2025年12月28日

第27回取材旅行 その32

Салам алейкум!(サラーム・アレイクム(こんにちは!)
今朝9時過ぎ、僕らはこの旅18番目の渡航国、
キルギスのビシュケクに到着しました。

manas_kg.jpg
ビシュケクのランドマーク マナスの像

旅人も長らく続けていると、
「旅慣れていますね」なんて言っていただけることがありますが、
確かにある程度は慣れているものの、
「何もかもお見通し」というわけではありません。
これは本人が言っていることなので本当ですよ。
今回のタシュケント、ビシュケク間の夜行バス移動なんて、
その典型ともいえる内容でしたからね。

はじまりはまさしく「慣れた」バスチケットの購入から。
ウェブではアカウントが作れず、ホテルのツアーデスクで買ったのですが、
席を選ぶ画面に表示されたのは、見慣れた1、2階構成のシート図。
値段もひとり365,000ソム(約4,741円)と妥当な金額です。
そこでガラ空きだった2階の中央付近を確保しました。
そして異変の前兆は、バスターミナルで出発ホームを確認しに行ったとき。

えっと、18番ホームか・・・
ここは15番でその先が16ってことはもうちょい先だな。

interbus03_kg.jpg

あった、ここだ。お、もうバスが来てるぞ。
行き先は、Ташкент Бишкекとなってる。18時発も間違いない。
ドライバーは・・・準備中か。まだ出発まで1時間ちょっとあるしな。
あ、きたきた。おや、何をやってるんだ?

ドライバーは入り口付近から60センチ四方の板を取り出し、道路に置きました。
続いて、それを踏み台に靴を脱いで乗車したのです。

はぁ? 土禁なの? バスが? そんなわきゃないだろう・・・
あ、そうか、車内をきれいに掃除したので、汚さないようにしてるんだな。

ところが乗車時になって、ことの真相が明らかになりました。
手渡したチケットをチェックしたあと、
紫色の大きなビニール袋を配っていてですね、
何と乗客はさっきの四角い板の前で靴を脱ぎ、袋に入てるじゃないですか。
そう、あの板は「玄関」なんですね。どおりでミニ絨毯が貼ってあったわけです。
そして車内に入ってすぐ次のサプライズが待っていました。

interbus02_kg.jpg

そう、2階建てじゃありません。2段寝台だったのです。
このタイプ、以前メキシコか南米のどこかで見かけたことがありましたが、
乗るのはこれが初めて。座席指定画面の図は椅子のアイコンでしたし、
どう見てもダブルデッカー仕様だったのでふたりともびっくり。

interbus_kg.jpg
上のベッドによじ登ってごきげんなともこさん

残念ながら、こうしてはしゃいでいられるのも数分のことでした。
酷寒の車外と対照的に、車内はドライサウナ級の暑さなんですよ。
5分もすると暑いのを通り越して息苦しくなってきたくらい。
それでも皆さん耐えています。
とはいえ僕らまで付き合う必要はありませんから、
翻訳アプリをロシア語にセットし、ドライバーに直訴。
これで車内温度問題は解決。

やれやれと胸をなでおろしたいところですが、
僕はまだ少々ブルーな気分でした。
どうしたわけか、バスルートがカザフスタンを通過するのですよ。
ということはギョーザ本でも触れた、
ジベク・ジョリ − ギシュト・クプリク国境を抜けねばなりません。
僕は2016年の悪夢を思い出していました

ところがまもなくマップを見ると、バスはもう少し西に向かっています。
時刻は出発して1時間15分経った18時30分。
僕らが着いたのはカプランベク − ナヴォイ国境とは。

「ともこ、荷物を持って降りるよ。忘れ物に気を付けて」

ここは初めてだな。勝手がわからない。
外はすごい人だし、何かイヤな予感がする。
(これが残念ながらよく当たりますからねぇ・・・)

この不安に追い打ちをかけたのが、ドライバーのロシア語による早口の説明。
僕が聞きとれたのは「トアレット」という単語ひとつのみ。
全員が忙しい国境で一から質問をしている暇はありません。
僕は乗客を見回して、英語が話せそうな人を探し始めました。
すると、ともこの斜め下の寝台には20歳代後半と思しき白人の男性が・・・

「やぁ、ドライバーが何を言っていたかわかりましたか?」
「ええ」
「どちらから?」
「ロシアです」

ナイス!

「僕はえーじ、こっちはワイフのともこ、君は?」
「アレキサンダーです」
「じゃ、アレックスだね」

彼は聞きやすい発音の英語で答えてきました。
さっそく車外に出たところで挨拶をかわし、即席ガイドを頼むことに。

さぁ。頼りになる援軍を見つけたぞ。

と気を取り直して建物に入りましたが、中はがらがらでいきなり拍子抜け。
どうやら混雑していたのはカザフスタンからウズベキスタン方向への流れで、
逆は空いていたようです。
前回は倒れるかと思った恐るべきウズベキスタン出国はあっけなく終わり、
カザフスタンもほぼスルー。
レギストラーツィア(滞在登録)の確認、
面倒な入出国カード、税関申告書もすべてなし。
両方合わせて20分程度で抜けられるとは、まったく予想していませんでした。

しかし、国境が改善されたわけではないのが分かったのは、
カザフスタンを出国する人々を反対側から見たとき。
まさに2016年のウズベク側で繰り広げられた悪夢が再現されていたのです。
国境の敷地は広いのですが、イミグレに続く通路は金属製の柵で細長く狭められ、
そこに次々と出国者が入り込んできます。ところが元旦の明治神宮同様、
イミグレ手前30メートルくらいのところにある柵で交通規制されているのですよ。

さぁ、ここから惨劇の始まりです。
前が詰まっているにもかかわらず、出国者はどんどん到着し、
その数が増えると同時に全員が前に向かって詰め寄って行く。
結果、最初は余裕だったスペースも次第に狭まり、
やがて平日朝8時の山手線状態に。
しかも出国者の多くが手持ちでどうやって運ぶのか見当もつかない、
椅子や什器などをわっしょいわっしょい運んでいるじゃないですか。

ここで明暗を分けるのがインスペクターの処理速度。
(これが実にまったりスピードでねぇ・・・)
速ければ何とかなりますが、遅いと渋滞内部での圧力が無限大に高まり、
また滞留時間も伸びるので、子供は泣き叫び、
お年寄りは倒れ、怒号が飛び交う阿鼻叫喚の地獄絵図に。

2016年はこれに40度近い高温も重なり、僕らもフラフラになったのです。
それゆえ、ゲートが開いたときのスタンビートが凄まじい。
限界まで圧縮されたエネルギーが解放されるように、先頭から皆が猛ダッシュ!
さながらヤマトの波動砲を発射したような感じ。
あそこで転ぼうものなら背中は足跡だらけにされるでしょう。

あ〜・・・気の毒に・・・

と、人ごとに思っている余裕はありませんでした。
さらっと国境を抜けたのはいいものの、
アレックスは暗く雨と雪でぬかるんだ泥道をずんずん進んでいきます。
両替所やタクシーだまりを抜けても止まりません。

kazakhstanborder_kz.jpg
カザフスタンの国境

いったい、どこまで行くんだ?

彼は国境の先150メートル付近のロータリーまで進み、
そこを右折してさらに進んで行きます。

まさか勘違いしているんじゃないだろうな?

これまで何度も国際バスで国境を抜けたことがありますが、
乗り換えならともかく、同一バスをこんなに国境から離れて探したことはありません。
右折して100メートルほどいったところでようやくアレックスが振り返り、

「ここで待ちます」

そこはバスターミナルというより、路肩のバス停。
それも2台も停まればいっぱいのスペースしかない。待合所やベンチもなし。
あったのは有料のダルバザ(地獄の門)型トイレのみ。

「アレックスについてきて正解だったね」
「こりゃ自力でたどり着くのは無理だよ。マップにも載ってないし」

と胸をなで下ろしたのも束の間、待てど暮らせどバスが来ません。
気温はほぼ氷点下。
結局、乗客一同、道路わきでじっと立ったまま45分ほど待つ破目に。

それでもバスに乗れば、
後はカザフスタン、キルギス国境まで6時間以上横になって眠れます。
僕らは暖かい車内で一息つき、あっという間に眠りに落ちてしまいました。
そして早朝のシパタイ・バトゥル国境も両国そろってほぼスルー。
最後はめでたしめでたしで、ビシュケクに・・・

着きませんでした。

ビシュケクの中央まで24キロほどの地点でバスが路肩に停まったのです。
僕はマップで位置を確認し、

まだ30分くらい寝られるな。

ところがしばらく経ってもバスが発車しません。
外を見ると、そこはバス停ではない、ただの路肩。

そのうち動くだろう。

「えーじ、起きて、何か変だよ」
「時間調整じゃないか? でなければ誰か降りるのかな?」
「ほら、どんどん降りて行くよ、荷物を持って」

車内を見ると乗客の2/3がいません。途中下車にしては多すぎる。
それに降車時には車内灯がつくはずです。
いや、照明だけではなくエンジンまで止まり、
ヒーターが動きませんから車内がしんしんと冷えてきました。
外を見ると、乗客はラゲッジスペースから荷物を出しているものの、
別のバスやタクシーに乗り換える気配はなく、ドライバーまで外に出ています。
アレックスも寝ぼけまなこで起きてきました。
そこへ乗客の一人が車内に戻り、大きな声で何か言っています。

「アレックス、何が起こってるんだ?」
「ガス欠です。ここで降りましょう。別のバスが来ると言っています」

ガス欠? 以前、タクシーでやられたことがありましたが、
バス、それも国際バスでこの状態は僕らの旅歴でも初めてです。
そこで僕らは再び氷点下の路肩で佇むことに。
さいわい10分もすると救援のバスが到着し、
最終的に予定していたバスターミナルまで行けましたけどね。

exchnge_kg.jpg
国境で忘れちゃいけない現地通貨の両替

いかがでしょう、出たところ勝負の旅では旅歴にかかわらず、
サプライズが次々とやってくるものです。
僕らはそれをひとつずつ乗り越えて行くだけ。
そして本日の最後のオチは・・・

「えーじ、ちょっとここ見てくれる? すごくかゆいの」

ともこの首の横には何かに刺された跡が。

「ありゃ〜、こりゃ痒そうだな。跡からしてダニだよ」
「えーじは大丈夫?」
「僕も足首と手首を何か所か刺された、かい〜っ!」

そう、あの寝台に寝たときからイヤな予感はしていたのです。
床に敷かれた絨毯、湿った敷布団、毛布に枕。
いずれもきちんと殺虫・殺菌しているとは思えない状態でしたから。
ま、これは予想の範囲でしたけどね。

さて、年末も差し迫ってきました。すでに仕事納めをした方も多いでしょう。
そこで僕らもいつ年の瀬の挨拶をしようかと考えていたのですが、
もしかすると、これが今年最後のブログになるかもしれません。
明後日からこの旅の最終フェーズに入るべく、
空路で大きくジャンプする予定なのですよ。
ところがこれまた不確定要素だらけでして。

それでも初めて迎える旅先での年末年始は楽しみです。
次はどこからお話しできるかな? 僕らの旅は続いてゆきます。

皆さまも良いお年を。

to be continued...

えーじ

firstmeal_kg.jpg
ビシュケクのローカル食堂で 30時間ぶりのまともな食事にありつきました
posted by ととら at 04:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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