2019年12月04日

第7回研修旅行 その7

いやぁ、東京も冬に入りましたね!
昨日は意外と暖かくて温度差を感じませんでしたけど、
今朝の冷え込みはさすがに帰国したことを実感させてくれました。

僕らが野方に戻ったのは昨日の日暮れ前。
ロングフライトの後は熱い風呂に入り、
体を伸ばして爆睡しましたから今日は朝から元気いっぱいです。

ではさっそく、
時計をレバノン時間12月2日の12時に巻き戻して、
帰路のお話を始めましょうか。

ホテルをチェックアウトした僕らはタクシーで、
市内から南へ9キロほど離れたラフィック・ハリーリ国際空港へ。
(レバノンには鉄道がないのですよ)

道々ドライバーのおじさんと話をしていたのですが、
昨今の経済事情は最悪だそうで。
ひどいインフレにもかかわらず賃金は上がらず、
加えてレバノンポンドが米ドルに対してだいぶ値下がりしたため、
平均月収はおおよそ800米ドル程度、
(日本円で約8万7千円)だろうと言っていました。
なるほど、どうりで市内は空テナントが目立ち、
走る自動車も草臥れたものが多かったわけです。

そうした事情を反映してか、
空港もボーディングゲートは20以上あるもののショップはぼちぼち、
飲食店に至っては、しょぼいカフェとレストランが3軒しかありません。

正午にもかかわらず乗客も少なかったです。
僕たちはさらっとチェックインして保安検査から出国審査へ。
ここでUNIFIL、
(国際連合レバノン暫定駐留軍)のイタリア軍の方々と一緒になり、
この国が未だ準戦時国であることが思い出されました。
イスラエルとは因縁の仲ですからね。
ほんと、この辺の事情は複雑なんですよ。
そもそも中東一帯の国境線は他国によって引かれたものだし、
僕らがあたり前だと思っている近代国家の概念ですら、
アフリカの国々と同じく、強引に押し付けられたようなものですから。

そんなことをつらつら考えているうちに、
ボーディングタイムとなりました。

そうそう、今回のフライトでふと気付いたのですが、
なんと往路復路共にバックパッカーの姿を見かけなかったのですよ。

偶然かな?

でも観光資源の乏しいアブダビはともかくとして、
ラフィック・ハリーリ国際空港のターンテーブルでも、
回ってたバックパックは僕たちのものだけ。
ビブロスやバールベック等の観光地でさえ見かけなかったってことは、
偶然ではないような気がします。
そういえば、
今年の1、2月に行ったトルコやエジプトでも会わなかったな。
もしかしたら中東は、
欧米人バックパッカーから敬遠されているのかもしれませんね。

アブダビで日本に向かう便のボーディングゲートまで来ると、
急に日本人の数が増えてきました。
今回の旅でUAE入国以降、日本人の姿を見かけたのは、
アブダビのレストランで2回だけでしたから、
(レバノンではゼロ)
ああ、帰路についたんだな、という実感が湧いてきます。

みなさん、どんな旅をしてきたのでしょう?

僕たちの前のベンチで、
ツアーアンケートを真剣に記入しているふたりの女性は、
手荷物からするとスペイン帰り?

さすがに帰路となるとみなさんお疲れですから機内は静かです。
そこでひときわ目立つのが、
元気いっぱいな、ここから出発となる日本人以外の乗客たち。
やたら賑やかな白人グループは、
言葉からしてロシア人以外のスラブ系だと思っていたら、
なんとセルビアの方々でした。
これから日本のどこを訪れるのかな?

旅の始まりと終わりが交錯する機内と空港には、
さまざまなドラマがあります。
夢の詰まった荷物を持つ旅人ひとりひとりが、
それぞれの物語の主人公なんですよね。
いろいろありましたけど、
僕たちの旅も、とてもいい物語になりました。

さて、次回はいよいよレバノンのビジュアルレポートです。
お楽しみに!

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 14:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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