社会主義チックなデザインのグバのバスターミナル
こんなマイクロバスに揺られて2時間半
結果から申し上げますと、グバでの取材は空振り。
イスラエルを除いて唯一といわれるユダヤ人の街、
通称「赤い町」にクルツなるギョーザのような料理があると聞き、
はるばる行ってはみたものの、ギョーザどころか飲食店そのものがない。
独特な様式の邸宅が並ぶクルムズ・ガサバ(赤い街)
いや、生活臭さえ希薄なんですよ。食料品店すらないのですから。
そこで捜索範囲を広げ、グバの中心地にある飲食店をいろいろ調べたのですが、
これまた見つかるのはギューザやダシュバラなど、かつて知ったものばかり。
む〜・・・どうしたことかしらん? ともう少し掘ってみたら、
赤い町とグバの市街地は大きなクディヤルチャイ川で隔てられており、
双方の住民は橋を渡っての行き来をほとんどしていないそうな。
荒涼としたクディヤルチャイ川
確かに地域のみならず、各家々は高い塀に取り囲まれ、
敷地内は一切見えない構造になっています。
そう、見るからに閉鎖的な感じ。
なのですが、出会った人々は真逆のキャラクター。
東洋人は珍しいのか、とにかく目が合うと話しかけられますからね。
僕も片言のアゼリー語で挨拶を返していました。
40歳以上の人はあまり英語が通じませんけど、
「たぶん、こう言っているのだろう」という直感コミュニケーションで、
「ヤポンです、ヤーポン!」
「そうか、日本人か、よく来たな!」こうしてときには握手まで。
取材はできませんでしたが、心やさしいローカルたちに囲まれていると、
それだけで来て良かった、と思えてきます。
ケバブ屋のスタッフとセルフィー
また、バクーとのコントラストはアゼルバイジャンを理解するのに、
たいへん役に立ったことも触れておかねばなりません。
人間だってよそ行きの顔だけではわからないでしょ?
物価ひとつをとっても中央と地方では倍近い開きがありましたし。
そう、アゼルバイジャンは産油国ですが、湾岸諸国とはだいぶ違っています。
オイルマネーは主に公共事業等に投資され、国民は納税の責を負っているのですよ。
よって普通に働いていますから、肉労も外国人任せではなく、
移民労働者はあまり見かけません。
そうした意味で、経済は地に足が着いている感じ。
また、ムスリムが多いとはいえ、
ソビエト時代に宗教を否定した過去があるので、
民族的に近いトルコのように、アザーンが聞こえても音は小さめ。
結婚も父権的に決められるのではなく、基本的に自由恋愛だそうな。
バクーのシンボル、フレームタワーに隣接するシャヒドラー・メスジディ
超広角レンズで撮ったので歪んでます
前回触れた街の変化は、
やはり新型コロナのパンデミックが大きく影響したようです。
ロックダウンによる収入減で多くのホテルや飲食店が廃業を余儀なくされ、
その空席を利用して再開発が加速。そして国家のショーケースとなる、
きらびやかな旧市街や繁華街が生まれたのです。
イルミネーションがまぶしいネザミ通り界隈
しかし、再開発が進み、街が華やかになれば、
多様性と画一化が入れ替わるトレードオフは避けられません。
今回僕らが入った飲食店の幾つかは、さながらチェーン店のように、
内装から料理、サーブの仕方まで、驚くほど多くの共通点が見られました。
そうなると、最初はフレンドリーに感じていた接客も、
どこかマニュアル的な臭いがしてきて・・・
旧市街の再開発されたレストラン通り
もちろんこれはバクーに特化した現象ではなく、
日本でも全国的に見られる傾向ですけどね。
ととら亭のある葛飾区も区役所の移転に伴って立石の再開発が進み、
ごちゃっとした商店街の個性ある個人店が姿を消そうとしています。
そう、地権者を除き、再開発ともなればテナントの賃料が上がり、
さまざまな新しい規制も重なって、
もはや個人が出店するのは現実的ではなくなってしまいますからね。
で、結果的に開発が終わると、そこは大手企業のチェーン店が並んでいる。
ほら、日本全国、駅前の風景はどこも大同小異でしょ?
確かに11年ぶりのバクーは以前に比べて繁栄していると思います。
しかし、同時に所得格差が広がり、多様性が失われつつある。
社会の発展とは何か? それに紐づく、僕ら個人の幸福とは何なのか?
いや、消費文化の本質って何なのだろう?
夕暮れのカスピ海に面した臨海公園を歩きながら、
僕らはそんなことを話し合っていました。
さて、今日は午後の便でジョージアへ戻ります。
これまた2014年のリベンジとなるステパンツミンダ(カズベギ)へ。
かの地はジョージアのギョーザ、ヒンカリの発祥地なんですよ。
トビリシやクタイシバージョンとの違いはいかに?
今回は腰の爆弾を爆発させないよう、気をつけねば!
to be continued...
えーじ