2025年12月15日

第27回取材旅行 その27

Assalomu alaykum!(アッサローム・アライクム(こんにちは!)
僕たちは今日の昼前、ウズベキスタンのヒヴァに到着しました。

え? それまでイランのマシュハド以降、何処にいたんだ?

ですよね?
ホっとしたあまり、先走ってしまいました。
やっぱり長い旅の難易度「高」の部分を端折ってはいけません。
では、時計を12月9日に巻き戻して・・・

Salam! (サラーム(こんにちは!)
僕たちはトルクメニスタンのアシガバートに到着しました。

と、いつものフレーズで始めたいところですが、
僕らの「音信不通」には遡ること約1か月の長いイントロがあったのですよ。
トルクメニスタン入国には非常に厄介なVISA取得「準備」がありまして、
それに着手した場所が11月11日に到着したバクー。
事前にかなり情報を集め、カスピ海の対岸に位置し、
ソビエト連邦時代は同胞国だったアゼルバイジャンであれば、
渡航手続きのできる旅行代理店があるに違いない。
そう考えてリストもしっかり作っておいたのです。
そしてプランAどおり、到着した翌日、いそいそと出向いてみれば・・・

ない。

GoogleMAP上の場所に行けども、
第1候補の旅行代理店は、どこにも見当たりません。
周囲の人やインフォメにも聞いたものの、
みな知らないか、同じくマップ上の場所を指差すだけ。

次にトルクメニスタン政府公認との情報があったプランBに行ってみれば、

「え? トルクメニスタンのLOI(Letter of Invitation(招待状)の手配?
 ん〜・・・うちはやってないですね〜」と渋い顔。
 
あちゃ〜・・・AIのいうことは当てにならんのぅ。

仕方なく足を使ってのアドリブに切り替え、周囲をくまなく探し始めましたが、
これまたMAP上に表示されても存在しないか、
あっても潰れていたか、スタッフ不在で鍵がかかったまま。
ようやく飛び込んだ会社で受け付けてくれたものの、
やり取りを始めるうちに話が怪しくなり、結果的にボツという始末。
LOIの発行には2、3週間かかりますから、僕らも焦りはじめました。
結局、ネットで探した代理店とメールでやり取りしながら、
ぎりぎり滑り込んだのです。

ここが入国のキモなので、もう少し詳しく説明しますね。

1.トルクメニスタンのVISAはアライバルで取得可能
2.しかし、VISAの発給にはLOIが必須
3.LOIの申請はトルクメニスタン政府公認の旅行代理店でしかできない
4.公認旅行代理店から申請するには、
  ガイド、ドライバー付きの完全パックツアーを組まなければならない
5.これがまたバックパッカー感覚ではべらぼうに高い!
  つまり僕らのようなフリースタイルで旅行することは事実上不可能
6.LOIの発給には申請から2〜3週間かかる
7.LOIは旅行代理店から電子メールのPDF形式添付ファイルで送られてくる
8.旅行者はLOIを印刷してイミグレーションに持って行く

loi_tm.jpg
これがLOI(Letter of Invitation(招待状)

9.イミグレーションではガイドが待っていて入国手続きを手伝ってくれる
  未だにPCRテストをやっていたりするし。(これはほぼジェスチャー)
10. イミグレにガイドが来ないと入国できない

ざっと、こんな流れになります。
実際はもっと細かい面倒なタスクがちまちまありましたけどね。
そんなこんなで入国できたときは、長〜い溜息が出ました。
(イミグレにガイドが現れず、
インスペクターから待機指示を出されたのは別としても・・・)

stamp_tm.jpg
これがトルクメニスタンのスタンプ

ところが、これだけのすったもんだも、
単なるイントロのパート2でしかないことが、まもなくわかりました。
この辺を語り始めると本が一冊かけるくらいのネタがありますので、
ここではかいつまんでちょろっとお話しましょう。

これまで全体主義、権威主義体制の国をいくつか旅したことがありますが、
トルクメニスタンはそのいずれとも違う、一種独特なムードに包まれておりました。
たとえば、首都のアシガバートの中心部、
諸官庁が建ち並ぶプロトコルストリートを自動車で走り抜けたときは、
「こりゃ、ただごとじゃないな・・・」と息を飲んだものです。

whitetown_tm.jpg
白い建物 白い自動車
プロトコルストリートなど政府系の建物は撮影厳禁

silentroad_tm.jpg
平日の19時にもかかわらず交通量はこの通り

端的にいいますと、ソビエトから亡命したA・タルコフスキー監督が存命で、
「惑星ソラリス」をリメイクするなら、
間違いなく未来都市のロケ地として使うであろう場所なんですよ。
(原作は東京の首都高速でしたけど)

weddingbuilding_tm.jpg
初代大統領サパルムラト・ニヤゾフの命で建てられた
結婚式場バグト・コシュギ(幸せ宮殿) このネーミングセンス、好きです

大理石で外装された建築物が白く輝いているだけではなく、
信号機から歩道の柵、街を走っている自動車まで白で統一され、
例外は白に近いグレーがときどき目についただけ。
平日の夕方にもかかわらず、
首都の片側4車線もある巨大な道路には自動車がポツポツとしか走っておらす、
道行く人もまばら。ゴミもまったく落ちていません。
そう、人の気配が非常に薄い。
さながら撮影が始まる前の映画のセットのようなのですよ。

silentpark_tm.jpg
静まり返った公園の片隅にひっそりと警察官の影が・・・
まるでポール・デルヴォーかジョルジュ・デ・キリコの絵画のよう

さらに不穏なムードを盛り上げるのが国境から始まって、
そこかしこに掲げられている巨大なセルダル・ベルディムハメドフ大統領の肖像画。
また、人けが少ないにもかかわらず、いたるところに交通警官がいて、
しきりに自動車を止めます。(僕らが乗っていた自動車もたびたび止められました)
こうなると「惑星ソラリス」というより、
ジョージ・オーウェル原作のディストピア小説「1984」に近い感じ。
止められたドライバーの不安な表情から、
目的は犯罪や交通違反の取り締まりではなく、
市民の監視であることがありありと感じられるじゃないですか。

となると当然、発言の自由も制限されていますから、メディアはお抱え系しかなく、
インターネットなんか中国級の遮断率。
そう覚悟して繋いでみたら、中国どころじゃありませんでした。
ほとんどどこもかしこもアクセス不能。それじゃってんでVPNに切り替えても、
これまた先手を打たれ、しっかりブロック済みとは。
今回、アシガバート、トルクメンバシ、ダルバザ、ダシャウスと移動しましたが、
砂漠の真ん中のダルバザは別として、いずれもかなりの制限がかかっていました。

darvaza01_tm.jpg
ダルバザのガスクレーター 通称「地獄の門」
僕らはネットどころか水道も出ないキャンプ場で一泊

特に情報配信系は完全にアウト。
ということは個人のブログもアップロードはおろか閲覧すらできない状態。
2019年に訪れた中国ですら、ここまでタイトじゃありませんでしたね。
そういえば国境の荷物検査でやたらと「ドローンを持ってないか?」と聞かれたっけ。
とにかく自己イメージと異なる情報には神経質なんですよ。

yangikaravallay_tm.jpg
しかし自然は美しい ヤンギカラ渓谷

camels_tm.jpg
野生のラクダがたくさんいます

sheeps_tm.jpg
山間の村には羊飼いが・・・

そんなこんなでブログがアップできなかったのは、通信手段がなかったからでして。
ま、これは予想どおりでしたけどね。

dosouzmarket_tm.jpg
最後にたどり着いた北端の街
ダシャウズの市場ではようやく人々の生活臭を感じられる光景が・・・

ともあれ、トルクメニスタンでのレアな経験は、たいへん勉強になりました。
社会システムの違いや独特な自然環境、野生動物だけではなく、
パックツアーという旅のスタイルが、僕らには初体験でしたからね。
この辺は近いうちに別の形でお話したいと思います。

to be continued...

えーじ

darvaza02_tm.jpg
ダルバザは地球の驚異を感じられる場所でした
posted by ととら at 05:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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