今回の長い旅は難易度のわりに、すんなりいったと思います。
というと、何事もなかったかのような印象を与えてしまいそうですが、
毎日いろんなことがどしどし起こっていたのも事実。
ではなぜ「すんなりいった」のか?
振り返って考えてみました。
たぶん、期待値をかなり下げていたから、でしょうね。
言い換えると「こうやったら、ああなる」
という予想をほとんどしていませんでした。
たとえば飲食店で、席に座ったら、
「すぐホール担当がやってきて、オーダーを取ってくれる」
と期待しますよね?
ところが実際は、いつまでたっても誰も来ない。
そこで声をかけてもまだ来ない。
20分ほど待ってようやくオーダーできたと思ったら、
今度は料理が出てこない。
ようやく、「さぁ食べよう!」となったのは、
入店してから一時間近くが経っていたころ。
さらに「Check, please!」と言った後、会計が済むまで20分待ち。
結局、「ちょっと食べて行こう」と気軽に入ったのに2時間が経っていた・・・
こういうのは、よくあることなんですよ。
ここでもし、相手の反応に日本流の期待をしていると、
次々と裏切られた感じがして、
最後は「責任者を呼んで来い!」とキレてしまうかもしれません。
しかし、「多くを望まず、期待せず」でいると、
別に何事もなく、普通に食事が楽しめる。
そう、トラブルとは、
物事が期待どおりでないときの状況をいうんですよ。
それを逆手に取ると、期待値が低ければトラブル発生率も下がる。
さらにこの先へ進むとですね、驚きが楽しさにも変わってきます。
たとえば今回のルートでいうと、権威主義国家のイランやトルクメニスタン。
こういう国は極端に日本とジョーシキが違うので、
期待しないのではなく、
「何が起こるかわからない」「一寸先は闇」という覚悟で旅をしていました。
それはさながら日々これ、
「さぁ、次は何が起こるんだ?」の連続という感じ。
ですから戦時国家さながらの緊張感に包まれたトルクメニスタン国境で、
ガイドに待ちぼうけを食わされたり、
(イミグレでガイドがいないと入国不可なんですよ)
ネットが遮断された街はずれのホテルに軟禁されても、
「ほぉ〜、そう来ましたか!」ってワクワクしてくる。
反対にイラン国境は会う人みんながフレンドリーだった上に、
手続きもあっけなく抜けてしまったので、なんだか物足りなくなってしまったり。
実はこれ、旅だけではなく、日常生活でも応用できるんですよ。
とかく生まれ育った国で慣れ親しんだことをやっていると、
ジョーシキとアタリマエにまみれてしまうでしょう?
つまり自ら「こうしたらああなる」という期待でがんじがらめになっている。
でも、ちょっと発想を変えて、「ここは外国で僕だけが外人」と考えれば、
電車が遅れた! ランチに行った店が混んでいて入れなかった!
エスカレータは登りだけがメンテ中! 依頼した仕事が仕上がってない!
こういういつもなら「がっで〜むっ!」と毒づくことがあっても、
「ああ、そういうことね、じゃ、プランB」と受け流せる。
ととら亭という仕事を始めてまもなく丸16年。
さすがに覚えの悪い僕でも、
今ではたいていのことをスムーズに進められるようになりました。
しかし、残念ながら、これは僕のスキルが上がった、
というわけではなさそうなのですよ。
たぶん、独立以来、あまりのトラブルの連続に慣れてしまい、
その結果、期待値がどんどん下がった結果なのではないか?
しょぼい数字の決算書を眺めながら、そう独りごちた、
早春の日でございました。
えーじ
2026年02月17日
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