2020年03月07日

無謀な企て

何ごとも『知らない』というのは怖いものです。

しかしながら、
物事というのは、すべてが本に書かれているわけではなく、
されとて教えてくれる人がいるとも限りません。
つまり、ものによっては自分の行動を通してしか知ることができない。

ととら亭という存在は10年前の僕たちにとって、
まさに『やってみなくちゃ分からない』ことの連続でした。

振り返ってみると、
よくもまぁ、あんなことをやったもんだ・・・
ということが沢山あります。
今日はその無謀な企てともいえる一部をお話しましょうか。

1.徒歩で来るには遠い場所に住んでいた。
僕たちは2010年〜2012年の間、練馬区の中村南に住んでいたのですが、
これは店の近くに予算内の家賃で住めるアパートがなかったからでした。
ま、自転車で来ればいいと、安易に考えていたのですけどね。
ところが雨や雪の日のことまでは頭にありませんでした。
で、結果として天気の悪い日は帰れなくなってお店に泊ることに・・・

2.引っ越しを自力でやってしまった。
そこで引っ越そう! ということになったのですが、
これまた予算上の都合からすべて自力でやることに。
ランチが終わると僕は近くのスーパーでダンボールをもらい、
そのままアパートに帰って荷造りに励む日々。
そして繁忙期の年末年始でぼろぼろに疲れた後、
レンタカーを借りて引っ越したのはいいのですが、
その無理が祟って、1週間後に腰部椎間板ヘルニアの洗礼を受け、
真冬に裸で救急車に乗る破目となったのでございます。

3.食器をビジュアルだけで選定していた。
仕事も今より過酷でしたね。その原因のひとつがこれ。
食器を見た目のセンス一発で選んでいたのですが、
タンブラーを喫茶店並みの小ささにしてしまったため、
ぐいっと一回あおれば空になってしまいます。
加えて都度ウォーターディスペンサーでサーブしていましたから、
僕は「すいませ〜ん、お水下さい!」の集中砲火を浴びておりました。

4.真夏もビジネスシャツで仕事をしていた。
まがりなりにもレストランなんだから! という気負いで、
酷暑の時期でも僕はビジネスシャツで仕事をしていました。
しかし、こまねずみのように店内を右往左往していたものですから、
これがもう暑いこと暑いこと・・・
で、ランチが終わるとアパートまでシャワーを浴びに帰ったわけですが、
これまた遠いので店に戻って来ると元通りの汗だく。
今はクールビズにあやかってTシャツやポロシャツでやっています。

5.食器洗浄機がなかった。
ハイティーンの頃に飲食店でバイトした時は、手で食器を洗っていましたから、
今回もそれで行けると楽観していました。
ところが蓋を開けてみると、ランチやディナーの営業が終わってから、
1〜2時間は皿洗いをする日々が待っていたのです。
特に夜はつらかったですね。
24時くらいに一度休憩して夕食を食べ、
そこからまた25時過ぎまでお皿やグラスを黙々と洗っていると、
マジで悟りを開きそうな気分になってきますよ。
今はもう食器洗浄機なくして僕の人生はないと思っています。

6.仕事納めの翌日に大掃除を予定していた。
スケジューリングも無謀でした。
固定観念で、大掃除はその年の最後にやるものだ!
と決めてかかっていたのですが、12月は繁忙期。
しかもフィナーレの翌日ともなれば、
ふたりとも「おやっさん、燃え尽きたぜ。真っ白にな・・・」の状態。
(あしたのジョーの最終回より)
にもかかわらず、大掃除をブッキングしていたのですからね。
さらに床のワックスがけまで追加したとあってはなにをかいわんや。
結果は・・・ともこが途中で熱を出してダウンし、
僕はひとりで自分の判断を呪いながら掃除を続けたのでありました。

7.すべてのお客さまを満足させようとしていた。
デビュー当時は本当に気合が入っていました。
お客さまは、せっかく来てくれたのだから、
どんな人であろうと必ず満足して帰って頂こう!
と心に誓っていたのですよ。
いやはや、やってみると、
これは高尾山程度にしか登ったことのない人が、
エベレストに挑戦するようなものでした。
お客さまの求めるものは多様です。
時にはそれがお客様同士で相反することも多く、
この小さな店で、
かつ、たった二人のマンパワーで、かつ、この低予算では、
物理的に不可能なことが山のようにありました。
今は美しい理想は理想として、
身の程をわきまえた目標設定をするようにしています。

とまぁ、ざっと思い浮かんだだけでもこれくらいはありますが、
いずれも凡人の僕たちには、やってみなくちゃ分からないことでした。

こうした経験から身をもって学習し、最近はちっとましになったかな?

でも、お勉強はまだ終わっていません。
僕らの仕事は、いや、旅は、
きっといつまでもトライアルアンドエラーが続くのかもしれませんね。

えーじ
posted by ととら at 16:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
記事を読ませていただいて、ご苦労が身に沁みます。

私はもちろんお二人の今までのご努力に敬意を表し、知りもしないのに小賢しいことを口にせずこうべを垂れる立場におりますが、一方では、分かっていなかったからこそできることもあるのだろうと思います。

もしも、これだけいろいろと大変なことがあると事前にわかっていたら、ととら亭開店を躊躇していらしたかもしれません。

その意味では、経験していること、知っていること、認識していることが、行動を制限する原因になることもあるのだろうと考えます。

経験を重ねることが必ずしも良いことではないのではないか、特に、新しいことを始めたりする時には、と思うのです。

私は常々思うのですが、物事を「しない」理由は山ほどあります。やらない理由はいくらでも出てくるんですね。

一方で、「する」理由は一つしかないことが多いように思います。「やりたい」、ただそれだけ。

そうすると、「やりたい」と思う気持ちが強いかどうか、項目数(したい理由は一つしかないがするべきでない理由は10も20もある、とかの)の問題ではなく、モメンタムと言うのでしょうか、「する」こと「したい」ことに対する推進力の強さで決まるのははないかと思うのです。

お二人はご自分たちの推進力を出発点にして、それを信じてやってこられたわけで、本当に尊いことではないでしょうか。本当に頭が下がります。

そして、それがととら亭の味とたたずまいに反映していると思うのです。
Posted by にじゅうにばん at 2020年03月07日 20:56
にじゅうにばんさま

いつもコメントありがとうございます。

いやはや仰ることはその通りだと思います。
僕はわが身の問題として、
『物分かりのいいおじさん』になる危険性を常に意識していました。
知識や経験というのはまさしく諸刃の剣で、
ひとつ間違えると「やろう!」というパッションを挫く、
最大の反力となり得ますからね。

そして「する」理由は「やりたい」からでしかない。
それは掘り下げると、
たぶん、『目的と手段』という次元から、『個人の在り様』となるのではないか?

そう、それなくして自分の存在がない・・・なにか。

これは僕にとって旅を対象にすると、
すんなり、そうだよねぇ・・・と思えることでもあります。

する主体と、することの間に境界線はない。

そういう空間に、ととら亭はあるのかもしれません。
Posted by えーじ at 2020年03月08日 16:17
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