2018年11月05日

旅の落とし穴

どんなことにも100パーセント良いことや、
100パーセント悪いことはありません。

旅もまた例外ではなく、
せっかく行った旅が結果的に本人だけではなく、
それ以外の人にも好ましくない影響を及ぼすことがあります。

その典型的なケースが『知ってるんだ症候群』。

これ、パックツアー、個人旅行を問わず、
概ね20カ国前後の渡航経験を積んだ頃に罹ることがありまして、
(僕も例外ではありませんでした)
特にインドがその中に含まれていた場合、
罹患率がぐんと上がるようです。

どんな症状かと申しますと、
自分の限られた経験を恣意的に拡大解釈し、
ひとつ知っただけで全てが分かったと錯覚してしまう。

ま、これだけなら若気の至りの範囲内ですが、
大半を空想で補った世界観に立脚し、
『知っているわたくしが無知な皆さまに教えてさしあげます』
的な活動をおっぱじめると、
ひとりよがりなトラブルメーカーの一丁上がり!
になってしまうんですよ。

このビョーキの最も不幸な面は、
その当事者がそうした旅をやめないことにあります。

というのも、ひとたび『オレは知っている』状態になると、
何処へ行って何を見ようが、
無意識的に自分の先入観やイデオロギーに合致したことしか
認識できなくなってしまうからなのですよ。

そして彼、彼女は旅をしながら自分の幻想を肥大化させ続けて行く。
これは実に悲しい。

しかし幸いにして効果的な治療方法があります。

それは『挫折』。

個人的な幻想は、
とどのつまりその閉ざされた領域を出ることが出来ません。
たいてい共同化を目論んで高い壁にぶち当り、
なんでやねん? となる。

これは難しい話ではなく、
上から目線の人に『教えてあげる』的なアプローチをされて、
「知らなかった! どうもありがとう!」
となる人はあまりいないでしょう?

この挫折の先に待っているのは、
旅のリアルな可能性と限界の地平なんですよ。
たとえば、

世界1周の旅に出ました。

それは確かに一般的にはレアな経験です。
しかし、どんな旅でも畢竟、点と点を線で結ぶ行動でしかない。
それに対して旅の舞台となるこの星は球体であり、
すべての面が時とともに絶え間なく変化し続けている。

そうして遅かれ早かれ落とし穴から頭を出した旅人は悟ります。

僕たちが知っていること、いや、知ることができるのは、
無限の中の一雫でしかない。

では、たった一雫を知るための旅に何の意味があるのか?

残念ながら僕はここでその問いに答えることができません。
でも、ただひとつ言えるとしたら、

だから、あなたにも旅をしてほしい。

これかな?

えーじ
posted by ととら at 18:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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