2021年04月30日

僕のファーストルール

『コロナ慣れ』といえば、
悪い意味の文脈で使われる言葉ですけど、
僕はちょっと違う角度で考えています。

それはそれで『進歩』なのではないか?

と申しますのも、去年の今頃を思い出すと、
出所の怪しい情報に振り回されっぱなしだったじゃないですか?

それが1年も経つと情報の確度が上がった以上に、
リスク評価の材料が情報から経験に置き換わりつつあることが、
とても大きな前進だと思うのですよ。

今や多くの人々が、
平凡な日常、つまり出勤して、他人と仕事をし、ランチを食べ、
また仕事をした後で(夕食を買って)帰宅する、
この小さな経験の積み重ねの中から、
何が危険で、何が危険ではないかを学習し始めています。

こうした素人判断が危険なのだという意見もありますけど、
アノニマスの情報を裏どりすることなく鵜吞みにして、
それをあたかも自分の考えであるかのように信じ込むより、
まず経験に軸足を置き、それを補う形で情報を利用する方が、
個人に限らず公益にも寄与するのではないか?
と僕は考えているのですよ。

というわけで、この1年間無事だったんだから、
その経験に則って、これまでやってきたことはみなOK!

とは残念ながら思ってません。

僕が個人的に、また経営者として、
ハザードレベルを変える基準にしているのが医療リソースの状態。
分かりやすい数字が東京都の『入院・療養等調整中』の人数です。

なぜか?

ここで僕のルールをお話しましょう。
それは、

Hope for the best. Plan for the worst.

以前、在籍していた会社の社長が、
『悲観的に対策し、楽観的に実行する』
と言っていたのとほぼ近い意味ですが、
僕も生活や仕事、そして旅に至るまで、
これをファーストルールにしています。

そこでコロナ禍における Plan for the worst. はといえば、
それはいわずもがな、
自分が感染し、重症化するというシナリオです。
この観点で『入院・療養等調整中』の人数を読めば、
自ずとやるべきことと、やるべきではないことが分かってくるのですよ。

実はこれも情報ではなく、自分の経験から考えています。

あれは2012年1月27日の23時40分ごろ。
僕は最初の腰部椎間板ヘルニアの激痛に襲われ、
凍り付くような真冬の夜に真っ裸で救急車に乗せられました。
(詳しくはこのブログで2012年の『入院日記 その1』をご参照ください)

今回と共通するのは、その乗せられた直後の状況です。
救急車に乗ったら病院へ即急行!

じゃないんですよ。

車内で救急隊員の方が携帯電話で搬送先を探すのです。
ところがその日は前日に関東地方で大雪が降り、
転倒した人々で整形外科のベッドはほぼ満床状態。
僕の横で救急隊員が何件も病院に電話をかけ続けています。
そして20分以上かかって、ようやく空きを見つけ、
救急車が出発したのでした。
(実際はその病院の救急処置室に「先客」がおり、
その人が入院にならなければ入れる、との条件で行ったのです。
もしNGだった場合は、病院でまた病院さがし・・・)

あの時は、搬送先こそ見つからない状態でも、
僕は救急車の中でほっと一息ついていました。
なぜならアパートでは風呂上がりの裸で床に倒れていましたし、
(寒さで震えていました)
ストレッチャーに乗せてもらうだけでも、
悲鳴を上げなければなりませんでしたから。

ところがこれをコロナ禍のワーストシナリオに置き換えると、
高熱と呼吸困難に陥った状態では、
救急車の中もけして心地よい場所ではないでしょう。
ましてや現在の関西地方のように、
搬送先さがしに数時間以上もかかったらと思うと、
絶対に避けたいシナリオと言わざるを得ません。

そしてここにはもうひとつの経験に基づいた判断材料があります。
それは僕があの時に専有した救急車と救急隊員の時間。

僕が裸で倒れていたのはキッチンと隣の部屋のちょうど引き戸のところ。
ストレッチャーを体と平行に置いて乗せるにはスペースが足りません。
またちょっとでも体を動かすと、
激痛のため、10秒くらい息もできない状態になってしまいます。
それでも何とか僕を運び出さなくてはならない。
あれこれ方法を模索しているうちに、10分、20分と時間は過ぎて行きました。

結果的に、僕のために重要な医療リソースを占有してしまったのは、
合計で2時間くらいだったのではないでしょうか。

ご承知のように、彼らはけして閑職についているわけではありませんし、
救急車も潤沢にあるわけでもありません。
(1400万人都市の東京都に救急車がたった236台しかない!)
ましてや救急隊員の会話から、彼らが一番近い野方署からではなく、
阿佐ヶ谷署から来ていることが分かっていたのです。
つまり手が回っていない。

この時の僕の頭には、いま、ここにある危機とは別に、
30年以上前の経験が思い浮かんでいました。

あの時はオートバイの事故で、
アパートの床ならぬ夜の道路の路肩で、
左鎖骨と左掌の骨が折れたまま倒れていたのです。
(さんざんな人生でございます)

僕はこれまで救急車に3回のせられたことがありますけど、
そのいずれもコールから8分以内に駆けつけてくれています。
しかし、もし僕のように誰かが長時間にわたって救急車を占有してしまったら、
救急件数が急増して全ての救急車が出払ってしまったら、
僕はあのまま路肩で倒れたままになっていたでしょう。

そしてもし、その時のダメージが単純骨折ではなく、
脳内出血など緊急処置が必要なものだったら、
僕が今こうして皆さんとお話することはできなかったでしょう。

累積数から計算した東京都民の新型コロナウイルス罹患率は、
今日の時点で0.0099123パーセント。おおむね100人に一人です。
これを生徒数1000人の学校に置き換えると、
約1年の間で1000人に10人の選抜選手に選ばれる確率と同じ。

また現在の陽性者数と重症者数から計算した、
ざっくりとした重症化率は0.00887393パーセント。
おおむね陽性者1000人に9人の確率です。

これを個人的にリスク評価すれば、
「いますぐ食料を買い込んで
 ワクチンを接種するまで自宅にこもらなければ!」

という結論には至りません。

しかし、Hope for the best. Plan for the worst.と、
過去の救急搬送された経験に照らし合わせると、
救急車や病床などの医療リソースを無視するわけにもいかない。

これが『入院・療養等調整中』の人数を注視して、
ハザードレベルを変えている理由なのです。

本日現在の東京都の『入院・療養等調整中』の人数は1453人。
これはもし僕が次の自宅療養以外の陽性者となった場合、
待合室の番号札は1454番ということを意味しています。

この数字を念頭に置いたとき、
あなたはご自身の経験と集めた情報をもとに、
どうリスク評価されますか?

まぁ、僕なら、
闇営業の店に行くようなことはしませんけどね。

えーじ
posted by ととら at 20:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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