2026年01月08日

第27回取材旅行 その36

今日のダラムサラは快晴。
気温は最高が15度で最低が5度。
日本との時差はだいぶ短くなって3時間30分です。

今日はあまり知られていない、この地域のお話をしましょうか。
一般的にダラムサラという地名で括られていますが、
ここは大きく4つに分けられるのですよ。

まずそのダラムサラ。チベット人はあまり住んでおらず、
インド人が中心の山間にある小さな地方の街という感じ。
交通の起点となるバスターミナルはここにあります。

そこから250メートルほど標高を上げた稜線上にあるのが、
僕らが今滞在しているマクロードガンジ。
南端のダライ・ラマ法王庁から、
北に900メートルほど行くと小さなロータリーがあり、
これを結ぶ2本の細い道を中心にホテルや飲食店、土産物屋、
その他の商店がぎゅっと建ち並んでいます。
街行く人もモンゴロイドのチベット系が多く、
インドらしからぬ雰囲気の街。

僕らが投宿しているホテルは、
その中心から南東に伸びた細い枝道の先にあり、
更に120段の石段を下りたところなのですよ。

120stearsl_in.jpg
画面左の細いパイプのスパゲティは水道管

というわけで、何をするにも外出するからには、
これをえいえい登らねばならない。
標高が高いこともあって、ほとんど高地トレーニング状態です。

前回お話した安宿はあまりの寒さに1泊で引っ越しました。
こうしたケースもあるので、
インドで宿泊する場合はむやみに連泊予約はせず、
取りあえず一日泊まって様子を見ることが大切です。
次はざっとネットで探した後、
実際に行って部屋を見せてもらい、条件のチェックが必須。
今回欠かせなかったのは暖房です。
ところが困ったことに冬季はオフシーズンなので、それなりの値段のホテルでも、
暖房を完備しているところはほとんどないじゃないですか。
と落胆しつつも、じっくり探したらありました。
それも最初に泊まったホテルの路地を挟んですぐ反対側。
さっそく行って、

「今日泊まれますか?」
「ええ、もちろん」
「部屋を見せてもらえます?」

案内されたのは4階にあるこんな部屋。

mghotel02_in.jpg

明るく、ベランダがあり、窓から雪を頂く山並みが見渡せます。
しょぼい電気式ですが温水もOK。Wi-Fiはぼちぼち。寝具も清潔です。
ところが肝心の暖房が見当たりません。

「暖房はないのですか?」
「ありますよ、後でヒーターを持って来ましょう」
「いいですね、では一泊いくらですか?」
「2,000ルピーと市税で合計2,100ルピー(約3,800円)です」
「では泊ります。これから荷物を持ってきますね」

と、順調に話は進んだものの、夕暮れにオーナーが持ってきたのは・・・

hearterl_in.jpg

こ、これか。
こんなんで大丈夫かしらん?

そう不安になりましたが、これが使ってみると予想以上の効果が。
おかげでベッドから出ても普通にしていられる環境が手に入りました。
しかし、何ごともただでは済まないのがインド。
連泊を申し込み、
3,800円を3,500円に値引きしてくれたのに気をよくしていた僕らですが、
さぁ、そろそろ寝ようか、というときに、

「ん? 何か臭いぞ」
「え? あ、ほんとだ」
「これはプラスチックが焦げる臭い・・・ヤバイ!

ヒーターから順番に点検を始めた僕は、
電源プラグの変換コネクタから煙が出てることに気付きました。
慌てて抜こうとすると、触れないくらい熱くなっています。

meltplug_in.jpg
熱で溶けて変形した変換コネクタ 
ちなみにヒーター、変換コネクターともにインド製

「あと30秒遅かったら発火していたかもしれない」
「怖いね。寝てたときじゃなくて良かった」
「まったくだよ」

そう、もし就寝中だったら、ニュースネタになっていたでしょう。
インドのホテルは煙感知器やスプリンクラーがなく、
部屋も防炎素材で作られているわけではありません。
こうした電気系統による火災が発生した場合、
あっという間に燃え広がってしまいます。
翌朝、事情をオーナーに説明し、
新しい別機種の変換コネクタを貸してもらえましたが、
寝る前に電源コンセントを抜くようにしたのはいうまでもありません。

ともあれ、これに気をつければいいホテルなので、
あれからずっと泊まっています。
再度延泊を相談したら、さらに値段を3,150円まで下げてくれましたしね。

さて、話を他の地域に戻しましょう。
マクロードガンジから100メートルほど標高を上げたところに、
ダラムコットという集落があります。
ここは中心の道が細くて自動車が入れないせいか、
マクロードガンジに比べてかなり静か。
そのため瞑想センターやヨガ教室などが集まっています。
飲食店もベーガンやオーガニックが中心。
スピリチュアルな目的の西欧人はここに滞在することが多いそうで。

dharamkot02_in.jpg
ダラムコットに下る尾根沿いの交差点

dharamkot01_id.jpg
ダラムコットの路地

また、標高はほぼそのままで、東に2キロほど行くと、ナグの滝に近い、
バグスという集落があります。

buguswaterfall_in.jpg
水がきれいなナグの滝

ここはある程度の平地があり、行きやすいこともあって、
土産物店や飲食店がマクロードガンジと同じように並んでいました。
インド系の観光客でけっこう賑わっています。

bugustown_in.jpg
バグスの風景

総じて典型的な観光地の風情で、
スピリチュアルな要素を期待して行くと、がっかりするかもしれません。
実際、僕も想像していたイメージとはかなり違い、驚いたのも事実ですし。
亡命政府や難民キャンプも60年以上たつと、すっかり新しい土地に馴染み、
落ち着いているんだなと思ったくらい。

しかし、チベット人が経営しているチベット料理店を取材していて、
ふと、料理以外に気になったことがひとつ。

彼らのビジネスは儲かっているのだろうか?

そう、亡命の地で店を構え、場合によっては、
インド人従業員を雇うまで成長してはいるものの、
その内実はどうなのだろうか・・・と。

そこで経済の面から調べた結果は、残念ながら明るいものではありませんでした。
店舗はチベット人が経営していても、物件を所有できない仕組みなんですよ。
なぜならインドでは外国人が土地を購入することができませんから。
では僕がマクロードガンジで接しているチベット人の国籍とは?

それがなんと、国籍上は、
「中国籍と見なされている」チベット人だったのです。

とはいえ亡命した身の上ですから、
当然のことながら、中国政府が発行した身分証明書は持っていません。
代わりにインド政府から難民として「一時的居住許可」が与えられ、
中国パスポートの代わりに「Tibetan Refugee Travel Document」、
通称イエローブックが発行されるのです。

では、これで僕らと同じような生活の基盤が整ったのかというと、
そういうわけでもありませんでした。
インド人ではないので健康保険や年金など、
主要な行政サービスの適用外なのですよ。運転免許証は取れますけどね。
だからセイフティーネットとして機能しているのは、
民間保険、NGO医療、寺院支援、家族・親族の援助など。

む〜・・・

一見すると、観光地で安定した生活を営んでいるように思えても、
その舞台裏では、常に不安定な緊張にさらされている。
努力を積み重ねても、それが報われる環境が整っていない。
難民という立場は、たとえテント生活から解放されても、
世代を超えて付きまとってくるのか・・・
それに気づいてから、道行く人々の顔が違って見えるようになりました。

ここで僕らにできることとは何だろう?
まず帰国したら、パレスチナの旗の横に、これをディスプレイしようと思います。

tibetanflag_in.jpg
チベットの国旗 通称「雪獅子旗(せっししき)」

そして、ここで食べた料理の経験を皆さんとシェアすることで、
チベットだけではなく、
国を追われた、国なき人々のことを一緒に考えられれば・・・

小さな一歩ですが、そんな風に考えています。

to be continued...

えーじ

freetibet_in.jpg
posted by ととら at 14:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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