僕らは一昨日の午前中、ギリシャのキオス島から、
対岸に位置するトルコのチェシュメに小型フェリーで到着しました。
こんな船で約45分の航路 雲ひとつない快晴の朝に出港しました
今回の旅で9番目の国、トルコに上陸
奇しくも当日はトルコの建国記念日にあたる「共和国記念日」。
短い乗船時間でしたが、
海上の国境線を越えたあたりでトルコ語のアナウンスがあり、
「何だろ?」と思っていたら、乗客乗員そろって拍手!
目が点の僕らをしり目に次は勇ましい軍歌調の曲が流れるや、
みんなで手拍子しながらの大合唱が始まったではないですか。
そこで僕らも合わせて手拍子参加。
すると前の席に座っていたお兄さんが振り返り、
「日本の方ですよね?」
「え? なんでわかりました?」
「僕はターキッシュエアラインズのキャビンクルーなんですよ。
イスタンブール、東京便に乗務していたことがあるので、
日本の方は見ただけでわかります」
いいですね、国境を越えた途端にこの盛り上がり。
そして、この温かい雰囲気にトルコ人気質を感じました。
小さなチェシュメ港 左端の平屋がイミグレーションの建物
この国境越えはギリシャ出国、トルコ入国ともにあっさりスルー
チェシュメは小さな港町。夏は海水浴客で賑わうそうですが、
シーズンオフの10月下旬はこうした祭日を除くと静かなようです。
祝日でそこかしこにトルコ国旗と
ハンサムな建国の父、ムスタファ・ケマル・アタテュルクの肖像が
チェシュメの繁華街には大勢の人が繰り出していました
EU圏でギリシャは物価が安い方ですが、
トルコに入ったとたん、さらにがくんと落ちました。
たとえばここで泊まったホテル、
ダブルできれいな部屋が1泊二人で約4,700円です。
昨秋の西欧での大散財が噓のよう。
いちばん泣けたのがダブリンのホステル(ホテルより格下)に、
一泊35,000円で泊まらざるを得なかったこと。
中東でよくあるシンプルなホテル
トルコは日本以上にインフレで苦しんでいるとはいえ、
それでも大衆食堂のロカンタに行けばお腹いっぱい食べても、
写っている料理と飲み物全部を合わせて約2,000円くらいです。
しかもすんごくおいしいし。パンだって食べ放題。
さて、僕らがいま滞在しているのは、
チェシュメから東へ80キロメートルほど離れたイズミル。
移動はバスで1時間半ほどでした。
チェシュメの街はずれにあるオトガル(バスターミナル)
ところが到着直前にちょっとサプライズ。
終点はイズミルオトガルと思っていたのですが、
マップ上はそこまでまだ10キロ近くあるところでバスが停まり、
乗客がぞろぞろ降りだしたじゃないですか。
そしてドライバーさんは僕らに「終点だよ」とな?
で、放り出されたのはいいのですけど、
当然、「ここどこ?」ってなりますよね?
周囲を見渡すと運よく地下鉄のサインがあり、駅名はFahrettin Altay。
とりあえず改札まで行ってみれば、これはM1線で、
僕らの目的地İzmir Basmaneまで行くのがわかりました。
問題は乗り方で、1回券は売っておらず、イスタンブール同様、
損した感むんむんのメトロカードを買わねばなりません。
しかし、この不評にようやく行政が重い腰を上げたのか、
クレカのタッチで乗れるようになっていました。
(そういえば日本はまだね?)
おかげでプランBはプランAのショートカットになり、
僕らは予定より早く次のホテルにチェックインできたのです。
イズミルはチェシュメ以上に大きな港町
次なるミッションが軍資金のゲット。
通常の海外旅行であれば、ほとんどクレカで決済しますよね?
しかし数か月に及ぶ旅でこれをやると、
ブラックカードユーザーでもない限り、
カードの上限に引っかかってしまいます。
また、まだまだキャッシュしか使えないケースも珍しくないので、
僕らは支払方法を分散し、クレカにデビットカードと、
ATMで自分の口座から現地通貨の引き出し、
そして米ドルと日本円からの両替の4本立てで支払いをしているのです。
ここで難しいのがATMからの現地通貨引き出し。
EU圏では最近べらぼうな手数料を取る銀行が増えておりまして。
10パーセントを超えることも当たり前。
さらに設定されている為替レートは相場を無視した涙もの。
極悪な例だと20パーセント以上持って行かれます。
コンバージョンを拒否することで、
ある程度まっとうな引き出しに持ち込めるケースもありますが、
しばしばトランザクションエラーと偽って、
この対抗策を拒否してくるケースがありまして。
今回も比較的評判のいいHalkbankやZiraat BankasıのATMを試すも、
「ブルータス、お前もか!」の状態。
そこで両替屋に行ったら日本円に対応していたので、
米ドルは温存し、日本円をトルコリラに替えました。
最近また円安が進んでいますけど、そんな為替の微々たる影響より、
ATMの手数料の方がはるかに深刻なのですよ。
こうして準備が整った僕らが突撃したのがイズミールの旧市街。
ここはイスタンブールのエジプシャンバザール脇のごちゃごちゃした部分と、
グランバザールを合体させて、さらに巨大化させたようなところ。
モロッコのマラケシュのメディナ同様、
一足踏み入れたが最後、すぐどこにいるか分からなくなります。
しかし、それがおもしろい。
さまざまな業種が集まっており、ここで生活用品のすべてが揃います
威勢のいい声が飛び交う生鮮売り場
足の向くまま、気の向くまま探検し、
疲れたらお洒落なカフェでチャイかトルココーヒーで休憩。
ケバブのいい匂いが漂い、おいしそうな飲食店もたくさんあります。
おっと、取材も忘れちゃいませんよ。市場で食材を調べた後は、これです。
イスミルといえば、ととら亭でも紹介したことのあるイズミルキョフテ。
なんですが、ここでサプライズの第2弾。
探しても探してもないんですよ、これをやっている店が。
トルコではかつてアダナでアダナケバブ、ブルサでイスケンデルケバブ、
カイセリで極小サイズのマントゥと、
それぞれ発祥地で食べ比べながら現物確認をやっていましたが、
なぜか料理名に地域名を冠したイズミルキョフテが、
イズミルのどの飲食店でもメニューにない。
そこでお店の人に聞いてみると、なぜか皆さん、ばつの悪い表情になり、
「あ、ああ、それは今日ありません」とか、
「キョフテ・ギュヴェチ(鍋焼きキョフテ)にジャガイモを入れたら同じだよ」
などと気のない答え。
なぜだ?
と調べて驚きました。
この料理、イズミルがかつてギリシャ人の都市スミュルナだった時代に、
ギリシャ人やアルメニア人などトルコ人以外によって考案され、
それがトルコ各地に地方料理として拡散。
しかし、希土戦争の結果、大規模な住民交換でトルコ人以外がこの地を去り、
外国人への反感から現地では料理まで消えてしまった、との説が。
この経緯、実は僕も以前から知っており、どちらが元祖かは別として、
ギリシャで昨年、イズミル(地名)・キョフテ(ミートボール)の別名である、
スミュルナ(地名)・スズカキヤ(ミートボール)を調べていたのです。
ところがイスタンブールやアダナなど、
他の街のロカンタでは定番となっているにもかかわらず、
まさか発祥地でほぼ消滅しているとは思いませんでした。
そこで足を棒にしてようやく見つけたのが先の写真の一品。
雰囲気のいい老舗のロカンタで、味も素晴らしかったのですが、
この経緯を考えながら食べていたら、微妙な気分になりました。
そう、料理って、文化であり、歴史そのものなんですよ。
たとえそれが悲しいものであってもね。
さて、明日はトルコで初めて鉄道に乗り、
エフェソス遺跡に近いセルチュクに移動します。
ああ、11月に入ったんだなぁ・・・
to be continued...
えーじ