「インドのゴアです」
2011年9月、ポルトガルのリスボンで取材中、
僕は安ホテルのリビングで会った、
南西アジア系と思われる人と話していました。
「インドから? お仕事ですか?」
「いえ、観光です。ポルトガルは入国しやすいですからね」
「そうなんですか? 旧宗主国のイギリスならわかりますが、ポルトガルも?」
「ゴアはかつてポルトガルの植民地だったのですよ」
ゴアへの興味が湧いたのはこのときです。
そして2016年2月に南アのケープタウンでペリペリチキンを調べ、
その流れで同年11月のマカオでアフリカチキンを取材。
ここでキーになったのが、この文化のキャリアとなったポルトガルの存在です。
実際、マカオではポルトガルチキンなる、
ポルトガルでは見たことも聞いたこともない、土鍋入りチキンカレーがありました。
ポルトガルにないポルトガルチキン、
そして共通性の見えないペリペリチキンとアフリカチキン。
あれらはいったいどこで生まれ、どのように伝わり、どう変化していったのか?
以来、そのミッシングリンクを探し、2017年にはオマーンへ、
2018年にはモザンビークでオリジナルと言われるフランゴ・ピリピリを確認し、
2024年にマレーシアのマラッカとペナンで取材、
僕らは点状に散らばる大航海時代のポルトガルの交易地を線で結び始めたのです。
なかでも「カリル(カレー)」のキーワードで重要なのがゴアでした。
そこで僕らは一昨日、ムンバイからカルマリを経由してゴア州のパナジへ。
鉄道で725キロメートルの距離を8時間30分かけて移動し、
ついに15年越しの念願の地を踏んだのです。
今回は短時間(?)だったので椅子席です 車内はローカルで満席
座席背面のアトラクションシステムは数年前から故障中・・・かな?
真夏のカルマリ駅に到着 暑い!
こじんまりした駅舎
駅前の埃っぽいロータリーから市内まではオートリキシャで
電車を降りて僕らを迎えたのは強い日差しと36度の気温。
ムンバイですでに真夏日となっていましたが、
さらに南北で約400キロメートルも南下したせいか、
車窓から見えていた風景も、ほとんどジャングルの密林。
ラテライトの痩せた土壌 水辺まで押し迫る緑 厳しい自然の姿でした
ここでさらに気分を盛り上げてくれたのが、
いかにも南国の安ホテルといった風情のここ。
手動でドアを開閉するエレベータから部屋に至る通路は開放型で、
かごが来たら建物側木製ドアを開け、次にかご側の蛇腹ドアを開けて中に入ります
希望階に着いたらその逆の手順で外へ セルフサービスエレベーター
大きなファンが天井で回り、古臭い部屋の臭いも相まって、
お〜、これこれ!って感じ。オールドファッションなんでねぇ・・・
殺風景ですが清潔で必要最低限の機能はしっかり
ゴアは観光地のせいか宿相場が高かったのですが、それでもここは1泊4,110円
それに今回の長旅はネットこそ活用していますが、
先はあまり決めず、基本的に出たとこ勝負で進める、まさに僕らのスタイル。
こうなると行程は過酷なことが多くても、反対にやりやすいのですよ。
さて、ゴアと言えばかつてヒッピーの聖地のひとつでしたが、
名を馳せていたのはもっと北にあるバガやアンジュナなどのビーチ。
僕らの目的は料理取材なので、よりローカル色の強いパナジへ。
こうした様式の小さな教会がそこかしこにあります
フランシスコ・ザビエルもここを経由して日本へ
至る所にポルトガル時代の面影が残り、
ちょっとマカオやマラッカに似ている気もします。
実際、東部にはシンガポールのカトン地区を彷彿される、
カラフルなコロニアル調の街並みも残っていました。
きれいなのは建物の色だけではなく、道路がまた非インド的なのですよ。
アムリトサルやデリーでお伝えしましたが、
インドの道路は自動車と人の往来だけではなく、
ゴミ捨て場や公衆トイレとしての「機能」も持っています。
ですからただ歩くだけでも、
自動車とバイクが至近距離をかすめて走るスリルを取るか、
息を止めてゴミと排泄物の脇で、
肺活量テストを受けるかの選択を迫られるのです。
それが意外にもムンバイでかなり減り、
ここパナジでは結構普通に歩けるようになったではないですか。
この変化は旅人として実にありがたい。
(もちろんジャパンスタンダードと比べちゃいけませんが)
こんな意味深のウォールアートも
ホテルのすぐ近くにはヒンドゥー寺院があり、祈りの歌が聞こえます
料理の面では知っているようで知らなかったインド料理の奥深さに驚いています。
たとえばムンバイのパルシー料理。
これはイスラムの東進に追われてペルシャから移住したゾロアスター教徒の料理で、
僕らがイランで調べたものの延長線上だけではなく、
インドの影響を受けて変化したものもあり、実に興味深いです。
チキン・ベリー・プロフ
イランでもたびたび食べたフルーツ入りのプロフ
甘みと酸味、ほのかなスパイスの香りが絶妙なバランスです
チキン・コトレット
一見メンチカツ風ですが中身はかなりスパイシー
カレー風のグレービーソースを添えるバージョンもあり
また、パナジでは、ポルトガルの影響を受けた料理があり、
ペリペリチキンやフェイジョアーダなど、原型を知っていると、
料理がいかにローカライズされて行くのかが舌で感じられます。
ちなみにかつて西欧人が押し寄せたゴアは、今やインド人の観光地。
やはり東アジア人は珍しいのか、ここでもそこかしこで声をかけられました。
昨日もマンドーヴィ川の河口で夕焼けを見ていたら、
ローカルの年若い女性たちが近付いてきて、
靄で不思議な色になった夕焼け ちょっと幻想的でした
「インドの他にどこか行きましたか?」
「僕たちは長い旅の途上でね、ここの前はキルギスにいました」
「キルギス? まぁ! 今まで何か国を旅したのですか?」」
「ん〜、いろいろとね。でも世界は広いから、ごく浅く半分程度だよ」
「私なんかインドから出たことはありません」
「いいじゃないか、インドは広大だから。北と南で全然違うし。
それに僕が君と同じくらいの年齢のころは、日本を旅していたんだ。
インドよりずっと小さな国だけどさ」
「いつか日本に行ってみたいです」
「ああ、ならばその日は必ず来るよ、君が望むのであれば」
インドから日本への旅は、その逆にはないハードルがいくつもあります。
しかし、若い世代には、いつもそれを乗り越える希望と情熱がある。
May the road be kind to you.
僕らは旅人の卵たちに別れを告げ、夕闇の迫る道をホテルに帰りました。
乾いた涼しい南風が、とても気持ち良かったです。
to be continued...
えーじ
ケララ州から旅行で来た人々と いつかどこかでまた会おう!