2018年08月25日

入院日記パート2 最終回

ん? 朝?

静かだ・・・
まだ起床時間前なんだろう。

睡眠薬のような鎮痛剤の副作用で、
昨夜も22時頃には眠ってしまいました。
しっかり休んだせいか、体調はだいぶ回復して来たようです。

どれ、起き上がれるか、ゆっくり試してみよう。

仰向けの姿勢から体を横向きにし、
ベッドの柵を左手で握りながら右腕でベッドを押すようにして、
僕は上半身を起こしてみました。

ふぅ・・・いいじゃないか。
この調子で昨日のようにトイレまで行ってみるか。
歩行器を使えば問題はない。

途中で背中の神経が何度かビリっと震えるような感じになりましたが、
びきっとくる激痛はありません。

よ〜し、いい兆候だ。

椎間板ヘルニアというのは、飛び出した椎間板が並行して走る神経を圧迫し、
それによって様々な痛みが発生する病気だそうですが、
個人的な経験で言えば、
痛みは圧迫された神経が炎症を起こすと発生するようです。

事実、僕の場合、普通に動けている時は何も痛みは感じませんけれど、
その時も椎間板は引っ込んでいるわけではなく、出っ張ったままなのですよね。
で、何が天国と地獄を分けているかというと、それは神経の状態なんですよ。
ですから『ビリっと震えるような感じ』というのは、
炎症が収まりつつある神経が刺激に反応したときの感覚なのです。

朝食が終わり、薬を飲んだ僕は暫く考えていました。

ダメージが少なかったのか、思ったより回復してきたみたいだ。
今日は土曜日。
日曜日の退院はないから最短で月曜日には帰れる・・・か。
でも短縮しているとはいえ週末の営業をともこがひとりでやるのは大変だ。
最悪、僕が退院したら彼女が入院、なんてことになりかねない。

どうするべきか?

よし、ドクターの回診前に、遠い方のトイレまで、
トレッキングポールだけを使って行ってみよう。
それが成功すれば、今日退院できるかもしれない。

僕は折りたたんでおいたポールを取り出し、
長さを調節し始めました。

ちょっと短めの方が体重をかけやすいな。
OK、こんなもんだろう。
じゃ、行ってみますか。

立ち上がるところまでは歩行器を使った時と同じ。
新たな挑戦はここからです。

Possible, Possible, Possible, Possible,,,,

僕は呪文のように呟きながら意識を集中させ始めました。

まず歩幅を小さく、右足から一歩進もう。
で、次は左だ。
OK、右・・・左・・・右・・・左・・・
よし、病室を出たぞ。左に90度転回。
そのまま真っ直ぐ5メートル。
障害物なし。

左側にナースステーションが見えてきました。
看護士さんたちが心配そうに見ています。
今は両手がふさがっているので、
サムアップじゃなくて左目でウインク。

トイレはどこだ?
あ、あそこにサインがある。左の通路のどんずまりか。
ここからさらに6メートルってとこかな?
大丈夫、行けるぜ。

こうした時に焦りは禁物です。
赤ん坊のように初心に戻って、

右・・・左・・・右・・・左・・・

着いた!
ドアを開けて・・・立ったままはまだ危険だから、
便座に腰かけて・・・

OK、50パーセント完了だ。
戻るぞ。
と、その前に手を洗うんだけど・・・
こういう時に自動で水が出る蛇口は本当にありがたい。
両手をポールから離さないで済む。
で、前傾姿勢にならないよう片手ずつ洗って・・・
タオルで拭いたら脱出だ!

帰りは看護士さんたちも笑顔で見ていてくれました。
無事にベッドまで戻った僕は、額の汗を拭いながらほっと一息。

やったぜ、テスト成功だ。
これなら許可さえあれば帰れる!

そして30分も経たないうちにドクターがやって来ました。

「如何ですか?」
「昨日より更に良くなりました。
 もうポールだけでトイレの往復も出来ます」
「あら。じゃ、ちょっといいかしら」

彼女は僕の足首を握り、ぐっとつま先を上に押し上げ、
それに僕が反応しないのを確認すると、
伸ばしたままの足の踵を少しずつ上に上げ始めました。

「どうですか?」
「痛みはありません」

このテスト。受けた方はご存知でしょうが、
神経が炎症を起こしている状態でやると、
ほどなくして足だけではなく悲鳴も上げることになります。
しかし、今日の僕は涼しい顔。

「薬がだいぶ効いてきたようですね」
「はい。一昨日の痛みが嘘のようですよ」
「どうしましょう? このまま退院してもいいですし、
 明日は病院の会計が休みですから、
 月曜日までゆっくりしていてもいいですよ」
 
よっしゃ〜!
 
「それでは仕事がありますので今日退院させて下さい」
「分かりました」

彼女は看護士さんの方を向き、

「点滴の後で会計に行ってもらって下さい」

上手く行った、最短で退院だ!

「というわけなんだよ」
「え〜っ! こんなに早く? 大丈夫?」

電話から聞こえるともこの声が大き過ぎて音が割れています。

「ああ、完全回復というわけじゃないけど、
 自宅で静養するには問題ない。
 自分で歩けるから手続きを済ませて一人で帰るよ」

僕は再びベッドに寝ころんで天井を見上げていました。

3日間だったけどちょっと名残惜しいな。
痛みさえなければ上げ善据え膳の夏休みだったし・・・
でも、ともこが孤軍奮闘中じゃ、そうもしていられない。
それにしても寝心地のいいベッドと枕だな。
アパートに持って帰りたいくらいだよ。

やがて点滴が終わり、昼食を済ませたら撤収の準備です。
まずは1階の会計で入院費用の清算。
これは前金を支払っているので差額が戻って来ます。

運び込まれた時はストレッチャーの上でしたから、
病院の待合室や会計を見るのは初めてでした。
ちょっと不思議な気分ですね。

そして病室に戻ったら荷物をまとめ、
ナースセンターで挨拶。
仲良くなったフィリピン人の介護士さんは非番で残念だったな。
そうして僕はポールをつきながら、
ゆっくり病院の外に出たのでした。

時刻は13時。
外は強烈な日差しとドライサウナのような暑さです。

へぇ〜・・・僕はここにいたのか・・・

病院の外観は想像していたものとはだいぶ違っていました。
やがて通りかかったタクシーを止め、

「野方5丁目。大和幼稚園の近くまでお願いします」

「アパートに着いたよ」
「どう?」
「ああ、痛みはない。
 でも今日はシャワーを浴びて、このままゆっくりしているよ」
「ランチを片付けたら夕食を持って行くね」

翌日、腰のこわばりや違和感が殆どなくなっただけではなく、
僕は自分の体がいつになく元気になっていることに気が付きました。
そう、これは6年前に入院した時も同じ。
日ごろから慢性疲労状態が当たり前になっている僕にとって、
休息で100パーセント体力が回復した状態というのは、
滅多にないことだったのです。
まぁ、こういう生活パターンこそが歪んだ姿勢以上に、
椎間板ヘルニアを悪化させる原因のひとつなんですけどね。

「今日から店に出るよ」
「ダメよ! なに言ってるの?」
「オーダーを取ったり会計をするくらいなら問題ないさ」
「昨日退院したばかりでしょ? 翌日から働くなんて信じられない。
 もう一日アパートから出ちゃダメ!」

というわけでドクターストップならぬ、
ともこストップで今日も自宅謹慎。

そして22時。
一人で予約のお客さま3組9人のディナーをこなした彼女から電話が入り、

「ふぅ〜・・・いま最後のお客さんが帰ったよ。
 まだなんにも片付いてないから戻るのは24時過ぎになっちゃうかも」

さすがのともこもから元気が底を尽き、かなり疲れた声です。

ふ・・・というわけで出番だな。

僕は服を着替え、ととら亭に向かいました。
そしてそっと店内に入ると・・・

「きゃ〜、何してるの!?」
「リハビリさ。皿洗いを手伝うよ」
「知らないからね、そんな無理していると!」
「無理ならそもそもここまで来れないよ。
 さ、はやく片付けてうちに帰ろうぜ」

ほんの4日間のことだったけど、
密度が濃かったので何日も経ったような気がする。
ととら亭で始まり、ととら亭で終る・・・か。
明日からはフルタイムでやれそうだな。

いろいろご心配をおかけしましたが、
こうして僕の入院生活パート2は無事に幕を閉じたのでした。

The End.

えーじ

P.S.
本シリーズはパート2で終了です。
パート3は・・・

出演オファーをお断りするつもりでございます。
posted by ととら at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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