2018年06月13日

夢のおつり

「大型プラズマディスプレイにポスターを表示できないかな?」

10年前、
まだネクタイを締めて商業施設のシステムを管理していた頃、
広報担当からこんな相談を受けました。

なんでも、
B0サイズのフルカラーポスターを印刷するのはコストと時間がかかる上に、
広い館内での貼り換え作業もかなり負担になっているとのこと。
ポップサーバー上のデータを各ディスプレイに直接配信出来たら、
相当な省力化に繋がります。

ふ〜む・・・
技術的なハードルは高くない。
でも、コストがね〜・・・

で、この話は立ち消えに。

それから時は流れ、2018年6月12日。
昨日は小用があって新宿に行っていたのですけどね、
10年前の『夢のシステム』は、
ありきたりの情景の一部となっていました。

レトロなムードが漂う野方から西武新宿線で新宿駅に着いてみれば、
虹色に輝く巨大な電光テロップに迎えられ、
外に踏み出すと大型ビジョンにCGの少女たちが舞い、
地下街はさながらパソコンの画面を巨大化したかのような光景が
延々と続いているじゃないですか。

なんとも便利になりました。
十年一日とはよく言ったものです。

でも、疲れません?

普段、地味な野方5丁目から出ていないせいかな?
1時間もあれこれ歩き回っているうちに
あまりの光学的な情報の多さに、
目も頭もくたくたになってしまいました。

特にディスプレイのコンテンツは静止画ではなく、
動きの速い動画でしょう?

個人的に言うと、
あれはもう僕の情報処理能力を完全に超えていましたね。
ただでさえ歩行者が多いのに、
その背景まで光りながら、わらわら動いているのですから。

こりゃマジで疲れる。

で、ほどなく僕の自己防衛システムが働きはじめ、
フィルタリング機能がオンに。

見ているようで見ないようにすると大分楽になりました。

これは音も同様です。
そこかしこから流れる音楽や声も、
聞いているようで聞いていない。
こうした時の僕は殆ど『自閉モード』と言ってもいい状態。

ここでちょっと訊いてもいいでしょうか?

過剰な情報、
いや、光と音とコトバ(意味)の濁流に飲み込まれた時、
皆さんはどうしています?

雑踏の端でふと立ち止まった僕は、
10年前の夢の『おつり』に気が付いたのですよ。

それは『無関心』。

人間が溢れているにもかかわらず個々人は孤独だという、
大都会の奇妙な矛盾も、
こんなところから説明できるのかもしれない。

野方に戻る電車の中で、
僕もまた沈黙をまとう群衆の一人として、
そんなことを考えていました。

えーじ
posted by ととら at 17:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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