2020年03月21日

自分の旅のために その9

先日、病院で最終的な打ち合わせがあり、
予定通り手術することになりました。

まぁ、一般的には入院して手術なんていうと、
そりゃ大変だ!
となるかもしれませんが、
何かと基準点の低い僕としては、
ちょっと長い人間ドックに入るくらいの気分です。

と申しますのも、
入院するのはこれで6回目。
手術は3回目になるんですよ。

いやはや見ての通り病弱な体でして・・・

とジョークはさておき、
楽な気分のその訳は、これが初めての計画入院だからです。

振り返ると、第1回目は中学生のころ。
急性の膵臓炎で4、5日入院したのですが、
今から思えばこれが一番まともでした。
たしか母に連れられてタクシーで病院に行ったのですからね。

それ以降はその後の僕の人生を象徴しているようなケースばかり。

ってわけで、2回目はバイクの事故です。
お約束ですな。
夜間、路肩から急発進した別のバイクをよけきれずに接触。
僕はバイクから投げ出されて宙を舞い、
気が付けば中央分離帯を枕に寝ていました。
脳震盪プラス体の左側を強打して感覚がなくなっていたのですが、
「このまま寝てたら後続車に轢かれちゃう!」と気合を入れて立ち上がり、
壊れたターミネーターのように歩きながら路肩へ。
なんとか辿り着いてそのまま前のめりに倒れると、
きゃあ〜っ!と聞こえる通行人の悲鳴。
そして間もなく到着した救急車で病院にレッツゴー。
この時は左鎖骨と左手の甲の骨が折れていました。
手術で鎖骨を金属製の釘で繋ぎ、1カ月間の別荘生活。
3カ月後の釘抜きで2回目の手術。

3回目は1996年の秋、
初めてネパールを訪れて帰国してから4、5日経ったころ。
風邪のような症状で近くの病院に行き、
薬を処方してもらって飲んだのですが、
熱は下がるどころか急上昇。
(今だったら旬なネタでヤバいですよね?)
そこで先の病院に電話すると救急車を呼んで下さいとのアドヴァイス。
そう言われたものの、なんとかまだ動けたので、
歩いて近くのもっと大きい病院へ。
しかし、この判断はマズかった!
ロビーは沢山の患者さんで混んでおり、受付はしたものの、
待てども待てども名前は呼ばれず。
じゃ、プランBで行くことにして、
立ち上がった僕は2,3歩歩いてそのまま冷たい床へ前のめりにバタリ・・・。
きゃあ〜っ!と聞こえる患者さんたちの悲鳴。
そして間もなく到着したストレッチャーで救急処置室にレッツゴー。
この時は体温が41度を超えており、そのまま3日間入院していました。
え? コロナじゃありませんでしたよ。
診断はつきませんでしたけど。

4回目は皆さまご存知、ととら亭を始めてからのこと。
2012年1月に腰部椎間板ヘルニアで裸のまま救急車で運ばれた一件です。
(詳しくはこのブログで『入院日記パート1』をご参照ください)

そして5回目は2018年8月にこれまた腰部椎間板ヘルニアで、
お店から救急車で運ばれた一件。
(詳しくはこのブログで『入院日記パート2』をご参照ください)

そんなわけで、こうした泣ける過去があると、
今回のような計画入院は、ほんとぉ〜〜〜に、
楽だなぁ・・・と思えるのですよ。

ま、例によって予期せぬ何かが待っているかもしれませんけどね。

そういうの期待しないで下さいよ!

えーじ
posted by ととら at 16:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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