2011年01月14日

ビックリシュー?

かれこれ8年ほど前、
僕たちが文京区の小石川に住んでいた時、
スィーツに目がないともこが唐突に、

「あのね、大きなシュークリームが流行ってるらしいよ。」
「コージーコーナーのジャンボシューことかい?」
「違うの、水道橋の駅から神保町に向ったあたり」
「・・・? 古本屋街でしょ? 新しいパティスリーが出来たの?」
「ううん、それがね、ちょっと変わってて・・・」
「・・・?」
「移動販売か、奥まった店だと思うんだけど。
 人が立ってて宣伝してるんだよ。」
「ふ〜ん・・・で、その人はサンドイッチマン?」
「そこが一番変でね、なんだかホームレスのおじさんっぽいの。
 その人がビックリシューって言ってるんだよ」
「・・・?」

ビックリシュー。
それがホームレスの自立を支援する雑誌、
ビッグイシューのことだと知ったのは、間もなくのことでした。

ホームレスの方が路上で販売するこの雑誌、
紙数は30ページ程度ですが、学校では教えてもらえない、
しかし社会には存在する世界を、国境を越えて垣間見せてくれます。

貧乏、絶対的貧困、その基準となる「豊かさ」とは何か?

あくまで私見ですが、
僕はホームレスが社会の負け組みで、
家と仕事のある人が勝ち組とは思っていません。
そもそも勝ち負けの二元論的発想そのものに強い違和感を持っています。
ゲームじゃないんですよ、人生は。

それに視点を変えると、
あながちホームレスが「貧しい」とは言えない気もします。
確かにカネとモノというリソースを比較すれば、
ホームレスは圧倒的に「貧しい」でしょう。
しかし、そこに「時間」を入れたらどうなります?

公私を問わず、強迫的に埋め尽くされたスケジュール。
マイホーム、自家用車、ケーブルテレビにスマートフォーン、
愛人なんてのもそうかしらん?
所有することによって、その対象に所有され、
幾何級数的に増加する「やらねばならない」こと。
勝ち組を自称する人々が、
1週間のうち「自分の時間」と躊躇いなく言える時間は、
いったいどのくらいあるのでしょうか?

時間貧乏。

僕の頭にあるのはこの言葉。
敢えて言うまでもありませんが、僕たちは例外なく、
究極的に時間というリソースの不足、
いや、端的に言うと「時間切れ」に直面します。
個々人の違いは、それが「いつか?」であるだけ。
そこを視野に入れれば、カネ、モノ、時間のどれが最も重要か、
答えは自ずと見えてくる気がします。

閑話休題。

ホームレスの人を上から目線で「支援」するのではなく、
行動的にはひとつの商いとして、意味的には言説の発信源として
僕は街で見かけた時、ビッグイシューを買い求めています。

そこには、この街角で微かな光を放つムーブメントが、
硬直化しつつある資本主義経済社会に風穴を開ける可能性を、
心のどこかで期待しているのかもしれません。

えーじ

ビッグイシュー
http://www.bigissue.jp/
posted by ととら at 10:54| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
豊かさは自分自身がどう思うかで簡単に決定できるのではないかと思います。
(人と比べることなく、なにとも対比しないことを大前提に魂が笑っうんだよね!)
そう思いませんか!?若い頃、回りの友達?にあいつらいつもくだらない事やってるよなって思われても、当の本人達はそうは思っていないのと似てるかな(笑)
Posted by ゲバラ at 2011年01月15日 23:38
ゲバラさん

コメントありがとうございます。

豊かさを定性的に評価するための、基準となる絶対値はありません。
仮にどこかにあったとしても、僕はそれを信じないでしょう。
(ブータンの「国民総幸福量」は興味深い考え方ですが、
 個人で使える指針とはならないでしょう)

それはゲバラさんの言うとおり、自分自身で決めること、
いや、自分自身で決めるしかないことだと僕も思います。

それを人と比べて探そうとすれば、
手にした答えは、実のところ、
比べた人に決めさせられているものでしかありません。

アルゼンチン人のあなたをキューバ革命に導いた理想。
その理想の土台となる豊かさの定義は、
あなたが南米をオートバイで放浪した時の体験で得られたものと聞きます。

革命を成就した後、あなたは通商大使として日本を訪れてくれましたね。
1959年の日本は、あなたの目にどのように映ったのでしょうか。

あなたが旅立った国、ボリビア。
2009年。事実上の首都、ラ・パスの入り口で、
あなたが白頭鷲を踏みつける像を見かけました。

そこはエル・アルトとラ・パスの境界。
貧民層と富裕層の居住区を分ける、境界線でもありました。
Posted by えーじ at 2011年01月16日 16:48
MotorCycle Diaryは大好きな映画です。
でもコメントさせて頂いた考えは元々、…ある程度思春期には持っていたかと…。再確認にするには偉大過ぎますが。
あの映画の特に好きなのは、癩病患者の隔離された場所での彼の行動や、対岸から患者の居る島に泳いで渡るSceneです。
あの映画を頭で評価するよりも、心で感じて本当の豊かさや優しさを考えるべきでしょう。
ですよね!
Posted by ゲバラ at 2011年01月16日 22:23
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/42557945

この記事へのトラックバック