2019年08月18日

夏という旅 その3 最終回

女の子にモテたい!

ただそれだけの、純粋に不純な動機で始めた部活とバンド、
そしてオートバイ。

心の夏を構成するこの3つの要素が、いつしか手段から目的に変わり、
やがて僕という存在の一部になるとは、当時思いもしませんでした。

とりわけ今の仕事の原点にも繋がるオートバイは、
他の二つ以上に大きな意味を持っていたのかもしれません。
それゆえライダーになるためとあらば、
どんな障壁も苦にならなかったのでしょう。
たとえば・・・

『免許を取らせない』『買わせない』『運転させない』

僕のハイティーン時代は、高校生がオートバイを乗れないようにするため、
いわゆる『三ない運動』が熾烈を極めていた時代。
(バイクに乗っているだけで『不良』と呼んでもらえたのだよ)
しかし僕のようなナチュラルボーンアウトサイダーに、
そんな制度は『火に油』以外のなにものでもありませんでした。

禁止されているということは、ライダーが少ないということさ。
それこそ女の子の注意をひく絶好のチャンスじゃないか?

こうして16歳になるなりこっそり原付免許を取り、
友だちから中古の原付バイクを購入。
あ、スクーターじゃありませんよ。
キックペダルでエンジンをかけるギア車です。

それで公道デビューを果たした後は、
これまた友だちから悪名きヤマハのRZ350(※)を借り、
夜の本牧ふ頭で中型免許を取るための練習に励む日々。
(公道ではなかったので無免許でも乗れたのです)

まもなく手に入れた自分の中型バイクは、
ホンダのホーク2(中古で10万円)でした。

仲介してくれた友人が、
これに乗って家まで来てくれた時のことを、
今でも鮮明に覚えています。
そして早速、この鉄の馬に跨り、
エンジンをスタートさせた時に感じた排気音とバイブレーションも。

これまた言葉で表すのは難しいのですが、
空こそ飛べなくても、この鉄の機械は僕にとって、
何処へでも望んだところに行ける自由の翼に他ならなかったのです。

それからというもの、部活とバイトとバンドの練習が重なろうとも、
気力と体力の続く限り、夜のロードに繰り出す日々。
(勉強はどうしたんだ?)

あ、暴走族に入ったんじゃありませんよ。
僕はあの頃から単独行動型でして。
それから峠を攻めていた走り屋でもありません。

ひとりでよく走ったのは、横浜本牧の実家を出て国道16号線を南下し、
三浦半島を回り込んで葉山、稲村ケ崎と走り、
江の島を過ぎたあたりから国道1号線に入って戻る周回コース。
片岡義男氏の小説をバイブルにしていた若かりし僕にとって、
湘南は一種の聖地でもありましたからね。

ここからバイク遍歴は、
ホンダCBX400F、ヤマハSRX400と続き、
最後はBMWR100GSというビッグオフローダーに落ち着くのですが、
車種の変化はそのまま僕の旅を表してもいました。

湘南の散歩から、箱根、伊豆へと距離を伸ばし、
それがキャンプや登山を交えて信州、東北、北海道、九州、
はてや離島も含めた全都道府県をさまようことになったのです。

こうなるともう、
動機は完全に女の子から好奇心に入れ替わっていましたね。

なかでも当時購読していた
『アウトライダー(ミリオン出版)』というツーリング雑誌は、
掲載されていた写真が美しく、
「どうだい? 日本にはこんな場所があるんだぜ」とばかりに、
僕を挑発してやまなかったものです。

閑話休題。

『夏は単なる季節ではない。それは心の状態だ』

僕がこの言葉を補足するとすれば、こうなるかな?

夏とは、
心がバックボーンを作る季節なのだ・・・と。

えーじ

※ ヤマハRZ350
水冷2サイクル2気筒のエンジンを持つ750キラー。
フロントタイヤが浮く恐るべきトルクと、
ターボチャージャー並みの過激なパワーバンドがあり、
乗りこなすのが極めて困難だったじゃじゃ馬。
RZ250、RZ50も含めてとにかく事故が多かったです。
posted by ととら at 16:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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