2025年10月26日

第27回取材旅行 その13

Merhaba!(メルハバ(こんにちは!)

え、挨拶が間違ってる? いや、これでいいのです。
キプロスを南北に分断するグリーンラインの南側はギリシャ系ですが、
北側はトルコ系のテリトリー。
そう、キプロスは紛争当事国なのでした。
しかもこの深刻な問題は、未だ解決の目途が立っていません。
かいつまんで説明しますと、

1.4〜12世紀のビザンツ帝国時代、
  キプロスにギリシャ正教が広まり、住民の大半がギリシャ系に。

2.16世紀後半、オスマン帝国がキプロスを征服。
  トルコ人の入植がはじまる。

3.19世紀後半、オスマン帝国が衰退。

4,1925年 キプロスがイギリスの植民地となる。

5.1930〜50年、ギリシャ系がギリシャとの統一を要求し、トルコ系と衝突。

6.1974年 ギリシャ系がクーデターにより統一を試みるが、
  トルコ軍が北部へ侵攻し、国土の約4割を掌握する。

7.1983年 北部が「北キプロス・トルコ共和国」として独立を宣言。
  しかし、承認したのはトルコのみ。

こうした経緯からグリーンライン(緩衝地帯)で南北が分断され、
以後、国連による統一交渉が繰り返されるも、進展はいまだ見られず。

nclandscape_cy.jpg
南キプロスにあるホテルの屋上から見た北キプロスの旧市街
公式ルートなら入ることはできますが宿泊はできません
バレるとEUに戻れなくなるかも

それでもグリーンラインの一部に相互通行ができるチェックポイントが作られ、
条件付きで人の行き来ができるようになりました。

checkpoint_cy.jpg
ラドロ通り北端にある南キプロス側のチェックポイント

南側から行きますと、最初に南キプロス側でパスポートチェックが行われ、
20メートルほどの緩衝地帯(国連軍がひっそりと監視している)を歩くと、
北キプロス側のパスポートチェックがあります。
公式には国境ではありませんから、パスポートもスキャンされるだけ。

たった、50メートルほどを歩くだけでも、
双方の立場とメンタリティの違いが肌で感じられます。
そう、比較的柔和な南とピリピリした北。
(チェックポイントの撮影も北は厳禁です)
しかし、この異様な空間を抜けると、突然ムードはトルコ一色に。

ncoldtown01_cy.jpg
チェックポイントを抜けて30メートルも歩けばご覧のとおり

ncystreet_cy.jpg
街並みの雰囲気が南とはがらっと変わります。

goch_cy.jpg
アート感覚は北にもあり、こんなゴッホの警鐘的ウォールアートも
ん〜、トルコ人にもゴッホの人生に興味を持つ人がいるのですね
この絵の意味、わかります? ヒントはゴッホが持つ酒瓶のラベルに

buyukhan_cy.jpg
小隊宿跡を使ったお洒落なミニアーケード、ビュユック・ハンも美しい

通貨も当然、ユーロではなくトルコリラになります。
(ユーロも実質上流通していますけどね)
街行く住民の表情にも緊張感は読み取れません。
このコントラストが印象的でした。

ユニークなのがランドマークにもなっているセリミエ・ジャーミー。

mosque_cy.jpg

これがご覧のとおり、もともとキリスト教の聖ソフィア大聖堂だった建物に、
ミナレットを増設し、内部の祭壇を取り壊してがらんどうにした、
ハイブリッドなモスク。
そういう意味ではイスタンブールのアヤソフィアやブルーモスクも同じ。
もともとはビザンツ時代に建てられたギリシャ正教の教会ですからね。
ただ、レフコシアの教会はゴシック様式だったので、
より教会っぽさが際立っています。
場所によっては偶像として削り取られるはずのレリーフも残っていたりして。

そうそう、ここでの僕らのミッションはこれ。

pyrohu_cy.jpg
Pirohu

そう、ここにもギョーザがあったのですよ、それもマントゥではなく、
その名もピロフ! ここで「えっ?!」となったあなたはギョーザ通。
この名はスロバキアのピロヒーとそっくりではないですか。
そこで置いてある店を北キプロスで探し出し、食べてさらにびっくり。
名前こそ似ていますが、モノはほとんど共通点がありませんでした。
要約しますと、カッテージチーズを包んだ小型のラビオリを茹で、
ヨーグルトとモッツレラチーズに似た、
ハルオーミをシュレッドして振りかけたもの。
いったいどこでどう伝わり、ここまでレシピが変化したのか、
今のところ皆目見当がつきません。
いやはや、また宿題をもらっちゃいましたね。

そんな取材をしつつ、日常的には旅に出て1か月。
そろそろ散髪しなければ。
というわけで行ってまいりました、ホテルの裏通りにあったバーバー。

barber_cy.jpg

気のいいギリシャ系のおじさん二人が切り盛りしていて、
ローカル色もご覧のとおり。
主にバリカンを使って25分で仕上げる早業です。
お代は12ユーロ(約2,100円)。さっぱりしました。

さて、今日の昼前、
レフコシアから空港にほど近いラルナカに移動しました。
ここで、またしても災い転じて福となす。
投宿したのはリゾートホテルの安い部屋で、
14時のチェックインに合わせて行ってみると、

「たいへん申し訳ございません。
 本日大変混みあっておりまして、
 まだお部屋の準備ができておりません」
「おやおや。で、僕らはどうすればいいですか?」
「ロビーで今しばらくお待ちいただけますでしょうか?」
「ああ、構いませんよ」

と僕らの旅ではトラブルに入らないレベルのことだったのですが、

「お待ちいただく間、お飲み物はいかがでしょうか?」
「え? あ、そうですか、では・・・」

安い客なのにかたじけないねぇ、
ウェルカムドリンクまで頂いちゃって・・・

そしてさらに20分ほど待っていると、

「あと15分お待ちいただけますでしょうか?
 お詫びにより良いお部屋をご用意いたしますので」

そうして部屋まで行ってみると、

「見て見て、すご〜いっ!」
「うひゃ〜、オーシャンビューの部屋じゃん」

beach_cy.jpg
窓の外にはこんな光景が 青いエーゲ海がまぶしい

40分程度のチェックイン待ちにしては、たいへんなご褒美でした。
昨日まで泊まっていた部屋の3倍くらいの広さがあるし。
さらにラルナカでは天気に恵まれ、ソルトレイクまで足を延ばしたら、
なんと広大な大塩湖が僕らだけの貸し切り!

soltlake_cy.jpg
波のように見える大地は乾いた塩です

なんでこんな素晴らしいところに誰も来ないんだろう?
ここで僕らは大塩湖に沈む夕日をぼ〜っと見るという、
おカネでは買えない贅沢な時間を楽しんだのでありました。

sunset_cy.jpg

さぁ、ここで英気を養ったら、明日はギリシャに戻り、
ピレウスから夜行フェリーでキオス島に向かいます。
そこて対岸のチェシュメに渡ればもうトルコ。
昨年から始めたヨーロッパの横断が終わり、
いよいよ難易度の上がる中東に入ります。
だんだん盛り上がってきました。
気合を入れて行かねば!

to be continued...

えーじ

othebeach_cy.jpg
ラルナカのビーチで (水着を持ってくればよかった!)
posted by ととら at 06:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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