Beep! Beep! Beep! Beep! Beep!
「な? 今度はなんだ?」
「またエネルギーリークだよ!大変!
反重力ブレーキの出力がどんどん落ちてる」
「まじ?」
「速度が18パーセント増加!地球の重力場に引き込まれちゃう」
この時、無線機から声が、
「こちら成田宙港管制。船名と所属をどうぞ」
「こちら独立調査船のスターシップととら」
「了解、スターシップととら。軌道はいいが速度が超過しています。
反重力ブレーキの出力を上げてください」
「え〜、了解」
いいアドバイスありがと。
「スターシップととら。聞こえますか?」
「はいはい、聞こえてますよ」
「速度が落ちていません。反対に上がっています。
ただちに反重力ブレーキの出力を上げてください!」
「できるならこっちもそうしたいんだけどね」
「どうしたのですか?」
船の振動とノイズが次第に大きくなってきました。
「管制、リクエストがあります」
「なんでしょう?」
「至急、着陸スペースからグラウンドスタッフを退避させて、
消防車と救急車を待機させておいてくれますか?」
「え? 不時着するつもりですか?」
「あ〜、少々忙しくなってきました。続きはあとで。交信おわり!」
「どうするの?」
「これ以上反重力レーキの出力を上げたら、
リークしたエネルギーで船が吹っ飛んじまう。
一か八かだ。スラスターで船を反転させて、メインエンジンで減速させる!」
「え〜っ!バックで着陸するの?」
「い〜や、それじゃ進入角が制御できなくて滑走路に激突しちまう。
じゅうぶん減速させたら、もう一度スラスターでスピンさせて正面を向き、
最後はエアブレーキで止めるんだ」
「着陸下降中に2回もスピンターンするの?」
「あたり〜!」
「最低!」
「いつものことでしょ? そんじゃ一発目、行くぜ」
僕はスタビライザーを格納し、
船首右側と船尾左側のスラスターをフルパワーで噴射させました。
フリーフォール中の船がきりもみしながらもゆっくり転回しています。
「えーじ! あたし吐きそう!」
「もうちょい我慢して! おぇ〜、僕も気持ち悪くなってきた。
あと15度、10度、5度、よしスラスターオフ!
メインエンジンにフライホイール接続!」
「いいよ、繋がったよ!」
僕はスロットルを少しずつ倒し始めました。
体がGでシートに押し付けられます。
「ともこ、スピードは?」
「まだ落ちない・・・まだ・・・あ、落ちてきた!」
「よ〜し、1500ノットまで減速したら最後の曲芸だ。メーターを読んで!」
「2100・・・1900・・・1800・・・1600・・・1500!」
「フライホイールオフ! スラスターオン!」
船は再び激しく振動しながらゆっくりきりもみ状態になりました。
風を真横から受けているときは空中分解しそうなくらいの揺れです。
たのむぜポンコツ!
あと15度、10度、5度・・・
「よし、スラスターオフ!スタビライザーオープン!」
「スタビライザーオープン完了!」
急に船が安定を取り戻しました。
前方に成田宙港の滑走路が見えています。
「速度は?」
「330ノット」
「OK! エアブレーキ作動!」
すさまじい逆Gで体が前方につんのめりました。
それに伴い、スピードメーターの数字が急激に下がって行きます。
「成功だね!」
「いや、まだだ!速過ぎる!十分に減速するには距離が足りない!」
「ってオーバーランしそう? やり直す?」
「その余裕はないよ、船体がもたない!」
「それじゃ・・・」
「ちょっと派手な到着になりそうだ」
「やめて〜っ」
僕はランディングギアを下げ、エアブレーキの出力を最大に上げました。
滑走路はもう目の前です。
そして・・・
BAAAAANG!!
強烈なランディングの衝撃で体が浮かび上がるのも構わず、
僕がランディングギアのブレーキを力いっぱい踏み込むと、
タイヤの鳴く音がコクピットまで聞こえてきました。
「ダ、ダメだ! 止まりきれない!」
「オーバーランしちゃう!」
僕は必死でタキシングホイールを操作し、
停船中の宇宙船や作業車両をかわして行きます。
タイヤが焼き切れて破裂する音が聞こえました。
船はコントロールを失い、ドリフト状態のまま滑り続けています。
「おわっ!舵がきかない!」
「危ない!ぶつかるよ!」
「どいたどいたどいた〜っ!!」
船内食を運ぶトレーラーをかすめ、照明塔をなぎ倒し、
横転しそうになりながらもまだ船は止まりません。
正面に見えていた巨大な宇宙船ハンガーがだんだん迫ってきました。
「衝突するぞ!」
その時、ハンガーのシャッターが上がり始め、
ぎりぎり、ブリッジのアンテナを吹き飛ばしたところで、
船はようやく止まったのです。
操縦桿に屈みこんでいた僕らは、ゆっくり目を開き始めました。
「・・・?」
「私たち死んじゃった?」
「いや・・・どうやら・・・なんとか着陸したみたいだ」
「ここはどこ?」
無線機はアンテナが壊れて沈黙しています。
「とりあえず下船してみよう」
僕らはよろめきながらタラップを降りました。
「ラッキーだった。ちょうど空きのハンガーに滑り込んだんだ」
「あ〜あ、船はひどい状態ね」
「こりゃさすがに修理は難しいかも・・・」
「いろんなものにぶつかったから傷だらけ。
スクラッチが縞々でなんだかトラみたい」
「トラだって? は、そんな勇ましいもんにゃ見えないな」
そのとき巨大なハンガーの端から、
この場に似合わないロールスロイスのホバ−カーが近づいてきました。
僕らの目の前で止まったその車内から降りてきたのは、
これまたこの場に似合わない、
オースティンリードのスーツで身を固めた初老の紳士です。
「えーじ様、お帰りなさいませ。予定よりだいぶ早かったですな」
僕はその声を聞くなり、相手が誰だか分かりました。
「てめぇ! さっきはよくも見捨てたな!
お蔭でご覧のとおりひどい目に遭ったぞ!」
男は僕の剣幕に身じろぎもせず続けます。
「操船技術は相変わらず大したものでございました。
この程度の損害で不時着できたとは」
「ふ、まぁね・・・って当たり前だ!」
「先ほどの通信の後、当社規定を確認したところ、
メーカーには緊急事態における救出支援義務のあることがわかりました。
そこですぐに通信を試みたのですが、お出にならなかったのは残念です」
「遅いんだよ!」
「そこで提案がございます」
「なぁに、提案って?」
「法的なもめ事は当社も望むところではありません。
お詫びとしてこの船を新造船と交換する・・・というのはいかがでしょうか?
修理は不可能なようですから」
「え〜っ!新しい船をくれるの?」
「さようでございます。ただしこのやり取りは2者間のみのことにして下さい」
「新造船ねぇ・・・ま、まぁ分かりゃいいんだよ」
僕の反応を見た男は意味深な笑みを浮かべ、黙って踵を返しました。
「ずいぶん気前のいい申し出だったね」
「ふん、これだけ派手にやったんだ。
まもなくメディアが押し寄せてくるだろ?
太っ腹なところをアピールして逆に宣伝しようって腹さ。
食えねぇやつだ」
ホバーカーが遠ざかって行きます。
僕らはボロボロになったスターシップととらを見上げました。
「この船とも12年間の付き合いだったな」
「ずいぶんいろんな星に行ったね」
「ああ、だいぶ手荒く扱ったけど、実際よく飛んでくれたと思うよ」
「逆説的解決法?」
「まぁね」
遠くでサイレンの音が聞こえ始めました。
「新しい船かぁ・・・名前はどうする?」
「そうだな、船名は同じだけど・・・」
「同じだけど?」
「コードネームは今のこの船のイメージを継いで・・・トラにするか?」
「トラちゃん? なんかかわいいね」
「それはそうと、その新造船ってのは、いったいいつ来るんだ?」
「だいたい恒星間宇宙船って建造に半年はかかるっていうよ」
「半年!?」
「少なくともね」
「泣けるな。6か月間も丘に上がった魚ってわけだ」
「ねぇ、せっかくだから、その丘を旅してみない?」
「丘? 地球の旅ねぇ・・・そういえばこの稼業を始めて以来、
ずっと宇宙ばかりだったからな」
「たまには原点回帰!」
「よし、そんじゃ中古のホバーカーをゲットして、
久しぶりに地面の上を旅してみるか」
「賛成〜っ!」
「と、その前に、いろんなとこで言い訳しなきゃダメだぜ。
ほら・・・」
消防車や救急車、そしてセキュリティカーが何台もハンガーに入ってきました。
End
えーじ
2021年11月27日
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