2021年02月22日

自分を見つけた場所

ひところ前に、
『自分さがしの旅』なんてのが静かなブームになっていましたね。
それを知ったとき、
「なるほどなぁ・・」という気がしたのを覚えています。
何といっても、かくいう僕が、かつてそんな旅をしていたのですから。
(自分を探す自分とはなんぞや? という哲学的な問いはさておき)

しかし僕の場合、モラトリアムを過ぎて、
社会的なアイデンティティを見つけよう!

なんて健全な目的を持っていたわけではありませんでした。

振り返ってみるに、好奇心に駆られてふらりと出た旅が、
その後の人生に大きな影響を及ぼしていた、
というオチでしょうか。

あれは20歳代の前半、
オートバイで北海道をツーリングしていたときのこと。
いや、正確にいうと、
当時すんでいた横浜から10日間前後の日にちをかけて、
ずっと国道4号線を北上したのですから、
東北・北海道ツーリングと言った方が正しいかもしれません。

そこで何があったのか?

(BGM:ツァラトゥストラはかく語りき R.シュトラウス)

って、神の啓示をうけたようなことはありませんでした。

この時はバイク仲間の先輩が一緒だったのですが、
基本的にライダーは孤独です。
走行中は誰かと話をすることも音楽を聴くこともできません。
ただ前方を見つめ、エグゾーストノイズと路面のフィードバック、
そして風を感じながら走り続けるだけ。

それでも、なんと言ったらいいのかな?
鉄の馬と一体化したあの感じ。
そしてやがてそれが空や道とも溶け合って、
自分という存在が希薄になってくる。

バイクを止めれば、そこは見知らぬ街、
周りはすべて僕のことを知らない人々。

ああ、これが世界であり、僕自身なんだ。

こんな脈略のない旅だったのですけど、
帰ってくるとすぐ行きたくなる。
それでまた出かける。
そんなことを繰り返しているうちに、
旅はやがて目的でも手段でもない、
僕という存在の一部になってしまいました。

So no reason.

「この前の冬山はいい経験になりましたよ!」

先日、登山を始めて間もないお客さまから、
こんな話を聞きました。
彼はちょっとしたきっかけで社会人の登山クラブに入り、
高尾山からはじめ、次第に冬山まで登るようになったのです。

最初は腰が重そうでしたが、
いちど経験してみると、みるみる話す表情が変わり、
次はロッククライミングもどうかと思案中。

僕より少し年下の彼のここ数年は、
公私ともにとても厳しいものがありました。
たびかさなる困難の中で目標を失った日々は、
山行にたとえれば
深い霧の中をさまよい歩くようなものだったでしょう。

しかし、山のことを語る彼の口調には、
人生のイニシアチブを取り戻した、
どこか明るく、力強い響きがあったのです。

もしかしたら、
彼は登っていた山の中で、
何か大切なものを見つけたのかもしれません。
そう、永らく見失っていた自分自身を。

この仕事をはじめて、
そうして変わって行った人たちを何人も見てきました。

ある人は舞台の上で、ある人は自動車の運転席で、
素顔の自分に出会ったのです。

Am I on the right path?

みんな、どこかで、何かを迷っている。

その問いに答えてくれるのは、
本やネットの情報ではなく、
こうして出会った自分自身だけなんですよね。

えーじ
posted by ととら at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/188425485

この記事へのトラックバック