2020年01月26日

態度が悪い店 その3

100パーセント、あんたが悪い!

そう憤慨したことはありませんか?
特におカネを払う立場で、期待した結果が得られなかった場合、
僕たちは反射的にそう思い、
直後から自己正当化の証拠あつめに励むものです。

しかし『その1』でお話しましたように、
一般的に言って、僕らを怒らせた相手が、
悪意を持っていることはまずありません。

それにもかかわらず『その2』のようなインシデントは、
ととら亭に限らず、
皆さんの日常でも珍しくないのではないでしょうか?

なぜか?

それぞれのケースで、
さまざまな原因がこんがらがっているとは思いますが、
もっともメジャーなもののひとつは、
『その場のルールが共有されていないから』
ではないかと僕は考え始めているのですよ。

野球には野球の、サッカーにはサッカーのルールがあります。
それと同じように、家庭には家庭の、学校には学校の、
職場には職場のルールが暗黙の裡にあり、
飲食店もまた独自にルールを持つ場のひとつです。

ではそのルールは誰が作っているのか?

それは基本的に『先にいた方』が作っています。
換言すると『参加される方』が作り、
後から『参加する方』は、そのルールありきの場所から、
自分のキャリアをスタートさせなければなりません。
つまりルールを受け入れることが参加の大前提となっている。

この逆がまかり通らないのは、
みなさんも自身の経験からご存知ですよね?

僕らの旅なんてその典型ですよ。
外国に入るなり「なんでやねん?」なことはどしどし起こります。
しかし、その都度、
革命を起こして政府を転覆させるわけにはいかないでしょう?
自由意思で入国(参加)したのですから、
それがいかにバカバカしく思えても従うしかないのです。

ここでもう一丁ほり下げてみましょう。

では、その偉そうなルールとやらは、
どんな根拠を持っているのか?

作り手が自分の趣味に合わせて好みで決めた?
いやいや、自分の利益に基づいて都合よく決めたのだ?

ん〜・・・前近代であれば、そんな暴君もいましたけど、
さすがに人類も痛い目に遭って学習しましたから、
(ま、懲りずに学習中の国もありますが・・・)
最近はそういうのも減ったと思います。

ルールの根拠となる第1の目的は、秩序の維持です。

たとえばサッカーは、
サッカーのルールをプレイヤー全員が守ることによって成立しています。
誰かがボールを持って走りはじめ、相手ゴールでトライしたら、
もうそれはサッカーではなくなってしまいますからね。

第2の目的は参加者全員の利益です。

これを説明するにはその前にひとつ自問する必要があります。

なぜ僕らは、何かに参加するのでしょう?

それは参加することによって楽しくなるから。
経済学的にいうと『利益がある』から。
(フロイド流に言えば「気持ちいい」から)

ですよね?

人は選択権(肢)がある場合、基本的に楽しいことをやり、
楽しくないことはやらないものです。

選択権がない場合でも、たとえば家族や宗教、国籍など、
本人の意思を超越した参加体ですら、
そこから逃避(亡命)するという逆参加は選択肢に入ります。

ですから、参加する限りは得られる何かが期待されており、
結果的に多少の偏りこそあっても参加者全員でシェアされなければならない。
誰かが独占することは許されませんし、
もしそうなったらバカらしくて参加者がいなくなってしまいます。

話がマクロになってきました。
そろそろミクロな飲食店の世界に戻りましょう。

では、この議論の延長線上にある飲食店のルールとは何か?

to be continued...

えーじ
posted by ととら at 14:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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