2026年01月30日

第27回取材旅行 その44

僕らは一昨日、インド内最後の取材地、
チェンナイ(旧マドラス)に到着しました。
ポンティシェリから北北東へ約200キロメートル移動したのですが、
気温は逆に上がって最高が29度。
日中に日向を歩いていると夏そのものです。

arrivalchennai_in.jpg
チェンナイ・エグモア駅に到着 日差しがまぶしい!

チェンナイは愛知県と並ぶ人口約700万人が暮らし、
経済規模も大きいインド4大都市のひとつ。

chennaicstation_in.jpg
交通の中心となるチェンナイ・セントラル駅。
昼夜を問わず大勢の乗降客で賑わっています。

さすがに歩いて回れる広さではありませんね。
さいわい日本の協力で新しい地下鉄が走っており、
取材はそれを足にジョージタウン周辺を周りました。

streetcorner_in.jpg
小さな商店がひしめくジョージタウンの中ほどで。

興味深いのは、北インドのアーリア文化とのコントラスト。
南のドラヴィダ文化は言葉からして違い、
丸みのあるタミル語の文字を見ると別の国に来たかのような気がします。

tamilletter_in.jpg
駅名の看板。上がタミル語、中央がヒンドゥー語、下がラテン文字。

ヒンドゥー教の寺院も北インドとは違って上へ伸びる様式で、
ん? これはどこかで見たような・・・と思ったら、
マレーシアやシンガポールを取材中、
リトルインディアで目にしたものとそっくりじゃないですか。
それもそのはず、これらの国の移民はタミル系がほとんどですからね。

hindutemple02_in.jpg
ジョージタウンの中心にあるヒンドゥー教寺院。

hollycow01_in.jpg
寺院前にはノラならぬ飼われている牛が。毛並みがいいですね。

armenianchurch_in.jpg
街の多様性を象徴するアルメニア教会。
なんと18世紀にはアルメニア商人のコミュニティがあったとは。
チェンナイを経由してマラッカやペナンまで来ていたそうな。

そうした文化の変化は当然料理にも現れており、
主食がロティ(パンの総称)から米に、
盛り付けが金属の皿から大きなバナナの葉に、
乳製品を多用したとろみのあるグレービー(カレー)が、
タマリンドやフルーツの酸味を活かしたスープ状に変わるなど、
まさにこれ、体で感じる変化です。

次におもしろかったのは、同じものでも料理名が変わっていたこと。
たとえば北インドではいわゆる「定食」をThali(ターリー)と呼びますが、
南インドではMeals(ミールス)。
いずれも日本と同じくローカル食堂のランチタイムは、
ほとんどのテーブルでこれが食べられています。

dosabrakfast_in.jpg
定番的な南インドの朝食。薄焼きぱりぱり米粉クレープのようなドーサ。

店によってはネパールのダルバードと同様、
無限自動おかわり式なので、
Pōdum, nandri(ポードゥム、ナンドリ(十分です、ありがとう))
と言って断らないと、
どしどしライスやスープ、カレーがつぎ足されて困ることに。

ともあれ、広大なインドで共通していたのは、
人々の人懐っこさと親切さでした。
飲食店やホテルだけではなく、道行く人たち、
取材や撮影中に偶然出会った人たち、
一か月を越す滞在期間中に言葉を交わした人の数は見当もつきません。
本当に、そこかしこでお世話になりました。

धन्यवाद! (ダンニャバード!(どうもありがとう)

名前こそ憶えていませんが、
彼、彼女たちの笑顔と温かい気持ちを忘れることはないでしょう。

さて、そんな思いに後ろ髪を引かれつつ、
僕らはいよいよ明日、4日間をかけた帰国の途につきます。
フライトが6時55分と早朝のため、
さっきチェンナイ国際空港に隣接している、
地下鉄ターミナルビルのトランジットホテルにチェックインしました。
この長い旅のフィナーレはバンコクです。
そこでは3年ぶりにネパール人のブラザーと会う予定。

おっと、その前にひと仕事できてしまったんだった!
ま、トラブルにはならない・・・と思いますが、
何ごとも最後まで気は抜けませんからね。
詳しくはのちほど。

to be continued...

えーじ

withpeople04_in.jpg
ホテルを出たところで会った道路清掃の女性たちと。
posted by ととら at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/191610101

この記事へのトラックバック