2019年08月23日

僕の労働観 その1

ととら亭を始めて間もなく9年半が経とうとしています。

勤続25年以上が当然の人生を送っている、
同世代の方には想像し難いことかと思いますが、
この年月は僕にとって同じ仕事を続けているという意味で、
生涯最長記録更新中なのですよ。

更に付け加えると、これはワイフのともこにも当てはまり、
この事実だけでも僕ら夫婦のハチャメチャぶりが、
お分かりいただけるのではないかと思います。

振り返ればアルバイトも含めると、
これまで実にさまざまな仕事をやってきました。

その雇用形態も同様で、
アルバイト、派遣社員、契約社員、正社員。
いろいろな立場で働いてきたものです。

しかし一貫して共通していることもありました。

それは僕の労働観。

いきなりゴーマンかまして恐縮ですが、
僕はおカネをくれる相手を尊敬したことは一度もありませんでした。
ハイティーンの若造がそうだったというとちょっと滑稽ですけど、
常に相手と対等の立場に立っていたつもりだったのですよ。

しかしこれは相手をおちょくっていたという意味ではありません。
対等ということは、
自分に対して求める敬意と同じことを相手にもはらうのがルールです。

ですから僕の中で『働く』ということは、
『取引する』と同じことでした。
すなわち僕は労働力を売り、相手はそれを買う。
それ以上でも以下でもない。

こうしたドライな考え方をしていると、
労働を神聖視し、時には労働者の人格や人権と一体化させる潮流からは、
ほぼ完全に外れてしまいます。

だからプロパーをやっていても、
会社という組織への忠誠心が欠けていたのかもしれませんね。
運命共同体と思ったことはない。
出世も停年退職も頭にない。

給料の範囲で働く。
こりゃ割に合わないな、と思ったら手を出さない。
しかし時にはおカネ以上の意味を見出して、
その合計値に見合った労働をしたこともありましたけどね。

こうした考え方をするようになったのは、
ハイティーンの頃のバイトの経験が、
きっかけになっているような気がしています。

あの時代、まだ景気はよく、
プロパーの間では終身雇用があたり前でしたけど、
それは社会全体に当てはまることではなかったのですよ。
未来を予見するかのように、一部では体よく使われ、
用済みになれば手のひらを返すように、
解雇された人たちの姿をすでに見ることができました。

雇用条件もムチャクチャでしたね。
たとえばバイトやパートの時給は、
30分刻みで計算されているところが少なくなかったのですよ。
これ、かりに15時から20時までシフトに入っていたとすると、
タイムカードの打刻時間が15時1分と19時59分だった場合、
賃金対象になるのは4時間58分ではなく、
4時間に丸められてしまうのです。
計算上は15時30分から19時30分までしか働いたことにならないのですから。

これは僕のポリシー上、受け入れがたい。
1分ぶんの労働力を売ったのだから、1分ぶんのおカネをもらうのが当然。

そこで、とある仕事でマネージャーをやっていた時、
社長に計算方法の是正を申し入れると、その回答は、

「そんなことしたら計算が面倒くさくなるでしょ?」

まぁ、さすがに最近は労基局の目も光っているので、
こうした数字に残る横暴はなくなってきたと思いますが、
フェアトレードになったのかというと・・・

どうなんでしょうね?

みなさんの職場の労働と対価のバランスは適正ですか?

もっというと、
みなさんが属する組織は、富の分配が適正に行われていますか?

え? ととら亭はどうなんだ?

ここには従業員はいませんけど、
僕らをそれになぞらえれば・・・

ブラックです。

えーじ
posted by ととら at 13:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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