う、うう・・・
息が・・・出来ない・・・
何も・・・見えない・・・どうなってるんだ!
苦痛で意識を取り戻しましたが、
頭が混乱して何が起こったのか理解できません。
何かが全身に覆いかぶさっているような・・・
うぉ〜っ!
力任せにもがくと、突然、両腕が自由になりました。
はっ、雪だ! 雪に埋まってるんだ!
頭上の雪をかき分けて頭を上げた途端、
粉雪の混じった冷たい空気が肺に流れ込み、
僕は咳き込みながらも自分の置かれた状況が、
次第に分かってきたのです。
そうだ、山頂直下から滑落したんだ。
新雪の吹き溜まりに突っ込んで止まったのか?
ふぅ・・・ラッキーだったな。
怪我は? 体はどうなってる?
落ち着いてくると左ひざの裏側に痛みを感じ始めました。
いててて・・・曲げられるか? 大丈夫。
骨は・・・良かった、折れてないみたいだ。
でもひざ裏の筋を傷めた感じがする。
次は装備です。
幸いバックパックはすぐ近くに落ちていました。
そして手首に巻いたコードを引っ張ると雪の中から、
よし、いいぞ、ピッケルもある!
しかし左足のアイゼンが無くなっていました。
まぁいい、これならここから脱出できる。
とはいえ、
ここはどこだ?
僕は自分が滑り落ちてきた急な斜面を見上げ、
ん〜・・・ざっと150メートルから200メートル、ってとこか。
これを登って戻るのは・・・片足アイゼンじゃ難しそうだ。
どうする?
あたりはだいぶ暗くなり、気温もさらに下がってきたようです。
急がなくては! ここで雪洞を掘ってビバークするか?
いや、こんな雪崩の巣みたいなところに留まるのはまずい。
かといって・・・
そうだ、稜線上から反対側の尾根に小屋が見えていたな。
あれは・・・こっちの急な斜面の上か・・・
角度はおおよそ60度から70度。
高さはだいたい50メートル。
僕は寒さに震えながら目を閉じて考え始めました。
選択肢は?
頂上側の稜線には戻れない。
かといって、ここでビバークするのも危険すぎる。
他には? 考えろ。考えるんだ・・・
このとき、僕は人生で初めて死神の息吹を首筋に感じたのです。
これは言葉にできない、背筋が凍るような感じでした。
マジでピンチだ。じっとしていたら、たぶん死ぬだろう。
しかし、残された方法は・・・この反対側の急な斜面を、
このコンディションで登るしかない・・・のか?
よし、一か八かだ。
アイスクライミングの方法でやってみよう。
僕はピッケルを手の届く、最も高い位置に打ち込みました。
次にぐいっと体を持ち上げ、
アイゼンを付けている右足で雪の壁をけり込み、
体重を移して左足を右足より高い位置にけり込む。
そして再びピッケルを打ち込み・・・
オーケー、この調子でいけば、
何とか小屋のあるテラスまで登れるだろう。
でもザイルで確保は出来ない。落ちたらそれまでだ。
気を付けなくては。
常に動かすのは一カ所だけ。3点確保を忘れずに。
行くぞ!
こうして登ること10数メートル。
コツが呑み込めたと思った矢先、
うわっ!
アイゼンを付けていない左足で、
体重をかけた雪が崩れてしまったのです。
頼みのピッケルも同時に抜け、
僕は再び斜面を転げ落ちてしまいました。
くっそ〜、振り出しに戻ったか!
せっかくあそこまで登ったのに。
やっぱりアイゼンがないと深くけり込めない。
つま先の爪もないから引っかかりが悪い。
こんな状態で登れるわけないじゃないか!
って泣き言を言ったところで聞いてくれる人すらいないんだ。
自分でどうにかするしかない。
もう一度やろう。もう一度。
今度はペースを落とし、けり込みを深くするんだ。
気持ちを集中して、落ち着いてやればできる!
僕はまた雪の壁に取り付きました。
そしてこの単調な作業を繰り返し続けたのです。
もう一回やったらテラスに出る。
もう一回やったらテラスに出る。
まだか?
もう一回やったらテラスに出る。
まだか? 気が遠くなるぜ。
日はとっくに沈み、西の空の残照が唯一の明かりです。
もう一回やったらテラスに出る。
余計なことは考えるな。
もう一回やったらテラスに・・・
何分が経ったのかわかりません。
僕はただひとつひとつの動作に集中していただけ。
ここでピッケルが崖の縁に引っかかりました。
はっ!おおっ!やった!登り切ったぞ!
最後の力を振り絞って懸垂で体を引き上げると、
目の前には頂上直下の稜線から見えた、
あの山小屋が半分雪に埋もれて佇んでいたのです。
僕はその場で仰向けにひっくり返りました。
オーケー、えーじ、よくやった!
雪のドツボから脱出したぜ!
息が整ったところで体を起こし、
僕はピッケルで山小屋の鎧戸をこじ開けました。
そして中に転がり込み、達成感を噛みしめながら、
一杯の熱い紅茶を淹れたのです。
外は再び雪が降り出していました。
to be continued...
えーじ
P.S.
下山して山小屋の持ち主を探し出し、後で謝ってきました。
そして春、山開きの前に山小屋へ戻り、壊した窓を直して来たのです。
2023年08月27日
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