシェアしている。
ただそれに気付いていないだけ。

そんなことを考えながら、
成田空港のバゲッジクレームで行き交う肌の色の違う人々を見ていた僕は、
こう呟やかずにはいられませんでした。

Have a nice trip, Brother.

えーじ

ee_atfinlandbay.jpg

We would like to thanks to

Nozomi and Mayumi Haga @ Hand Crafts & Antiques RUNGTA
Maiko Hashiguchi @ Orient Star Trading Ltd.
Mr, Yanai
and Everina
posted by ととら at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/180196794

この記事へのトラックバック